「社長!」「……」それからというもの、有真は昼休憩に毎回忠嗣の元へ行くようになっていた。ちょっと前まで彼だけの秘密の空間だったその場所は、いつからか一人増えた。有真は飲み物を片手に、忠嗣の横顔をチラリと見上げた。(やっぱり……私、彼のことを好きになっているんだ……)ずっと気付かないフリをしていたが、ここまで来たら認めざるを得なかった。有真は忠嗣に惹かれている。二十も年上で、それも子供のいる男性に恋をするだなんて。こんな恋愛は初めてだった。彼といると胸がドキドキして落ち着かない。そういえば、入浴剤をあげたあの日から、彼の目の下のクマがほんの少しマシになっているような気がする。「社長、最近は眠れているようですね」「……以前よりはな」その返事を聞いた有真は安心した。忠嗣は仕事をしすぎて、いつか過労死してしまうのではないかと有真は心配していたからだ。彼女はほとんど表情が変わることのない彼の顔をじっと見つめた。何の感情も宿していないように見える、虚ろな目から有真はほんの僅かだがある思いを読み取ることができた。(どうして……)――すごく、寂しそうに見えるんだろう。***九条忠嗣と前妻・美佐子の出会いは約三十年前のことだった。美佐子は若い頃、モデルとして芸能事務所に所属していた。世間に名を知られるほどの有名人ではなかったものの、その美しさから雑誌内では人気モデルとなっていた。美佐子の所属する芸能事務所は、忠嗣の知り合いの社長が経営していた。社長の紹介で二人は出会い、美佐子の猛アタックにより交際することとなった。忠嗣は美しく、自分への気持ちを隠すことなくハッキリ伝えてくる美佐子に好感を抱いていた。彼は彼女を愛していた。しかし、美佐子のほうは純粋な愛情から彼に近付いたというわけではなかった。幼い頃、貧乏な家庭で育った彼女は、何が何でもお金持ちと結婚したいという願望を強く持っていた。彼女は二十を過ぎたあたりから夜の街へ頻繁に行くようになり、ハイスぺックな男性が集まる場所を多く訪れた。そんな彼女の新たなターゲットになったのが、忠嗣だった。当然、彼は彼女のそんな気持ちなど知る由もない。交際してから二年、二人は結婚した。美佐子の希望で結婚式は盛大に行われ、指輪もハイブランドのものを用意した。その三年後に娘の香織が生まれてからは、美佐子も夜遊びをや
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