立花蓮。 名だたる映画監督を代々輩出してきた家に生まれ、両親はもちろん祖父に至るまで、その名声は業界に轟いていた。受賞歴も数えきれないほどで、そんな家に育った立花蓮もまた、周囲の期待を裏切らなかった。 幼い頃からそうした環境に浸り、小学生の頃に書いた脚本ですでに児童部門の数々の文学賞を受賞。 さらに父に付き添って多くの撮影現場を渡り歩き、これ以上ない環境と人脈を与えられたことで、彼の専門性は最初から同世代を大きく引き離していた。 彼が初めて本格的に名を知られるようになったのは高校時代のことだ。学校で結成した学生チームを率い、自身にとって真の意味での第一作となる短編映画を撮影。 その作品が高校生映画コンクールで金賞を受賞し、そこから彼は両親と同じく、映画監督としての道を歩み始めた。 高校から大学にかけて、学生の身で撮った作品はすべて何らかの賞を獲得し、確かな評価を積み重ねていった。 大学を卒業する前からすでに名の知れた監督だった彼は、二十三歳にして初の国際的な賞まで手にする。メディアはこぞって彼を“千年に一人の天才監督”と持ち上げた。 当然、ネット上では「親の七光りだ」と叩く声も少なくはない。だが、そんなことは重要ではない。 重要なのは、彼の映画に関われる役を手にできれば、それはすなわち将来の名優や名女優への切符を一枚手に入れたも同然だということだった。 由衣だって、当然それを欲していた。 デビューしてまだ二年。新人の中では群を抜いて人気も商品価値もある女優だったが、それでも彼女は満足していなかった。 勢いのある新人――そんな肩書きのままでは終わりたくない。 もっと大きな成功が欲しい。 欲も野心もある。そして、その野心に見合うだけの実力が自分にはあると、由衣は本気で信じていた。 足りないのは、ただ一つ。 質のいい仕事だけだ。 慎一の前に現れたのも、決してロマンティックな偶然などではない。 ある日たまたま先輩の口から慎一のことを聞き、彼が特に好む“ある系統の顔立ち”を知った彼女は、いくらかの手段と金を使って、慎一との出会いを作り上げた。 まさかここまで順調に進むとは思わなかった。 しかも慎一が、これほど短い時間で自分に関心を向けるようになるなんて、予想していたよりずっと早い。 けれどそれは同時に、彼女が思い
Terakhir Diperbarui : 2026-03-30 Baca selengkapnya