一億円で買われた私、亡き後の執着は絶望の味 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 7

7 チャプター

第1話

すべてを失い、家が崩壊したあの日、私は屋上から身を投げようとする父を、必死で引き止めた。借金取りが家に押し掛けてきて、末期がんの母を人質にとり、父の借りた1億円の借金を3日以内に返せと迫られたのだ。私は背に腹は代えられず、この街を裏で支配する今井家の御曹司・今井真司(いまい しんじ)からのプロポーズを受けることにした。ただし、条件がある。現金で一億円を用意してもらうこと。電話の向こうで真司は少し黙ったあと、ふっと笑って言った。「わかった。取引成立だ」って。真司は、父がかつて同盟を結んでいた今井家の跡継ぎだ。私たちはもう3年も付き合っていたから、私の事情をわかってくれると信じていた。けれど、結婚から半年もたたないうちに、彼は上田彩乃(うえだ あやの)という女を家に連れて帰ってきたのだ。私がなにか言うより早く、結婚前に交わした契約書を顔に叩きつけられた。「自分の立場をわきまえろよ。お前はあの時、1億円で俺に一生を売ったはずだろ?その金額なら、お前が一生俺の言いなりになるには、十分すぎるくらいだよな?」私は悔しくて拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込んでも、私はなにも言い返すことができなかった。そんななか、母の容態が急変し、病院の治療費がどうしても10万円足りなくなってしまった。真司に電話をかけると、氷のように冷たい声が返ってきたんだ。「そんなにたかるのが楽しいか?」ちょうどその頃、真司は彩乃に10億円もするネックレスをプレゼントしていた。彩乃が彼にはじめてを捧げた、そのお祝いだったらしい。その一方で、看護師が三度も催促に来た。「すみません、治療費の件ですが……」私は乾いた笑みを浮かべ、答えるより先に、スマホが震えた。【あら、あの二宮家のお嬢様もお金に困るのね?1億円ってもう使い果たしたの?】【ちっ、あの時ふっかけたりしなければ、真司さんを傷つけることもなかったのにね。今じゃ、はした金ももらえないなんて自業自得よ!】四方八方からの嘲笑が降り注いでくる。でも、もうそんな言葉で私の心が傷つくことはなかった。私は、真司に1億円で買われた女。そう扱われることに慣れてしまったから。彼の友人たちに「金目当ての女」と罵られ、陰で笑われることにも慣れた。一文無しという惨めな現実に、幾度もプライ
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第2話

手術室のランプが消える音で、私は我に返った。母が無事だとわかると、私は冷たい風の中を何時間も歩いて家に帰った。やっと着いた家のドアを開けると、暖かい空気が私を迎えてくれた。寝室に戻ろうとした時、ソファから甘えたような女の声が聞こえた。「あ、菖蒲さん、おかえりなさい。それで、私が頼んだケーキは?」きょとんとして、私は真司の腕の中にいる彩乃を見つめた。「ケーキ?」「とぼけるなよ」真司は、私をバカにしたように口の端を上げた。「彩乃にケーキを買って帰れって、メッセージしただろ。俺がお前のためにどれだけ金を使ってると思ってるんだ?こんな簡単な頼みも聞けないのか?」スマホはとうに充電が切れて、電源が落ちていた。私は悔しさをこらえながら、唇を噛みしめた。「食べたければ、自分で買えばいいでしょう」私のそっけない態度が、彼の気に障ったのかもしれない。真司は勢いよく立ち上がった。「なんだ、また金が欲しいのか?1億円じゃケーキ一つも買えないっていうのか?今すぐ買いに行け。買ってくるまで、この家に戻ってくるな!」信じられない気持ちで、私は真司を見つめた。この半年あまり、彼がこんな口調で話すのを聞いたのは、一度や二度じゃない。もう、とっくに慣れて、何も感じなくなったと思っていたのに。やっぱり胸の奥が、ずきずきと痛んだ。外の気温は数度しかない。冷たい風がびゅうびゅうと吹きつけている。もう夜中の1時過ぎだから、こんな時間に、一体どこでケーキを買えばいいっていうの?私がその場に立ち尽くしているのを見て、真司は鼻で笑った。「どうした、動かないのか?また金でもせびるつもりか?」彼は財布から一万円札を一枚取り出し、ろくに見もしないで床に投げつけた。「これで文句ないだろ?」私が何か言う前に、真司は手招きでボディーガードを呼んだ。そして、私を乱暴にドアの外へ突き飛ばした。ドアの向こうから、彼の氷のように冷たい声が聞こえてきた。「ケーキが買えなかったら、今夜はずっと外にいろ」すぐに、女の甘えた笑い声が聞こえてきた。そのあとには、聞くに堪えない生々しい声が続いた。その声から少しでも離れたくて、私はドアを支えにゆっくりとしゃがみこみ、そのまま玄関の階段に座った。冷たい風が、服の襟元から入り込んでくる。死んだ
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第3話

彩乃の妊娠が発覚してからというもの、彼女は「菖蒲さんお手製の料理が食べたい」と言い出した。真司は無表情に私に言いつけた。「彩乃が言ったことを聞いてなかったのか?」私はダイニングテーブルに並んだ料理を見つめ、聞こえないふりをした。彼はふっと笑った。「ちっ、金が欲しいんだろ?なら、くれてやるよ」「分かった、お支払い、お待ちしておりますね」私は最後の一口を飲み込むと、振り返らずにキッチンへ向かった。彩乃が弱々しい声で口を開いた。「真司さん、お金で菖蒲さんを侮辱するなんて……彼女、怒ったりしないかしら?」真司は冷たく鼻を鳴らした。「安心しろ。金をくれるなら、あいつは命だって差し出すさ」今回ばかりは、真司の言う通りだった。早く1億円を工面して彼に返すことができるなら、私はなんだってやる。その日から、私は彩乃の専属の使用人になった。雑用一つにつき、50万円。膝つき掃除は、100万円。時々、真司が興に乗れば、彩乃を抱いている間、私をそばに控えさせた。一回につき、150万円。最初は、吐き気がした。何度も繰り返すうちに、何も感じなくなった。二人の行為の合間に、私が無表情で真司にコンドームを渡すことさえあった。でも、彼の表情は日に日に険しくなっていった。ある日、ついに真司は我慢できなくなった。私の手の中のコンドームを叩き落とし、顎を乱暴に掴んだ。「菖蒲、この恥知らずが!」私は静かに彼の目を見つめ返した。たった2週間で、私は9000万円を貯めた。あと1000万円。それさえあれば、真司にお金をすべて返して、離婚できる。今年、初めての雪が降った日。彩乃は真司に雪を見に連れていってとねだった。初雪を一緒に見ると、二人は白髪になるまで添い遂げられる、と言って。今の真司は彩乃の言いなりで、仰々しく彼女を連れ出していった。夕食の時、彩乃が突然、首元に手を当てて叫んだ。「あら、大変!ネックレスを展望台に忘れてきちゃったみたい!」彼女は何かを企むように瞳を輝かせると、私ににっこり笑いかけた。「菖蒲さん、悪いんだけど、私の代わりに取ってきてくれますか?」真司は私を見て眉を上げた。見かねた新人の使用人が口を挟んだ。「旦那様、雪で道も滑りやすくなっていますし、奥様に行ってもらうのは明日にしてはいかが
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第4話

翌朝。運転手が、眠っている真司を慌てて起こした。「大変です、旦那様!奥様が、まだ戻られていません!」真司ははっと目を覚まし、ベッドサイドテーブルからスマホをひっつかんだ。「まさか、あの金を持って逃げたんじゃ……」不快げに吐き捨てようとした言葉が、その喉元で凍りついた。スマホの画面には、振込完了の通知と離婚届の写真が表示されていたからだ。そのとき、スマホにニュース速報が飛び込んできた。【#速報!今朝早く、東都展望台付近で、凍死したとみられる女性の遺体が発見されました。身元は不明……】真司は自分の目を疑った。画面に表示された文字。一つ一つは読めるのに、文章になると、頭がまったく理解を拒んだ。「探せ!どんな手を使ってでも、探し出すんだ!」ニュースの女性が、菖蒲であるはずがない。金に汚いあの女が、簡単に死ぬはずはないのだ。生きているにしろ死んでいるにしろ、必ず見つけ出せ。運転手は、真司の剣幕に気圧されて立ち尽くした。「早く行け!」運転手は慌てて部屋を飛び出していった。そして、真司は再びスマホに目を落とした。画面に表示された離婚届の写真と、振込完了の通知が、目に突き刺さるようだった。菖蒲との関係が、修復不可能なほどに壊れてしまったのは、いつからだっただろうか。新婚の夜、鬱憤を晴らすかのように、ただ無慈悲に、何度も何度も彼女を貪り尽くしたあの日からか?菖蒲の懇願も無視して、顎を掴みながら、「大金でお前を買ったんだ。これくらいでへこたれるなよ?お前が望んだことだろう」と言った、あの夜からか?それとも、初めて浮気相手を家に連れ込み、唇を噛みしめて、「やめてください」と懇願する菖蒲を無視した、あのときからか?あるいは、菖蒲のプライドを何度も踏みにじり、冬の夜に家から追い出し、自分の愛人の世話までさせた、あの日々からだろうか?思い返せば、キリがない。自分でも、すべては思い出せないほどだ。ふと、壁のカレンダーが目に入った。ある日に、赤い丸がしてある。あの日、菖蒲から電話があった。「病院の支払いが10万円、貸してほしい」と。そのとき、自分は何をしていた?電話で彼女を罵倒し、切ったその足で、彩乃に10億円のネックレスを買い与えた。そして、菖蒲の目に、わざと入るように
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第5話

彩乃は、真司がこんなことをするなんて、まったく予想していなかった。ましてや、昨日の夜まで、「かわいい」と言って抱きしめてくれた人が、いきなりこんなに恐ろしくなるなんて。肺から空気が少しずつ絞り出されて、ひと言も声が出せない。ただ真司の腕を無力に叩き、涙を浮かべた瞳で許しを乞うしかなかった。ほんの数秒間。それが、まるで永遠のように長く感じられた。やがて、彼の手が緩んだ。彩乃は力を失って床に崩れ落ちると、激しくむせ返りながら、涙をボロボロとこぼした。これまで真司に甘やかされすぎて、二人の身分の差を忘れていた。彼がもともと情け容赦のない人間だということも、すっかり忘れていた。「どうしてこんなことをするの?私のこと、一番愛してたんじゃないの?」震える声で、彩乃は縋るように問いかけた。真司は目もくれず、口元を歪めて冷たく笑った。「愛?お前にその価値があるとでも?」勝手に縋り付いてきただけの女だ。初めから、自分の眼中にすらなかった。今までの女たちと同じで、菖蒲を怒らせるための道具にすぎない。ただ、彩乃が一番菖蒲に似ていたから、少しだけ目をかけてやっただけだ。それも、一度酒に酔って彩乃を菖蒲と見間違えた時に気づいたことだった。その勘違いのせいで、目が覚めた後、真司はさらに菖蒲を憎むようになった。自分は菖蒲を憎んでいると思っていた。なのに、あの夜、どうして彩乃を菖蒲だと思い込んでしまったのか?「でも、お腹にはあなたの子がいるのよ!」彩乃は納得できなかった。真司は彼女が乗り換えてきた男たちのうちの一人に過ぎなかったが、その中でも最高級の「獲物」だった。金持ちで、若くて、顔もいい。ただ、邪魔な妻がいる。今井家の女主人の座に居座って離れないせいで、自分がその椅子に座れないのだ。菖蒲なんて、死んでしまえばいいのに。だから、わざと「うっかり」ネックレスを展望台に忘れてきたのだ。彩乃はわかっていた。真司ならきっと、菖蒲に取りに行かせるだろうと。あのニュースを見た時、どれほど嬉しかったことか。彼と結婚する日に着るウェディングドレスまで、もう決めていた。なのに、真司は突然、人が変わったようになってしまった。でも、お腹には子供がいる。これが、自分の切り札だ。しかし、真司がす
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第6話

突如として湧いた希望に、真司の顔は一瞬でぱっと明るくなった。「彼女は生きてるのか?そうなんだな?」秘書は、どう答えたものか一瞬言葉に詰まった。秘書は真司の性格は誰よりもよく知っている。ここでご機嫌を損ねたら、自分の身も危ない。言葉を慎重に選びながら、彼は答えた。「はい、その可能性はあります。すでに百人以上を動員し、専門の救助隊にも捜索を依頼していますが……まだ奥様の姿は見つかっていません」だが真司にとって、何の知らせもないことが、今は最高の知らせだった。その最後の希望だけが、彼を正気でいさせてくれた。そうでなければ、もっと無茶なことをしていたに違いない。菖蒲がまだ生きているかもしれない。その可能性を知った今、真司の頭の中には一つの考えしかなかった。どんな手を使っても、必ず、彼女を見つけ出す。たとえ菖蒲が、本当にこの世を去ってしまっていたとしても……彼女は自分の妻であり、今井家の女主人なのだ。遺骨は今井家の墓に入れなければならない。そしていつか自分が死んだら、同じ墓に入れるんだ。その日から真司は、寝る間も惜しんで捜索の進捗を見守り続けた。何度も自ら山に入って探した。けれど、山へ向かうたびに、希望は少しずつ削られていった。冬の展望台から見渡す景色は、ただ真っ白な世界が広がっているだけ。葉の落ちた木々の枝。凍てつくような冷たい岩。こんな厳しい環境で、人が生き延びられる可能性はあまりにも低い。それは、真司がいちばんよく分かっていた。ましてや菖蒲は、もともと体が弱いのだ。ある日、捜索の専門家が真司を落下現場へ案内し、凍りついた血だまりを指して言った。「奥さんは、おそらくこの場所に落ちたのでしょう。岩と木の枝がクッションになったおかげで、即死は免れたようです」彼は、証拠品と書かれた袋を取り出した。中には二つのものが入っていた。一台のスマホと、一つの指輪。真司はその指輪を見た瞬間、涙で視界がにじんだ。そのダイヤモンドの指輪には、見覚えがあった。プロポーズの時に、菖蒲のためだけに作らせた特別なものだ。彼女は、いつもそれを指にはめていた。以前は、菖蒲が欲張りだからだと思っていた。指輪の価値を知っていて、大切にしているのだと。でも今ならわかる。生活に困り果て、お金に一番困
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第7話

退院してすぐ、私は病気の母に会いに行った。母の頭には、前に会ったときよりも白髪が増えていた。私の顔を見るなり、彼女は泣き崩れた。でも、何も聞かずに、ただ私の手を握りしめて、「おかえり、おかえり……」と何度も繰り返すだけだった。私は母の胸に顔をうずめた。今までため込んできた悲しみが、一気に溢れ出したみたいだった。だから、もう一度真司に会った時、自分でも驚くほど落ち着いていられた。「菖蒲、無事で……本当によかった。どれだけお前に会いたかったか、分からないだろ……」真司は前よりずっとやつれて、落ち込んでいるように見えた。まるで死の淵から帰ってきたのは、私じゃなくて彼の方みたいだった。真司の口から、「会いたかった」なんて言葉が出てくるなんて、少し意外のことだった。私は仕方なく口の端を上げて、力なく笑った。「死に損なっちゃって、がっかりしたの?」「そんなこと言うな。俺がいる限り、お前を死なせたりしない!」付き合い始めた頃、真司も同じことを言っていた。「俺がいれば、どんな辛いことからも守ってやる」と。でも結局、私の人生をめちゃくちゃにした嵐は、全部彼がもたらしたものだった。回復したばかりの私には、真司とこれ以上言い争う気力もなかった。だから、ストレートに本題を切り出した。「真司さん、あなたに返すものは、もう全部返したよ。利息の分は……あなたが今まで私にしてきたことで、十分お釣りもくるんじゃない?だから、離婚届にサインしてください」私の言葉に、真司は焦って声を裏返らせた。「離婚なんて認めない!昔の俺が悪かったのは分かってる。本当に反省してるんだ。これからは俺の金は全部お前のものだ。彩乃のことは、もうお前のために始末した。二度と他の女に手も出さない。菖蒲、もう一度だけ、チャンスをくれないか?」真司の声は、真剣で、すがるようだった。今の彼の顔は、絶望にゆがみきっている。昔の、人を見下した傲慢な彼とはまるで別人みたいだ。この数日、ニュースや噂で、彩乃がどうなったのかは知っていた。真司は彩乃を、私が3年間入れられていたあの鉄の檻に閉じ込めたらしい。檻には、私がもがいた時に残した血の痕が、まだ残っている。真司はやっと、私が昔どれだけ痛がりだったかを思い出したんだ。
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