All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 201 - Chapter 210

428 Chapters

第201話

翔平はふと顔を上げ、美羽へ視線を向けた。美羽は彼を視界に入れないようにして、柚葉に尋ねた。「柚葉ちゃん、お腹いっぱいになった?」柚葉はこくりと頷いて言った。「うん、いっぱいだよ」美羽がティッシュで柚葉の口元を拭くと、柚葉は小さな首をかしげ、その小さな口をすぼめたままされるがままになっていた。柚葉の愛らしい姿を見て、美羽は思わず微笑んだ。今すぐこの可愛らしい子にキスをしたいほどだ。口元を綺麗に拭いてやると、不意に視線を感じて見上げた。目の前に座る翔平と目が合った瞬間、美羽から笑みが消える。彼女は立ち上がると、柚葉を抱き上げてそのままダイニングを出て行った。その様子を椅子に座ったまま見ていた翔平は、美羽の後ろ姿を見つめながら、冷めたような低い笑いを漏らした。昼食を終えて、3人は車に乗り、乗馬クラブへと向かった。柚葉はずっと上機嫌だった。美羽と翔平の険悪な関係は相変わらずだったが、柚葉の前では二人ともそれを見せないよう努めていた。車が出発して20分ほど経つと、柚葉はこっくりこっくりとうたた寝し始めた。翔平が柚葉を胸に抱き寄せ、背中をポンポンと叩くと、すぐに彼女は深い眠りに落ちた。車内には静寂が訪れた。美羽は窓の外へ目をやる。翔平は柚葉を片手で抱えたまま、反対側の窓の外へ顔を向けた。翔平と美羽は何も語らなかった。乗馬クラブは車で50分ほどの郊外にある。天気は穏やかで、心地よい風が吹いていた。曇り空のおかげで直射日光も強くなかった。乗馬クラブに到着すると、柚葉は更衣室で乗馬用ウェアに着替えることになった。翔平が美羽を見て、今日初めて彼から口を開いた。「女性用のウェアもあるけど、着替えないか?」美羽は冷ややかな目で翔平を見つめ、首を振った。「結構です。私は乗馬をしないので、柚葉ちゃんの側にいるだけで十分です」翔平はそれ以上しつこく勧めず、更衣室へ向かった。美羽は柚葉の着替えを手伝うため、一緒に更衣室に入った。小柄な柚葉が乗馬ウェアをまとい、帽子をかぶると、可愛らしさの中に凛々しさが漂っていた。着替えを終えて外へ出る。すると、翔平もすでに乗馬ウェアに着替えていた。クラシックな白黒コーデだ。190センチの長身で、鍛え上げられた均整の取れた体躯。広い肩から引き締まった腰へと流れる美
Read more

第202話

美羽はスマホで動画を撮っていた。柚葉の楽しそうな姿を見つめ、一緒にいられる今この瞬間、胸は幸せで満たされていた。一周走り終え、美羽は柚葉を抱きかかえて横のベンチでひと休みし、水筒を手渡した。「お水をどうぞ」そして、柚葉の帽子を取り、額ににじんだ汗を拭ってあげる。その時、翔平が歩み寄ってきた。「パパ!」柚葉が声を上げた。翔平は歩み寄ると、柚葉の隣に腰を下ろし、汗で濡れた前髪を優しく整えてやった。「もう少ししたら、真奈美ちゃんたちが遊びに来るからね」柚葉は、純一と哲也が暁を呼ぶのを聞いていた。柚葉は言った。「真奈美ちゃんが来るの?」翔平は小さく頷く。柚葉は真奈美のことが大好きなので、会えるのが楽しみで仕方がない様子だ。柚葉は美羽に向かって、期待を寄せた。「イヴリンさん、真奈美ちゃんと一緒に乗馬できるかな?」美羽も静かに頷いた。そして、翔平に目を向けた。今日はできれば柚葉と二人きりで過ごしたかったが、翔平と一緒よりはマシだろうと自分に言い聞かせる。当然、翔平だってこっちと一緒にいることなど望んでいないはずだ。翔平と話すことなど何もない。ただ、柚葉に余計な気を使わせないよう心掛けた。暁は、今日は妻子を連れてこの近辺を散策しに来ていたので、すぐに馬場へ到着した。真奈美が美羽を見つけると、行儀よく挨拶した。美羽は微笑む。「こんにちは、真奈美ちゃん。久しぶりね」柚葉はすぐに駆け寄り、真奈美の手を握った。暁の妻、中山玲(なかやま れい)は美羽を見て一瞬戸惑ったが、事前に聞かされていたのか、特に驚いた様子もなかった。ただ、玲の目には、美羽と柚葉が寄り添う姿があまりにも親子のようで、強く印象に残った。そばに立つ翔平を交えると、まるでお似合いの3人家族のようだ。美羽が自分から挨拶をすると、玲は会釈した。「以前、真奈美からイヴリンさんのことを聞いていました。お会いできて嬉しいです。本当に素敵な方ですね」美羽は控えめに微笑む。簡単な挨拶を交わした後、暁が着替えを済ませ、翔平と乗馬レースに興じた。真奈美も着替えを済ませ、二人の子供が並んで馬に乗って遊び始めた。美羽と玲が子供たちを見守る。玲は第二子を妊娠中で、4か月目だが、細身のためそれほどお腹のふくらみは目立たない。暁と翔平が2
Read more

第203話

「少しだけな」翔平がそれ以上何も言いたがらない様子を見て、暁は追及をやめた。しばらくすると、子供たちがお腹をすかせた。美羽と玲が、柚葉と真奈美を連れて休憩エリアに向かうと、スタッフがすでにアフタヌーンティーを用意していた。柚葉が美羽にケーキを食べさせてあげた。美羽は一口食べ、頬をほんのり赤らめて座っている柚葉の小さな頭を撫でて、「自分で食べなさい」と優しく声をかけた。対面に座っていた玲は、二人の様子を見て微笑んだ。「イヴリンさんは柚葉ちゃんと仲が良いんですね」美羽はかすかに微笑む。「子供が大好きなんです」玲と話していると、育ちの良さがうかがえる上品で丁寧な言葉遣いだと感じる。互いに初対面であるため、踏み込みすぎない節度ある会話が続いていた。美羽にとっても、決して不快な相手ではない。翔平と暁が入ってくると、楽しげに語らう二人の姿が見えた。そこには、穏やかな空気が流れていた。「何の話でそんなに盛り上がってるんだ?」と暁が声をかける。美羽と玲は同時に歩み寄る二人に視線を向けた。だが、翔平の姿を見た瞬間、美羽の表情からわずかに笑みが消えた。翔平は静かに美羽を見つめる。暁は玲と真奈美の隣に腰を下ろし、そっと玲の腰を抱き寄せながら、今日の遊びが楽しかったかを聞いた。それはまさに、仲睦まじい家族の光景だった。翔平が自分の隣の席へ向かうと、美羽はサッと内側へ寄った。「柚葉ちゃん、ここにおいで」そうして柚葉を二人の間に座らせた。柚葉自身は、美羽が意図的に翔平との距離をとろうとしていることに気づいていない。翔平はその仕草を一瞥し、冷静に言い放った。「あまり甘いものを食べすぎるなよ」柚葉が残りのケーキを差し出す。「じゃあパパが食べて」翔平はそれを受け取り、柚葉が残した分をそのまま口に運んだ。美羽は手元にあったペーパーナプキンで、柚葉の口元のクリームを拭き取ってやった。みんなの穏やかな談笑が続く。ただ美羽と翔平の間には会話も視線の交錯も全くなく、間に柚葉がいなければ他人以上に冷え切った空気が流れていた。暁が口を開いた。「イヴリンさんがキャスターを務める番組は本当に素晴らしいですね。うちの父が毎週土曜の放送を欠かさず観ていますよ」柚葉も同調して話す。「私も見てるよ!」あどけない子供の言
Read more

第204話

暁は返した。「さあな」玲はその意味をすぐに悟り、感心したように言った。「今の美羽さんを見ていると、本当に人が変わったようね。私、思わず感服しちゃった。美羽さんの方が、瑠衣さんよりもずっといいわ」瑠衣は家柄も容姿も完璧だが、家で甘やかされて育った令嬢だ。自分が一番ちやほやされないと気が済まない。付き合うだけならまだしも、翔平の妻として隣に立つには、あまりにも相応しくなかった。暁は告げた。「翔平のことは俺たちにはどうにもできん。あいつ自身がどうしたいかだろう」玲は笑いをこらえきれずに言った。「うまく立ち回れなきゃ、おじいさんもますます翔平さんを煙たがるわよ」暁もつられて笑った。一方の高級ミニバンの中では。柚葉は美羽に、今夜は帰らないでと甘えていた。柚葉にうるんだ瞳でまっすぐ見つめられると、美羽は断ることができなかった。美羽はチラリと、斜め向かいに座る翔平の顔を見た。翔平は無表情のまま、何も言おうとしなかった。「ねえイヴリンさん、お願い、いてくれる?」柚葉が唇を尖らせてせがむ。その目は切なる願いに満ちていた。美羽は視線を落とし、柚葉を見つめた。とても断ることなどできず、仕方なく承諾した。柚葉は嬉しそうに美羽に抱きついた。「はいはい、柚葉。ちゃんと座ってなさい」翔平が声をかけた。美羽の胸に頭を預けながら、柚葉は繰り返した。「嫌だもん、イヴリンさんのお隣にいたい」今日はとても楽しかった。真奈美には彼女のママがいるし、自分にもイヴリンがいる。ずっと一緒にいられたらいいのに、と思っていた。車はそのまま月見ヶ丘へと向かった。柚葉は美羽の腕の中でいつの間にか眠ってしまった。帰路の途中、美羽は翔平が竜之介からの、「これから飲みに来ないか?」という誘いの電話を耳にした。翔平が快諾すると、そのまま美羽に向かって言い捨てた。「あとは任せた。柚葉を見ておいてくれ」美羽は短く答えた。「分かりました」そこには、まるで温もりのない事務的なやりとりしかなかった。翔平は二人を送り届けた後、そのまま車で走り去った。月見ヶ丘に着くと柚葉は目を覚まし、美羽を見つけるとすぐにその腕に甘えてきた。恵は美羽と柚葉が帰ってきたのを見て険しい表情を浮かべたが、ここに留まることを翔平に許されているのだと思い、黙り込むしかなかった。
Read more

第205話

それから視線を戻すと、翔平はそのまま邸宅の中へ車を進めた。美羽は悠斗を乗せ、邸宅をあとにした。悠斗が美羽を振り返り、尋ねた。「翔平さんに正体がバレてるって思うか?」美羽は前を見つめたまま、淡々と答えた。「何も言ってこないのなら、知らないということにしよう」昨日は玲さえ、疑っているような素振りを見せていた。ましてや翔平のような切れ者はなおさらだ。翔平は柚葉を溺愛している。少なくとも彼の心の中で、柚葉は瑠衣をも差し置いて、絶対的な一番だ。今のところ、柚葉も自分によく懐いてくれている。翔平もそれを止めない。それなら、これから先もずっと、そばで柚葉を見守れたらいい。悠斗はそれ以上問い詰めなかった。美羽には彼女なりの考えがあるのだろう。「なら、明日の午後は空いてるか?」悠斗が聞いた。美羽が答えた。「2時以降なら、特に用事もないはずだけど」「いいな、じゃあスカイダイビングにでも行こうか?」「難しいかな。柚葉と凧揚げに行く約束をしたから」「それなら南水苑公園で凧揚げをしようか?」「分かった」翌日。美羽は午前の仕事を終えてから、柚葉に連絡を取った。車で邸宅の前まで迎えに行くと、柚葉はとっくに小さなバッグを背負って準備万端だった。見送りに現れた翔平は、美羽に釘を刺した。「おやつとフルーツを用意しておいた。水筒に今日飲む分も入れている。柚葉を甘やかしすぎないでくれ。アイスはダメだし、ジュースも厳禁だ」柚葉がふくれっ面で抗議する。「パパなんて嫌い!アイス食べたいのに」美羽は柚葉の小さな頭を撫でてなだめながら、翔平からの注意を心に刻んだ。「7時までには必ず帰ってくるように」美羽は翔平の目を見返すと、穏やかな表情を消し、冷ややかに言った。「分かっています」その後、柚葉は嬉しそうに車に乗り込み、翔平に手を振った。「パパ、行ってきます!」美羽は柚葉を乗せ、邸宅を後にした。翔平はその場に立ち尽くし、車が見えなくなるまで見送った。美羽は車を走らせ、悠斗の会社へ寄って彼を拾った。悠斗と合流できた柚葉は大喜び。悠斗がハンドルを握り、美羽は後ろの座席で柚葉と寄り添った。3人は南水苑公園へ向かい、凧揚げを楽しんだ。ずっと上機嫌だった柚葉が美羽に言った。「イヴリンさん、次はパパも一緒に来てくれる
Read more

第206話

涼太が思わず尋ねた。「柚葉ちゃんを連れて、悠斗と二人で出かけたのか?」美羽はそうだと頷き、続けた。「翔平はもう、私が誰か分かっているはずよ。彼だって、柚葉に甘いから断り切れないんでしょうね」本当は翔平と離婚してから打ち明けるつもりだったが、このところ柚葉と過ごす時間があまりに多く、これ以上隠し通すのは難しいと悟っていた。柚葉がこれほど自分を慕ってくれるなんて思いもしなかった。柚葉が描いてくれた絵を見た時、張り詰めていた糸がようやく解けていくのを感じた。柚葉さえ自分を嫌っていなければ、それでいい。翔平に正体がバレたとしても、もう恐れることは何もなかった。紗良が不思議そうに問う。「じゃあ、美羽が誰か知っているのに、向こうはなぜ何も言わないの?」「私と翔平、実質もう赤の他人だし。改めて問い詰めるようなことでもないわ」と、美羽は淡々と言った。紗良は急に憤慨したように吐き捨てた。「あの男、峰行より最低じゃない?」神崎峰行(かんざき みねゆき)とは、紗良の元夫のことだ。少し話をして、隆と紗良は早々にその場を後にした。それから3日後。美羽は隆に伴われ、豪華客船で開催されるパーティーへ参加した。この航海は2泊3日で行われる。パーティーには、国内外の政財界の要人が勢ぞろいしていた。隆と美羽がこのパーティーに参加した主な目的は、提携交渉だ。もちろん、相手側からの強い要望によるものだった。相手はMKグループの重役である、CEOの白石宏介(しらいし こうすけ)。会長の秀明の弟であり、瑠衣の叔父にあたる人物だ。近年、MKグループでは経営権を巡る争いが水面下で激化していた。浩平は社内で着実に勢力を伸ばし、秀明の立場を徐々に脅かし始めている。今はかろうじて表向きの平穏が保たれているものの、それも長くは続かないだろう。浩平は幼い頃から白石家に育てられたとはいえ、実の血筋ではない。秀明は彼を駒として扱ってきたが、今やコントロール不能になりつつある。秀明は浩平に対抗するため、外部の力を必死に探し求めていた。栄和は、その交渉先候補の一つだった。先だって浩平の部下が、栄和のプロジェクトを妨害しようとしていたこともあり、両者の間には既に修復不可能な溝がある。「佐野社長、お会いできて光栄です」宏介が隆と握手を交わした。背後
Read more

第207話

翔平の鋭い眼差しが美羽に向けられ、ふっと皮肉げな笑みが浮かんだ。その冷ややかな態度を見て、美羽は思わず眉間にしわを寄せた。一体、どういうつもりなの?続いて現れた瑠衣が、親しげに翔平の腕を取り、尋ねた。「翔平さん、何見てるの?」瑠衣が視線の先にいた隆たちを見つけると、その表情は一瞬で曇った。美羽はそっと視線を落とし、「行こう」と隆が言ったのに応じた。美羽が軽くうなずいて隆と歩き出すと、また別の知り合いに声をかけられた。その傍らで、瑠衣は翔平の腕に寄り添ったまま階下へ向かう。今日の瑠衣は真珠の装飾が上品な白いタイトなドレスを身に纏い、完璧な美女という雰囲気だった。隣を歩く翔平もバーガンディのスーツを着こなし、端正な顔立ちで、周囲を惑わせるような妖艶なオーラを漂わせていた。二人が並ぶと、まさに絵になる美男美女だ。会場内でも二人が目立ち、隆たちとひそかに比較するような視線が交差した。どちらのペアも、比べる必要がないほどに圧倒的なオーラと美しさを持っている。あまりにも眩しい2組の存在に、シャングリアまでもが引き立て役になっていた。翔平の姿を見て、周囲から次々と人が挨拶に集まってくる。美羽と隆は会場の反対側にいて、もうお互いの顔は見えなかった。ここで思わぬ出会いがあった。エルスタンフォード大学で共に博士課程を歩んだデイビッドだ。金髪に碧眼の、典型的なイケメンだ。A国時代、デイビッドは美羽にかなり積極的にアプローチしてきた。けれど、美羽はきっぱりと断った。それでもデイビッドは恨むようなことはせず、ただ挫折感からか苦笑いしつつ言った。「イヴリン、君は僕を振った唯一の女性だよ。でも本当に尊敬している。だから友達のままでいてくれるかな?」美羽にとってデイビッドは、プライベートはともかくとして、その有能な仕事ぶりを尊敬できる友人だった。実は一度、美羽はデイビッドに命を救われたこともある。だから、二人の絆はそれなりに深い。ただ帰国してからは忙しさのあまり、すっかり連絡も減っていた。まさか、こんな場所で会うとは思いもよらなかった。「イヴリン、今日は最高に綺麗だね。僕と一曲踊ってくれないかな?」美羽が何か言うより先に、隆が優雅に断った。「残念ですが、彼女は今夜、私がお連れしておりますので、デイビ
Read more

第208話

フロアの外では、翔平がデイビッドと談笑していた。ダンスフロアで緑のドレスをまとい、優雅に踊る美羽に目を奪われたデイビッドが、不意に翔平へ問いかける。「ねえ翔平、君たちの国の女性を口説くには、どうアプローチするのが正解なんだ?」翔平は手元のグラスを軽く揺らし、一口含んでからクスッと笑った。「デイビッドが落とせない女なんて、存在するのか?」デイビッドはまっすぐに美羽を見つめた。その青い瞳には隠しきれない想いが滲んでいた。「イヴリンは僕を振った初めての女性なんだ。心から惹かれているし、忘れられない。今回この街へ来たのは、イヴリンにもう一度会いたかったからだ」翔平はその視線を追い、深い闇を湛えた瞳で美羽を射抜いた。「デイビッドの周りにはイヴリンさん以上に綺麗な女がたくさんいるだろう?彼女を忘れないのは、拒絶されたことで征服欲が刺激されたからか?」デイビッドは翔平の方を向いて笑みを深めた。「外見の問題じゃない。イヴリンには人を惹きつける特別な空気があるんだ。翔平は感じないのか?」翔平は口元を歪めた。その瞳からは感情が抜け落ちている。「他の女と違うなんて、微塵も感じないな」「翔平には恋人がいるからな。瑠衣さんも十分に美しいよ」とデイビッドが笑った。会話を終えた瑠衣が近寄ってきた。「翔平さん、ダンスしよう!」翔平はグラスをスタッフに手渡すと、デイビッドに向き直った。「先に失礼するよ」瑠衣は翔平の腕を取り、ダンスフロアへと向かった。ダンスを踊る美羽を見つめていたデイビッドは、そのまま踵を返した。潮風にでも当たって頭を冷やそうと思ったのだ。翔平は瑠衣の手をとり、腰を引き寄せて音楽に合わせて踊り始めた。美羽がふと振り返ると、ちょうど二人が視界に入った。数秒だけ、翔平の視線と絡み合う。無視したかったが、二人を見ているだけで生理的な不快感がせり上がってくる。異変を感じた隆が小声で問いかける。「席を外すか?」美羽は隆を見上げ、視線を落とした。「その必要はないです」翔平とは、これからも顔を合わせる機会があるだろう。逃げられないのなら、向き合うしかない。「無理するなよ」と隆が慰める。美羽は小さく頷いた。音楽が終わろうとしていたとき、翔平のスマホが鳴り、彼は電話に出るためダンスフロアを離れた。隆とダンスフロアを出ようと
Read more

第209話

悲鳴が会場中に響き渡った。翔平の表情が凍りつき、その体からは殺気が漂った。美羽は瑠衣の髪を掴み、その腕を強引に引きずって外へ向かおうとした。ひ弱な瑠衣が、日頃鍛錬を積んでいる美羽にかなうはずもなかった。周囲のゲストは凍りついたようにその光景を見守るだけで、誰一人として止める者はいなかった。「ああっ!アバズレ!離しなさいよ!翔平さん!助けて!」隆がすかさず翔平の前に立ちふさがった。彼は翔平の冷徹で危険な瞳を正面から見据え、静かに告げた。「中山社長。女性同士のことは本人に任せておきましょう。ここは余計な手出しをしないのが得策かと」翔平は底なしの闇のような瞳で隆を見下ろした。その目には、骨の髄まで凍りつくような冷気が宿っていた。その一瞬、会場全体の気圧が極限まで下がり、呼吸さえも困難なほど張り詰めた空気に包まれた。「そちらに、俺と張り合う資格があると思っているのでしょうか?」翔平の言葉には、刺すような嘲笑が含まれていた。隆はひるまずに応じた。「資格の有無なら、確かめてみたいと思っていたところですね」瑠衣の叫び声が絶え間なく響く。美羽は瑠衣を飲み物の並ぶテーブルへと引きずり出すと、グラスに残っていた酒を瑠衣の頭から容赦なくぶちまけた。翔平が前に出ようとするたび、隆がその歩を阻む。翔平の拳は硬く握りしめられ、甲の筋が浮き上がっていた。一触即発、場内は収拾のつかない緊迫感に支配されていた。ようやくパーティーの主催者側の人間が駆け寄り、二人をなだめようと間に入った。騒ぎを聞きつけた宏介が瑠衣のトラブルを知り、真っ青な顔で飛んできた。彼はすぐさま駆け寄り、取り押さえようとする警備員を横目に美羽を止めようとした。美羽は怒りで充血した目で、荒い息を吐きながら、ずぶ濡れになり変わり果てた姿の瑠衣を睨みつけた。宏介は慌てて瑠衣を助け起こしたが、美羽の形相を前にして、口ごもるだけで何も言えなかった。翔平が大股で歩み寄る。その全身から漂う禍々しい気配に、周囲は恐怖を覚えた。瑠衣は泣きじゃくりながら縋りついた。「翔平さん……」翔平の冷え切った横顔を見て、宏介でさえ気後れしたように立ち止まった。翔平は瑠衣を腕の中に庇うと、美羽へ殺気すら滲ませた視線を突き刺した。美羽は怯むことなく、鋭い目線で翔平と対峙する。
Read more

第210話

隆が言った。「口約束じゃなければいいけどね」その時、美羽のスマホが震えた。バッグから取り出すまでもなく、誰からの着信かは分かっていた。「柚葉ちゃんから?」美羽は小さく頷く。隆は席を立ち、言った。「もう遅いから、電話が終わったらゆっくり休んで。夜は何も考えないで」「分かりました」隆は部屋を後にした。美羽は気持ちを切り替え、柚葉からの電話に出た。「イヴリンさん!」幼く快活な柚葉の声を聞くと、凍えていた心にそっと温もりが広がった。「柚葉ちゃん」二人はそれから20分ほど話をしてから、ようやく電話を切った。柚葉は今、中山家の本邸にいて、従兄たちに囲まれて暮らしている。スマホを置き、美羽はバスルームへ向かった。入浴を終えてネグリジェを纏って出てくると、ドアがノックされた。美羽がドアを開けると、そこにはデイビッドの姿があった。「デイビッド?」デイビッドは美羽の様子をじろじろと見回し、「イヴリン、大丈夫?」と尋ねる。「平気よ」と、美羽は無理に笑顔を作った。何かしら耳に入っているのだろう。「翔平の彼女と、揉め事があったんだって?」美羽は冷ややかな口調で言い返す。「遅い時間だし、世間話をしている場合じゃないわ」デイビッドは笑って、「分かったよ。邪魔はしないから、また明日」と去っていった。美羽は黙って頷く。デイビッドの背中を見送ってドアを閉めると、ベッドに横たわって仕事を片付けようとした。だが心はざわつき、画面の文字さえ頭に入ってこない。結局パソコンを閉じ、照明を消して横になった。だがその夜も、ぐっすりと眠ることはできなかった。翌朝、電話の音で目を覚ました。隆からの電話だった。「まだ起きてないのか?」美羽が体を起こした瞬間、猛烈なめまいがして、そのままベッドに崩れ落ちた。「今起きたところです」声の異変を即座に察した隆は、心配そうな声で問い詰める。「どこか具合でも悪いのか?」美羽はこめかみを押さえ、素直に白状した。「急に、頭がぐらついて……」「すぐに行く」時計はすでに10時を回っている。隆はこの時、レストランでの商談を終えたばかりだった。電話を切ると、すぐにエレベーターへ向かって歩き出した。ロビーでデイビッドと翔平に鉢合わせたが、隆は無視した。
Read more
PREV
1
...
1920212223
...
43
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status