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第107話

Auteur: みそ煮
last update Date de publication: 2026-04-17 18:21:27

「……」

湊斗はしばらくその場から動けなくなっていた。ついさっき彼女に関係の断絶を告げられてしまった。一人その場に取り残された彼はポツリと呟いた。

「俺はこの二十年間……何をしていたんだ……」

湊斗はどれだけ自分が瀬奈に残酷な仕打ちをしてきたか理解していた。彼女と結婚していながらも、二十年にも渡り愛人の元へ通い続けた。

愛人たちとの夜の遊びを楽しむ一方で、本妻である瀬奈のことは一度も抱かなかった。そのせいで彼女が黒川区で肩身の狭い思いをしていることは知っていた。

湊斗はそのことについて何とも思っていなかった。全て彼女がいけないのだ、とずっと自身の行為を正当化していた。

さっき瀬奈に言われた通り、向き合おうとしなかったのは自分のほうだった。長年の思いを拗らせてようやく彼女を見つけたというのに、何故こんなにも虚無感を感じているのか。

「俺がいつまでも変な意地を張ったせいか……」

彼がそう口にしたそのとき、近くにあった茂みから音がした。

「――あれ、おじさん」

「……………里亜?」

茂みから姿を現したのは里亜だった。湊斗は瀬奈を強引に神宮司家の本邸へ連れて来たあと、部下に彼女の娘である里亜
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    瀬奈への深い愛が込められたラブソングを歌ったことで、なぜか稲田町の面々に対する湊斗への好感度が急激にアップした。「神宮司さんの旦那さんはとっても素敵なお方ね」「ええ、私にとっても自慢の夫なんですよ。湊斗と結婚できて本当に幸せです」瀬奈は笑顔で返事をした。取り繕っているわけではない、彼女は今本当に心からの幸せを感じていた。すれ違っていた時期もあったけれど、今では乗り越えられている。瀬奈はパーティーに招待した女性陣と話していた。湊斗は誠也を始めとした男性陣と少し離れたところで会話をしている。お互いに、同性相手のほうが話しやすかったからだ。「長い結婚生活でここまで愛し合っている夫婦も珍しいわね、羨ましいわ」「そうね、夫婦の円満の秘訣とかあるのかしら?ぜひ聞きたいわ」ふと、その中の女性の一人に尋ねられた。(夫婦円満の秘訣……?)そんなもの考えたことがなかった瀬奈は、返答に悩んでしまった。しかし、湊斗との長い結婚生活の間に学んだことはいくつかある。「そうですね、夫婦二人の時間をきちんと取って話し合うことでしょうか……お互い誤解したままだと、いつかはすれ違って仲も険悪なものになってしまいますから」「たしかに、その通りだわ」「ウチも夫ときちんと話し合うべきよね。神宮司さん、良いことを聞けたわ」女性陣たちは納得したように次々と声を上げた。自分なりに良い回答が出せたようで、瀬奈は安心した。今のは彼女だからこそ、できた回答ではないだろうか。たくさんの涙を流し、苦しい時期を乗り越えて今の瀬奈がある。「―――瀬奈」「……湊斗?」すぐ傍から聞こえた声に振り返ると、いつの間にか湊斗が立っていた。(一体いつからそこにいたんだろう?ずっと聞いてたのかな?)彼は真剣な面持ちで瀬奈を見下ろしていた。「少し、二人で話せるか」「……」湊斗の突然の提案に、彼女は迷うことなくコクッと頷いた。瀬奈は話していた女性陣に断りを入れ、一度部屋から退出した。

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    その後、瀬奈は音痴ではないことを証明するべく招待客全員の前で一曲披露した。ちょうど里亜が泰西からもらったマイクを使って。彼女は湊斗への愛が込められたラブソングを一曲歌い上げた。二十年前の歌ということで、里亜はきょとんと首をかしげながら聞いていた。誠也や真由子は瀬奈に気を使い、パンパンと手拍子をしてあげていた。何とも優しい人たちだった。一曲歌い終わったあと、微妙な空気が室内に流れた。「わ、わぁ~……神宮司さん、とっても上手ね」「そうね……一生懸命さがすごく伝わってきたわ」明らかに上手いとは思っていなさそうだ。チラッと横にいる湊斗に目をやると、口元を手で押さえて笑いを堪えていた。身体はプルプルと震えている。そんなに面白い歌だったのだろうか。瀬奈は湊斗の肩を掴んで問い詰めた。「ちょっと、何なのよ?さっきから失礼じゃない?人が精一杯やってるってのに」「いや、すまない……お前があまりにも可愛らしくて……笑ってしまったんだ」「どういう意味!?」瀬奈は子供のように頬を膨らませた。「じゃあ、アンタが歌ってみなさいよ!」「え、俺が?」突然瀬奈にマイクを渡され、湊斗は呆然とした。なぜ俺が?とでも言いたそうな顔だ。瀬奈はそんな彼に強引にマイクを持たせた。渋る湊斗を後押しするように、真由子や誠也が声を上げた。「あら、それいいですね!社長も一曲歌ってみてください!」「そうですよ社長、人の歌にケチつけるくらいなら自分で歌ってみてください」ここにいる人たちは基本瀬奈と里亜の味方。湊斗アンチも同然だった。瀬奈が受け入れたから黙っているだけで、個人的には彼を許したわけではない。周囲からの刺すような視線をひしひしと感じ、湊斗は仕方なく立ち上がった。「……しょうがないな、一曲だけだぞ」「そうよ、一曲くらい歌いなさい」瀬奈ですら、湊斗の歌声は一度も聞いたことがなかった。彼がどのくらい歌えるのか、見ものである。湊斗は先ほどのお返しだとでもいうかのように、男性向けのラブソングをチョイスした。長いイントロのあと、湊斗はゆっくりと口を開いた。―――彼が歌い始めた途端、室内はシンと静まり返った。普段の湊斗からは想像もつかない、透き通った柔らかい声が部屋に響き渡った。「あら、まぁ……!なんて素敵な歌声……!」女性陣はうっとりした様子で聞いていた。それは瀬奈も同じ

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    湊斗と誠也が無事に仲直りを果たし、パーティーに穏やかな雰囲気が戻った。瀬奈は部屋の隅に置かれていたプレゼントボックスの山を指差した。「里亜、みんなからプレゼントがたくさん届いているわよ。早速開けてみましょう」「わぁ、何が入っているんだろう?とっても楽しみ!」里亜はワクワクしながら、瀬奈と一緒にプレゼントの箱を開けた。愛想の良い里亜は、稲田町でもたくさんの人から好かれていた。全員が里亜のためにと、プレゼントを用意してくれたのである。最初の箱から出てきたのは、リボンがつけられた子供用の服だった。「わぁ、とっても可愛いワンピース!」「よかったわね、里亜」瀬奈は嬉しそうに微笑む娘の頭を撫でた。里亜は次々と箱を開封していった。最後に残ったのは、その中でも一番大きなプレゼントボックス。「あら……?この箱って、もしかして兄さんから……?」「え!?アイツがプレゼントを用意したですって!?」瀬奈の発言に、静香が真っ先に反応した。泰西は仕事があってパーティーには来れなかった。しかし、里亜宛てにプレゼントを贈ってくれたようだった。(兄さんったら……)このような気遣いができた人だったのかと、瀬奈は少しだけ驚いた。泰西が用意したプレゼントの箱は、他の人たちが贈ったものよりもずっと大きかった。「一体何を用意したのかしら……やけに重たいけど……」「アイツのことだし……何か変なものでも送り付けてきたんじゃないの?」「まさか、兄さんがそんなことするはずがないわ」泰西の名に、里亜ははしゃいだ。里亜は以前暁邸を訪れたことで、泰西にかなり懐くようになった。「伯父さんからのプレゼント!早く開けようよ、ママ!」「え、ええ……そうね……」瀬奈は里亜に急かされ、泰西からのプレゼントに手をかけた。その横で静香と里亜は何が出てくるのか、ただじっと見守っていた。「あら、まぁ……」「わぁ……!」里亜が感動したような声を上げた。箱の中から出てきたのは、ピアノだった。ピンク色の可愛らしい子供用電子ピアノには、歌が歌えるようにマイクも付属されている。(ピアノだなんて……兄さん、考えたわね)瀬奈も子供の頃はピアノを習っていた。才能があったわけではないが、今でも簡単な曲なら弾くことができる。「兄さんからの手紙もあるわ!なんて書いてあるのかしら!」瀬奈はプレゼントに同封されてい

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    主役の挨拶を終え、ようやくパーティーが始まった。「―――暁さん、里亜ちゃんも久しぶりね」「岡田さん、お久しぶりです」真っ先に瀬奈と里亜に挨拶をしたのは、稲田町で親しくしていた真由子だった。前の夫の不倫が原因で離婚した彼女とは、同じ心の傷を抱えた同士のようなものだった。女手一つで娘を育てるシングルマザーという点も共通しているし、ちなみに今日は彼女の娘もパーティーに来ている。似たような境遇にいたせいか、真由子とは何かと話が合った。真由子は瀬奈の耳元に顔を寄せると、小声で囁いた。「実でね……実は私、最近前の旦那からの復縁メールが届いたのよ」「な、それは本当ですか!?」瀬奈は驚きのあまり、声を上げた。真由子の前の夫は、彼女にDVを繰り返し、さらには愛人と再婚するために彼女を家から追い出したとんでもない男だった。しかし、愛人だった再婚相手との結婚生活が上手くいっておらず、彼女にまで暴力を振るうようになった挙句、逃げられてしまったのだという。(可哀想とも思わないわ……当然の報いよ)そのような経緯があり、元妻の真由子とよりを戻そうとしているということだ。その話を聞いた瀬奈は心配になった。もし、真由子にまだ元夫への愛情が残っているとしたら、彼女はあの男の元へ戻ってしまうかもしれない。(岡田さん……今回ばかりは絶対に戻っては……)しかし、そんな彼女の心配は杞憂だった。真由子は瀬奈を安心させるようにニッコリと笑った。「ええ……でもね、あんな男のところに戻るだなんて、死んでも御免よ!私は娘と二人で生きていくって決めたんだから」「岡田さん」「二度と連絡してこないで―――って返しておいたわ」真由子は瀬奈に向けてグッと親指を立てた。その返事に、瀬奈は何だか嬉しくなって真由子に笑い返した。二人の絆が、より深くなった瞬間だった。「―――瀬奈さん、お久しぶりですね」「あら、誠也さん。お久しぶりです」次に挨拶をしにやってきたのは、誠也だった。会うのはずいぶんと久しぶりだった。気のせいか、少し離れたところにいる湊斗の警戒心が高まった。「里亜ちゃん、六歳のお誕生日おめでとう」「ありがとう、お兄ちゃん!」里亜はふわふわの髪の毛を揺らしながら、誠也に抱き着いた。里亜は稲田町にいた頃、かなり誠也に懐いていた。久しぶりの再会であるため、かなり喜んでいた。そし

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    主役である里亜は、ピンク色のドレスを着て部屋に入ってきた。湊斗が今日誕生日を迎える里亜のため、特別に用意したものだった。「まぁ、なんて可愛いのかしら……!」「普段から愛らしい子だとは思っていたけれど……今日は妖精さんみたいね」真由子や遅れて到着した静香は、ドレス姿の里亜に自然と頬を緩ませた。里亜は誰から見ても愛らしい子だから、仕方がない。その中でも一番メロメロだったのは、もちろん湊斗だ。元々冷たく、人前で滅多に笑わない湊斗だが、今日は周囲が驚くくらい笑顔だ。自然と上がる口角を抑えることができず、彼女は里亜にデレデレだった。「里亜、こっちに来なさい」「はぁい」湊斗は里亜を呼び寄せると、彼女を抱き上げて膝の上に乗せた。ウェーブのかかった髪の毛は、瀬奈がヘアアイロンで巻いてあげたものだった。頭にはティアラが付けられている。いつだったか、里亜はお姫様になりたいと言っていた。その願いを誕生日である今日、叶えてあげることにしたのだ。正面に座る真由子が、里亜を見て口を開いた。「里亜ちゃんはいつもと変わらず可愛いわね。子供の頃の暁さんによく似ているんでしょうね……」「ありがとうございます。でもどっちかというと里亜は夫に似ているんですよ」「まぁ、神宮司社長に……?」その瞬間、真由子や誠也たちの視線が湊斗に集中した。「……何だ」信じられない、あの冷酷な社長がこんなに可愛かったのかでも言いたそうな瞳。湊斗は不快感を抱いた。湊斗の幼少期を知っている人物であれば、間違いなく瀬奈よりも彼のほうが里亜にそっくりだと感じるだろう。それほどまでに、二人は似た者親子だった。「さぁ、里亜。みんなに挨拶をするのよ」瀬奈は、湊斗の膝の上に座る里亜に小声で囁いた。里亜はコクッと頷くと、瀬奈と練習した通りに挨拶を始める。「今日は里亜の誕生日パーティーに来てくれてありがとうございます、みなさん」里亜が言葉を発した途端、場が静まり返った。小さな主催者の挨拶に、全員が耳を傾けている。「みなさんのために美味しいご飯をたくさん用意しました。ぜひ楽しんでいってください」里亜が挨拶を終えると、パチパチと小さな拍手が鳴り響いた。きちんと挨拶できた里亜の頭を、湊斗が愛しそうに撫でた。

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