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第19話

Author: るるね
last update publish date: 2026-04-05 23:48:36

 優介は今年、十八歳になったばかりで、つい先日、第一志望の大学から合格通知を受け取ったばかりだという。

 その話を聞いた紗月は、思わずぱっと顔を明るくした。

「本当に? おめでとう、優介くん!」

 嬉しさのあまり、すぐ隣の凛子の手を取って、三人でお祝いしようと声を弾ませる。

 凛子は不満そうに唇を尖らせた。

 ソファへ腰を下ろすなり、いかにも紗月の隣に座りたそうに近づいてきた優介を容赦なく肩で押しのける。

「ちょっと、あんたは向こう」

 そう言って自分が先に紗月の腕へ親しげに絡みつき、そのままぐっと隣へ引き寄せた。

 まるで全方位で優介を警戒しているかのようだ。

 その様子を見た優介は、不満げに小さく鼻を鳴らした。

「……ふん」

 とはいえ何も言い返さず、素直に反対側へ腰を下ろす。

 だが、紗月へ視線を向けた途端、その表情はまた柔らかな笑みに変わった。相変わらず、声も甘く、どこか人懐こい。

「やっぱり紗月お姉さんだったんですね。さっき会った瞬間から、すごく懐かしい感じがして……だから、つい姉ちゃんと間違えちゃいました」

 その言い方に、紗月はくすりと笑う。

「ごめんね、優介くん。あま
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  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第19話

     優介は今年、十八歳になったばかりで、つい先日、第一志望の大学から合格通知を受け取ったばかりだという。 その話を聞いた紗月は、思わずぱっと顔を明るくした。「本当に? おめでとう、優介くん!」 嬉しさのあまり、すぐ隣の凛子の手を取って、三人でお祝いしようと声を弾ませる。 凛子は不満そうに唇を尖らせた。 ソファへ腰を下ろすなり、いかにも紗月の隣に座りたそうに近づいてきた優介を容赦なく肩で押しのける。「ちょっと、あんたは向こう」 そう言って自分が先に紗月の腕へ親しげに絡みつき、そのままぐっと隣へ引き寄せた。 まるで全方位で優介を警戒しているかのようだ。 その様子を見た優介は、不満げに小さく鼻を鳴らした。「……ふん」 とはいえ何も言い返さず、素直に反対側へ腰を下ろす。 だが、紗月へ視線を向けた途端、その表情はまた柔らかな笑みに変わった。相変わらず、声も甘く、どこか人懐こい。「やっぱり紗月お姉さんだったんですね。さっき会った瞬間から、すごく懐かしい感じがして……だから、つい姉ちゃんと間違えちゃいました」 その言い方に、紗月はくすりと笑う。「ごめんね、優介くん。あまりに大きくなっていて、すぐには気づけなかったの」「いいんです、紗月お姉さん。姉ちゃんが海外へ行ってから、紗月お姉さんも全然うちに来なくなっちゃったから……ずっと、また会いたいって思ってました」 そう言って、彼はまっすぐ紗月を見つめる。「姉ちゃんも帰ってきたことだし……これからは、また会えたら嬉しいです」 その言葉に、凛子は露骨に嫌そうな顔をした。 今にもまた弟の頭をはたきそうな勢いで睨みつける。 優介は一見、無害で愛らしい子犬のように見えるが、姉である凛子だけは知っていた。 この柔らかく可愛い顔の裏に、とんでもなく厄介な悪魔が潜んでいることを。 幼い頃から、彼には何度も振り回されてきた。被害を受けた回数など、もはや数えきれない。 もちろん、姉として認めざるを得ないほど可愛い一面も、たしかにある。 ――ほんの少しだけ。「何が“ずっと会いたかった”よ。私が海外に行ってから、電話どころかメッセージすらほとんど寄越さなかったくせに」 凛子は遠慮なく嘘を暴く。 優介はしゅんと肩を落とし、いかにも傷ついたように俯いた。「姉ちゃん……紗月お姉さんの前でそんなこと言うなんて

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     少年は香水をつけているらしかった。 抱き寄せられた瞬間、淡く雪松の香りとホワイトムスクがふわりと紗月の鼻先をかすめる。 清潔感があって、決して主張しすぎない香り。 彼の柔らかな装いにもよく似合っていた。 それは、慎一が時折まとっている香水とは、まったく違う。 その違いに、紗月はほんの一瞬だけ肩の力が抜けた。 けれど次の瞬間、はっと我に返った紗月は、慌てて手を伸ばし、少年の胸元をそっと押して身を離した。「あ、あの……待って、ごめんなさい。私、部屋を間違えたみたいで……」 動揺のあまり、言葉がうまくつながらない。 押し離された少年は、丸い瞳をぱちぱちと瞬かせながら、少し身を引いた。そしてそのまま、どこか傷ついたように紗月を見下ろす。 大きな目が潤んで見えて、ひどく頼りなげだ。 自分より頭ひとつ分は背が高いはずなのに、なぜだか紗月には、撫でてあげたくなるような大きな子犬に見えた。 紗月が部屋を間違えたと言っても、少年はまるで聞いていないようだった。彼は再びすっと手を伸ばし、紗月の手をそっと握る。その声は柔らかく、弱々しく、甘えるように震えていた。「姉ちゃん……僕のこと、もう忘れちゃったの?」 今にも泣き出しそうなその表情に、紗月は思わず言葉を失う。あまりにも健気で、あまりにも可哀想で、突き放すことができない。「あなた……」 何か言葉をかけようとしたそのとき、不意に少し離れた廊下のほうから、凛子の明るく張りのある声が聞こえてきた。 どうやら店主と一緒に来たようだった。「店長――! 久しぶり! 相変わらず全然若いじゃん。部屋、まだ残してくれててありがとう!」「いえいえ、こちらこそ」 声はどんどん近づいてくる。 それを聞いた途端、少年の表情がわずかに強張った。 さっきまでの甘えた様子とは打って変わって、どこか居心地が悪そうに視線をさまよわせている。 やがて部屋の前までやって来た凛子は、まず困ったような表情の紗月に気づき、ぱっと顔をほころばせた。 その視線が少年へ移った瞬間、顔色が一変した。「優介! なんであんたがここにいるのよ!」 少年――高瀬優介はびくっと肩を震わせる。 まるで怯えたようにさらに紗月へ身を寄せ、そのまま彼女の後ろへ半分隠れるようにした。「姉ちゃん……この人、すごく怖い……僕、怖い

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    「凛子……!」 高瀬凛子。 紗月が高校時代に出会った、いちばん大切な親友だった。 生徒会の役員を務めていた頃、会計担当だった凛子と知り合った。 彼女はとても自立していて、自分のクラスではほとんど誰ともつるまないタイプだった。 当時の凛子は気性が強く、誰に対してもどこか反発するような、鋭い雰囲気をまとっていた。 誰にでも愛想よく接するような子ではなかったのに、なぜか紗月にだけは最初から驚くほど優しかった。 二人はすぐに親しくなった。 正直に言えば、出会ってしばらくの間、紗月は自分でも嫌になるくらい卑屈な疑いを抱いていた。 凛子も、慎一のことが好きなのではないか、と。 幼い頃から、そういう人を何人も見てきた。 慎一に近づくためだけに、わざと自分に接近してくる人たち。友達がほしい一心で、そのたびに心を開いてきた。 けれど返ってきたのは、決まって当然のような裏切りだった。 長い間、紗月は感じていた。 誰も本当の自分を見てくれてはいない。みんな、自分を通して慎一を見ているだけなのだと。 自分につけられたラベルは、いつだってただ一つ――慎一のいちばん近くにいる女の子。 凛子だけは違った。 彼女は紗月と出会った当初、慎一という存在すら知らなかった。知ってからも、そこに何の興味も示さなかった。 慎一よりも、紗月と一緒に過ごす時間を何より大切にしてくれた。 紗月にとって、初めて本当の意味で「友達」と呼べる存在だった。 ただ、高校卒業後、凛子は海外へ渡った。 それからは滅多に帰国することもなく、連絡はほとんど電話だけになった。紗月が結婚してからは、その電話さえ、いつの間にか減っていった。 それでも、受話器越しに聞こえてくる凛子の元気な声は、今も昔も変わらない。 その明るさに触れただけで、沈みきっていた気持ちが少しだけ軽くなった。「今、どこにいるの?」「帰ってきたわよ、さっちゃーん!」 凛子の声は相変わらず弾けるように明るく、叫ぶような勢いだった。飛行機を降りて、真っ先に思い浮かんだのが紗月だったのだろう。「さっちゃんに会いたい! 一時間後、いつもの場所ね。オーケー?」 凛子の言う“いつもの場所”は、一軒のカフェだった。 以前から彼女がとても気に入っていた店で、店主に頼んで半ば専用の個室を使わせてもらっていた。

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     限度額が足りないと理解した瞬間、紗月は店員の手からカードをそっと受け取るしかなかった。 今日はただ慎一に頼まれたものを買いに来ただけで、そこまで深く考えていなかった。 手元にある現金では、当然まったく足りない。 クレジットカードで払うにしても、八十万円を超える金額は、今の彼女にとって、思い立ったその場で簡単に出せる額ではなかった。 慎一と結婚してから、彼が紗月に経済的な援助をしてくれたことは一度もない。 もちろん紗月自身も、彼から生活費や金銭を受け取ろうと思ったことはなかった。 家賃や光熱費に困ることはない。 毎月の給料は決して多くはないものの、一人で暮らしていくには十分だった。 けれど、そのぶん貯金が大きく増えることもない。 紗月の困り果てた様子を見て、店員もまた気まずそうに小さく声を潜めた。「お客様、よろしければ、こちらでお取り置きしておきましょうか?」 店員なりに、この場の気まずさを周囲に悟られないよう配慮してくれているのだろう。 店内には、あえてこの場の空気を掻き乱そうとする人間がいた。「えぇ〜、まさか……買えないんですか?」 由衣の声は相変わらず甘く愛らしい。 それなのに、その響きは驚くほど鋭く、まるで紗月の胸を突き刺す刃のようだった。 慎一に話しかけているように見せかけながら、その視線はまっすぐ紗月を射抜いている。「社長〜。買うって言っておいて、お金が払えないなんて……かわいそう〜。でも、もっとかわいそうなのは私かもしれません。欲しかったし、お金もあるのに、買えないなんて」 やはり、先ほど彼女は完全に諦めていたわけではなかった。紗月がこうして恥をかく瞬間を、待っていたのだ。 事前に慎一と示し合わせていたのか。 それとも、由衣の勘の鋭さが、いつも慎一にとって最も都合のいい刃になるのか。 紗月にはもう、わからなかった。 由衣のあてこすりよりも、慎一の低い

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     紗月はさらに強く下唇を噛みしめた。 唇に走るかすかな痛みだけが、胸の奥で渦巻く感情をどうにか押し留めてくれる。 背後の声が聞こえなかったふりをして、店員に小さく頷き、そう答えた。「……はい、お願いします」「お客様、商品の最終確認はよろしいでしょうか。当ブランドでは、重大な不備がない限り、ご購入後の返品は承っておりません」 店員はそう言いながら、確認のためにもう一度懐中時計を手に取り、紗月の前に差し出した。 紗月としては、もはや確認する必要など感じていなかった。 だが、店員がそれを持ち上げた瞬間、少し離れた背後にいた由衣が急に興味を示したように、まるで紗月のことなどまったく知らないかのような顔で、軽やかにこちらへ歩み寄ってきた。 そして、その懐中時計を見て、感嘆の声を漏らす。「わあ……すごく綺麗」 店員も流れるように身体を少しずらし、由衣にも見えるように商品を向ける。「はい、お客様。こちらは今回の新作の中でも特に人気の高いお品でして、デザインも宝石のあしらいも、男女問わずお使いいただけます。ただ、特に若い女性のお客様からご好評をいただいております」「いいですね〜。まだ在庫ありますか?」 由衣はすっかり気に入った様子で、手を伸ばして触れようとしたが、販売員の言葉にぴたりと動きを止めた。「申し訳ございません。こちらは当店最後の現品でして、すでにこちらのお客様がお取り置きされております。ご予約であれば承れますので、よろしければ一週間ほどでお渡し可能です。入荷次第、お電話にてご連絡いたします」「え〜、そんなに待ちたくないです」 そう不満げに言いながら、由衣はちらりと紗月を見やった。 それ以上は食い下がらず、すぐに別のリングコーナーへ視線を移していった。 店員は申し訳なさそうに紗月へ微笑みかけ、そのまま懐中時計を丁寧に包みながら、何気ない調子で尋ねる。「お客様、ギフト用でお包みいたしますか?」「はい、お願いします」 懐中時計はほどなくして上品な化粧箱に収められた。 店員がギフトバッグにリボンを結んでいるそのわずかな合間に、紗月はおそるおそる、先ほど久我から渡されたブラックカードを取り出す。 このカードは、きっと慎一の意思。 そうわかっていても、胸の奥には拭えない不安があった。 慎一本人から直接「使っていい」と言われたわけでは

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     慎一と由衣が突然現れたことで、紗月は完全に不意を突かれた。 スマートフォンを持つ手先はかすかに震え、視線を向け続けていいのかもわからず、慌てて背を向ける。 意識はどうしても背後の二人へと引き寄せられてしまっていた。「お客様? 何かお困りでしょうか?」 登録の手が止まったままなのを見て、店員が声をかけてくる。「あ、あ……いえ……なんでもありません」 我に返った紗月は、慌てて視線を落とし、途中まで入力していた画面へ再び文字を打ち込んだ。 その一方で、由衣も紗月の存在に気づいているのだろう。わざと聞こえるような甘い声で、慎一に話しかけ続けている。 そして慎一の返す声は、紗月がもう長いこと聞いていなかった、ひどく懐かしい、あの穏やかな声音だった。「社長〜〜、このネックレス、すっごく綺麗ですね。ピンクダイヤなんて、あまり見かけないですよね〜。試してみてもいいですか?」「いい」「わあ〜〜、社長、このセットのブレスレットもすごく可愛いです〜。今日の服にも合いそうじゃないですか? どう思います?」 カウンター越しの鏡越しに、紗月の視界にもその様子が映る。 由衣はダイヤモンドの光を散りばめたブレスレットを手首に添え、慎一へ見せるように微笑んでいた。 慎一の口元にはごく淡い笑みが浮かんでいる。 半ば背を向けているため、その表情をはっきりとは見えない。 それでも彼の視線がずっと由衣の顔に向けられていることだけは、痛いほどわかった。 由衣が手首を差し出した時だけ、慎一はほんの一瞬そこへ目を落とす。「悪くないな」「じゃあ、これも一緒に買ってもいいですか?」「気に入ったものは全部包ませればいい」「社長〜、そんなこと言われたら、もっと他のも見たくなっちゃいます〜」 二人の会話も、その距離感も、まるで熱に浮かされた恋人同士のようだった。 目の前の店員だけではない。 店内の他のスタッフたちまでも、自然と二人へ視線を向けている。 美しく華やかな女と、隣に立つ非の打ち所のない男。 見知らぬ他人でさえ、思わず見惚れてしまうほど絵になる。 ――羨ましい。 そう感じてしまったのは、紗月自身だった。 そっと下唇を噛みしめる。 唇に食い込む痛みで、胸の奥から込み上げる感情を必死に押し殺す。 羨望も、悔しさも、どうしようもない惨めさも、全部見なかった

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