All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

人生とはままならないもので、美羽は悠斗の「義姉」となった。「悠斗くんとはずいぶん会ってないわね」澪は感慨深げに言った。「どんな好青年になったかしら」悠斗は車を飛ばしてこちらに向かっていた。本来なら1時間近くかかる道のりを、数十分で駆け抜けてきたのだ。今日は取引先と会うため、スーツでびしっと決めていた。そのせいか、いつもより落ち着いた雰囲気だ。185センチの長身で、すらりとしている。少年っぽさの残る精悍な顔立ちは、人混みの中でもひときわ目を引く。中山家の男たちは皆、顔立ちが整っている。しかし、その中でもやはり翔平は別格の存在だった。澪の姿を見つけると、悠斗は人懐っこい笑顔で声をかけた。「澪おばさん、ご無沙汰しています」澪は微笑んだ。「久しぶりね。悠斗くん、ますます素敵になったわ」褒められても、悠斗はまったく照れることなく言った。「じゃあ、次にお会いするときは、もっと素敵になってますよ」澪は思わず笑ってしまった。本当に素直でいい子だ。悠斗は美羽を見て、からかうように言った。「ずいぶん大きくなったな。二人分食べてるんだろ」実は二人が会うのはかなり久しぶりだった。翔平と入籍した直後の食事会で会って以来だ。悠斗は、その時初めて美羽が翔平の妻になったことを知った。それ以来、中山家の集まりで悠斗の姿を見ることはなかった。きっと、会社を立ち上げたばかりで忙しいのだろう。久しぶりの再会でも、二人の間には気まずさなど微塵もなかった。悠斗の前では、美羽もまったく気を遣わない。思わず彼をじろりと睨み、蹴飛ばしてやりたくなった。残念ながら、今はお腹が大きくて思うように動けないけれど。時間が迫っていたので、悠斗と美羽は澪に別れを告げた。澪は、時間がある時に食事に来てね、と悠斗を誘った。「はい、ぜひ伺わせていただきます」それから、二人は車に乗り込んだ。悠斗の会社は東雲イノベーションセンターにあるので、都心からはかなり離れている。彼は美羽の大きなお腹に配慮して、帰りの道はできるだけゆっくりと車を走らせた。「おばあさんから聞いたよ。女の子なんだって?」美羽はお腹を撫でながら、静かに頷いた。「本当に神様のおかげだな。生まれてきたら、ここ数世代の中山家でたった一人の女の子だ。きっと、すごく可愛がられるぞ」中山家は
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第22話

しばらくして、会社に着いた。悠斗は、美羽のサポート役として、女性社員を一人つけてくれた。しばらくして、取引先の人がやってきた。美羽は悠斗の隣で、彼の同時通訳を務めた。商談はとても順調に進んだ。二人の会話を聞きながら、美羽はプロジェクトの概要を把握した。今回開発するのは世界市場をターゲットにした大型ゲームらしい。投資額は数十億円にものぼり、リリースまでには最低でも数年かかる見込みだ。商談が終わる頃には、もう5時になっていた。美羽は少し疲れを感じていた。悠斗は、美羽を先に休憩させるよう手配し、夜は一緒に食事に行こうと誘った。美羽は休憩室で澪に電話し、今夜は家で食事をしないと伝えた。しばらく座っていると、トイレに行きたくなった。スタッフに場所を教えてもらってトイレに向かうと、前方から悠斗の声が聞こえてきた。「ごめん母さん、今夜は睦月さんの誕生日のお祝いには行けそうにないんだ。俺の分までお祝いを伝えておいてくれる?また改めて日をみて挨拶に伺うから」……悠斗の言葉に、美羽は思わず足を止めた。今日は、悠斗の従叔母である睦月の誕生日パーティーなのか。中山家の人たちが自分にどう接するかは、ほとんど翔平の態度次第だった。以前は翔平のせいで冷たくされて、仲間外れにされているようで辛かった。でも今はもう、何も感じない。心は驚くほど穏やかだ。きっと今夜、翔平は瑠衣を連れて出席しているのだろう。電話を終えた悠斗は、こちらへ歩いてくる途中で美羽に気づき、きょとんとした顔になった。美羽は悠斗を見て、軽く微笑んで言った。「ちょっと、トイレに行ってくるね」悠斗ははっと我に返り、軽く頷いた。「気をつけて」美羽がトイレから出てくると、スマホが震えた。取り出して画面を見ると、日和からの着信だった。不思議に思いながら電話に出る。「おばあさん」日和の声が聞こえた。「美羽、今夜は本邸の方へ食事においで!」美羽は不思議に思ったが、すぐに察しがついた。たぶん、剛の体のことを考えて、誕生日パーティーは早めに切り上げて帰ってきたのだろう。日和は、自分が女の子を身ごもっていると知ってから、少し態度が優しくなった気がする。美羽は「はい、分かりました」と答えた。電話を切って、美羽が悠斗を探しに行くと、ちょうど彼が出てくるところだっ
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第23話

日和はもちろん、美羽の能力を知っていた。美羽と翔平を入籍させる前、人を使って調べさせていたのだ。美羽は全国トップクラスの成績で、学歴も申し分なく、仕事もできる。そんな美羽の遺伝子を受け継いだ子供なら、きっと聡明で優秀に育つだろう、と。それに、わざわざ有名な占い師に見てもらったところ、美羽は非常に良い運勢を持っており、翔平とも相性抜群で、彼の今後の事業を支える力になるだろう、と言われたのだ。ひとり親家庭ではあったが、家族仲は良く、複雑な事情もなかった。だから、美羽が妊娠したという理由だけでなく、そうした身辺調査を経た上で、彼女を中山家に嫁がせることを承知したのだった。もっとも、その占い師は、二人の結婚生活は順風満帆とはいかず、最後まで添い遂げるのは難しいだろう、とも言っていたが。悠斗は長居はしなかった。「この後、食事会があるので。おばあさん、これで失礼します。仕事が落ち着いたら、またゆっくり会いに来ますね」日和は、美羽に数言、気遣う言葉をかけた。悠斗が背を向けて立ち去ろうとした、その時だった。ちょうど翔平が帰ってきたのだ。美羽は翔平を見て、きょとんとした。悠斗は翔平に気づくと、「翔平さん」と声をかけた。翔平は「ああ」と頷き、「しばらく見なかったな。何をしていたんだ?」と尋ねた。二人は数言、言葉を交わした。「美羽を送ってきただけだよ。まだ用事があるから、もう行くね。また今度ゆっくり話そう」翔平は軽く頷いて、悠斗は去っていった。翔平は家の中に入ると、日和を見て「おばあさん」と声をかけた。美羽のことは、まるでそこにいないかのように無視した。「今日は何をしていたんだい?睦月が、あなたのことを気にしていたよ」……翔平は今日、誕生日パーティーには来ていなかった。美羽はふと、ある可能性に思い至った。きっと、瑠衣と一緒にいたのだろう。翔平からほのかに香る香水の匂いが、二人がついさっきまで一緒にいたことを物語っていたからだ。翔平も、恋をすれば普通の人と同じように、離れがたくて四六時中一緒にいたいと思うものなのだ。美羽の胸に、抑えきれない苦い気持ちが広がった。日和がわざわざ夕食に呼び戻さなければ、きっと翔平は瑠衣と食事をするつもりだったのだろう。そうこうしているうちに、3人はソファに腰を下ろした。
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第24話

美羽は、どうしようもなく胸が高鳴った。慌てて視線を落とし、手の中にあるベルベットの箱に目をやった。もうすぐ翔平に追い出されるというのに。日和がこんなことを言うなんて。もしかして、翔平が自分と離婚しようとしていることを、まだ知らないのかしら?たぶん、翔平はまだ家族に話していないんだろう。まあ、もうどうでもいいんだけど。日和は翔平と世間話をしながら、時々美羽にも話を振る。その態度の変わりようは、美羽にもはっきりと感じられた。結局は、中山家で唯一の女の子を身ごもっているからだろう。「お腹も日に日に大きくなってきたんだし、仕事も大変でしょ。もう会社には行かないで、家でゆっくり休みなさい」日和は、美羽がまだ翔平の会社で働いていることを知っていたのだ。美羽は頷いて、「はい、おばあさん。わかりました」と答えた。夕食の時間になり、食卓についていたのは剛と日和、それから翔平と美羽の4人だけだった。美羽は翔平の隣には座らず、向かい側の席を選んだ。日和はその様子を見て、何かを察したようだった。以前、本邸に来た時の美羽は、翔平に対していつも卑屈に機嫌をうかがっていた。あのびくびくした態度は、どこからどう見ても翔平には釣り合わない、品のない家の出という感じだった。日和は、心のどこかでやはり後ろめたさを感じていた。だが、美羽の妊娠はタイミングが良く、剛の体調もますます良くなった。しかも、お腹の子は中山家にとって貴重な女の子。これは神様のお導きに違いない。信じざるを得ないこともあるものだ。今の美羽の様子は、翔平に気に入られようとするのを、すっぱり諦めたかのようだった。剛は、翔平と会社経営のことについて話している。日和は、美羽に話しかけ、美羽はそれに相槌を打つ。穏やかな雰囲気が流れていた。美羽にとって、中山家の本邸でこれほど気楽に食事ができたのは初めてだった。夕食の後、日和は二人に、今夜は本邸に泊まっていくよう勧めた。しかし、翔平はそれを断り、日和も、無理強いはしなかった。そして、美羽は翔平の車に乗り込んだ。二人が去っていくのを見送りながら、日和は思わずため息をついた。剛は言った。「翔平が美羽を好きでないのは分かっているだろう。彼を不機嫌にさせるような真似はするな。すべてが落ち着いたら、二人には
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第25話

下腹に置いた手に、無意識に力が入る。いったい何を期待してるんだろう、と苦々しい自嘲の笑みを浮かべた。そういえば、二度ほど瑠衣の兄に会ったけど、たしかに彼の方が話の分かる人みたいだった。しばらくして、前方に地下鉄の駅が見えてきた。美羽は運転手に告げた。「すみません、前の地下鉄の駅で降ろしてください」翔平が他の女に、あんなに優しく話しているなんて、もう聞いていられなかった。二人きりの時間にしてあげよう。運転手はバックミラー越しに、翔平の反応をうかがった。翔平は瑠衣をなだめるような言葉をかけ、電話を切った。美羽は彼の方を横目で見ながら言った。「この子を産むまで、今井家でおとなしくしている」だから、あなたも安心して家に帰れるでしょ。その言葉を、美羽は口には出さず、心の中だけでつぶやいた。自分と同じ空間にいることが、そんなに嫌だったんだ。思えば翔平は、最初からまともに自分のことなんて見てくれなかった。ちっぽけな見栄のために必死で彼に尽くした自分は、結局、ただの笑いものだった。翔平は美羽に一瞥をくれただけで、すぐに視線を外し、無表情で「好きにしろ」とだけ言った。車はゆっくりと、駅の入り口に停車した。美羽はドアを開け、ゆっくりと車を降りる。その瞬間、吹きつける冷たい風で、目頭は赤くなった。地下鉄の入り口へ向かって歩き出すと、すぐ後ろで車が発進し、あっという間に走り去っていった。美羽は、思わず足を止めた。顔を上げて、頬を撫でる冷たい風に身を任せる。鼻の奥がツンとして、深呼吸でこみ上げてくる感情をなんとか抑え込んだ。地下鉄に揺られること、数十分。今井家に着く頃には、すっかり疲れ切っていた。澪から電話があり、帰宅に合わせてお風呂を用意してくれていた。家に着くと、美羽は正人たちを心配させないよう、できるだけ普段通りにふるまった。体を温めていると、体も少しずつほぐれていった。家族みんなでリビングに集まり、テレビを見る。その穏やかな雰囲気に、美羽の心も次第に落ち着いていった。正人たちとしばらく話した後、10時ごろに部屋に戻って寝ることにした。その時、ふと思い出した。ベッドの端に腰掛け、バッグから日和に貰った箱を取り出した。開けてみると、中には真珠のネックレスが入っていた。一目見ただけで、高価なもの
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第26話

栄和キャピタルは隆が一から立ち上げた会社だ。ここ数年で急成長を遂げて、時価総額は数兆円を超える。国内で天嶺と肩を並べられる数少ない会社と言える。両社はこの数年間、激しい競争を繰り広げてきた。かつて隆は、ぜひうちに来てほしいと誘ってくれた。本来なら栄和に行くべきだった。でも、あの頃の自分は高校時代からの夢を追いかけて、結局その誘いを断ってしまったんだ。しかも天嶺に入社してからは、ビジネスの場で栄和と敵対し、栄和からあるプロジェクトを奪ってしまったことさえあった。そのことは、ずっと心の重荷になっていた。隆に顔向けできないとさえ思っていた。でも、隆は恩知らずだと怒りも責めもしなかった。ただ一言、「私の目に狂いはなかった。君には本当に驚かされたよ」と言ってくれた。それから長い間、隆とは連絡を取っていなかった。そんな中、この間突然、隆から連絡がきた。多分、隆はあの頃から自分の苦しい状況を知っていたのかもしれない。そして、裏切ったはずの恩師が、最後に手を差し伸べてくれたんだ。好きという気持ちって、本当に人を盲目にさせて、物事の善し悪しを分からなくさせてしまう。でも、自分はまだ運が良かった。まだ、やり直せる。同僚二人の噂話はまだ続いていた。「二部のほう、美羽さんが兼任するようになってから調子良かったじゃない?いくつも大きなプロジェクトを取ってきたし。もったいないわよね。妊娠で異動になっちゃって。もし彼女が今回の海翔キャピタルの件を担当してたら、きっと取れてたわよ」「妊娠だけが理由じゃないみたいよ。なんでも、社長を怒らせちゃったんだって」「……」もう一人がもっと何か言おうとしたけど、くるっと振り返って窓際にもたれた時、ちょうど水を汲んでいた美羽の姿が目に入って、思わず言葉を飲み込んだ。美羽は聞こえないふりをして、水を汲むと、くるりと踵を返して給湯室を出た。オフィスに戻る途中、同じく戻ってきた翔平と出くわした。数メートル離れているのに、彼から放たれる凍るように冷たく、人を寄せ付けないオーラが伝わってきた。よほど機嫌が悪いのだろう。美羽はその氷のような表情を見ることができず、さっと身を引いて脇へ寄った。翔平がそばを通り過ぎる時、周りの空気が一気に重くなって、息もできないほどだった。美羽は目を
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第27話

あと20分ほどで着くそうだ。隆が言った。「もう一人連れて行くんだけど、構わないかい?」「もちろんです」と美羽は答えた。「ちょうどいい。きっと君と話が合うと思うんだ」「はい」そこで電話は切れた。20分後、隆たちが個室にやってきた。彼らの隣には若い女性がいた。優しそうで包容力のある顔立ちをしている。年は30歳くらいだろうか。肩までのボブヘアで、きっちりとしたスーツを着こなしている。落ち着いた雰囲気から、仕事のできる人だと一目でわかった。みんなで挨拶を交わした。隆が美羽に紹介した。「こちらは岡田直美(おかだ なおみ)。大学時代の後輩なんだ」そして今度は直美に向き直って言った。「話していた教え子、美羽さんだよ」美羽の方から声をかけた。「こんにちは。直美さんとお呼びしてもいいですか?」直美は微笑んで言った。「もちろんですよ。今日は先輩についてきただけなので。お邪魔じゃなかったんでしょうか」「とんでもないです」そう言うと、席に着き、食事を注文した。美羽は大輔にお礼を言った。「この前は、きちんとお礼を言う時間がなくてすみませんでした」「たいしたことじゃないよ。そんなに気にしなくていい。会社、辞めたんだって?」と大輔は言った。「はい。1ヶ月だけ、佐野先生のアシスタントをすることになったんです」「そりゃいいな。これからは彼に面倒見てもらいなよ」と大輔は笑った。「それにしても、あの寒い夜に妊婦一人を放っておくなんて。あんな奴とは早く離婚しちまえよ。世の中にはもっといい男が沢山いるんだから」大輔も美羽とはもう何年も知っているので、彼女の人柄はよくわかっている。妊娠を利用してのし上がろうとするような、卑しい真似をするはずがないと思っていた。そもそも、あの中山家だ。妊娠したくらいで、簡単に折れるような家じゃない。美羽自身によほどの価値を見出したからこそ、嫁として迎え入れたに違いなかった。美羽はかすかに微笑んで頷いた。その言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。食卓では、和やかな雑談が続いていた。美羽は、直美が今年の初めにA国から帰国して栄和キャピタルに入社したことを知った。今回の海翔キャピタルの案件にも関わっていて、まさに隆の右腕らしい。海翔の上場が無事承認されたことで、栄和には少なくとも百億
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第28話

直美の言葉を聞いて、瑠衣の顔つきが、すっと冷たくなった。直美は瑠衣を無視し、無駄な口論をする気もなさそうに、美羽に声をかけた。「美羽さん、行きましょう!」直美は美羽の腕を引いて、その場を離れようとした。美羽は直美の険しい表情を見て、尋ねた。「何かあったんですか?」直美は答えた。「何でもないです。ただ、あの女が気に食わないだけですよ」二人の後ろ姿を見送りながら直美の言葉を聞いた瑠衣は、ひときわ鋭い眼差しになった。少し歩いたところで、美羽はふと何かを思い出し、言った。「すみません、直美さん。個室から私のバッグを持ってきてもらえませんか。さっきの人に返したい物があるんです」直美は眉間にしわを寄せ、「あなたも彼女と知り合いなんですか?」と尋ねた。美羽は「いえ、知り合いというほどでは」と答えた。直美はそれ以上は聞かなかった。「分かりました。じゃあ、ここで待ってください。すぐに戻りますから」「はい」直美は足早にその場を離れた。美羽はトイレの方に視線を送り、その場に立って待っていた。数分後、瑠衣がトイレから出てくると、そこで待っている美羽に気づいた。瑠衣は美羽に歩み寄り、穏やかな表情で言った。「私を待っていてくれたのですね」美羽は言った。「はい。白石さんにお返ししたいものがあって。少しだけ、お待ちいただけますか?」瑠衣は何か思い当たったように唇を吊り上げて言った。「あの真珠のこと?安物だから、もともと捨てるつもりだったので、返す必要はないですよ。もらっても困りますし」美羽は瑠衣を見つめた。瑠衣はにこっと笑うと、「では」と言った。美羽の横を通り過ぎようとした時、前から歩いてくる直美の姿が目に入った。瑠衣はまっすぐ直美の前まで歩いていくと、直美はゆっくりと足を止めて彼女を睨みつけた。瑠衣はハイヒールを履いていて、直美とちょうど同じ目線の高さだった。「直美さん、知ってるでしょ?私、人に馬鹿にされるのが一番我慢ならないの。さっきの態度を謝ってくれるなら、今回は見逃してあげるわ」瑠衣は口元に笑みを浮かべ、甘い声で言った。もしその言葉の内容を知らなければ、ただフレンドリーに話しかけているようにしか見えないだろう。直美は瑠衣を見て、嘲るように唇を歪めた。「白石さんは相変わらずご立派ね。でも、一つ忠告して
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第29話

直美はまったく臆する様子もなかった。「ええ、いいわよ。中山社長は私にどう責任を取らせるつもりかしら。私なんかが逆らえるわけないんだから、好きにすればいいわ。そういえば野村社長も今日一緒なんでしょ?話が早いわね。彼の妹さんを殴ったのよ。文句があるならまとめて聞くわ」美羽は直美を見ながら、自分がなんて情けないのだろうと思った。夫が他の女を庇う姿を見ても、一歩前に出る勇気すらなかった。美羽は拳を握りしめ、翔平の前に進み出て言った。「白石さんが先に手を出そうとしたの。直美さんは、ただ自分を守ろうとしただけ」翔平は美羽に視線を移すと、さらに冷たい目で言った。「ここでお前が口を出す資格はない」その言葉が冷ややかに響いた。美羽は心臓を強く殴られたような衝撃を受け、瞳が震えてもう翔平の顔を見ることができなかった。「中山社長は本当に一途なんだね!」大輔の声がした。隆と大輔がこちらへ歩いてきた。浩平も一緒だった。さきほど直美が個室に戻った時、隆たちに簡単に説明していたのだ。瑠衣に会ったことと、美羽が瑠衣に渡すものがある、ということを。隆は少し待っていたが、やはり心配になって探しに来たらしい。そこで外で電話をしていた浩平とばったり会ったのだ。浩平は、翔平の腕の中にいる瑠衣を一瞥すると、次に直美に目をやった。「お兄ちゃん!」瑠衣が不満そうな声で浩平を呼んだ。浩平は瑠衣の頬の赤みに気づき、眉をひそめた。「おや、白石さんは殴られたのか。ずいぶん赤くなってるじゃないか。すぐに病院へ行かないと。もし傷でも残ったら大変だ」大輔は心配そうな顔をしていたが、その言葉には明らかな揶揄がこもっていた。直美もすぐに話に乗った。「病院?それならヘリでも手配しないと。でなければ、着く頃にはすっかり治っちゃうわよ」「……」二人の息の合ったやり取りを聞きながら、瑠衣はみるみるうちに顔を曇らせた。直美は浩平に向き直ると、うんざりしたように言った。「野村社長。中山社長は私に責任を取らせたいみたい。あなたも早く決めてくれないかしら。みんなの時間を無駄にしたくないの」浩平は顔をこわばらせていた。「しかし中山社長。お腹の大きい奥さんがここにいるだろう。少しは控えたらどう?こんなことが知られたら、みっともないからね」大輔はすかさず嫌味を言った。
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第30話

「直美!」隆は語気を強めた。パチン。乾いた音が響き、それが力いっぱいの一撃だったことがうかがえた。直美は自ら自分の頬を打ち、浩平を見据えた。「これで、妹さんの分は返したわ。もし足りないって言うなら、何発でも殴ってやるから」浩平は無表情な顔で、横にいる隆に向かって言った。「佐野社長、もうこれで終わりにしましょう」「行くぞ」浩平は翔平に視線を送った。翔平は瑠衣の腰を抱き、その場を去ろうとした。直美は手に持っていたバッグを美羽に渡した。「白石さんに、返すものがあったでしょう」美羽ははっとして、バッグを受け取った。そして中から例の真珠を取り出すと、瑠衣の前に進み出た。「白石さんが要らないと言ったゴミを、私が代わりに捨てる筋合いはありません。ご自分でどうぞ」瑠衣は冷たい目で美羽を見つめ、手を出そうとはしなかった。突然、大きな手が伸びてきて、その真珠をひょいと取り上げた。美羽の手のひらが、こわばった。次の瞬間、翔平は躊躇なくその真珠をゴミ箱に投げ捨てた。そして、瑠衣の手を握り、大股で去って行った。浩平は美羽を一瞥したが、すぐに視線を外し、何も言わなかった。美羽は手を差し出したままの姿勢で、その場に立ち尽くしていた。直美が美羽に駆け寄り、その体を支えた。「美羽さん……」美羽は、ゆっくりと手を下ろした。「とりあえず個室に戻ろう」と隆が言った。個室に戻ると、直美がたまらず尋ねた。「美羽さん、中野社長と結婚してたんですか?」美羽は小さく頷くだけで、何も言いたくないという様子だった。直美の視線は美羽の大きなお腹に注がれ、皮肉な笑みを一層深めると、グラスを一気に呷り、テーブルに叩きつけるように置いた。「白石さんって、本当に人の男を盗るのが好きなんですね。よっぽど男に飢えてるのでしょう。もっと強く、何発か殴ってやればよかった」「もういいだろう、直美。それくらいにしておけ」と隆が言った。直美は口を閉ざした。「しかし、すごい勢いで叩いたな。顔、腫れてるじゃないか。氷でももらおうか?」大輔が言った。「このくらい平気よ。そんなヤワじゃないから」直美は答えた。その場は、途端に重苦しい雰囲気に包まれた。隆は美羽の青白い顔を見て尋ねた。「大丈夫か?」美羽は隆を見て首を横に振り、無理に笑顔を作
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