All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 281 - Chapter 290

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第281話

「今日は忙しいから、柚葉ちゃんと一緒にいられないの」「……」その後、子供たちは先生と一緒に幼稚園の中へ入っていった。美羽は横にいる翔平を無視し、隆に向かって言った。「先生、行きましょう」隆は静かに頷いた。二人は背を向け、車に乗り込んだ。隆が切り出した。「大輔から聞いたよ。昨夜、中山社長に会ったそうだな。話はどうだった?」その話題になると、美羽は言いようのない重苦しさと怒りを感じた。彼女は深く息を吐き出し、事の経緯を隆に説明した。隆が言った。「本当に婚姻関係を世間に公表するつもりなのか?」美羽はため息を深く吐き出した。「もちろん、そんなことはしたくないです」公表すれば事態はますますややこしくなり、今井家まで巻き込みかねない。昨日の発言は、翔平というクズに対する当てつけに過ぎなかった。だが、あの男の「勝った」と言わんばかりの高飛車な態度を思い出すだけで、腹の虫が治まらないのだ。隆が続けた。「それを公にしても、向こうの評判を落とすだけで、離婚裁判で有利になるとは限らない。中山社長は長期戦も厭わないだろう。柚葉ちゃんにとっても悪影響だよ」美羽もそれは分かっている。今、彼女の心身は極限まで削られていた。隆は美羽を横目で見やり、諭した。「まずは第一審の判決を待とう。後のことはすべて郷田先生に任せるんだ。中山社長のペースに振り回されて、自分の心まで乱されないように」美羽は力なく頷いた。隆の言う通りだ。翔平に感情を揺さぶられるままの現状から、抜け出さなければならない。隆と話した後、美羽の心はいくらか軽くなった。今日の仕事を片付ける。昼過ぎ、悠斗からランチに誘う連絡が入った。美羽は断った。「まだ山のように仕事が残ってるの。週末まで待って」彼女の弾んだ声を聞き、悠斗は安心したようだった。「分かった。じゃあ、週末は一緒にバーベキューに行こう」美羽は快諾した。「ええ、いいわよ」さて、夜は北条家へ行く予定だったが、本当は断る口実を考えていた。だがその時、急に勲からの着信があった。「今夜の食事会に、翔平が柚葉ちゃんを連れてくる。美羽さんも来なさい」美羽は戸惑った。勲は笑い飛ばす。「何を怖がる必要がある?今日は誰にも、お前に無礼な態度など取らせん」美羽は苦笑いを漏らす。「北条先生が
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第282話

10分ほど経った頃、運転手が車で迎えにきた。美羽が乗り込み目的地を告げると、車は走り出した。だが、ちょうど帰宅ラッシュの時間帯と重なり、道はひどい渋滞だ。1時間近くかかって、ようやく北条家の本邸に到着した。車を降り、美羽は邸宅の正門へと歩いていくと、一台のロールスロイスがゆっくりと門を通るのが見えた。それが誰の車か、一目で分かった。美羽は淡々とした気持ちで視線を外し、大股で前へと進んだ。翔平が先んじてリビングの中へと入っていく。ちょうど美羽が軒先に差し掛かった時だ。リビングから、柚葉の嬉しそうな声が聞こえてきた。「パパ!なんでイヴリンさんと一緒に来なかったの?パパがお迎えに行く約束だったんでしょ?」「……」美羽は使用人に促され、家の中へ続く廊下を進んだ。翔平は柚葉を抱きかかえている。リビングで弾んでいた楽しげな談笑が、部屋に入ってきた美羽を見た瞬間、ぱたりと止まった。美羽を見つけた時、その場にいる人々の表情が、一斉に複雑なものに変わったのだ。翔平は柚葉を抱えたまま、振り返って美羽を見た。美羽を見つけた柚葉の表情が、一段と輝く。「イヴリンさん!」柚葉が手を伸ばして、抱っこをせがむ。美羽が近づき、翔平の腕からそっと柚葉を受け取った。柚葉は美羽の首に抱きつき、甘えるようにすり寄ってくる。美羽はその髪を優しく撫でた。「いい子だね」仲睦まじい二人の様子を、リビングの全員が見つめていた。美羽が部屋に入ったその時だった。日和は、驚きのあまり思考が停止していた。だが柚葉の反応を見て、ようやく合点がいったのだ。この女性が美羽だったのか。この5年という年月は、人の雰囲気すらも大きく変えてしまうものだ。以前の美羽だとは、到底気づかなかった。今の美羽なら、翔平の隣に立っていても釣り合っている。美羽が柚葉を下ろすと、柚葉は彼女の手を取り、ソファの方へ案内しながら誰かを紹介しようとした。美羽が歩み寄ると、玲が言った。「おじいさんが話していた大切なお客様っていうのは、イヴリンさんだったんですね。ようこそ」美羽は玲に穏やかに笑いかけた。「ありがとうございます」美羽は隣の席を勧められた。そちらへ向かい、ごく自然に腰を下ろした。真奈美が美羽に気づき、丁寧に挨拶をす
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第283話

日和と百合が、美羽の顔をじっと見つめている。美羽は中山家の面々にはお構いなしで、柚葉が屈託なく言った。「パパね、イヴリンさんの彼氏になるんだよ」その言葉が放たれた瞬間、部屋中からクスクスという笑い声が上がった。その時、執事がやってきて告げた。「お食事の準備が整いました」泉は杏奈を見て尋ねた。「悠斗はまだ戻らないのかい?」「もうすぐ着くはずよ」言葉が途切れるか、途切れないかのうちに。悠斗が部屋に入ってきた。ソファに座っている美羽を見て、彼はギョッとしたように目を見開いた。「悠斗、おかえり」泉が声をかける。ようやく正気に戻った悠斗は、前に歩み出て、皆に丁寧に挨拶をした。執事が勲たちに食事の準備を知らせに行った。勲は美羽と目が合う。美羽は礼儀正しく挨拶をした。勲は軽く頷き、言った。「まあ、とにかく上がってくれ」皆がぞろぞろとダイニングテーブルへ向かった。翔平がスッと椅子を引き、「ここへ座れ」と美羽に促す。どこに座るべきか迷っていた美羽は、当初悠斗の隣、一番端の席に座るつもりでいた。翔平の声に、美羽は彼の方を見る。皆の視線が翔平に集まる。特に、泉の目が鋭かった。美羽はその場から動けずにいた。「イヴリンさん、こっちに座るんだよ」翔平が引いた席は、柚葉のすぐ隣だった。ここで無視し続けるわけにもいかず、美羽は渋々その席に座った。幸い、隣の席には翔平がおらず、美羽の隣には悠斗が座り、翔平は美羽と柚葉を挟んで向こう側に座った。全員が席に着き、そして食事が始まった。食事中も、当たり障りのない会話が続く。美羽は柚葉の世話を焼く。翔平は酒を楽しみながら皆と談笑し、時折柚葉の皿に料理を取り分けてやっていた。「勲おじいさんが今日、美羽を呼んだのか?」と悠斗が小声で聞いてくる。美羽が自分から来るわけない。かといって翔平がわざわざ呼ぶとも思えない。きっと勲から直々に連絡があったのだろう。美羽は無言で頷いた。悠斗が尋ねる。「こんな席に呼ばれるのは初めてだろう?どうだ?」美羽はオレンジジュースを一口含み、答えた。「ええ、正直なところ少し居心地が悪いね」二人が話していると、突然、勲が声を上げた。「翔平、挨拶もしないつもりか?」言葉が終わると、美羽は背
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第284話

その言葉で、場の空気が一瞬で凍りついた。翔平は、泉の問いかけにすぐには答えなかった。「翔平は確かに暁ほど思慮深くないし、気遣いも足りないけれど。親になった今なら、分かっているはずよ」泉も、それ以上は何も言わなかった。本人の夫婦関係について、年上という立場から口を出せることなど知れているからだ。暁は翔平の肩をポンと叩くと、「ちょっと話そうか」と声をかけた。2階では、美羽が勲のあとについて書斎へ向かった。「公式な身内としての参加は、今回が初めてだな」美羽はソファに座り、苦笑いしながら言った。「私はただの部外者みたいなものですから」勲が問いかける。「柚葉ちゃんとは、まだ本当のことが話せないのか?」勲は夕食中にその話を振ろうかと思っていたが、美羽に対する柚葉の呼び方を聞いて、結局何も言えなかった。美羽の意向を無視して、勝手に話すことはできなかった。美羽は指先をぎゅっと握り締め、唇を引き結んで答えた。「まだその時ではありません」「離婚を待っているのか?」美羽は小さく頷いた。「その後は、柚葉ちゃんのことをどう考えている?」胸が締め付けられる思いで、美羽は俯いたまま黙り込んでしまった。答えを考えていないわけではない。ただ、その先の未来を想像することさえ、怖かったからだ。ただ、自分はもう翔平との結婚生活を続けることはできないと分かっていた。翔平との関係は、最初から最後まで全てが過ちだったのだ。出会ったこと、そして、子どもを授かったことすらも。その過ちの報いとして、自分は一生を捧げるしかない。黙ったままの美羽を見て、勲は小さくため息をつき、腹立たしげに言った。「あの翔平め、美羽さんに見合う男ではない」勲の言葉を聞いた美羽は、思わず吹き出した。勲はそれ以上、美羽を問い詰めるようなことはしなかった。かわりに仕事の話を振った。頃合いになったところで、二人は下の階へ戻った。美羽は帰る支度を始めた。勲が送りの手配をしようとすると、悠斗が遮った。「おじいさん、俺が美羽を送りますよ」勲は頷いた。「そうか、頼んだぞ」柚葉や真奈美たちは別の場所にいるようだ。美羽はせめて、柚葉に挨拶をしたいと思った。その時、翔平に抱えられた柚葉がこちらへやってきた。「イヴリンさん!」柚葉が駆け
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第285話

悠斗の運転で、美羽は西峰邸へと戻った。道中、美羽はずっと浮かない顔をしていた。悠斗は、美羽がまだ柚葉のことを気に掛けているのだと分かっていた。「週末、詩音ちゃんと柚葉ちゃんも誘って、みんなでキャンプに行こう」と彼が提案した。美羽は頷き、「ええ」と答えた。翌日の午後、美羽のもとに昌明から電話が入った。提出された資料を確認したが、やはり懸念していた通り、財産分与と子供の共同養育についての項目が追加されていた。5年間の別居については、美羽の留学を正当な理由として主張するつもりらしい。覚悟はしていた。それでも美羽の心は、どうしようもなく苛立っていた。財産の問題が出てきた以上、長丁場になることを昌明から告げられた。翔平側が分与を求めてきた以上、こちらも堂々と共有財産の分割を求めるしかない。昌明の言葉を聴いていると、今となっては、翔平が意地になってこちらを苦しめようとしているのは明らかだった。もはや避けては通れない道だ。「すべて郷田先生にお任せします」週末の朝。美羽は月見ヶ丘に、柚葉を迎えに行った。翔平が言った。「柚葉は昨晩から少し風邪気味なんだ。食事には気を遣ってくれ。バッグの中に薬を入れたから、時間通りに飲ませるように」美羽は柚葉のバッグを受け取った。柚葉のせきを聞きながら、翔平に短く応えると、そのまま柚葉を連れて車に乗り込んだ。その週末、美羽と一緒に過ごし、外で思いきり遊んでたくさん汗をかいたおかげか、風邪はすっかり治っていた。今週のスケジュール。美羽は水曜の午前中、両社の連携を進めるため再び天嶺を訪れた。ただ、翔平は会社におらず、今日も担当の上層部の人たちが代わりに対応した。ところが、そこに瑠衣の姿があった。その顔を見た瞬間、美羽は眉をひそめた。副社長が紹介する。「こちらが社長の秘書である白石さんです。今日は議事録を取らせます」瑠衣が翔平の秘書になったのか?美羽は鼻で笑った。「あら!中山社長の人を見る目も、随分と落ちたものですね」副社長が言葉に詰まった。瑠衣の顔色が変わり、怒りを露わにしかけた。しかし、翔平からの注意を思い出したのか、グッとこらえて言い返した。「イヴリンさん、あなただけに実力があると思ったら大間違いよ」「そうでしょうか」副社長たちはその様子
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第286話

翔平は視線をそっと外し、上座に座ると、「始めましょう」と口にした。一同が着席する。美羽は最初から最後まで、翔平に目もくれようとしなかった。すると、「瑠衣、一旦外へ」という翔平の穏やかな声が聞こえた。瑠衣は唇を噛みしめて頷くと、ノートパソコンを抱えて会議室を出て行った。代わって、潤が議事録を取る。「続けてくれ」翔平が促す。副社長が答える。「承知いたしました」会議が再開された。その後の会議中、翔平は意見を言うこともなく、ただ静かに聞き入っていた。30分が過ぎ、協議は終了した。翔平が最後に二言ほど、提携についての考えを伝えた。その後立ち上がると、美羽の方を見て言い放つ。「社長室へ来い」その場がどよめいた。美羽は資料を片付ける手を止め、顔を上げた。返事を待つこともなく、翔平はポケットに片手を突っ込んだまま大股で会議室を出て行ってしまった。天嶺の上層部が、そんな翔平の背中を見送ってから、一同は順に会議室を退出した。副社長が美羽たちに声をかけてくる。もうお昼時だった。副社長が社食で昼食をとらないかと数人を誘う。もちろん、断る理由などない。副社長は愛想よく言った。「イヴリンさんは社長から呼ばれたそうですね。では、こちらは先に失礼します」美羽は軽く会釈し、自分のバッグを一紀に預けると、慣れた足取りでエレベーターに向かい、翔平の社長室の前に立った。ちょうど潤が中から出てくるところだった。美羽と目が合う。美羽の素性と業界での今の地位を察している潤は、自分と相手のあまりの差に気まずげに目をそらした。美羽はただ一瞥をくれただけだ。潤はさっと脇に退いて促す。「イヴリンさん、どうぞお入りください」美羽は足を踏み入れた。翔平はデスクの向こうに座り、室内には彼一人きりだった。「何の用?」美羽が尋ねる。翔平が初めてこちらを向き、言った。「明日の午前10時、幼稚園で保護者会がある。お前が行け」その言葉を聞いて、美羽はきょとんとした。わざわざ呼び出したのが、そんな理由だったとは思いもよらなかった。瑠衣のために何か言うのかとばかり思っていたからだ。「そんなの、電話で伝えればいいじゃない?わざわざ呼び出すなんて」今は翔平とできるだけ顔を合わせたくないのに。翔平は美羽
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第287話

翔平は手元の書類を一瞥した。「今は時間がない。追って電話する」美羽は指先に力を込め、感情を押し殺して背を向け、大股で歩き出した。食堂へは向かわず、エレベーターで下の階へ降りた。一紀に電話をかけ、用件を済ませた。通話を終え、ゲートを出ると、目の前に浩平が歩いてきた。美羽は彼を一瞥しただけで、無視して入り口へ向かった。通り過ぎる際、浩平が声を上げた。「イヴリンさん」美羽は足を止め、振り返った。「何か用でしょうか?」冷え切った態度に、浩平は言葉に詰まった。なぜ呼び止めたのか、自分でも分からない。美羽が背を向けようとすると、浩平は言った。「先日の母の件。代わりに謝罪させてほしい」美羽は皮肉めいた笑みを浮かべた。「野村社長は良い兄であり、良い息子ですね。言わなければ忘れていたところですよ。謝罪は不要です、いずれ自分でやり返しますから」そう言い放つと、美羽はその場を去った。浩平は立ち尽くし、美羽の背中が見えなくなるまで見送り、ようやく溜息をついてエレベーターへと向かった。受付のスタッフが素早くカードキーをかざした。浩平が翔平の社長室に行くと、まだ忙しそうだった。「瑠衣は?」翔平は顔を上げ、冷ややかに言った。「何だ、ここで苦労しているとでも思ったのか?」浩平はソファに座り、苦笑いした。「いっそ、翔平の下でみっちり学んでくれたらと思うよ」瑠衣は名門大卒で能力はある。ただ甘やかされて育ち、仕事の苦労を知らない。実家からも翔平からも可愛がられてきた。瑠衣は綺麗なお人形として守られていればいい存在だったのだ。中山グループで働き始めたのも彼女自身の希望だ。「学びたいのなら、教えるさ」「今後、もう少し分別をもって動いてほしいものだよ。そういえば、下でイヴリンさんを見た。顔色が悪かったが、また喧嘩したのか?」浩平は尋ねた。「喧嘩なんてしていない。仕事の話をしていただけだ」翔平は言った。浩平はそれ以上追及しなかった。二人は他の話題で談笑した。話が終わると、連れ立ってランチに出ようとした。社長室を出ると、浩平は何かが気になったように言った。「そういえば一つ聞きたいことが」翔平は頷く。「何だ?」浩平は言った。「5年前、翔平に頼んだ俺の実の父親の捜索の件だが、まだ覚えているか?」言葉が途切れ
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第288話

エレベーターを待っていると、ドアが開いた。瑠衣が中から出てきて、浩平を見て驚いた。「あらお兄ちゃん、どうしてここに?先に教えてくれればよかったのに」浩平は尋ねた。「翔平と少し打ち合わせがあってな。今日初出勤だったけど、どうだった?」その言葉を聞くと、瑠衣はシュンと表情を曇らせた。浩平は彼女の頭を優しく撫でながら言った。「大丈夫だよ。うまくいかなくても気にしなくていい。ゆっくり学んでいきなさい。でも仕事中はあくまで会社の一社員だっていうことは忘れないで」瑠衣はぶつぶつと文句を言った。「分かってるわよ……それより、今から二人でどこへ行くの?」「食事だよ」「へぇー、いいな。私も連れてってよ」「今回は仕事の話があるから、次はまた今度な」「分かったわ」翔平が口を開いた。「あとで鈴木がそっちに行く。今日の会議の議事録については、彼からしっかり教わっておくんだぞ」瑠衣は翔平を見てうなずいた。「はい」浩平は最後に少しだけ瑠衣を気遣う言葉をかけてから、翔平と一緒にエレベーターへ乗り込み、下の階へ去っていった。翔平が社長室に戻った頃には、午後の2時半を過ぎていた。彼はスマホを取り出すと、どこかに電話をかけて指示を出した。「この二人について、詳しく調べてくれ」その晩、美羽は夜の9時過ぎまで残業をした。ノートパソコンを片付け始めた時のこと。隆がドアをノックして顔を出した。「仕事は終わり?」「ええ、終わりましたよ」美羽はバッグを手に取ると、入り口へと向かった。二人は一緒に外へ出ると、夜食をとることにした。今朝は涼太が美羽を送り届けてくれていた。美羽は隆の助手席に乗せてもらい、近所のラーメン店へ向かった。「来週のA国出張、いつ出発するんだ?」と隆が聞いた。その話題が出た瞬間、美羽の気分は沈んでしまった。隆がちらりと彼女を横目で見て聞いた。「どうかしたか?」美羽は打ち明けた。「行けなくなるかもしれません。翔平が直接話がしたいって言ってて」隆は目を細めて言った。「とりあえずは、あいつが何を言うか聞いてみよう」「そうですね」二人は近所のラーメン店に到着した。美羽は、激辛ラーメンを注文した。食後、店から出ると、いつのまにか雨が降り始めていた。駐車場までは少し距離がある。「
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第289話

隆は視線を戻し、遠くを見つめながら言った。「ある映画の中に、すごく有名な名言があるんだ」美羽が尋ねた。「なんですか?」隆はゆっくりと言った。「過去を惜しみ、未来を案じるのは悩みのもと。昨日は歴史、明日は謎。でも今日は天からの贈り物。このギフトを大事に思って、今日という日を大切にしなさい」美羽は、ハッとした。「だから、過去に沈んだり未来を不安がったりしちゃだめだ。今日だけが全力で向き合うべきものなんだよ。だから、毎日を丁寧に生きよう」美羽はにっこりと微笑み、目元を三日月のように細めて言った。「先生の話、なんだか心に響きますね」隆も微笑んだ。「穏やかな気持ちになってくれたなら、嬉しいよ」美羽が満足そうに視線を戻すと、心のつかえが確かに取れたようだった。二人はそのまま街を歩いた。雨のせいで、道路はひどい渋滞だった。信号は赤で、直進レーンも車が詰まっていた。そこに、ベントレーが一台停まった。車内では、翔平が仕事の電話中で、窓の外へ目を向けた瞬間、歩道にいる二人の姿が目に入った。女性が屈託なく笑っていて、街灯の光がその瞳に柔らかな輝きを与えている。青信号に変わり、前の車が動き出す。運転手は静かに車を前に進めた。翔平は視線を外し、通話を終えてスマホを置いた。帰宅した頃には、すでに夜も更け、柚葉は寝息を立てていた。翔平は柚葉の部屋に入ると、ベッドの端に静かに腰掛け、布団から出ていた小さな両手を中へと優しく押し戻した。娘の柔らかな頬をそっとなでる翔平の目には、尽きない愛情があふれていた。あまり長くはいなかった。布団をかけ直し、最後に柚葉の額に口づけを落としてから、翔平は立ち上がって明かりを消した。美羽が寝ようとしたその時、スマホが震えた。画面を見た美羽の表情が曇る。美羽は迷った末、翔平を着信拒否リストから外した。電話に出ると何も言わなかったが、相手がすぐに告げた。「明日、柚葉を幼稚園に送るからお前が迎えに来い」「分かった」冷たい声でそう答え、美羽はすぐさま通話を切った。翌朝、美羽は支度をして家を出た。隆に電話を入れ、朝食の誘いを断り、すでに家を出たことを伝えた。美羽は昨夜、青凪郷の方に泊まっていた。「急ぎの用か?」美羽は言った。「柚葉を迎えに行かなきゃいけませ
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第290話

ボディーガードたちは、二人が立ち去るのを止めることはなかった。そして、そのまま踵を返した。高級車の中から、美羽が去っていく後ろ姿を見つめる彩乃の表情には、複雑な感情が入り混じっていた。車に乗り込んだ紗良は、不思議そうに尋ねた。「一体、誰から呼び出されたの?」「勘違いでなければ、白石さんの母親でしょうね」と美羽は答えた。紗良は思わず眉をひそめ、怒りを露わにした。「わざわざ美羽に何の用よ?」美羽はエンジンをかけ、フロントガラス越しに鋭い視線を向けた。「さあね」「はぁ、また美羽を困らせるつもりじゃないの?」「分からないわ」「……」車に近づいたボディーガードが、敬意を込めて声をかけた。「奥様」彩乃は視線を戻し、淡々と指示した。「帰ろう」一方の天嶺では。集めた資料を確認した翔平の表情が、一気に険しくなった。その時、スマホが小刻みに震え始めた。発信者を確認し、翔平は受話器を取った。「彩乃さん」20分後、翔平はホテルのレストランに到着した。翔平を見つけた彩乃は声をかけた。「翔平さん、どうぞ座って」翔平は彩乃の向かいの席に座った。彩乃がメニュー代わりのタブレットを差し出す。「好きなものを頼んでいいわよ」「お気遣いなく。このあと会食がありますので、今日はあまり長くお相手できません。ご用件を伺えますか?」と翔平は言った。彩乃はタブレットを傍らにいたスタッフに預けた。スタッフが丁寧にお辞儀をして、その場を離れた。ティーカップに口をつけた彩乃は、カップを置き、切り出した。「翔平さんと奥さんのことについて話したいことがあるの」翔平は何も返さなかった。彩乃は続けた。「浩平が、翔平さんに彼の父親と妹について調べてくれと頼んだそうね?」翔平は言い返した。「そちらも、調べていたのですか?」愛娘の瑠衣があまりにも酷い扱いを受けたことが許せず、彩乃はイヴリンが一体何者なのか、調べざるを得なかったのだ。だがその結果に、彩乃は息を飲み、目を疑った。美羽。忘れていたはずの名前だったが、その文字を見た瞬間、彩乃の心臓が大きく波打った。昔の美羽の面影と今のイヴリンが重なり、彩乃は言い知れぬ不安に襲われる。さらに今井家の現在の状況を調べさせてみたところ、何とも皮肉な運命だった。神様は本当に
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