屋敷の扉を開けた瞬間、玲司は花の香りに包まれた。 普段は静まり返っているはずの九条家の屋敷が、その日だけはどこか柔らかな空気をまとっている。外の空気をまとって帰ってきたはずなのに、胸いっぱいに広がった甘やかな香りに、思わず足が止まった。 玄関ホールの中央には、存在感を主張するように置かれた大きな花束があり、その脇には、上質な革張りの宝飾品の箱がいくつも重ねられていた。白い百合、淡いピンクの薔薇、季節の小花が幾重にも重なり、まるで祝福のように空間を彩っている。 自分では買いに行けなかったため、秘書に「綾乃に花と宝石をいくつか送ってくれ」そう頼んだのだった。 仕事の合間に簡潔に伝えただけだったが、秘書はいつも以上に気を利かせたらしい。 “いくつか”の解釈が、どうやら豪快すぎたようだ。「……やりすぎだろう………」 思わず漏れた独り言は、苦笑まじりだった。 そう言いながら、彼は照れたように綾乃を見る。視線を合わせた瞬間、胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。 失いかけて、初めてわかった。 当たり前のようにそこにいる存在が、どれほど自分の心を支えていたのか。 この屋敷は広い。 だが、綾乃がいなければ、ただの箱にすぎない。 今では玲司も、自然に綾乃を抱き寄せ、「綾乃、愛している」 そう言えるようになった。 不器用で、少し遅すぎた言葉。 これまで、何度も飲み込んできた感情だった。それでも今は、言葉にしなければならないと思えた。言葉にして、伝えて、確かめなければ、もう二度と同じ過ちは繰り返したくなかった。 それでも綾乃は、静かに微笑んだ。「玲司、私も愛してる」 その声は穏やかで、けれど確かだった。 初めて会った時、お互いに嫌味のような言葉しか出てこなかった。 探り合い、距離を測り、心を見せることを避けていた日々。視線を交わしながらも、決して踏み込まなかった時間。 だが、今では、綾乃も、玲司の深い愛を知ってしまった。 この冷静で、会社のことしか頭になさそうな男は、結果的に、会社も綾乃も守った。 祖父や祖母のように、どちらか一つを、選ばなければならない家柄に生れながら、それでも、玲司は、どちらも選ばなかった。というよりも、どちらも守って見せたのだ。これほど頼りになる男がいるだろうか。 綾乃は玲司の照れた顔を見て、玲司の頬に軽くキ
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