All Chapters of 二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す: Chapter 321 - Chapter 330

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第321話

俺を選んでほしい――そう言われた百合子の心は揺れた。愛する人の真剣な目を正面から受け取った彼女は、何も答えることができなかった。唐突な提案に、百合子は悩んでいた。実を言うと、彼の手を取りたい気持ちが全くないわけではなかった。今の母親との窮屈な暮らしを思えば、耀との生活は楽しいだろうな。そうは思うものの、決断することができない。しかし、百合子も耀もまだ高校生で、お互いに大学受験を控えた身だ。それに、学校側に同棲のことがバレたら二人ともただでは済まないだろう。最近は特に、男女の交際について学校から厳しく言われている。百合子たちの通う高校は都内でも有名な進学校であるため、余計に。「耀……」「百合子……俺は本気だ……お前を本気で愛しているんだ……」耀は百合子と二人なら、どんな過酷な状況でも生きていけると信じて疑わなかった。もちろん、彼女も彼と同じ気持ちだったが、どうしても受け入れることができなかった。百合子は悩みに悩んだ末に、口を開いた。「――ごめんなさい、耀……」「百合子……」耀はショックを受けた顔をしながらも、その返事を予想していたようだった。「耀、私……弟を残して家を出ることはできない」百合子が断った理由はまさに弟の愛斗だった。彼女が母親から離れることができたとしても、愛斗は永遠に残り続ける。この世でたった一人の弟を、百合子は捨てて行くことができなかった。自分に無関心な父親と、ヒステリックな母親の下で過ごしたせいか、二人は普通の姉弟よりもずっと強い絆で結ばれていた。「そうか……」覚悟を決めていた耀だったが、最終的には彼女の意思を尊重した。いくら自分が望んでいるとはいえ、愛する女性の意に反するようなことはしたくなかったのだ。「……私、そろそろ帰るね。お母さんが心配しているかもしれないから」百合子は耀の告白に返事をすることはなく、彼から背を向けた。「……ああ、わかった。この時間だし、心配だから家まで送っていくよ」「ありがとう、耀」耀の提案を受け入れた百合子は、前を歩く彼の後ろをついて歩いた。いつも横並びで歩いていた二人だったが、今日はなぜかそういう気分にはなれなかった。お互いがお互いの顔を見ないように徹底していたのかもしれない。耀は振り返ることもなく、前を向いて歩き続けた。「じゃあね、耀」「ああ、また明日」家に着くと、百
last updateLast Updated : 2026-09-09
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第322話

百合子は家の前から去って行く耀から目が離せなくなっていた。彼の後ろ姿を、悲しそうな目で追い続ける。――あぁ、お願い、行かないで。私を置いて遠くへなんて行かないで。そう思うものの、どうしても口には出せない。伸ばされた手も、彼には到底届かない。なぜか今日に限って、耀が遠い存在のように感じられる。明日からまた学校が始まるけれど、彼と今まで通りに向かい合うことができるだろうか。お互いの気持ちを知ってしまった以上、いつも通りにはいかないだろう。――いっそ、彼の気持ちを受け入れて付き合ってしまえばよかっただろうか。そのような後悔が今になって湧き上がるが、彼女には耀の告白を簡単には受け入れられない理由があった。耀が帰った後、彼女の部屋にある人物がやってきた。「――百合子」「…………お母さん」ノックもなしに部屋へ入ってきたのは沙織だった。百合子の服装を見た彼女は、思わず眉をひそめた。ついさっきまで出かけていたことが明白だったからだ。普段ならすぐにキツく叱りつけてくる沙織だが、今は別に聞きたいことがあった。「さっき家の前に変な男がいたんだけど、あなたの知り合い?」「……お母さん、彼は怪しい人ではないわ」百合子は母親の言葉を真っ向から否定するように、咄嗟に言葉を返した。しかし、耀のことを知らない沙織は気に入らないというように眉間にシワを寄せた。「とにかく、どこの誰だか知らないけど……二度とあの男をウチには来させないでちょうだい」「お母さん、彼は私の友達なのよ?危ない人じゃないわ」百合子は何とか母親を説得しようとしたが、彼女は自分の意見を曲げなかった。沙織は昔から頑固な人で、百合子と愛斗はいつも彼女の思い通りに動くよう強要されていた。「――いい加減にしなさい!」「ッ……!」母親と口論を続けていた百合子は、頬をぶたれてしまった。沙織は幼い頃から子供たちに手を上げる人だった。百合子はぶたれた頬を手で押さえ、俯いた。「お母さん……」「いい?あんなヤンキーと付き合うなんて絶対に認めないからね」沙織は冷たく吐き捨てると、そのまま部屋から出て行った。耀は見た目こそ不良のように見えるが、根は優しい人間だ。彼と一度も関わったことのない沙織は、当然知らないだろう。一人になった百合子は、赤く腫れた頬を押さえて呟いた。「お母さん……私はあなたのものじゃな
last updateLast Updated : 2026-09-10
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第323話

「あーつまんない!あの日からずっと湊斗は忙しくて会えないし!」「優里亜お嬢様、落ち着いてください」瀬奈が湊斗と疎遠になる一方で、優里亜は苛立ちを募らせていた。優里亜は湊斗の実母の妹の子で、彼にとっては従兄妹に当たる。年齢は彼より三つ下だが、昔から湊斗を愛している。彼と結婚したいと思っていた優里亜は、瀬奈が消えた今がチャンスだと思っていた。それで湊斗を外出に誘って仲を深めようとしていたが……。「ようやく邪魔な本妻が消えたと思ったのに……あの女と離婚してないってどういうこと!?それどころか子供がいたなんて聞いてないわ!」湊斗の本妻である瀬奈に子供がいたことを優里亜はこのとき初めて知った。優里亜はあの日、湊斗と観劇デートに行ってから一度も会っていない。連絡を取ろうとしても、何かと理由をつけて断られてしまうのである。「今湊斗に連絡しても、どうせ返事はないんだろうなぁ……」優里亜は不満げに呟いた。湊斗が自分に冷たいのは今に始まったことではなかったが、こうも無視され続けると辛いものだ。それにしても、最近の湊斗の塩対応は異常だった。きっとあの本妻の女がみっともなく彼に縋り付いているんだわ。彼に愛されてないくせに、なんて惨めな女なのかしら!神宮司瀬奈の噂は、優里亜も知っていた。本妻のくせに湊斗から蛇蝎のごとく嫌われているのだという。あれだけ必死になって彼の妻の座を射止めたにもかかわらず、結婚初日から放置されるだなんて。瀬奈の心境を思い、優里亜は笑いが止まらなかった。そんな彼女の元に、ある人物が訪れた。「――優里亜、久しぶりね」「…………アンタ、もしかして小夏?」彼女の家にやってきたのは、湊斗のもう一人の従兄妹である小夏だった。二人は湊斗の共通の知り合いとして、昔から何かと接点があった。だからといって特別仲が良いわけではなく、会うのもずいぶん久しぶりだった。「何の用よ、小夏」優里亜は突如訪問してきた彼女に冷たく尋ねた。彼女は基本的に、湊斗の周りをうろつく女が好きではなかった。小夏から特に何かされているわけではないが、彼女のことは気に入らない。何とも理不尽な理由である。「まぁまぁ、せっかく会えたんだから。少しくらい話しましょうよ」小夏はそんな優里亜を宥め、彼女の正面の椅子に腰を下ろした。彼女は苛ついた様子の優里亜を見てニヤリと笑い、ゆっ
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第324話

熱から回復した瀬奈は、夜遅くに帰宅した湊斗に会いに行っていた。瀬奈と湊斗は、リビングで向かい合って座っていた。彼は疲れた様子で、正面に座る瀬奈をじっと眺めていた。最近湊斗は毎日のように帰りが遅くなっていて、瀬奈は彼とまともに話す時間も取れていなかった。そのせいか、向かい合って話すのは久しぶりだった。しかし今日、彼女がここへやって来たのは彼に浮気の件を問い詰めるためではない。瀬奈は湊斗に自身の思いを打ち明けた。「それで……少しだけ里亜を連れて実家へ帰りたいと思っているの」「実家へ?」実家――と聞き、湊斗は意外そうに眉を上げた。そのような反応になるのも当然だった。瀬奈は暁家とは縁を切っているも同然だし、今までの結婚生活においても一度も実家へ帰ったことはなかったから。そんな彼女がなぜ、突然暁家へ帰ろうとしているのか。妻が子供を連れて出て行くだなんて、夫であれば普通慌てるような状況だった。しかし、湊斗は冷静沈着に彼女に尋ねた。「里亜も連れて行くのか?」「ええ、どのみちそう遠くはないし……暁家の邸からでも幼稚園へは何の問題もなく通えるはずよ。私の職場も……暁家からのほうが近いくらいだし」瀬奈の言葉を聞いてもなお、湊斗は彼女の帰省を渋っているようだった。「……湊斗、兄さんや父さんに里亜を会わせてあげたいの。二人は一度も里亜を見たことがないでしょう?いくら私に冷たくても、何の罪もない幼い子供にまではキツく当たらないはずよ」瀬奈は何とか彼を説得しようと、思いつく言葉を全て並べ立てた。そんな彼女の説得が効いてきたのだろう。湊斗はしばらく黙り込んだあと、口を開いた。「……そうか、わかった。お前が望むなら好きなようにしろ」「……」湊斗は特に引き留めることもせず、受け入れた。瀬奈はチクリと胸の痛みを感じながらも、言葉を返した。「……ありがとう、湊斗。おかげでしばらくは楽に過ごせそうだわ」「……ああ。ゆっくり休んでこい」彼はソファから立ち上がると、そのまま部屋へ戻って行った。瀬奈は去って行く彼の後ろ姿をじっと見つめていた。引き留められなかったこと。わかってはいたが、何だか少し寂しかった。
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第325話

湊斗と話をした翌日、瀬奈は里亜を連れて暁家へと向かっていた。車の後部座席に乗り込んだ里亜は、落ち着かないように足をパタパタさせていた。「ママ、どこに行くの?」「伯父さんの家よ。里亜も一度会ったことがあるはずだわ」「伯父さん……」里亜は稲田町で暮らしていた頃、一度だけ泰西に会ったことがある。しかしそれほど印象のある出会いではなかったのか、既に記憶からかき消されているようだった。「伯父さんは……優しい人?」「……………そうね。まぁ、優しいと思うわ」かなり難しい質問だったが、里亜を不安にさせないために瀬奈は優しいと言っておいた。瀬奈はともかく、幼い子供相手にキツく当たることなんてないだろう。それに、最近の泰西は妻の千郷と仲直りして僅かだが穏やかな性格になっているようだし。(……どちらかというと、兄さんより父さんのほうが心配なのよね。里亜とは一度も会ったことないだろうし)瀬奈は今日、正式に里亜を父に紹介しようと思っていた。どちらにせよ、いつまでも隠し通すことなんてできない。何を言われるかはわからない。瀬奈はいざというときのために、里亜のために父親に反旗を翻す準備もできていた。「じいじは良い人?」「うーん……まぁ、会ってみればわかるわ」二人の初対面がどんなふうになるのか、全く想像がつかない。瀬奈は里亜の問いに肯定することも否定することもできなかった。――話しているうちに、車は暁家の本邸へと到着した。***暁邸で二人を迎えたのは、泰西と千郷だった。瀬奈が泊まりに行くという連絡をしたのは千郷のほうだったが、泰西も妹のためにわざわざ時間を作ったようだった。瀬奈を見た泰西はニヤリと笑いながら口を開いた。「――それで、旦那と喧嘩したから一時的に俺たちの家に避難してきたってことか?」「………兄さんったら、落ち込んでる妹を慰めてあげることもできないわけ?」からかうような泰西の口調に、瀬奈は口を膨らませた。「冗談だって。まぁ、夫婦として一緒に暮らしている以上、そういうことは誰にでもあるさ。深く考える必要はない」泰西は瀬奈を労うように、その肩に手を置いた。慰めてほしいと言ったのは彼女だったが、彼が素直に受け入れるとは思いもしていなかった。「いつまでいるか知らないけど、ゆっくりしていけばいいさ。たまには旦那と離れて息抜きすることも大切だ」「………
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第326話

里亜は純真無垢な瞳で、泰西を見上げた。泰西はそんな彼女と目を合わせ、僅かに首をかしげた。不快には思ってなさそうだけど、大丈夫だろうか。先に口を開いたのは、里亜のほうだった。「伯父さん、こんにちは」「ああ」ニッコリと笑って挨拶した里亜に、泰西が返事をした。里亜はペコリと小さな身体を軽く曲げて自己紹介をした。「初めまして、神宮司里亜です」「会うのは初めてではないが……暁泰西だ。知ってるとは思うけど、お前の母親の兄だ」里亜には泰西が伯父であることを事前に説明している。そのせいか、彼女は知らないおじさんであるはずの彼の前にかなり友好的だった。(兄さんは昔から子供に怖がられてばかりだったのに……里亜は平気なのね)泰西は冷徹な見た目で怖がられていたせいか、子供があまり好きではなかった。彼に対して怖気づかなかったのは里亜が初めてではないだろうか。無言になる泰西の代わりに、横に控えていた千郷が出た。「里亜ちゃんって言うのね。なんて可愛らしいのかしら。私たちにも娘がいるのよ。年齢は里亜ちゃんよりも少し上だけど……きっと気が合うと思うわ」「わぁ、楽しみです」千郷は里亜を連れて、娘の元へと向かった。残された瀬奈に、泰西が声をかけた。「あの子、顔は湊斗にそっくりだけど内面は幼い頃のお前によく似てるんだな」「そうね、見た目は湊斗寄りだけど性格は私にそっくりなの。とっても可愛いでしょう?」娘への愛が溢れる妹に、泰西はクスッと笑みを溢した。幼い頃から苦労の連続だった瀬奈が、こうして大切なものができて、幸せを掴み取った姿を見るのは何とも嬉しかった。「……兄さん、今日は突然のことだったのに、受け入れてくれてありがとうね」「何言ってるんだ、いつでも来いよ。俺はこう見えてお前が連絡してくるのを結婚当初から待ってたんだぞ」「あら、そうだったの?」その言葉に、瀬奈は意外そうに目を見開いた。てっきり自分と関わりたくないから縁を切ったのだとばかり思っていた。瀬奈は目を輝かせて泰西に尋ねた。「なら、次は姉さんも連れてきていい?私、二人には仲良くしてもらいたいと思ってるし!」「それだけは御免だ」その問いに、泰西は即答で言葉を返した。「ど、どうしてよ!」瀬奈はともかく、静香のことが苦手なのは昔から変わっていないようである。完璧な泰西の唯一の苦手なものであり、弱点こ
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第327話

里亜が泰西と千郷の娘と遊んでいた頃、瀬奈は彼の書斎にいた。泰西の机に積み重なっている書類を、瀬奈は一枚手に取った。会社に関連するもののようだが、何て書いてあるのかは全くわからない。瀬奈は泰西と比べると、全てにおいてが凡人だった。特に、経営に関することは全く知らない。「……」「お前、どうせ意味なんて理解できないだろう?」泰西が馬鹿にするように言い放った。図星であるのが余計に辛い。「仕方ないでしょう、私も姉さんもこういう教育は受けてないのよ」「お前、一体大学で何を学んだんだ」泰西は有名国立大学を卒業した後、海外の大学院に進学するという超エリートコースを歩んでいる。一方瀬奈は私立大学を卒業後、就職せずに神宮司家の妻になった。(湊斗もああ見えて院まで出てるし……私の周りはハイスぺだらけね)大学で何を学んだのかと言われても、正直あまり覚えていない。「兄さんはとっても立派な大学を卒業しているから、私とは何もかも違うのよ」絵に描いたようなエリートである泰西への劣等感が全くないわけではなかった。瀬奈は拗ねたように口を尖らせた。兄弟の中で何も持たずに生まれてきたのは自分だけな気がしてならない。そんな彼女に、泰西は珍しく励ましの言葉をかけた。「まぁ、そんなに落ち込むな。俺はお前のそういうところが良いところだと思ってるからさ」「ちょっと、それどういう意味!?」明らかに馬鹿にされているような気がするが、気のせいだろうか。「静香より接しやすくて一緒にいると気が楽ってことだ」泰西はそう言いながら、書斎の椅子に座った。今の言葉は、きっと彼なりに瀬奈のことを褒めているのだろう。特に目立ったところのない暁家の次女。昔から自分の価値をなかなか見出せない瀬奈だったが、静香や泰西はきちんと彼女のことを見ていたのだ。「ところで兄さん、父さんはいつ帰ってくるの?」「ん、今日はそんなに遅くならないはずだ。多分夕方くらいだな」今の時刻は昼の三時。つまり、あと数時間もすれば父親が敷地内にある本邸に帰ってくる。昔から、父親に関しては全くと言っていいほど良い思い出がない。複雑な面持ちの瀬奈に、泰西が尋ねた。「父さんのことが気になるのか?」「……私、今日里亜を父さんに紹介しようと思っているの」「……何だと?」その言葉に、泰西は驚いて作業の手を止めた――
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第328話

泰西は瀬奈を驚きの目で見つめていた。たしかに、自分でも大胆な行動だという自覚がないわけではなかった。二人の父親が優しい人であればまだしも、そういうわけでもない。「……本気なのか?」「ええ、兄さん。私は里亜を父さんに紹介しようと思ってる」泰西は心配しているのだろう、あまり気が乗らない様子だった。彼は瀬奈が父親からキツく当たられているところを今までに何度も見ている。そんな父なら、里亜を傷付けるような言動をしても特に変ではない。そのことは彼女自身もよくわかっていた。「……兄さん、正直に言えば私も心配よ。でもね、いつまでも紹介しないっていうわけにもいかないでしょう」「……そうだな」里亜は正真正銘瀬奈の子供で、父にとっては孫娘に当たる。里亜も家族が増えるのは嬉しいだろうし、いつ亡くなるかわからない父にも一度くらいは会わせてあげたかった。「……父さんは、里亜の存在を知っているのかしら?」「ああ、存在自体はな。ただ……会いたいと言ったことは一度もない」「……そう、だったんだ」予想はしていたが、やはり父は里亜に興味などなかった。元々男児を望んでいた人だからか、千郷が女児を産んだときですらかなり責めたと聞く。そして瀬奈の母もまた、それが理由で父に常日頃から詰られていた。夫としても父としても、とても良い人だとは言えない。「――瀬奈、後悔しないか?」泰西の問いに、瀬奈は一瞬だけ悩んだあと答えた。「……ええ、どちらにせよ父さんに挨拶しないといけないでしょう?父さんは私を嫌ってるけど、礼儀には厳しい人だから」父は幼い子供にも厳しく接する人だ。里亜だけ挨拶に来ないなど絶対に許さないだろう。泰西は不安げな顔をしていたものの、反対することはなかった。彼なりに、瀬奈の意思を尊重してくれているのだろう。***それから数時間経ち、夕方になった頃、父が帰ってきた。瀬奈は里亜を連れ、彼の書斎を訪れた。「おじいちゃんに会えるの楽しみ!」「そうね、私も久しぶりなのよ」瀬奈は満面の笑みを浮かべる里亜の頭を優しく撫でた。瀬奈は自分が傷付くのはかまわないが、里亜が傷付いてしまうことだけは耐えられなかった。(母親なんだから、何が何でも守らないと)意を決して、二人は部屋に足を踏み入れた――
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第329話

「――父さん、失礼します」「しつれいします」瀬奈は里亜の手を引いて、父親のいる書斎へ足を踏み入れた。彼女自身、父の書斎に入るのは二十年ぶりのことだった。結婚前も関わりが希薄だった父親だが、結婚後は一切連絡を取っていなかった。出来損ないの娘を表に出したくはなかったのか、彼は親族間の集まりにも瀬奈を呼ばなかった。部屋に入ると、父が椅子に座って瀬奈を待っていた。きっと泰西から彼女たちが来ることを聞いていただろう。「……」父は瀬奈を見つめたあと、その横にいる里亜に視線を移した。里亜を良く思っていないのか、眉間にシワが寄った。(ここはいつ来ても緊張するわね……)瀬奈は二十年近くの時間をこの場所で過ごしたが、未だにここへ来ると足がすくむし、父親を前に緊張もしてしまう。「父さん、お久しぶりです。今日から兄さんの家に泊まらせてもらうことになりました。数日間、お世話になります」「おせわになります」里亜は瀬奈の言葉を真似て続けた。驚くことに、里亜は父を前に怖がる様子を一切見せていなかった。(一体誰に似たのかしら……?)身近に静香がいたからだろうか、芯の強さがそっくりだ。瀬奈が挨拶を終えると、父が里亜を指差した。「その子供は一体どこの誰だ?」「あ、里亜……挨拶を」父は礼儀に厳しい人で、身内だろうと幼い子供だろうと容赦しない。瀬奈は里亜の背中をそっと押した。里亜はその反動で一歩前に出ると、ペコリとお辞儀をした。「神宮司里亜です……ママのむすめです」「……」父は眉をひそめたまま、何も言わずに里亜を見下ろしていた。万人を魅了する愛らしい容姿の彼女だが、もはや父の前ではそんなもの意味を成さない。「父さん、私と湊斗の娘の里亜です」瀬奈は慌てて二人の間に割り込んだ。自分はともかく、里亜が傷付くようなことがあってはならない。瀬奈は里亜を守るように父の前に立ちはだかった。その態度が生意気だと思われたのか、父は一瞬だけ顔を歪ませた。「……娘を産んだことは聞いていた」「ええ、正真正銘湊斗との子ですよ」瀬奈はニッコリと微笑んだ。婚外子だと疑われれば、誰よりも他人の目を気にする父親は正気ではいられないだろう。「……そうか」そこで、父は里亜から瀬奈に視線を戻した。瀬奈は心の中でふぅと安堵の息を吐いた。「――それよりお前、家出したと聞いたがそれは本当か?」
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第330話

瀬奈が起こした離婚騒動は、家出ということになっている。彼女はたしかに家を出て行った。しかしそれは単なる家出ではなく、瀬奈は本気で湊斗から離れるつもりで黒川区を出た。真実を知っているのは湊斗本人や秘書の一馬、そして泰西くらいである。(兄さん、父さんに家出だと伝えたのね……)もしかすると、泰西はその頃から瀬奈が湊斗の元へ帰ってくることを予想していたのではないだろうか。「……ええ、その通りです。神宮司家が息苦しくて……ちょっとだけ家出したんです」「……息苦しくなっただと?」父親はその言葉に、眉をひそめた。瀬奈が思っていた通りの反応だ。「お前、自分の立場をわかっているのか?」「……はい、間違ったことをしたという自覚はあります」瀬奈の返しが気に入らなかったのか、父の表情はさらに険しくなった。彼は娘の里亜がいる前にもかかわらず、瀬奈に向かって声を荒らげた。「お前はどこまで暁の名に泥を塗るんだ!」「……父さん」久しぶりの父親からの叱責だった。いつもなら少し落ち込むくらいで終わることだが、今日に限ってなぜか胸がギュッと締め付けられる。おそらく、里亜がすぐ傍で見ているからだろう。愛する我が子にこんな姿を見せてしまうとは、何とも情けない母親だった。「大体、お前のような者が神宮司家に妻としてもらえただけでも奇跡のようなものだ!それなのに息苦しくなっただと!?お前のその行動が神宮司家に、暁家にも迷惑をかけているんだぞ!わかっているのか!?」「……」いつまでも続く叱責に、瀬奈は泣きそうになってしまった。父に叱られて泣くのは子供の頃以来だった。早く終わらないかなと願っていたそのとき、突然小さな身体が瀬奈を守るように前に出た。「――ママをいじめないで」「…………里亜?」突如前に立ちはだかった里亜に、彼は呆気に取られていた。「な……そこをどかないか」「ママをいじめないで」里亜は父の剣幕を前に怖気づくこともなく、きっぱりと言い放った。小さいはずの身体が、なぜか今の瀬奈にとってはとても大きく見えた。前に比べると、少し背が伸びたようだ。しかし、それでも対峙している父親の半分もない。里亜は父があ然としている隙にササッと駆け寄ると、彼のズボンをギュッと手で握った。そしてそのまま、里亜は父の足にガブッと噛みついた。「じいじ――めっ!」「……」ふくらはぎ
last updateLast Updated : 2026-09-18
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