Semua Bab SWEET×SWEET: Bab 91 - Bab 100

129 Bab

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「なんか卑怯だよ、その言い方。啓太郎はどう思っているのかわからない。面倒なことになりたくないから、おれの部屋に近づきたくないなら、そう言ってくれたほうが――」 「そうじゃないっ。ただ邪魔されたくないだけだ。誰か来るかもしれないと思いながら、お前と会うのは……落ち着かない。この部屋は、居心地がいいんだ。なのに、お前の兄さんとはいえ、その雰囲気が壊されるのは嫌だ。だけど、嫌な顔なんてできないだろ。もし博人さんと、ここで会ったときに。俺だってそれぐらいの分別はつく」 皿を置き直した裕貴が体ごと向きを変え、啓太郎の正面に立ったかと思うと、いきなり肩に額を押し当ててきた。「明日も兄さんが来たら、来ないでほしいって言う」 「おい、何もそこまで言わなくても――」 「本当は、二年前からわかってるんだ。……おれと兄さんは会わないほうがいいって。啓太郎が一緒にいたから、油断したのかもしれない」 甘えてくるというより、庇護を求められているような頼りなさを裕貴から感じ、啓太郎は薄い肩に手をかける。  漠然と感じたことを裕貴に問うてみた。「……なあ、もしかして博人さんと、本当は仲が悪いのか? それとも、ここで会っているうちにケンカしたとか……」 「どうしてそんなこと聞くんだよ」 「お前の言動は、博人さんとの間にわだかまりがあると言っているようなものだ。まだ――」 博人が結婚したことが許せないのか、と言いかけたが、言葉がきつすぎると感じ、やめておいた。 子供をあやすように裕貴の背を軽く叩いてやる。「お前の好きにすればいい。俺は、お前に面倒を見てもらっている身だからな。偉そうなことは言えない」 やっと顔を上げた裕貴が小さく噴き出す。啓太郎は顔をしかめた。「何かおかしいこと言ったか、俺?」 「真剣な顔して、面倒見てもらってる、なんて言うから、おかしくてさ」 「事実だろ」 大きく息を吐き出して裕貴は体を離し、啓太郎に背を向けて再び皿を手にする。「気が抜けたらお腹減った。啓太郎って、重い相談するには向かないよね」 「でも、言ってよかっただろ。まともな相談相手にはならなくても、誰かに話すだけで楽になることはあるし、気持ちも整理できることもある」 「――……うそだよ。相談できる相手が啓太郎でよかったよ」 「仕方なく言ってないか?」 「兄さんには、やっぱりも
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 車から降りた啓太郎を、向こうから歩いてきた博人が目を眇めるようにして見つめてくる。無意識に背筋を伸ばしていた啓太郎は、自分が緊張しているのだと知った。「――仕事ですか」 どう挨拶を交わそうかと身構えていた啓太郎に対し、博人が先に声をかけてくる。「え、え……。SEは、土日も関係ない仕事なので」 「大変ですね」 淡々とした口調で言われたせいで、謙遜の言葉すら出てこなかった。だいたい、博人と向き合ってする会話など、決まりきっているのだ。それ以外のことなど、『余計な話』といっていいかもしれない。 静かに息を吸い込んでから、思い切って啓太郎は切り出す。「裕貴に、会いに来られたんですよね」 「裕貴?」 しまった、と心の中で呟く。博人の前では気をつけるつもりだったのだが、いつもの癖で裕貴を呼び捨てにしてしまったのだ。  いまさら言い直すのもわざとらしいので、開き直ることにする。「俺は仕事でいなかったので知らなかったんですが、裕貴から聞きました。あなたがお土産を持って来ていると。今日も――」 言いながら視線を下に向けると、博人の手にはケーキ屋の箱らしきものが入った袋があった。裕貴のために買ってきて、受け取ってもらえなかった、というところらしい。「……昨日も受け取ってもらえなかった。いや、ドアを開けてくれるどころか、インターホンに応じてもくれなかった」 博人には悪いが、それを聞いて啓太郎は少し安心していた。裕貴は、二日前に言ったことを実行に移しているのだ。「裕貴はまだ、わたしが結婚したことを許してくれないらしい」 自嘲気味に洩らして博人が唇を歪めるようにして笑う。どう答えればいいか啓太郎が戸惑っていると、博人に言われた。「聞いたのでしょう。裕貴が実家を出て引きこもるようになったきっかけを」 「はあ、まあ……、それらしいことは」 この瞬間、博人が恐ろしく鋭い眼差しを向けてきた。睨みつけられたわけではなく、まるで啓太郎を探るような目だ。「それ以外に、何か聞きましたか、裕貴から」 博人の質問の意味がわからず、啓太郎は眉をひそめる。「何かっていうのは、具体的に何を?」 ふっと眼差しを和らげた博人は、いえ、と首を横に振った。気にはなるが、追及はできない。仕方なく啓太郎は頭を下げて行こうとしたが、すかさず博人に呼び止められた。「――羽岡さん」
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** 見れば見るほど、顔立ちに似たところのない兄弟だと思った。 ランチのコースを食べながら、啓太郎はときおり視線を上げては、正面に座る博人の様子を観察する。早食いが半ば癖となっている啓太郎とは違い、博人は一定のペースで淡々と食べていき、端然とした様子は崩れない。  つまりそれは、打ち解けにくい雰囲気を崩さないという言い方もできた。 パンを千切って口に押し込みながら啓太郎は視線を周囲に向ける。啓太郎のマンションから車で十五分ほど走ったところにあるレストランだった。広々としたきれいな店内に並ぶテーブルはほぼ満席で、あちこちから楽しげな話し声が聞こえてくる。  さすがに日曜日だけあって、スーツ姿で向き合っている男二人の姿は、軽く見回したぐらいでは見つけられない。「――子供の頃はよく、裕貴を連れて外食ばかりしていたんですよ」 突然、博人がこんなことを言った。目を丸くした啓太郎とは対照的に、博人は表情らしいものは浮かべていない。ただ、目元が少し優しくなったように感じたのは、啓太郎の気のせいかもしれないし、昔を思い出し、博人の気持ちが和らいでいるのかもしれない。「何か美味しいものを作ってやりたくても、わたしはまったく料理ができなかったんです。それに学校に通って、家では他の家事をしていたら、料理にまで手が回らない。だから裕貴を連れて、外に食べに行くしかなかったんです。お手伝いの女性が一時期通ってはいたけど、裕貴は昔から人嫌いの気があって長続きしなかった。それでも裕貴の体のことが心配だったので、とにかく美味いものを食べさせて、体力をつけさせたくて必死でした」 「だから裕貴は、料理が上手いんですね。あなたの助けになりたくて」 肯定するようにわずかに肩をすくめた博人は、ウェーターを呼んで二人の食器を片付け、コーヒーを運んできてもらうよう頼む。「わたしは子供の頃は、弟や妹が欲しいと願ったことはなかったんです。むしろ、欲しくなかった。煩わしいと思っていたんです。だが現実は、八つ離れた弟ができた。――自分でも、こんなに変わるものかというぐらい、裕貴が可愛くて仕方なかった。裕貴は裕貴で、子供ながらに扱いの難しい子で大人を困らせていたけど、わたしにだけは甘えてきたんです」 ノロケを聞かされているような居心地の悪さを感じ、啓太郎は相槌を打ちながら所在なくテーブルの上を眺
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「人との関わりを持ちたがらないところです。最初は人嫌いかと思ったけど、裕貴があるときこう言ったんです」 「なんと?」 「自分が外の世界と合わなくなったからだと……。世界のすべてから拒絶されたような気になるとも言ってました。妙に深い言葉です。あなたが結婚したから引きこもるようになったと言ってましたが、唯一の家族をなくしたように感じたからなんでしょうか? だから世界から拒絶された、なんて表現……」 「裕貴は、あなたにそう言ったんですね」 啓太郎は頷き、急に今になって不安になった。表現の違いはあるだろうが、裕貴は博人にも同じようなことを言っているはずだとは思う。  一方の啓太郎は、裕貴のことを知りたいがために、あえて自分の中にある数少ない裕貴の情報を博人に切り売りしているような気がする。 啓太郎の言葉を聞き、博人は静かに笑みを浮かべた。「――裕貴とわたしは、互いしかいない中で生きてきたようなものです。他人とのつき合い方が下手な裕貴にとっては、わたしの結婚は確かに、世界のすべてから拒絶されたと感じても仕方ないかもしれない。だけどわたしは結婚しても、裕貴との生活を変えるつもりはありませんでした。一緒に暮らすことに、妻の千沙子も賛成してくれていたんです」 つまりそれだけ、裕貴にとって博人の存在は欠かせないもので、側にいてもらいたいものだったのだ。 啓太郎の胸はひどく重苦しく、同時に痛かった。これはなんだろうかと思えば、博人と自分との間にある圧倒的な差を見せつけられ、打ちのめされたつらさだ。  裕貴との間にある距離感だったり、傾けられる感情の量の違いだ。肉親と他人を比べるほうが間違っているのだが、無意識のうちに啓太郎は、博人に対して対抗心を持っていたのだ。 コーヒーにミルクを注いで掻き混ぜながら、自分は裕貴の特別な存在になりたいのだろうかと、ぼんやりと啓太郎は考える。  確かに今、啓太郎の生活にとって裕貴はなくてはならない存在だ。だが、物理的な理由だけでそう感じているわけではない。「……あなたがそこまで思っているのに、そんなあなたを裕貴が避けている理由はどうしてなんです? 少なくとも、拒絶されたわけじゃない……」 ここで博人は、やけに自信に満ちた表情となって答えた。「拗ねているんですよ。裕貴は子供の頃から頑固だった。一度決めたら、わたしがどれだけ説
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**** 博人と会って話した後、啓太郎は車を取りにマンションに戻りはしたが、結局、自分の部屋どころか、裕貴の部屋にすら立ち寄らなかった。  裕貴と顔を合わせづらかったためだが、その理由の一つとして、博人と話し込んでいたことを報告する気になれなかったというのがある。博人のことを切り出した途端、胸に抱えた嫉妬心を露わにしてしまいそうだった。 博人と話していて啓太郎の中に芽生えた感情は、嫉妬だけではない。一つの疑念がどんどん大きくなっているのだ。  その疑念とは、裕貴が抱えた寂しさを紛らわせるために、自分は利用されているのではないかということだ。 ずっと、兄に庇護されてきた裕貴が、結婚によって義姉となった女にその兄を取られたと感じ、それから二年もの間、一人で引きこもって生活してきたのなら、人恋しさは当然あるだろう。 そこに、お人よしで無害そう、兄と年齢が近い男が隣に住んでいたと知ったら――。 そこまで考えて、啓太郎はキーボードを打つのをやめ、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。「……いや、その考えはおかしいだろ……」 急に妙な言動を取り始めた啓太郎に、近くのデスクで作業をしていた年上の男性社員が怪訝そうな眼差しを向けてきた。「羽岡くん、お疲れ?」 「ここにこもっていると、疲れてない日なんて、ないと思いますけどね」 「昨日だって、せっかく家に帰ると言って出ていったのに、結局昼メシ食ってすぐに戻ってきたんだろ」 「まあ、いろいろあって……」 昨夜は会社の床の上で、寝袋に包まりながら煩悶し続けた。こんなに嫉妬や疑念で苦しい思いをするぐらいなら、博人と話したあと、裕貴と会って抱き締めるぐらいすべきだったのではないか、と。 そんなことをして何がどうなるとも思えないが、少なくとも、裕貴がどんな事情を抱えているにせよ、今こうして目の前にいる裕貴は、『時給制の恋人』を演じてくれている青年なのだと実感できたかもしれない。  よくも悪くも、それが啓太郎と裕貴の関係の現実だ。 それに、裕貴の体の感触は、もう啓太郎の腕に刻みつけられている。それも一つの現実だ。  骨ばっていながらもしなやかで、壊しそうだと思いながらも、意外にしっかりしている体の感触。その感触の記憶が、啓太郎の胸の奥でくすぶっている衝動を煽る。 寝袋ごと何度も床の上を転がったおかげで、一睡もで
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「楽しそうに見えたか?」 「見えたねー。俺のSEとしての生活には彩りがないと、いつも嘆いている人とは思えないほど、楽しそうだった」 「楽しそう、か……」 「で、可愛い彼女とのクリスマスの予定は? 無理すれば、数時間は抜けられるんじゃないの。それだけあれば、愛を確かめ合うには十分だろ」 啓太郎はスマホを握り締めて立ち上がり、できるだけ素っ気ない口調で言った。「――いらんお世話だ。そっちは、彼女に渡すプレゼントは準備したのか?」 「もちろん」 満面の笑みで答えられ、聞かなければよかったと啓太郎は心底後悔する。  少し席を外すと告げてシステム開発部を出ると、廊下の隅でスマホを見る。メッセージは思ったとおり裕貴からだった。『昨日、会社から帰ってきてた?』という短い一文から、裕貴がわざわざ送ってきた意図はわからない。  これまでのつき合いで、仕事から戻ってきても、あまりに疲れていたため裕貴の部屋に顔を出さなかったことはあるし、そのことで裕貴が連絡をしてきたことはなかった。  啓太郎の都合次第で裕貴と会うかどうかを決められるのが、『時給制の恋人』の利点なのだ。裕貴自身、その事情をよく理解しているはずだ。 何かあったのかもしれないと考えた啓太郎の脳裏を、昨日話した博人の顔が過ぎる。 また部屋に来たのだろうか――。 速やかに啓太郎は電話をかけていた。「――もしもし、裕貴か?」 応じた裕貴の声は、不安さを滲ませているかと思ったが、こちらが拍子抜けするほど、普通だった。いや、いつもより明るいぐらいだ。芝居がかっていると感じるほど。『わざわざ電話してこなくてよかったのに。仕事大丈夫?』 「ああ……。それより、お前のメッセージだ。何かあったのか」 珍しく裕貴が言いよどんだ気配が伝わってきた。『――……昨日、帰ってきたんだよね?』 「正確には、帰ったとは言わないかもしれない。マンションの駐車場に入ったが、部屋には上がらなかった。いろいろあって、時間がなくなったんだ」 ここまで話して、薄々とながら啓太郎も事態を把握した。途端に、一度は遠のきかけた嫌な感情が戻ってくる。「もしかして、博人さんから何か聞いたのか?」 『電話がかかってきた。行ってもどうせ部屋に上げてくれないだろうからって。……昨日、マンションの前で啓太郎と会って、一緒に食事しながら話
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「兄さん、か。お前もそう思っているか?」 啓太郎が怒っていると口調から感じたらしく、電話の向こうで必死な声で裕貴が言う。『兄さんみたいだとかそうじゃないとか、関係ないよっ。あの人の言葉なんて、啓太郎が気にする必要ない』 「でも、誰よりもお前を知っている人だ」 『それは、そうだけど……。兄さんと啓太郎は違うよ』 困惑したような裕貴の声に息苦しくなり、啓太郎は無意識のうちにネクタイの結び目に指をかけていた。会社でなければ緩めているところだ。「……それでお前、なんでメッセージを送ってきたんだ。俺が博人さんと会ってメシを食ったのは、聞いてわかったんだろ。いまさら俺に――」 『兄さん、啓太郎に変なこと言わなかった?』 「変なことって?」 裕貴はまた口ごもり、今にも電話を切りたそうな気配を漂わせたが、すかさず啓太郎は重ねて尋ねた。「変なことってなんだ」 『――……兄さん、おれのことになると、人が変わるんだ。昔、おれが学校でいじめられたとき、学校だけじゃなく、いじめた子の家にまで押しかけて、いじめた本人とその子の親にまで土下座させたことがある。その反対もあって、兄弟だけで生活しているのを心配して、おれに親身になってくれた近所の人を、どうしてだか遠ざけたこともある。他にいろいろあったけど、おれの知らないところでもっとあると思う」 「つまり博人さんが俺に、お前と関わるなと言ったんじゃないかと心配してるのか」 『啓太郎に嫌な想いをさせたんじゃないかって、心配で……』 嫌な想い――は、現在進行形でしている。裕貴の口から博人のことが出るたびに、啓太郎の苛立ちは沸点へと確実に近づいていく。これはもう八つ当たりではなく、明らかに裕貴へと向けた感情だ。 俺に対して、自分の兄のことを言うなと怒鳴ってやりたかった。俺はお前の兄代わりではないのだとも。できないのは、大人としての最低限の節度があるからだ。「博人さんが俺に、お前が心配しているとおりのことを言ってたとしたら、どうなんだ?」 『どうって……』 「大事なお兄さんの言うとおりにするのか?」 啓太郎の知っている裕貴なら、意地悪な問いかけに気丈に言い返してくるはずだった。だがこのときの裕貴は違う。  ひどくうろたえたように小さく声を洩らし、黙り込んだのだ。思いがけない反応に啓太郎は罪悪感を覚え、心の中で自分を
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**** 息を呑んでモニターに見入っていた面々の口から、低い感嘆の声が洩れる。それは啓太郎も同じで、緊張のためさきほどから痛んでいた胃が、やっと苦しみから解放してくれた。「……問題なし、でいいよな?」 誰ともなく尋ねると、数人の男たちが揃って素直に頷く。啓太郎は深々と息を吐き出した。「検索プログラムのテストは、これで終了、と」 言い終わると同時に、拍手と雄叫びが上がる。年内いっぱいはかかるだろうと、絶望的観測がされていた検索プログラムのテストが、なんとクリスマス・イブの夕方に終わったのだ。しかも、無事に。  もちろん、すべての仕事がこれで終わったわけではない。カットオーバーまで、まだやるべき仕事はあるのだ。 だが間が悪いことにというべきか、よかったというべきか、よりによってクリスマス・イブの日に、プロジェクトの一つの山場を問題なく越えてしまった。  普通の人間なら――今日という日を楽しみたいと切望していた人間なら、この瞬間に仕事に対するモチベーションが下がっても誰も責めないはずだ。少なくとも啓太郎は、帰る人間を暖かい眼差しで見送ってやりたい。 ぐったりとして自分のデスクについた啓太郎は、ズキズキと痛むこめかみを揉む。次の作業に取りかからないと、と思うものの、さすがに一息つきたい。  先にメシを食いに行こうかと考えていたところで、ふいに頭上から声をかけられる。「あれっ、羽岡さんは帰らないの?」 「俺には、クリスマス・イブを楽しむ相手もいないからな。それに、暇な奴同士、飲みに行けるほど元気も持て余してない。おとなしく仕事をしていたほうが建設的だ。街の空気に中てられなくて済む」 「そうは言っても、心当たりぐらいあるんじゃない? 今のこの時間ならまだ、プレゼントを十分調達できるだろうし」 啓太郎は顔を上げて、ニヤニヤと笑っている男性社員を見上げる。「はあ?」 「何事も、サプライズが大事ってこと。いつも残業ばかりの彼氏が、突然プレゼントを手に現れたら、彼女は大喜び」 だから、そんなものはいない――、と口中で呟いた啓太郎だが、およそ一週間前、裕貴と交わした電話のやり取りが急に思い出される。あれ以来、裕貴から連絡はない。  きっと、自分の態度に怒ったか、傷ついたのだ。そう考えるたびに啓太郎の胸はキリキリと痛む。 裕貴が何か言ってくるま
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** デパートで買った裕貴へのクリスマスプレゼントは、ある意味、ありふれたものだと言ってもいい。気が利いていないのは、よく自覚している。これではまるで、学生同士のプレゼントのやり取りではないか――いや、今の学生のほうが、もっとシャレたものを選ぶかもしれない。 啓太郎はブランドものにはまったく頓着しないし、興味もない。フロアをうろついていて、人の流れに乗るようにして入ったのが、有名なブランドのショップだったのだ。  楽しげなカップルたちに挟まれ肩身の狭い思いをして、場違いだと思ってショップを出ようとしたのだが、あるものに目が留まった。 裕貴の部屋の前で何度目かの深呼吸をして、啓太郎は抱えた包みに視線を落とす。  プレゼントは二つあった。一つは、柔らかな感触が気持ちいいウールの手袋だ。ピンクと茶色という色の組み合わせが裕貴の雰囲気に似合いそうで、一目で気に入った。そしてもう一つが、同じブランドの白いマフラーだった。これも裕貴に似合いそうな色だ。  この先裕貴が必要とするかどうかはわからないが、啓太郎はできる限り、裕貴を外に連れ出したいと考えている。このプレゼントは、ある意味、その意思表明だともいえる。 もう片方の手に持っているのは、ケーキの箱だ。フルーツがたっぷり入った、二段重ねのショートケーキで、明らかに二人で食べるにしては大きすぎるが、小さいよりはいいというのが啓太郎の考え方だ。 もっとも、このケーキを一緒に食べることを裕貴が許してくれるのか。そもそも、プレゼントを受け取ってくれるのか。そう考えるたびに、インターホンを押そうとする啓太郎の指は動きを止めてしまう。『――また、部屋に来てくれるよね?』 裕貴にそう問われながら、返事もせずに電話を切ってしまったことが、啓太郎の心に大きなしこりとなっていた。我ながら最低の対応だったと思う。  そのことを謝罪するために、クリスマスプレゼントという小道具が必要だったというのも、男らしくない。 考えるだけでは裕貴に謝ったことにはならないと、やっと覚悟を決めて啓太郎はインターホンを押した。  しかし、応答はなかった。眉をひそめながら数回押したが、結果は同じだ。啓太郎は体の奥からせり上がってくるような不安を感じつつ、通路に面したダイニング側の窓の前へと移動してみる。カーテンが引かれているので中の様子は見え
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** SEになってから、仕事で追われることが日常となっていた啓太郎には、クリスマスという行事を特別だと感じたことはない。せいぜいが、そのときどきにつき合っていた恋人が楽しみにしていた行事だった、という程度の認識だ。しかし今年は違う。 テーブルの上に置いたケーキの箱とプレゼントの包みをじっと見つめながら、啓太郎はテレビもつけずに耳を澄ましていた。少しでも、隣の部屋の気配を感じ取るためだ。だが、壁一枚を隔てて、裕貴の気配や物音が伝わってくることはない。  裕貴はいつでも、息を潜めるように静かに生活している。 いい加減、外にメシを食いに行こうかと考えていると、突然、スマホの着信音が鳴る。思わず辺りを見回してから、ハンガーにかけたスーツのポケットに入れたままなのを思い出し、慌てて隣の部屋に駆け込む。  裕貴のスマホからかかっていると確認して、勢い込んで電話に出る。「もしもしっ」 『……あっ、啓太郎……』 「お前――」 『ベランダに出たら、啓太郎の部屋の電気がついてるの見えたから、もしかして帰ってるのかなって。忙しそうだし、クリスマスとか関係ないのかと思ってたんだ』 裕貴の言葉を聞いて、啓太郎の頭は少し混乱する。まるで、いままで啓太郎が部屋に帰っていることを知らなかった口ぶりなのだ。しかし実際は、啓太郎は一時間ほど前に裕貴の部屋のインターホンを押したし、呼びかけた。『まだ何も食べてないなら、おいでよ。いろいろあるんだ。オードブルも何種類かあるし、ローストチキンもある。ワインだってあるよ。……ケーキだけは、おれが作るつもりだったけど、結局そういうわけにもいかなくて』 どこか啓太郎の反応をうかがうような、遠慮がちな裕貴の誘いに、啓太郎は数秒ほど置いてから応じた。「ケーキなら、心配するな。俺が買ってきている。でかいんだ。さすがにお前一人じゃ食い切れない」 『だったら、啓太郎も食べるの手伝ってよ』 その言葉に安堵して、すぐに行くと告げて電話を切る。次の瞬間には啓太郎は、急いでケーキの箱とプレゼントの包みを手にして部屋を飛び出していた。  インターホンを鳴らすまでもなく、裕貴の部屋の前まで行くと、慌ただしい気配を感じたように中からドアが開けられる。 いつものように裕貴が迎えてくれたのだが、啓太郎はその裕貴の姿を見た途端、咄嗟に声が出なかった。啓太郎
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