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**** それから三日間は、裕貴の周囲におかしなことはなく、ベランダで眺める限りでも不審な人物を見かけることもなかったらしい。 『らしい』と付くのは、あくまで啓太郎が、裕貴から電話で聞いただけだからだ。  つまりこの三日間、啓太郎はやはり会社に泊まり込んで仕事をしていた。プロジェクトさえ済めば、当分はこの地獄から逃れられるというのが、数少ない支えだ。 とにかく、何事もないのならそれでいい。マンション前で見かけた人物も、たまたま別の誰かの部屋を見上げていただけなのだろう。  裕貴が誰のことを気にかけていたのかは、いまだに心に引っかかってはいるのだが。 ダウンジャケットを着込んだ啓太郎は鏡を覗き込み、自分のしかめっ面をなんとか元に戻すと、手袋をポケットに押し込む。これで出かける準備は完璧だった。 玄関を出た啓太郎が向かった先は、当然、裕貴の部屋だ。  インターホンを押すと、感心なことに、啓太郎と同じく、出かける準備を整えた裕貴がドアを開ける。ただし、表情は啓太郎の訪れを喜んでいるというより、明らかに呆れている。「――……啓太郎って、体力バカ?」 部屋に上がった啓太郎に対しての、裕貴の開口一番の言葉はこれだった。「相手がお前じゃなかったら、泣かすぞ。三日ぶりに仕事から生還して、なおかつお前を散歩に連れて行ってやろうとしている俺に対して、いきなり『バカ』はねーだろ」 「いーや、バカだね。啓太郎は体力バカ」 バカを連発しながら裕貴はダイニングの隣の部屋へと行き、見覚えのないダッフルコートを取り上げた。 外に出ないくせに、意外に裕貴は服を持っている。  思わず啓太郎は関係ないことを考えてしまう。今着ているセーターだって、いかにも値段が高そうで、触り心地がよさそうだ。一方の啓太郎は、仕事の忙しさを理由に、服はあまり買わない。せいぜい、ワイシャツやTシャツの種類を揃えるぐらいだ。「だいたい、仕事から帰ってきたの、今朝早くだったよね? 今、昼前だけど、寝たの?」 「俺は、二、三時間寝たら体力が回復できるんだ」 さすがに今朝早くに帰ってきたときはフラフラだったため、裕貴の部屋に寄ることはできなかったのだが、ベッドに潜り込んだとき、力を振り絞って裕貴にメッセージを送っておいたのだ。『昼メシの前に、一緒に散歩に行くから準備しておけ』と。 まだ何
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「マスク、要るのか?」 啓太郎の問いかけに、裕貴は頷く。「咳がまだ少し出るからね。それに……誰に会うかわからない」 こう言われると、啓太郎としてもマスクを奪い取るわけにはいかない。裕貴が本当に心配しているのは、後者のほうだろう。まだ、警戒しているのだ。  そんな裕貴を三日間、仕事のためとはいえ放っておいた啓太郎は心が痛む。「散歩、やめてもいいんだぞ?」 啓太郎の言葉に、裕貴はマスクを下ろしてニヤリと笑った。「おれの体力作りだろ? いいよ、啓太郎と一緒なんだから。ただし、人が少ないところを通ってよね」 マスクをかけ直した裕貴に腕を取られて玄関に向かう。  エレベーターに乗り込むまでは平気そうな様子だった裕貴だが、さすがにマンションを出るときは慎重に辺りをうかがい、なかなか歩き出そうとはしなかった。その姿はまるで、臆病で神経質な猫そのものだ。 小走りで啓太郎の元に駆け寄ってきた裕貴が、ポフッと軽くぶつかってくる。目が合うと、裕貴が笑いかけてきた。――多分。 このとき啓太郎は、仕事の疲れは取れていないものの、裕貴を散歩に連れ出してよかったと思った。散歩の折り返し地点にはしっかり美味しいパン屋を設定してあるので、パンを買って帰るつもりだ。  たかが散歩に土産を買って帰るとは、自分はずいぶん裕貴に甘いと思いながらも、啓太郎はこの予定にかなり満足していた。** 散歩は非常に順調で――この表現も、よく考えればおかしいが――、裕貴をパン屋に引っ張り込んで好きなパンを選ばせることにも成功した。  普段なら嫌がっただろうが、他人からどう見られても気にしない裕貴は、マスクをして顔を隠しているという安心感があったのだろう。もっともこの時期、マスクをしている人間はそう珍しくはない。 これだけ華やかな存在感を持っていながら、どうして自分を隠すように振る舞いたがるのか啓太郎には裕貴の考えはわからないが、こうして過ごす時間を楽しんでいるのなら、それで満足だった。 裕貴のことをもっと知っていくのに、焦る必要はないだろう。  勢いよくパン屋の袋を振り回して歩いている裕貴の後ろ姿に笑みをこぼし、早足で近づいてニットキャップの上から軽く頭を叩く。「お前、あんまり振り回すとパンの形が変わるぞ」 「味が変わんないなら、別にいいよ」 「……いや、よくないだろ。俺だ
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 結局、裕貴を外で待たせて、啓太郎だけがコンビニに入って肉まんを買ってくる。袋を押しつけると、嬉しそうに裕貴は袋を抱えた。  こうして、何事もなく散歩は終わろうとしたが、マンションの前まで来たところで啓太郎はすぐに気づいた。「あれは――」 咄嗟に裕貴の腕を掴んで足を止めさせる。「何?」 尋ねてきた裕貴にある方向を示し、啓太郎は意識しないまま険しい表情となる。 見覚えのある光景だった。マンションの前に立ち、部屋を見上げるスーツ姿の男――。 見覚えがあるどころではない。啓太郎が数日前に見かけた男と同一人物だった。「おい、裕貴、こっちに……」 来い、と言う前に、裕貴が腕を掴んできた。この瞬間啓太郎は、裕貴が男を知っているのだと察した。 二人の気配に気づいたのか、マンションをじっと見上げていた男も前触れもなくこちらを見る。男の視線はまっすぐ裕貴を捉えていた。  冷たく見えるほど整った顔に表情らしい表情も浮かべないまま、男が足を踏み出し、近づいてくる。感じるものがあった啓太郎はすかさず裕貴を自分の背後に隠していた。本能的に、裕貴と男を会わせてはいけないと思ったのだ。 何も言わないまま男が目の前に立ったとき、啓太郎の背後に隠れていた裕貴が弾かれたように走り出そうとしたが、啓太郎が反応するより先に、男が素早く動いて裕貴の腕を掴んだ。「――逃げるな、裕貴っ」 男は、さほど大きくはないが腹に響くような低く鋭い声を発した。すると、まるで雷にうたれたように体を大きく震わせ、裕貴が動きを止める。そして怯えたように男を見た。男は無造作に、裕貴の顔からマスクを奪い取った。  啓太郎はすぐに男の手を裕貴から引き剥がそうとする。「おい、何してるんだっ」 しかし男の力は強く、啓太郎が無理強いをすると裕貴の腕のほうがどうにかなってしまいそうな危惧を覚える。「手を放せ。警察を呼ぶぞ」 思わず出た言葉に敏感に反応したのは男ではなく、裕貴のほうだった。目を見開いて唇を震わせると、顔色を変えて首を横に振ったのだ。「違うんだ、啓太郎っ……。この人は――」  そこで裕貴は言葉を切り、その一言を告げるのがひどく苦痛だという顔をする。 「……おれの、兄さんなんだ……」 予想もしなかった事実を告げられ、啓太郎の頭は軽く混乱していた。多少なりとも面影が似ていればすぐに納得
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** 妙なことになったと、そっとため息を洩らした啓太郎は、ダウンジャケットの袖をくいっと引っ張られて我に返る。隣を見ると、緊張のためかいつも以上に青白い顔色となった裕貴が、申し訳なさそうな上目遣いで見つめてきていた。  こいつでもこんな殊勝な顔をするのだと、啓太郎は笑みを向ける。 場所がエレベータの中で、しかも裕貴の兄――黒井博人と名乗った男が目の前に立っていなければ、裕貴の肩を抱き寄せるところだ。 三人がこれから向かうのは裕貴の部屋だった。  本来なら、裕貴と博人の二人きりで話すのが当然なのだろう。博人もそのつもりのようだった。だが裕貴が、どうしても啓太郎が一緒でなければ部屋には入れないとマンションの前で言い張り、結局博人が折れる形となったのだ。 もう一度隣に視線を向けると、裕貴は博人の広い背を警戒心剥き出しの顔で見つめていた。裕貴のこんな様子を見てしまうと、やはり啓太郎としては、兄弟だけで話したほうがいいとは言い出せなかった。 会話もないまま裕貴の部屋に移動したが、ダイニングで啓太郎はドキリとする。テーブルの上には、誰にも言えない裕貴との関係を何よりも表した貯金箱が置いたままなのだ。やたらお札の多い貯金箱、だ。  博人も貯金箱に気づいたのか、じっと見つめている。 あまり表情を変えない男だった。無表情が顔に張り付いているようで、裕貴への接し方といい、初対面の印象同様、冷たい男だと思う。 啓太郎と博人はダイニングに立ち尽くしたままだが、裕貴は隣の部屋に行ってダッフルコートを脱ぎ、ニットキャップを取ると、いつも使っているイスを抱え上げようとする。ダイニングのテーブルにはイスは二脚しかないため、デスクのイスも使おうとしているのだ。  裕貴に力がないことを知っている啓太郎は手伝おうと動きかけたが、それより先に、スッと博人が裕貴に近づき、イスを持ち上げた。「テーブルに持っていけばいいのか?」 博人が話しかけると、一拍置いてから裕貴は頷く。このときの仕種がなんだか幼く見え、やっと啓太郎の中で、裕貴と博人が兄弟なのだと実感のようなものが生まれ始める。  ふと博人がベッドに視線を向け、わずかに目を細めた。初めて見せた柔らかな表情だ。「――お前、まだ使っているんだな」 裕貴が慌てて取り上げたのは、いつも羽織っている大きめのカーディガン
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