追放された名家の令嬢ですが、最恐の黒竜様は私なしでは息もできません의 모든 챕터: 챕터 151 - 챕터 160

206 챕터

第151話 初めて父に背を向ける③

「瀬理亜、お前が連れているその男……。いや、人間ではない圧倒的な存在だな」 宗隆は葉巻を灰皿に押し付け、ゆっくりと立ち上がった。太い腹を突き出し、値踏みするような足取りでこちらに近づいてくる。「あの夜、お前がその怪物を手枷一つなしで大人しくさせた時、私は気づくべきだったのだ。お前が持つその気味の悪い力が、これほど規格外の存在を縛り付ける鍵になるとはな」 脂ぎった顔に、醜い笑みが浮かぶ。「よく戻った。家を出て少しは自分の価値というものが理解できたのだろう。その怪物を飼い慣らし、有栖川の資産として機能させるのであれば、これまでの不始末はすべて水に流してやる。またこの屋敷に、お前の部屋を用意してやってもいいぞ」 開いた口が塞がらない、とはこのことだろうか。 胸の奥で、カチリと何かが凍りつく音がした。 この父親は、反省など一ミリもしていない。それどころか、黎という圧倒的な存在を目の当たりにしてもなお、それを「瀬理亜という道具を介して利用できる財産」としてしか認識していないのだ。どこまでも自分を中心に世界が回っていると信じて疑わない、哀れなまでの強欲。「おい、瀬理亜。黙っていないで返事をしたらどうだ。やはり無能のままだな。誰のおかげでこれまで生きてこられたと思っている」 宗隆が一歩、距離を詰めて手を伸ばそうとした。 その瞬間。 背後の空気が、爆発寸前の高圧釜のように膨れ上がった。 黎の長い腕が前に伸び、瀬理亜の肩を後ろへ引き込もうとする。指先が、今にも宗隆の喉笛を消し去らんばかりに鋭く動くのが視界の端に見えた。 しかし、それよりも早く、自分の右手を伸ばした。 黎の硬い手首を、掌でしっかりと掴む。「……待ってください、黎様」 触れた皮膚から、黎の荒ぶる熱が手のひらに伝わってくる。黎は信じられないものを見るような目で、掴まれた手首と、こちらの顔を交互に見つめた。黄金色の瞳の奥で、獰猛な光が激しく明滅している。「瀬理亜、お前……、俺を止めるのか。こいつは、お前をまたあの檻へ戻そうとしているのだ
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第152話 初めて父に背を向ける④

 向き直り、宗隆の濁った眼窩を正面から見据えた。 不思議なほど、胸のバクバクとした高鳴りは収まっていた。掌に冷たい汗はかいているけれど、足は一歩も引いていない。「お父様」 澄んだ声が、応接室の重苦しい空気を切り裂くように響く。「何だ。早くその男に命令して、私にひざまずかせたらどうだ。名門有栖川の当主に仕える栄誉を――」「私は、もうこの家のものではありません」 はっきりと、一文字ずつ区切るようにして言い放った。 部屋の中のすべての音が、一瞬にして消え去ったかのような静寂。 宗隆の醜い笑みが、不格好に凍りつく。歪んだ唇の端から、締まりのないマヌケな空気が漏れた。「……何だと?」「聞き苦しかったですか? もう一度言います。私は、有栖川瀬理亜ではありません。この家の雑用係でもなければ、お父様の繁栄を支えるための道具でもありません」 言葉が進むごとに、胸の奥の支えがどんどん強固になっていくのがわかる。 これまで、この男の前に立つだけで喉が詰まり、言葉を奪われていた自分が嘘のようだった。「私は、私の意志でここへ来ました。そして、お祖母様の形見を取り戻したら、すぐに帰ります」「帰るだと……? どこへ帰るというのだ! 無能のお前を拾う物好きが、この有栖川以上の場所を用意できるわけがないだろう!」 宗隆の顔が、怒りでみるみるうちに赤黒く膨れ上がっていく。額に青筋が何本も浮き出し、太い拳が小刻みに震え始めた。「お前は、私に逆らうというのか! 育ててやった恩を忘れ、分をわきまえん売女めが! 誰の血を引いて生きていると思っている!」 怒号が、大理石の壁に跳ね返って鼓膜を揺らす。 かつてなら、この声を聞いただけで床にひざまずき、耳を塞いで嵐が過ぎ去るのを待っていただろう。 けれど、今の視界には、すぐ隣に佇む圧倒的な銀髪の影が映っている。そして何より、自分の足が、しっかりと大理石の床を捉えて立っている。「お父様の血を引いていることが、私の人生のすべてではありません」 冷淡なトーンで言い
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第153話 初めて父に背を向ける⑤

 視界が、一瞬だけ鮮やかな銀色に染まった。 パシィィンッ! 鼓膜を突き刺すような硬い高音が室内に響き渡る。 黎が、微動だにしない姿勢のまま、左手の一振りだけでクリスタルの灰皿を空中で叩き割っていた。粉々に砕け散ったガラスの破片が、火花のような微細な粒子となって床の絨毯へと降り注ぐ。「……人間の分際で、誰に向かって物を投げている」 黎の声には、先ほどまでの子供っぽい不機嫌さは一切消え失せていた。 ただそこにあるだけで周囲の分子を凝固させるような、絶対的な凍気。 黎の黄金色の瞳が宗隆を捉えた瞬間、宗隆の巨体が、まるで目に見えない巨人の掌で押し潰されたように、ドサリと背後のソファへと崩れ落ちた。「ひっ……、あ、あぐ……っ」 宗隆の口から、情けない悲鳴ともつかない引きつった息が漏れる。脂汗が滝のように顎を伝い、絨毯へと染み込んでいく。 黎はゆっくりと一歩、前に踏み出した。その革靴の底が、砕けたガラスの粒子を踏みしめるたびに、キチ、キチと不快な音が部屋に響く。「瀬理亜は、俺のものだ」 黎は、低く、けれど部屋の隅々まで染み渡るような声で告げた。「この女がどこへ帰るか、だと? 決まっているだろう。六本木の、俺の家だ。お前のような腐った生ゴミが二度と触れることのできない、清浄な場所へな」 その言葉の響きに、胸の奥がドクンと大きく跳ねる。『俺の家』。 黎が、あの黄金の鳥籠を、はっきりとそう呼んだ。 宗隆はソファの背もたれにしがみつきながら、歯をガタガタと鳴らして首を振る。「せ、瀬理亜……お前、その化け物を……私に、向ける、つもりか……っ」「私は、何もしていません。黎様は、私の手を汚さないでおこうとしてくれているだけです」 冷ややかに見下ろしながら、一歩、ソファへと近づく。「お父様、これが最後の質問です。お祖母様のロケットはどこですか。出さないのであれば、黎様がこの屋
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第154話 初めて父に背を向ける⑥

「……三歩だぞ」「わかっています。離れませんから」 応接室の重苦しい空気を背に、二人は部屋を後にした。 ◇ 地下へと続く樫の木の扉は、以前よりも多くの南京錠で厳重にロックされていた。 けれど、黎が細い指先でその真鍮の錠前に軽く触れただけで、金属は熱したバターみたいにドロドロと溶け落ち、床へと滴り落ちた。 開け放たれた扉の向こうから、ヒヤリとした、湿った冷気が這い上がってくる。 埃と、カビと――そして、有栖川家が数世代にわたって蓄積してきた、呪いのような淀んだ空気。 一段ずつ、コンクリートの階段を下りていく。 一歩、下りるごとに、周囲の壁が湿気を帯びて黒ずんでいくのがわかる。かつて自分が閉じ込められていた地下牢を通り過ぎ、さらにその奥へ。 黎が長年縛り付けられていたという、本当の『奈落』。 最奥の部屋の前に辿り着くと、そこには焦げ茶色の重い鉄格子が嵌め込まれていた。「ここだな。お前の祖母が、俺に余計な呪言を残していった場所は」 黎が忌々しげに呟き、鉄格子を片手で掴む。 みちみちみちっ、と凄まじい金属疲労の音が響き、太い鉄格子が飴細工のように容易く曲げられていく。人が一人通れるほどの隙間が作られると、黎は顎で先へ進むよう促した。「待て。奥の空気が妙だ」 黎が突然、こちらの前に腕を出し、歩みを止めさせた。 黄金色の瞳が、暗がりの奥を鋭く睨みつけている。 部屋の中央。古い木箱や壺が無造作に積まれた空間の真ん中に、小さな桐箱が置かれていた。その表面には、有栖川家の家紋である『すずらん』の刺繍が施された布が掛けられている。 ドクン。 自分の胸の奥で、嫌な予感が跳ねた。 それと同時に、胸元に隠していた――かつて黎が壊してくれたはずの、すずらんのブローチの残滓、あるいは屋敷全体に巡らされた寄生具のネットワークが、不気味な共鳴音を立て始める。 ジジ、ジジジ……。 耳障りなノイズのような音が、桐箱の奥から漏れ聞こえてきた。 次の瞬間、
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第155話 暴走する寄生具と、削られる命①

 鼓膜の奥で、ガラスがひび割れるような鋭い高音が跳ねた。 胸元に衝突した黒紫色の靄は、空気のような軽さを持っていなかった。どろりと粘り気があり、氷点下の液体を直接肌に流し込まれたような、おぞましい冷気がウールコートの繊維を透過して肌へと染み込んでくる。 次の瞬間、冷気は爆発的な熱へと反転した。「あ、ぐ……っ」 短い悲鳴が喉元で潰れる。 かつて胸元に張り付いていた、あのすずらんのブローチ。黎によって破壊され、ただの錆びた金属片として処理されたはずの呪具の残滓が、皮膚の裏側で突然脈打ち始めたのだ。まるで、肉の中に埋め込まれた無数の針が一斉に逆立ち、内側から肉を抉るような激痛が走る。 視界がぐにゃりと歪み、周囲の大理石の壁や床の境界線が波打って混ざり合う。「瀬理亜!」 すぐ側から、引き裂くような叫び声が聞こえた。 大きな影が視界を遮り、熱い掌が肩を掴んで引き寄せようとする。黎だ。その黄金色の瞳には、見たこともないほどの激しい動揺が走っていた。長い指先が、胸元にまとわりつく黒紫色の靄を乱暴に毟り取ろうと空を切る。 しかし、黎の指先がその靄に触れた瞬間、バチィィンと激しい火花が散った。「――く、はっ……!」 黎の大きな身体が、目に見えて大きくよろめいた。 喉から、乾いた、苦しげな咳が漏れ出す。黎は胸元を片手で強く押さえ、コンクリートの床に片膝をついた。長い銀髪が乱れて顔に掛かり、その隙間から覗く肌が、一瞬にして浅黒い土気色へと変わっていく。 この地下牢の奥底に溜まりに溜まっていた、人間の濁った欲望と悪意の塊。現代の瘴気が、桐箱の開放によって濃縮され、黎の脆弱な肺を一撃で焼きにきたのだ。「黎、様……っ、ダメ、離れて……!」 声を絞り出そうとするが、肺の空気がすべて外へ吸い出されているかのように、まともな音にならない。 ジジジ、ジジジジジ……。 不快な電子ノイズのような音が、足元の床、そして洋館の壁全体から響いてくる。
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第156話 暴走する寄生具と、削られる命②

 床についた黎の掌が、苦痛に小刻みに震えているのが見えた。長い爪がコンクリートを掻きむしり、ガリガリと鈍い音を立てて火花を散らしている。黎の呼吸は完全に乱れ、喘ぐような、痛々しい胸の上下が続いている。「瀬理、亜……、その、手を……、俺に……っ」 黎は血走った瞳で見上げ、必死に腕を伸ばしてくる。 その掌に触れれば、いつもなら自分の力が無自覚に発動し、黎の肺の痛みを吸い取ることができるはずだった。けれど、今の状態で黎に触れれば、有栖川家の寄生具が、黎の持つ強大な生命力まで一緒に吸い上げ、この屋敷のネットワークへと流し込んでしまう。それだけは、絶対にさせてはならない。「来ないで……ください……!」 伸ばされた黎の手を拒絶するように、一歩、後ろへと足を引いた。 黎の目が、絶望的な拒絶を突きつけられたかのように大きく見開かれる。「なぜ、逃げる……! 俺の、傍に……っ」「黎様を、巻き込みたく、ないから……っ」 床に膝をつきそうになる身体を、奥歯を噛み締めて踏みとどまらせる。 胸元のブローチの跡は、すでに火のついた炭を押し当てられているかのように熱い。ウールコートの胸元を掴むと、指先が黒紫色の靄に触れ、パチパチと皮膚を焼く小さな衝撃が走る。 このままでは、ただ吸い尽くされて終わる。かつての母のように、有栖川の家の床下に埋もれる、見えない部品の一つに逆戻りしてしまう。(そんなの、絶対に嫌だ……!) 六本木のペントハウスで過ごした、あの温かい日常が、脳裏を駆け抜ける。 不器用に家電に敗北していた黎の姿。深夜のコンビニで食べた、甘くて冷たいアイスクリームの味。祖母の記憶を大切に扱ってくれた、あの大きな掌の温もり。 私はもう、役に立つためだけに檻の中で息を潜める道具ではない。 黎の隣で、一人の人間として、自分の名前を呼ばれて生きたいのだ。
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第157話 暴走する寄生具と、削られる命③

 手のひらから溢れ出た光が、胸元にまとわりついていた黒紫色の靄を内側から引き裂き、凄まじい勢いで浸食していく。 ジジ、ジジジジジッ、バチィィン! 屋敷の壁の裏側で、無数の細い管が千切れ飛ぶような、奇妙な破壊音が連続して響いた。有栖川邸の地下を巡っていた、寄生具の目に見えない根が、瀬理亜の放った光の圧力に耐えかねて次々と破裂していく。 部屋の中央に置かれていた小さな桐箱が、ガタガタと激しく痙攣を始めた。隙間から漏れ出ていた瘴気の供給が止まり、逆に、瀬理亜の放った白光が桐箱の木目を伝って内側へと逆流していく。「おお、おおお、あ、あああぁぁぁ!」 上の階から、宗隆の狂ったような悲鳴が微かに聞こえてきたような気がした。けれど、そんな声に耳を貸す余裕はない。 全身の血液が沸騰し、そのまま指先から外へと噴き出していくような、凄まじい枯渇感。生命力を直接削り落としながら、力を放出し続ける。 視界が真っ白に染まる。 ピキィィィィン! 最後に見えたのは、部屋の中央で、桐箱が縦に真っ二つへと裂ける光景だった。すずらんの刺繍が施された布が木端微塵に弾け飛び、中から、鈍い銀色の輝きを放つ小さな物体が床へと転がり落ちる。 同時に、地下牢を埋め尽くしていた黒紫色の靄が、夏の朝霧のように一瞬で霧散した。 静寂。 耳が痛くなるほどの静けさが、奈落の底に満ちる。 胸元の激痛は消えていた。有栖川の屋敷を覆っていた、あのねっとりとした不快な匂いも、跡形もなく消え去っている。「……できた……」 小さく呟いた瞬間、全身の骨がすべて消えてしまったかのように、身体の支えが完全に失われた。 視界が急速に暗転していく。床の大理石に向かって、頭から真っ逆さまに落ちていく感覚。 しかし、硬いコンクリートの痛みが襲ってくることはなかった。 ドサリ、という重い音と共に、焼けつくほど熱く、分厚い塊が身体を真横から受け止める。「瀬理亜! 瀬理亜、目を開けろ!」 鼓膜を震わせる、取り乱した黎の声。 視界はほとんど機能して
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第158話 暴走する寄生具と、削られる命④

「そんなガラクタはどうでもいい! お前、身体が……何だ、これは。冷たすぎる。おい、瀬理亜!」 黎の大きな掌が、おでこや頬を何度も触る。 熱が、心地よいというよりも、今の身体には強烈すぎて意識が飛びそうになる。肌の表面は氷のように冷え切っているのに、身体の内側からは、恐ろしいほどの高熱がじわじわと湧き上がってきているのがわかった。脳の奥がズキズキと痛み、呼吸をするたびに、喉が焼けるように熱い。「……お前、自分の命を、どれだけ削った……」 黎の声が、細かく震えていた。 あの最恐と恐れられる黒竜の手が、怯える子供みたいにガタガタと音を立てて震えている。「……すま、ない、俺が……俺がすぐにこいつらを叩き潰していれば、お前がこんな力を、使う必要は……」「ちが、います……。私が、やりた、かったから……」 掠れた声で、なんとかそれだけを伝える。 黎のせいではない。これは、自分が自分の人生を取り戻すために必要な代償だったのだから。 しかし、黎の瞳に宿った恐怖の色は消えなかった。黎は、胸元のブローチの跡――赤黒く腫れ上がり、微かに白い煙を上げている皮膚を凝視し、絶望的な表情で唇を噛み締めている。「俺の、せいだ。俺が傍にいるから、お前はいつも……」 黎の呟きが、奈落の冷気に溶けていく。 その時。 誰もいないはずの地下牢の階段から、コツン、コツンと、場違いなほど軽やかな靴音が響いてきた。 ◇ 湿った空気の中に、突如として、圧倒的なまでに清浄な、けれど刃物のように冷徹な気配が混ざり合う。 黎が即座に反応し、腕の中の身体を庇うようにして、階段の方へと鋭い視線を向けた。喉から、威嚇の低い唸りが漏れ出す。 階段の最下段。薄暗い光の中に姿を現したのは、人間社会のものとは思えない、澄み切った銀色の髪を持った少女だった。
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第159話 暴走する寄生具と、削られる命⑤

「消えろ、ブラン。今すぐその首を撥ねられたくなければ、俺の視界から失せろ」 黎の声は、完全に理性を失いかけた獣のそれだった。 しかし、白亜は黎の言葉を無視し、その淡い瞳を、腕の中でぐったりとしている顔へとまっすぐに向けた。 視線には、嫌悪も、敵意もない。ただ、冷徹な事実を冷酷に観察するような、圧倒的な「他者」の目。 白亜は小さな唇を開き、歌うようなトーンで、けれど残酷なまでの正論を地下牢に響かせた。「ねえ、お姉さん。お姉さんは、ノワールの肺を楽にできる唯一の存在だと思っていただろうけれど……、逆なんだよ」「ブラン……っ!」「ノワール、黙ってて。お姉さんは知るべきだから」 白亜は一歩、距離を詰めた。その瞳の奥に、竜種としての絶対的な一線が引かれる。「お姉さんのその魂の浄化能力はね、無限に湧き出る泉なんかじゃないの。触れるたびに、声を届けるたびに……お姉さんは、自分の生命力の芯を、少しずつ薪のように燃やして炭にしているんだよ。一人でその毒を背負うには、人間の器はあまりにも脆くて、小さすぎるの」 白亜の言葉が、高熱に浮かされる脳の奥底へと、冷たい楔のように打ち込まれていく。 自分の力を、薪のように、燃やしている。 さっき、桐箱を破壊した時に感じた、あの身体の芯が削ぎ落とされるような、圧倒的な枯渇感。あれは、気のせいではなかったのだ。「今回は、あの悪趣味な呪具を壊すために、ずいぶんと大きな薪をくべちゃったみたいだね。そんなことを続けていたら、お姉さん、ノワールの肺が完全に綺麗になる前に、自分の中身が空っぽになって死んじゃうよ?」 白亜の細い指先が、こちらをまっすぐに指差す。「その力は、命を削る力。人間が竜の傍にいるための代償としては、ちょっと高すぎると思わない?」 抱きしめる黎の腕が、痛いほどに強く、きしむ音を立てて締め上げられた。 黎の体温が、恐怖によって急激に冷えていくのが、密着した肌を通して伝わってくる。 白亜の淡い瞳が、暗闇の中で、憐れむように微かに揺れた。
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第160話 黒竜の手が震える夜①

 カラン、と。 硬いガラスのコップの中で、氷の欠片がぶつかり合う涼やかな音が鼓膜を叩いた。(……ここは……?) 重く張り付いたまぶたを、微かに押し上げる。 視界は水の中にいるようにぼやけ、間接照明のオレンジ色の光が、滲んで網膜を刺激した。 頭の芯が、鈍い金槌で一定のリズムで叩かれているようにズキズキと痛む。息を吸い込むたびに、気管の粘膜がカサカサと乾いた音を立て、焼けた砂を飲み込んでいるかのような熱さに襲われた。 全身の皮膚が、フカフカの寝具の布地と擦れるだけでヒリヒリと粟立つ。 微かなミントと、上質なリネンの香り。 六本木のペントハウスの寝室だ。あの地下牢の、カビと泥にまみれた冷気はどこにもない。(帰って、こられたんだ……) ホッと息を吐き出そうとしたが、喉がヒュッと鳴っただけで、うまく空気が外へ出ていかない。「……起きるな」 すぐ側から、低く、押し殺したような声が降ってきた。 ギシッ、とベッドのマットレスが片側に傾く。 視線をそちらへ向けると、淡い光を背に受けた大きな影が、ベッドサイドの床に膝をついていた。 黎だ。 普段なら隙なく撫でつけられているはずの銀髪が、ひどく乱れて額に張り付いている。仕立ての良いシャツの袖口は無造作に肘まで捲り上げられ、その生地のあちこちに、不自然な水滴の染みが広がっていた。 チャプ、と水が跳ねる音。 黎の大きな両手が、銀色の洗面器の中で白いタオルを不器用に丸めている。 ギュッ、ギュッと、布が悲鳴を上げるような力任せの動作。絞りきれなかった水滴が、ぽたぽたと毛足の長いカーペットへとこぼれ落ちているが、黎はまったく気にする様子もない。 絞り終えたタオルが、空中で一度、ピタリと止まった。 黎の視線が、こちらの顔の輪郭をなぞるように動く。黄金色の瞳の奥で、炎の揺らめきのような強い焦燥が明滅していた。 ゆっくりと、タオルを持った手が近づいてくる。 額に、冷た
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