冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

100 チャプター

第11話

美羽は何度も立ち止まりながら歩いた。お昼をろくに食べていなかったので、寒さと空腹でお腹が痛み始めていた。それから、30分ほど歩いただろうか。美羽は、ようやく住宅街の出口までたどり着いた。外に出ようとすると、警備員に止められた。「中村さん、旦那さんからお戻りくださいと連絡がありました」美羽はきょとんとした。翔平が自分を心配して呼び戻そうとしているわけがない。「戻りません」美羽はそう言って、お腹を押さえながら外へ出ようとした。しかし、警備員は美羽の前に立ちはだかった。「申し訳ありませんが、お通しするわけにはまいりません。妊娠中のお体で、こんな寒い夜に何かあっては責任がとれませんから。どうぞ、お戻りください」美羽は警備員を見上げ、白い息を吐きながら口調を和らげた。「スマホをお借りできますか?一度だけ電話をかけさせてほしいんです」警備員は言った。「申し訳ございません」美羽はその場に立ち尽くした。お腹の痛みは、どんどん強くなっていく。その時、後ろから、クラクションの音が聞こえた。美羽が思わず振り返ると、運転席に座る人影が見えた。それはまるで救いの神のようだった。彼女はお腹をかばい、足を引きずりながら車に近づいた。今日転んだ膝はまだ治っておらず、冷たい風にあたってさらに痛む。陣内大輔(じんない だいすけ)が、助手席の窓を下ろした。美羽は言った。「陣内さん、ここから連れ出してもらえませんか?」大輔は何も聞かずに言った。「乗りなよ」「ありがとうございます」美羽はドアを開けて車に乗り込んだ。警備員は止めることもできず、ただ大輔の車が走り去るのを見送るだけだった。そして警備員の詰所に戻ると、内線をかけた。「中山さん、奥さんが陣内さんの車でお出かけになりました」……大輔は美羽の顔色を見て尋ねた。「お腹の調子、悪いのか?」美羽は隠さず、素直にお願いした。「すみません、病院に連れて行ってもらえなませんか」それを聞くと、大輔は、車のスピードを上げた。途中、隆から電話がかかってきた。二人は今夜会う約束をしていて、いつ頃着くかという連絡だった。「美羽さんにばったり会ってさ。今から病院に送るところなんだ」一番近くの病院に到着すると、大輔が美羽のために救急の受付をしてくれた。医師の診察を受け、点滴を
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第12話

「その膝の怪我は、どうしたんだ?」と隆が尋ねた。美羽は力なく首を振り、説明する気力もなくて「何でもないです」とだけ言った。隆はそれ以上聞かなかった。病室に気まずい沈黙が流れた。しばらくして、美羽が口を開いた。「先生、私、この子と一緒に海外に行きたいんです」隆は美羽の顔を見ながら「急に、どうしたんだい?」と尋ねた。美羽はお腹に手を当て、天井を見つめながら言った。「この子を中山家に残していくのは不安なんです」「中山家は今、この子を欲しがっている。どうやって連れ出すつもりなんだ?」そうだ……この子を連れ出す力なんてあるはずがない。日和は、まだこの子をとても大事にしているし。自分にはどうしたって、この子を連れてはいけないんだ。隆は立ち上がると、美羽の布団をかけ直し、優しく言った。「ほら、今は余計なことを考えちゃだめだ。まずは体をしっかり治すこと。自分を一番に考えるんだよ」そこへ大輔と看護師が入ってきた。看護師が美羽に薬を塗ろうとしたので、隆と大輔は病室から出た。「今日、美羽さんと中山の間で何かあったのか?」大輔が尋ねた。隆は「分からない」とだけ答えた。大輔はため息をついた。「ああ、美羽さんもそろそろ中山から追い出されそうだな。今日、彼が誰と一緒にいたか、当ててみろよ」隆は黙って大輔を見た。大輔はニヤリと意味ありげに笑って言った。「当ててみろって」隆は、じっと大輔を見つめるだけで何も言わなかった。大輔は隆の腕を肘でつついて、「ほら、当ててみろよ!」と促した。隆は視線をそらし、相手にするのも面倒だという態度を見せた。「くだらないな」大輔もこれ以上もったいぶるのをやめた。「MKグループの白石家のお嬢様だよ」その言葉を聞いても、隆の表情はまったく変わらなかった。大輔は驚いて、食い入るように彼の顔をまじまじと見つめた。隆は大輔の顔を手で押しやり、げんなりした様子で言った。「顔を近づけるな、鬱陶しい」「本当に何の反応もないんだな」隆は大輔を、まるで馬鹿を見るような目で見た。大輔はすっかりお手上げで、ため息をついた。「はぁ、さすがは我らが清廉潔白な佐野教授だよ。お前が相手にしなかった白石さんを、中山は宝物みたいに可愛がってるっていうのにな」……看護師がドアを開けて出
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第13話

「書類は今日中に全部終わらせるわ。引継ぎも急いでやるから」翔平は冷たく美羽を一瞥しただけで、何も答えずに、まっすぐダイニングへと向かった。翔平が去った後。美羽は息をつき、ソファへと向かった。ゴミ箱に投げ入れた書類の束を見て、彼女はソファに座る。そして、ゴミ箱をテーブルの上に置き、中から書類を取り出すと、ゴミ箱を元の場所に戻した。パラパラと書類に目を通すと、それは全てただの古い書類だった。これを整理しろだなんて、ただの嫌がらせにすぎない。美羽は書類を持って、部屋に戻った。部屋のドアは、まだ鍵が掛かったままだった。美羽はダイニングに行って、翠を呼んだ。翠は翔平の方をちらりと見た。彼女が何も言わないのは、黙認の合図だ。翠は美羽の方へ歩いてくると、きつく睨みつけた。美羽は部屋に入って、まずスマホを手に取ると、不在着信が何件も入っていた。澪と、それから正人からだ。美羽はすぐに澪に電話をかけた。「昨日は帰ってこなかったけど、どうしたの?電話も出ないし、すごく心配したんだから」美羽は心配をかけたくなくて、適当な言い訳をした。「今夜は帰るから」澪は特に何も言わず、「分かったわ」とだけ答えた。電話を切ると、美羽はもう一度着替えを済ませた。この服はまた今度返すしかない。彼女は書類を抱え、スーツケースを押しながら、会社へ向かおうと玄関を出た。リビングに着いた途端、山下恵(やました めぐみ)の丁寧な声が聞こえた。「百合様、いらっしゃいませ。翔平様はまだお食事中でございます」美羽は思わず足を止めた。ウールのコートを羽織った、気品あふれる百合の姿が見えた。百合がコートを脱ぐと、翠が両手でそれを受け取った。百合は美羽に気づいた。我に返った美羽は、前に進み出て「百合さん」と呼びかけた。以前、美羽が二人きりの時に「お母さん」と呼んだら、百合は冷たい顔でこう言ったのだ。「人前では仕方ないけど、二人きりの時は『お母さん』なんて呼ばないで。あなたのこと、まだ嫁として認めたわけじゃないから」その時、翔平がダイニングから出てきて、百合の姿を見ると、「母さん、どうしてここに?」と尋ねた。百合は言った。「先に行っててちょうだい。美羽と少し話があるから」翔平は特に何も言わず、先に2階へ上がっていった。百合はソ
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第14話

翔平は気にも留めず、百合に一言声をかけると、美羽を一瞥もせずにその場を去っていった。百合はさらに美羽をなじると、腹を立てた様子で去っていった。翠と恵は、百合を車まで見送るためについていった。美羽はその場に立ち尽くしていた。天井を仰ぎ、息を深く吸い込んでから、寝室へと向かった。さっきの説教じみた口ぶりからして、翔平はまだ、子供が生まれたら離婚するという話を百合にはしていないのだろう。もし話していたら、あんなに自分を嫌ったり怒ったりはしないはずだ。だって、自分が中山家の嫁でいるのも、あと数ヶ月のことなのだから。美羽は、服を着替えて、リビングに出ると翠と恵に会った。二人は軽蔑したように美羽を睨みつけ、ダイニングの方へ歩いて行った。美羽は気にも留めず、スーツケースを押しながらエレベーターで駐車場へ向かった。この数百万もするアウディは、正人が結婚祝いに買ってくれた車だ。それは当時、正人がやっとの思いで工面してくれたお金だった。翔平のガレージに停まっていると、ひどく場違いで、みすぼらしく見えた。まるで、二人の身分の差そのものだった。天と地ほど違うのだ。美羽は会社に着くと、日中は、後任の社員と仕事の引き継ぎをした。遥は今日、不機嫌な態度で嫌味を数回言ってきたが、仕事のことで意地悪をしてくることはなかった。終業時間になってから、美羽は、翔平から指示されたタスクを片付けるために残業を始めた。たとえやり遂げたところで、翔平が見向きもしないことは分かっていたが、それでもやらなければならなかった。昼休みと日中に一部を片付けていたので、夜11時までには終わらせるつもりだった。そこへ澪から電話があり、いつ帰ってくるのかと聞かれた。「今夜は残業だから、少し遅くなるわ」澪は心配そうに言った。「涼太に迎えに行かせるわ」「今日は自分で車で来てるから大丈夫」「でも、会社のそばで待っていてもらうだけでもいいじゃない?あなたの車について走ってくれるだけでも、夜中に妊婦が一人で運転するのは、やっぱり心配よ」美羽はそれ以上、断らなかった。夜の9時になって、涼太から電話があり、夜食を持って会社のビルに着いたとのことだった。ちょうどお腹が空いていたし、少し歩きたいとも思っていた。足がパンパンに浮腫んで痛かったからだ。
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第15話

浩平はすっと視線をそらし、エレベーターの方へ歩いて行った。美羽は、ロビーにある休憩スペースで夜食を食べていた。「だいたい、いつ頃までかかりそう?」と涼太は聞いた。「あと2時間くらいかな」涼太は眉をひそめた。「引継ぎって、そんなに遅くまでかかるものなのか?」美羽は、涼太を心配させたくなくて、本当の理由は言わなかった。「今日だけだよ。引継ぎ自体は、あと数日もあれば終わるから」今の引継ぎは雑務ばかりだから、時間はそんなにかからない。遥から押し付けられていた厄介な仕事は、もう終わらせてあるから。涼太は、思わず美羽の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。「大変だな。無理しないで、なるべく早く終わらせよう」「うん」夜食を終えると、美羽は仕事に戻るため、またオフィスのある階へと向かった。涼太はここで待つことにした。ちょうど自分の仕事もできるからだ。美羽はエレベーターで上の階に上がると、自分のデスクに戻り、再び仕事に取り掛かった。夜の11時半になって、やっとのことで仕事を終えた美羽は、データをまとめて翔平にメールを送った。念のため、紙でも一部プリントアウトしておく。すべてを終えると、どっと疲れを感じた。体はくたくたで、もう限界だった。翔平がまだ残っているか分からなかった。少し迷ったけど、美羽は書類を抱えて社長室へ向かった。すると、ドアが内側から開けられた。浩平は美羽を見て驚いた。「まだ仕事してたのか?こんな遅くまで」美羽は小さく頷き、「社長に渡す書類がありまして」と言った。浩平は美羽のために道を開けた。美羽が中に入ると、翔平がデスクの後ろに座っているのが見えた。彼の服装に乱れはなく、その顔はいつも通り整っていて威厳に満ちている。どうやら二人は仕事の話をしていたようだ。翔平は美羽に気づくと、冷たく重い声で言った。「何の用だ?」美羽はデスクに書類を置き、事務的な口調で言った。「書類はすべて処理が終わりました。社長のメールにも送っておきました」翔平は冷たく厳しい顔で聞き返した。「お前の上司は誰だ?その仕事は誰に提出すべきか、分かっていないのか?」美羽は一瞬固まり、そして書類を手に取った。「申し訳ありません。順序を間違えました」書類を抱えたまま、くるりと背を向けてドアに向かった。浩平はポケットに
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第16話

美羽は浩平のすぐ後ろに立っていた。彼も自分の立場を知っているようだったが、竜之介のようにあからさまな嫌悪感は示さず、紳士的な人だった。エレベーターを降りた瞬間、スマホがぶるっと震えた。涼太からの電話だった。美羽は電話に出て「今、エレベーターを降りたところ」と伝え、電話を切った。美羽がセキュリティゲートを抜けるころには、浩平の姿はもう遠くにあった。そして、迎えに来ていた涼太の姿を見つけた。涼太が駆け寄って、美羽の体を支えてくれる。会社のビルを出て、美羽の荷物を自分の車に乗せると、涼太は彼女を家まで送ってくれた。家に着いたのは、もう夜中の12時半を過ぎていた。美羽は手早くシャワーを浴びると、すぐにベッドにもぐりこんだ。それから数日間、美羽はずっと今井家で過ごした。月見ヶ丘の邸宅からは誰からも連絡はない。どうせ、どこで何をしていようと、誰も気にもかけないのだ。この数日で、仕事の引き継ぎも順調に終えることができた。澪は毎日早起きをして、美羽のために食事を作ってくれた。美羽の顔色も体調も、目に見えてよくなってきた。百合と翔平に深く傷つけられた心も、家族と過ごすうちに少しずつ癒えていった。土曜日。澪は美羽と一緒に、都心にあるヨガスタジオへ出かけた。そこは美羽がネットで見つけたスタジオだった。料金はかなり高いけれど、設備は最新でインストラクターの質も高い。妊婦向けの専門的なマンツーマン指導も受けられる。詳しい話を聞き終えると、美羽はとても気に入った。ただ、値段は確かに高額だ。マンツーマンレッスンは一回16万円からで、指名するインストラクターのランクによって値段はさらに上がるらしい。スタッフの話では、マンツーマンレッスンの顧客は、セレブな貴婦人や令嬢が多いとのこと。もちろん、出張指導も可能だが、そうなると料金はもっと高くなるそうだ。澪は美羽のためにその場で予約を入れてくれた。まずは1ヶ月、200万円の真ん中くらいのコースだ。美羽は自分で払うと言った。以前、翔平の秘書をしていた頃は年収2千万円を超えていたから、少しは貯金がある。でも、ここ数年は涼太が起業したばかりで、かなりの額を投資している。会社はまだ軌道に乗ったばかりで、澪も、自由に使えるお金はあまりないはずだ。昔、正人の会社が経営難に陥っ
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第17話

瑠衣はふと足を止め、予想外そうな顔をした。美羽は瑠衣を見た。瑠衣はヨガウェア姿で、そのスレンダーなスタイルが際立っている。白く滑らかな肌に、長く細い手足と引き締まったくびれ。完璧な曲線美には、何の欠点も見当たらなかった。お団子ヘアにした瑠衣の顔は、すっぴんなのに欠点ひとつないほど綺麗に整っていた。女性が見ても思わずときめくほどだから、男性ならなおさらだろう。美羽は瑠衣を見た瞬間、思わず目を伏せた。さっきの彼女たちの会話が頭から離れず、胸が締め付けられるように痛み、そのまま歩き出した。瑠衣は立ち止まったまま、自信なさげな美羽の姿を見つめていた。口元にかすかな笑みが浮かんだが、心は少しも晴れない。こんな太って醜い女、自分と比べる価値すらないのだから。「瑠衣、どうしたの?」葛城絢香(かつらぎ あやか)は、立ち止まったままの瑠衣を不思議そうに見て尋ねた。瑠衣はすぐに表情を隠し、いつもの美しい笑顔で「なんでもないわ」と答えた。美羽は気持ちをなんとか落ち着けてから、澪のところへ戻った。「澪さん、行こう!」澪は、美羽の様子がいつもと違うことには気づかなかった。二人はエレベーターで下の階へ行き、ショッピングモール内のスーパーで食材を買った。今度は美羽が支払いを譲らなかったので、澪もそれ以上は何も言わなかった。ショッピングモールを出て、ちょうどタクシーを拾おうとした時だった。遠くに、ひときわ目を引く人影が見えた。高そうな高級車のそばに、一人の男性がドアに寄りかかっていた。浅いグレーの薄いウールのセーターを着て、ストレートのパンツに包まれた長い足が目を引く。モデルのような完璧なスタイルと整った顔立ちで、育ちの良さが感じられる上品な雰囲気を醸し出していた。背後には何億もする高級車、手首には数十億はくだらない腕時計。その財力は、彼の大人びた魅力をさらに引き立てていた。男はただ静かにそこに立っているだけなのに、そよ風さえも彼を通り過ぎる時、お金の匂いを纏っているかのようだ。道行く人は皆、うっとりと目を奪われていた。ただ、彼の周りには人を寄せ付けない冷たい空気が漂っていて、誰も近づこうとしなかった。「翔平さんだわ」澪が言った。その声で美羽は我に返った。「挨拶しに行く?」澪は美羽の顔をうかがった。美羽は足
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第18話

美羽と澪は、今井家が暮らすマンション――翠月台に戻った。美羽は服を着替えて、薄く化粧を直した。どう頑張っても妊娠中の体は着ぶくれして見えたが、せめて気持ちだけでも引き締めたかったのだ。午後5時ごろ、ちょうど家に帰って来た涼太が、車で美羽を松風の庵まで送ってくれた。そこは東都の郷土料理を看板メニューにした料亭だ。落ち着いた雰囲気の一軒家で、その洗練された空間は多くの著名人たちを惹きつけていた。「お兄ちゃん、先に帰ってていいよ!」「何かあったら電話するから」「わかった」美羽は店内に入ると、隆に電話をかけた。隆たちは今こちらへ向かっているところらしい。その後、店員に案内されて予約席の個室に通されると、ジュースと茶菓子が運ばれてきた。美羽は静かに隆たちの到着を待った。十数分ほど経ったころだった。隆とマイケル、そしてそのアシスタントが到着した。マイケルは50歳を超えているが、とても若々しい。いかにも西洋の紳士といった、優雅で気品のあるたたずまいだ。美羽が立ち上がってマイケルに挨拶すると、マイケルは彼女の大きなお腹に気づいた。そして紳士的に軽い握手を交わし、気を遣わずに座るよう促してくれた。全員が席につくと、店員がやって来て、メニューを差し出した。隆は美羽に、マイケルへおすすめの料理を説明してあげてほしいと頼んだ。美羽はE国語が非常に堪能だったので、マイケルとのコミュニケーションには何の問題もなかった。もちろんE国語だけではない。美羽は、母国語、E国語、D国語、F国語と、合計4か国語を流暢に話すことができた。以前、翔平の海外出張に同行した際には、いつも美羽が通訳を務めていた。注文を済ませると、食事と会話が始まった。4人は東都の文化やグルメについて話していたが、やがて自然と専門的な話題へと移り、今日の講演会の内容についても語り合っていた。美羽は真剣に耳を傾け、適切なタイミングで意見を述べた。隆は、事前にマイケルへ美羽のことを紹介していたようだ。マイケルは彼女の実力を探るように、いくつか質問を投げかけた。美羽は客観的かつ専門的な視点から、流暢な言葉で答えていった。マイケルは何度も頷き、非常に満足している様子だった。マイケルは隆の方を向いて、美羽のことを褒めた。「あなたの教え子は素晴らしいね!エルスタ
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第19話

けれど、隆の態度はどこか他人行儀だった。隆は瑠衣と軽く手を合わせると、よそよそしい声で「こんにちは」とだけ言った。瑠衣は口元の笑みをひきつらせたが、すぐに気持ちを切り替えて手を引いた。「お食事の邪魔をしてはいけませんので、これで失礼致します」隆は軽くうなずくと、道をあけた。翔平は瑠衣と歩き出し、個室の前を通り過ぎる時、ふと見慣れた姿が視界の隅に入った。マイケルと楽しげに話していた美羽だったが、ふと廊下を通り過ぎる人影に気がついた。思わず外に目をやると、一瞬見えただけの後ろ姿でも、それが誰なのかはっきりと分かった。美羽の心は重く沈んだが、平静を装い、顔には少しも出さなかった。ちょうどその時、隆が個室の中へと戻ってきた。翔平と瑠衣はエレベーターに乗った。瑠衣が翔平を見つめて尋ねる。「翔平さん、どうしたの?」翔平は瑠衣に目を落とした。その端正な顔は明らかに不機嫌そうで、「俺の前で、他の男を褒めるなよ」と低い声で言った。瑠衣はすぐに否定し、甘えるように言った。「そんなことないわよ。ただの社交辞令じゃない?私の中では、翔平さんが一番に決まってるでしょ」隆のそっけない態度にもやもやしていたが、翔平が本気で嫉妬してくれているのを見ると、気分はたちまち晴れやかになった。瑠衣はつま先立ちになり、翔平の頬にキスをした。食事が終わると、隆と美羽は、マイケルとそのアシスタントを車まで見送った。今日の会食は非常に和やかなものだった。マイケルは去り際に隆と再び握手を交わし、美羽には体を大切にして、安心して出産に臨むよう言った。入学はその後でいいから、と。美羽は嬉しかった。こんなに晴れやかな気持ちになったのは、本当に久しぶりだった。マイケルを見送った後、美羽は隆の車に乗った。迎えに来た助手が運転してくれた。「先生、今日は本当にありがとうございました」隆は言った。「礼なら私じゃなく、君自身に言うべきだ。こっちはきっかけを作っただけ。君の実力がマイケル教授に認められたんだよ。だから、入学のことは焦らずに。まずは無事に出産して、体を大事にしなさい」美羽は「はい」とうなずいた。「来週月曜には仕事の引き継ぎが全部終わるので、学校に行けるようになります」「うん、焦らなくてもいい。自分のペースで進めなさい」……
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第20話

翌日。澪は、美羽と一緒にヨガスタジオへ向かった。昨日、ここで瑠衣にばったり会ってしまった。彼女もここに通っていると思うと、美羽は足が重かった。夫を奪ったのは瑠衣なのに、会うのが怖いのは自分の方だった。瑠衣を責める勇気さえ、美羽にはなかった。本当は顔も見たくないけど、もうお金を払ってしまったから仕方ない。幸い、午前中に瑠衣と顔を合わせることはなかった。レッスンが終わる頃には、もうお昼になっていた。澪は、美羽のためにお弁当をわざわざ作ってきてくれていた。やさしい味の煮物に、だし巻き卵、青菜のおひたしまで入っていて、栄養バランスもばっちりだ。こんな風に大切にされるのは、本当に嬉しいことだった。二人はショッピングモールの中にある広場で食べることにした。昼食を終えると、二人はモールの中をぶらぶら歩いた。でも、可愛い洋服を見ても、美羽は全く買う気になれなかった。自分のものは買わずに、澪と正人、そして涼太のために冬服をプレゼントした。そろそろ帰ろうかという時だった。美羽のスマホが鳴った。電話の相手は悠斗。彼は翔平の従弟で、今年24歳になる美羽の同級生だ。二人は中学から高校まで、ずっと同じクラスだった。だけど高校2年の時、美羽は大きな病気をして1年間休学した。学校に戻ってきた時には、薬の副作用で15キロも太ってしまい、すっかり見た目が変わってしまっていた。学校中の視線が痛かった。ひどい噂もたくさん流れた。「学園のアイドルが、ただのブタになった」とか、そんな心無い言葉もあった。そんな言葉に、美羽の心はボロボロに傷ついた。一時は退学まで考えたほどだ。すると、悠斗が陰口を叩いた男子生徒を病院送りにするほど殴りつけた。休学したせいで、美羽は悠斗より一学年下になってしまった。それから悠斗は、休み時間のたびに美羽の教室の前をうろつき、誰かが悪口を言っていないか見張るようになった。悠斗の家が有力者であることは学校中が知っていた。それに、悠斗は見た目も成績も良い。だから、誰も彼に逆らおうとはしなかったし、先生たちでさえ彼には一目置いていた。悠斗がついに美羽をかばってくれたのだ。特にある男子生徒が病院送りにされてからは、美羽の耳に陰口が入ることはほとんどなくなった。もちろん、陰ではまだ言われていたかもしれないけれど。だから、
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