All Chapters of 二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す: Chapter 101 - Chapter 110

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第101話

その頃、誠也は自身の母親と共に、一人になった里亜を見ていた。里亜は誠也の経営する居酒屋の椅子に座り、ぼーっと外を眺めていた。「ママ……まだ帰らないのかな……」そんな姿を、誠也と彼の母親は心配そうに見ていた。幼い子供にとって、母親と離れることがどれほど残酷か。母は、誠也にそっと耳打ちした。「いくら何でも遅すぎない?」「そうだな……」時刻はもう夜だ。誠也が湊斗と会ったのが正午だった。六時間以上も一体何を話しているのか。瀬奈は平気だと笑っていたが、彼は心配で落ち着かなかった。「瀬奈ちゃんに何かあったとしか思えないわ……前の旦那さんもいたんでしょう?」「ああ……あの人は瀬奈さんに何をしでかすかわからない」誠也はさっき見た湊斗の姿を思い浮かべた。自身を鋭く睨みつける彼の目には、瀬奈に対する執着が見て取れた。瀬奈は湊斗のことを既に割り切っているようだったが、彼のほうは違う。あの目は少なくとも、憎しみなどではなかった。同じ男である誠也にはそのことが一瞬でわかった。「……瀬奈さんに反対されてでも、あの場に残っておくべきだったかな……」愛する女性を守ることのできなかった自分が情けなかった。ついさっき彼は里亜を母親に預け公園へ戻ったが、既に瀬奈と湊斗の姿は無かった。「瀬奈ちゃん……何もされていなければいいけど……」誠也の母はそう言いながら、寂しそうな里亜を優しく抱きしめた。彼女の腕の中から、里亜は誠也に尋ねた。「あのおじさん、悪い人だったんですか?」「え、い、いや……」何て言えばいいのか。誠也は言葉を詰まらせた。彼にとって湊斗は瀬奈を傷付けた悪人であったが、里亜にとってはこの世でたった一人の父親だ。もちろん、里亜はそのことを知らないだろうけど。「おじさんの顔にびっくりしちゃって……あのときはとっても優しい人だったから……」「里亜ちゃん……」里亜にどのような言葉をかければいいのか。誠也と彼の母親は悩んだ。そのとき、居酒屋の扉がノックされた。「……一体誰だ?」誠也と母、里亜の視線が扉の方に集中した。今日は店休日だった。そんな日に家を訪ねてくるともなれば、少なくとも客というわけではなさそうだ。誠也は面倒に思いながらも、ドアの方へ歩いて行った。「……どちらさまですか?」彼が扉を開けると、黒いスーツを着た一人の男が立っていた。その後ろには、真
last updateLast Updated : 2026-04-16
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第102話

その言葉に、誠也と彼の母親は困惑した。神宮司家といえば、瀬奈の元旦那――そして里亜の実父の湊斗がトップを務める家だ。神宮司家の者が直々にここへ訪れたということは、里亜を迎えに来たというのはきっと湊斗が命じたことだろう。――もしかして、里亜の正体がバレたのか。二人は思わず最悪の事態を想像した。「ま、待ってください!」母親は、里亜を守るように男の前に立ちはだかった。「里亜ちゃんを急に連れて行くだなんて……瀬奈ちゃんもまだ帰ってきていないというのに……」「奥様なら、社長の元にいますのでご心配なく」何がご心配なく、だ。瀬奈が湊斗と一緒にいるだなんて、余計に不安である。そのような思いからか、二人はなかなか首を縦に振らなかった。誠也と彼の母は湊斗がどれだけ瀬奈を傷付けたかをよく知っている。そんな男の元に里亜を送り出すことなんて絶対にできなかった。「あれだけ蔑ろにしたくせに……今さら奥様を連れ去るだなんて、一体どういうつもりですか?神宮司家は平然と人を拉致するんですね」「……社長の考えは私にもわかりません。ですが、これは神宮司社長の命です」男はすっと目を細めて誠也を見下ろした。逆らえばお前もただでは済まない、と言われているようだった。そのことは誠也自身もよくわかっていた。神宮司家相手に、自分ができることなんて何もない。だけど、大切な人たちが辛い目に遭っているのは――「――誠也お兄ちゃん、おばさん」そのとき、前に出たのは里亜だった。「り、里亜ちゃん……!?」母親の制止も聞かず、里亜は男の前に立ち、彼を見上げた。「里亜、おじさんと一緒に行くよ。そこに行けばママに会えるんでしょ?」「で、でも里亜ちゃん……」”母親に会いたい”そのような娘の純粋な願いを、彼らが止めることなどできなかった。男は誠也たちを見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「どうやら子供のほうが頭が良いようですね」「……」誠也は悔しそうに拳を握りしめた。「おじさん、ママのところに連れて行ってください」「ああ、もちろんだ。今すぐにでも連れて行こう」男は安堵したように笑みを浮かべると、里亜を抱き上げた。彼は居酒屋を出る直前、誠也の耳元でそっと囁いた。「悪く思うなよ。これも仕事なんだ。逆らえば俺の首が飛ぶ」「……わかっています」彼が神宮司家の人間である以上、湊斗の命令
last updateLast Updated : 2026-04-16
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第103話

時間は流れ、瀬奈の監禁から数日が経った。「ちょっと!いつになったらここから出れるわけ!?」「お、奥様……それは私にも……」瀬奈は相変わらず、湊斗の部屋から一歩も出られずにいた。食事は使用人の一人が運んでくるものを食べ、トイレやお風呂にすら人がついてくる始末だ。瀬奈にあてがわれた監視役は、彼女が神宮司家にいた頃、冷遇してきた女だった。そのせいか、瀬奈は彼女にやたらとキツく当たっていた。「私もう三日もここにいるのよ!湊斗を呼んできなさいよ!」「しゃ、社長をですか……?それは私のような一介のメイドにできることでは……」瀬奈は不機嫌そうに頬を膨らませた。ベッドに押し倒され、キスをされたあの日以来湊斗には会っていない。こんな風に拉致しておきながら放置するだなんて。彼の考えがまったくわからなかった。(それより里亜が心配だわ……いずれ会わせるって言ってたけど……)瀬奈が考え込んでいる間、メイドは外で他のメイド仲間と何かを話していた。しばらくして戻ってくると、瀬奈に明るい笑顔を向けた。「しゃ、社長が帰ってきたそうです!」「それは本当!?」瀬奈はさっそく湊斗の元へ向かおうとした。それをメイドが身体で制した。「奥様は部屋から出ずに社長を待つようにとのことです!」「ちょっと、ふざけないでよ!」瀬奈は何とか彼女の間をすり抜けようとしたが、最後は複数人で行く手を阻まれた。「奥様、私たちにあまり手荒な真似をさせないでください。社長からあなたに傷一つでも付ければ私たちを厳罰に処すると言われているんです」「何ですって?」だからやけにメイドたちが私の顔色を窺っているのか。瀬奈は使用人たちの接し方の変化に納得した。諦めがついた瀬奈は、ソファに座った。「なら、湊斗が来るまでここで待っていればいいのね?」「はい、社長は必ず部屋へいらっしゃいますから」――必ず部屋へ来るその言葉に瀬奈は笑いが出そうになった。昔とずいぶんと変わった彼女の姿に、メイドたちはビクッと肩を上げた。「どうかしら……二十年もの間一度も私の部屋へ訪れなかった男よ?今さら私の元へ来るなんて……」「――大人しくしていたか?」「…………湊斗?」瀬奈の予想とは裏腹に、湊斗はすぐに部屋を訪れた。しかし今の瀬奈にとっては、彼の来訪など全く嬉しくなかった。「お前たちは部屋から出ていろ」「はい、
last updateLast Updated : 2026-04-16
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第104話

「社長ったら、何を言っているのよ。私あなたから服なんて貰ったことないわ」「何だと?たしかに昔贈っただろ」湊斗はそう言ったが、瀬奈は記憶になかった。大体彼女が、湊斗から貰ったプレゼントを忘れるはずがない。大昔に贈られた子供用のリボンですら、つい最近まで大切に持っていたのだから。「そんな記憶はないわ。社長が愛人たちに贈ったものを私にプレゼントしたって勘違いしているのよ」「……」湊斗は不快そうに顔をしかめた。しかし、覚えていないものは覚えていない。きっと彼の記憶違いだろう。「それより、いつになったら私をここから出してくれるわけ?」瀬奈は隣に座る湊斗を至近距離で見上げた。「新しい家に帰りたいのか?」「当然でしょう。あそこには私を虐める人たちもいないんだから」「……虐めるだと?」彼は眉をピクリと上げた。神宮司家の者たちの瀬奈の扱いについて何も知らないようだ。当然だ、彼は瀬奈に関心がなかったのだから。「……加担したやつを言え。俺が全員処断してやる」「多すぎてわからないわ」瀬奈は素っ気なく答えた。一人一人挙げていけばキリがなかった。そんな面倒なこと、いちいちするような気力もない。「処罰なんてそんなこと望んでもいないわ。だって私が虐められたのは、あなたが原因なんだから」「どういう意味だそれは」瀬奈を虐げていた人間は全員湊斗の部下だ。上司である彼が瀬奈を冷遇していたのだから、彼らも同じようにしたのだろう。湊斗は彼らを一人残らず処罰すると言っているが、元はといえば彼が元凶なのだ。「そんなことより早く家に帰してほしいわ。いつまでもあなたの部屋を使うわけにもいかないでしょう?」瀬奈の切実な願いにも、湊斗は首を縦に振らなかった。「お前の家はここだろう。神宮司家の妻なんだから」「前まではそうだったけど、今は違うの」瀬奈はキッパリと言い放った。彼は以前とは全く違う瀬奈に、驚きを隠せなかった。こんなにもはっきりと物を言う女だったのか。――いつも自分を一途に想い続けていた瀬奈は、もういないのか。湊斗はそのことを確認するため、ソファに手をついて顔を近付けた。「こんなことをしたところで、私の気持ちが変わるとでも?」「……」瀬奈の瞳は力強く、そう簡単には揺るがなさそうだった。しかし、湊斗はようやく捕まえた彼女を手放すことなどできなかった。一度目を離
last updateLast Updated : 2026-04-16
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第105話

瀬奈は湊斗と共に、庭へと向かった。三日間も部屋に閉じ込められていたせいか、外の空気がいつもより美味しく感じる。湊斗は後ろをゆっくりと歩く瀬奈に声をかけた。「歩きづらいなら抱いて行こうか?」「結構よ、社長」使用人たちの目がある中でのお姫様抱っこはさすがに恥ずかしすぎる。瀬奈は彼に抱き上げられたときのことを思い、顔を赤くした。しかも二回。(……次やったらセクハラで警察に突き出すわ)湊斗はそんな彼女を見て、ククッと面白そうに笑い声を上げた。瀬奈が何を考えているのか、お見通しのようだ。外へ出て歩いているうちに、庭へ到着した。瀬奈が花壇で育てていた花たちはどれも美しさを保ったままだった。彼女はそのことに驚愕した。(何も変わっていないのね……てっきり枯れ果てていると思ったのに……)瀬奈が家を出る前と、何一つ変わったところがなかった。一体誰が管理をしていたんだろうか。わざわざ考えずともわかることだった。この屋敷においての決定権を持っているのは、本妻である瀬奈以外には一人しかいない。彼女は横にいた湊斗を見上げた。「気に入ったか?」「……どうして」花に興味なんて無いだろうに。そんな瀬奈の疑問を読んだのか、湊斗が口を開いた。「お前が喜ぶと思って、俺が手入れを命じたんだ」「社長が私のためにそこまでしてくれるなんて……」瀬奈は何て返せばいいのかわからなかった。今、目の前にいる湊斗は本当に自分の知るあの湊斗なのか。まるで湊斗の格好をした別人のようだ、と彼女は思った。彼のその気持ちが本心かどうかもわからない。「お前、薔薇が好きだっただろう?」湊斗の言う通り、瀬奈は薔薇が好きだった。情熱的な、真っ赤な薔薇が。地味な自分には無い華やかな美しさを持ち合わせているところが気に入り、彼女は多くある花たちの中でも特に薔薇を大切に育てていた。でも、どうして彼がそんなことを知っているのか。懐疑的な目を向けた瀬奈に、湊斗は説明を加えた。「子供の頃に好きだって言っていただろう……いつか、赤い薔薇を好きな人から貰いたいとも」「……」言われてみれば、そんなことを話したような気がする。ずいぶん昔にポロッと口にしたことだというのに、覚えていたとは驚きだ。「瀬奈、俺はお前に薔薇を贈ったこともあるんだ。お前はいつものように受け取らなかったが……」「――社長、もうやめてくだ
last updateLast Updated : 2026-04-17
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第106話

「私は幼い頃からずっと社長のことを想っていました」「……」湊斗は瀬奈の話をただじっと聞いていた。今の彼女は、以前とはまるで別人のように彼を冷たい目で見つめている。その瞳に、彼の胸はチクリと痛んだ。何故、こんなにも胸が痛むのだろうか。「毎日のようにあなたのことだけを想い、あなたに相応しい妻になれるようにたくさん努力を重ねてきました」「瀬奈……」湊斗は全く知らなかった。ただ家で専業主婦として気楽な生活をしていると思っていたのに。彼は瀬奈にサイン済みの離婚届を渡したが、彼女と離婚するつもりなんてなかった。瀬奈と結婚したとき、彼女のことは一生自分が面倒を見て行くと心の中で誓ったのだ。たとえ他に女を囲っていようとも、そのことだけは変わらなかった。何より、瀬奈が食べる物に困り、路頭に迷っているところを見たくなかった。彼女を躍起になって探していたのもそのせいだ。しかし……彼のそんな心配は杞憂だったようで、むしろ瀬奈は湊斗から離れたことで以前の明るさを取り戻していた。自分は毎日のように夜も眠れなかったのに。彼はそのことにショックを隠しきれなかった。「ですが、社長はそんな私を全く見ようともしませんでした」その一言に、彼は何も言うことができなかった。黙ったまま、拳をギュッと握りしめている。瀬奈はそんな湊斗を見ても何とも思っていないようで、ただ冷めた目をしている。恋しく思っていたのは、自分だけだったのか。嫌でもそのことを突きつけられた。「……何か誤解があるようだ。俺は……」「誤解があったとしても、頑なに向き合おうとしなかったのはあなたのほうです」苦し紛れに出された彼の言い訳は、瀬奈によって遮られた。彼女は結婚生活中の湊斗の残酷な仕打ちを一度たりとも忘れたことはなかった。こうやって彼と向き合っていると余計に。今は湊斗と目を合わせるのも、同じ空気を吸うことさえ辛かった。一緒にいる時間が苦痛でしかない。瀬奈は黙り込んだ湊斗に、問いかけた。「二十年。何を表す数字だと思いますか?」「……俺たちの結婚生活だろう?」「違います」瀬奈はキッパリと言い切った。「――あなたが私を精神的に苦しめた年月ですよ、社長」「……」彼女は目に涙を滲ませた。湊斗は手を伸ばしてその涙を拭ってやりたかったが、不思議と身体は動かなかった。「社長が何を考えているのかは知りません
last updateLast Updated : 2026-04-17
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第107話

「……」湊斗はしばらくその場から動けなくなっていた。ついさっき彼女に関係の断絶を告げられてしまった。一人その場に取り残された彼はポツリと呟いた。「俺はこの二十年間……何をしていたんだ……」湊斗はどれだけ自分が瀬奈に残酷な仕打ちをしてきたか理解していた。彼女と結婚していながらも、二十年にも渡り愛人の元へ通い続けた。愛人たちとの夜の遊びを楽しむ一方で、本妻である瀬奈のことは一度も抱かなかった。そのせいで彼女が黒川区で肩身の狭い思いをしていることは知っていた。湊斗はそのことについて何とも思っていなかった。全て彼女がいけないのだ、とずっと自身の行為を正当化していた。さっき瀬奈に言われた通り、向き合おうとしなかったのは自分のほうだった。長年の思いを拗らせてようやく彼女を見つけたというのに、何故こんなにも虚無感を感じているのか。「俺がいつまでも変な意地を張ったせいか……」彼がそう口にしたそのとき、近くにあった茂みから音がした。「――あれ、おじさん」「……………里亜?」茂みから姿を現したのは里亜だった。湊斗は瀬奈を強引に神宮司家の本邸へ連れて来たあと、部下に彼女の娘である里亜を保護するように命じていた。湊斗の子ではないが、瀬奈は里亜にとって大切な一人娘だった。里亜に何かあったら彼女は耐えられないだろう。「おじさん、こんなところで何してるんですか?」「……ちょっと散歩をしていたんだ」「そうだったんですね」湊斗はしゃがみ込み、里亜の頭についていた葉っぱを手に取った。「お前こそ、何をしていたんだ?」「道に迷っちゃって……」神宮司家の本邸は富裕層が集まる黒川区でも目立つほどの大豪邸だ。それに加えて庭もかなりのサイズなのだから、幼い子供が迷子になってしまうのも無理はないだろう。「お前はまた迷子になってるんだな」「えへへ、ママに見つかったら叱られちゃう」湊斗は照れ臭そうに笑う里亜に、思わず笑みを零した。瀬奈が他の男との間に作った子供だというのに、何故こんなにも愛おしいのだろうか。彼はその感情の理由が未だに理解できずにいた。(……不思議だな。子供は好きではなかったのに)湊斗は沙織が産んだ子供たちにすら愛情を抱けなかった。自分でも冷たい人間だと思う。しかし、何故か里亜にだけは得体のしれない愛情が胸にこみ上げてきた。瀬奈に似ているからかな。湊斗は
last updateLast Updated : 2026-04-17
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第108話

湊斗は里亜と二人で敷地内を歩いた。背が高く、歩幅も広い湊斗に、里亜はついて行くので精一杯だった。彼はそんな彼女に気付き、一度足を止めた。「おじさん」「急がなくていい、あまり焦っていると転ぶぞ」湊斗は後ろを歩く里亜に優しく声をかけた。里亜はそんな彼を見て安心した。あのときは前と様子が違ってちょっとビックリしちゃったけど、やっぱり優しい人だと。「お花がすごく綺麗です」「お前も花が好きなのか?」「はい」湊斗は傍にあったひまわりの花を一本折り、里亜に渡した。「わぁ、ありがとうございます、おじさん」ひまわりを手に持った里亜は愛らしく微笑んだ。そんな彼女に、湊斗も釣られて笑ってしまう。何だか、幼い頃の瀬奈を見ているみたいだな。そういえば今日の里亜はいつも以上に瀬奈に似ていた。長くなった髪の毛を二つに結び、黄色いリボンをつけている。その姿は、この世の誰から見ても愛おしいだろう。趣味嗜好まで母親によく似ているんだな。湊斗は里亜に、無意識に瀬奈を重ねた。たとえ不倫の末に生まれた子だったとしても、この子には何の罪もない。何より、こんなにも可愛らしい子を一体誰が傷付けることができるというのか。「ここはおじさんのおうちなんですか?」「ああ、そうだ」「お城みたいでわくわくします!」「お城か……」たしかに神宮司家の本邸はゴシック建築で、城みたいにも見えるだろう。生まれたときからこの家に住んでいた湊斗は、そんなこと特に気に留めていなかったが。「よかったら、俺が邸宅内を案内してやろうか?」「ほんとですか!嬉しいです!」里亜は目を輝かせて本邸を見上げた。こんなもので喜んでくれるとは。湊斗は里亜の純真さに驚いた。「そういえば、前もいつか本物のお城に行きたいと言っていたな」「ここは本当のお城じゃないんですか?」「世界にはここよりすごい城がたくさんあるんだ」「わぁ、いつか行ってみたいです」湊斗は神宮司家の後継者として、幼い頃から世界各地を旅行してきた。そんな彼の体験談を、里亜は興味津々に聞いていた。いつか瀬奈と里亜と三人で、海外旅行に行ってもいいな……なんてことまで思い始めていた。(……俺は本当に、どうかしてしまったようだな)血が繋がっているわけでもない、ましてや妻が他の男と作った子供にここまで愛情を抱くだなんて。普通の男なら到底理解できないだろう。
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第109話

部屋へ戻った瀬奈は、やることも無くただ椅子に座ってボーッとしていた。彼女が今いるのは長年暮らしていた部屋ではなく、何と湊斗の寝室だった。何故、彼が彼女をここに閉じ込めているのか。どれだけ考えても理由がわからない。(ただ私を苦しめたいだけかしら?ホンット、いつからあんなどうしようもない男になったのよ……)望み通り離婚してあげたのだから、その後のことは干渉しないでほしいものだ。あの日から里亜にも会えていないし。一体いつになったら約束を果たすのだろうか。「毎日のように家にいるのも退屈ね……」瀬奈が今いる部屋の扉に鍵はかかっていなかった。彼女が逃げようと思えばいくらでも逃げられる。しかし、里亜を置いて一人だけ外へ出るわけにはいかない。「必ず、絶対に里亜と二人でここを出るのよ!姉さんや誠也さんたちのいる稲田町に帰るんだから!」そう意気込んだ彼女の元に、ある人物が訪ねてきた。部屋の扉をノックされた瀬奈は、誰だろうと思いながらドアを開けた。「――瀬奈ちゃん、久しぶりだな。元気にしていたか?」「……中田さん!」彼女の元を訪れたのは湊斗の秘書中田一馬だった。神宮司家にいた頃唯一彼女に親切にしてくれた人。瀬奈は恩人との予期せぬ再会に、顔を綻ばせた。「中田さん、お久しぶりですね。この通り元気ですよ!」「そのようだな、少なくともひもじい暮らしをしていたわけではないようでよかった」一馬は瀬奈の七つ年上で、幼い頃からの仲だ。奥様ではなく、瀬奈ちゃんと昔のように呼ばれたことが彼女にとっては嬉しかった。瀬奈は一馬を部屋の中に招き入れた。「どうぞ座ってください、私と中田さんの仲なんですから」「そうだな、ならお言葉に甘えて」一馬は瀬奈の正面に座った。瀬奈が湊斗の妻になってからというもの、二人は以前よりよそよそしくなっていた。しかし、彼女にとって彼は兄のように慕う人であり、彼もまた彼女を妹のように大切に思っていた。「ところで、今日はどうしてこちらにいらっしゃったんですか?」「瀬奈ちゃんが神宮司家にいると聞いてな……一度顔を見たいと思って来たんだ」「そうだったんですね……」一馬は瀬奈が湊斗に何かされていないか心配でたまらなかった。しかし、目の前の瀬奈を見る限りその心配は杞憂だったのだと悟った。瀬奈は神宮司家にいた頃よりも表情が明るくなり、昔みたいによく笑うよう
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第110話

一馬は目の前の瀬奈を悲しそうに見つめていた。瀬奈はそんな彼の視線に、罪悪感が沸き上がってくるが気持ちは変わらない。湊斗、瀬奈、一馬。この三人は幼少期とても仲が良く、三人で遊んだりもしていた。七つ年上の一馬はいつだってお兄さんのような存在で瀬奈や湊斗を温かく見守っていた。一馬兄さん。瀬奈が昔彼に使っていた呼び名だ。湊斗と結婚してからは、そのように呼ぶこともなくなっていたが。瀬奈にとっては、泰西よりもずっと”兄”だった。「中田さん、私はやっぱりここを出て行きます」「そうか……」一馬は何か思うところがあるようだった。しかし、その決定に異を唱えることはなかった。「俺は瀬奈ちゃんの意思を尊重するよ。辛い思いをしていたのに、助けてやれなくて悪かった」「いえ、中田さんは何も悪くありません」このような事態になったのは全て湊斗のせいであり、それでも彼の傍にいることを願い、助けを求めなかったのは瀬奈の意思だった。一馬が責められる理由なんてどこにもない。「湊斗とはじっくり話したのか?」「少しだけ……彼がどうしてこのような行動をするか理解できません」瀬奈は一馬から視線を逸らした。彼は湊斗のその行動の意味を知っていたが、あえて瀬奈には言わなかった。このような結果になったのは全て湊斗のせいであり、彼の自業自得だ。瀬奈がどのような選択を取ろうと、彼は彼女を責めるつもりはなかった。――全ては、この先の湊斗の行動次第なのである。「そういえば、この間中田さんの奥様にお会いしました」「あぁ、妻から聞いたよ」瀬奈は一馬の妻千佳子に、彼と同じくらい世話になっていた。彼女とはこの間、里亜と誠也と共に行った屋内テーマパークでたまたま遭遇した。「千佳子さんが中田さんの仕事が忙しすぎて不満そうにしていました」「あー……」彼は気まずそうに頭をかいた。心当たりがあるのだろう。「ちょっとくらい早く家に帰ったらどうですか?仕事が忙しいのはわかりますが……」「……瀬奈ちゃん」一馬は瀬奈の言葉を遮り、助けを求めるような目で彼女を見つめた。「――それ、君から湊斗に言ってくれないかな……」「あ……」その一言で、瀬奈は全てを察した。湊斗は昔から我儘を言っては部下を困らせることがたびたびあった。一番犠牲になっているのがまさに秘書の一馬だった。「湊斗は相変わらずですね。昔から何も変わ
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