紗月は用を済ませて廊下へ出た瞬間、そこで待っていた優介の姿に思わず肩をびくりと揺らした。「紗月お姉さん」 優介はおとなしく、どこか甘えるように彼女の名を呼んだ。 何か話したいことがあるのだと、すぐにわかる。 紗月はやわらかく微笑み、昔、小さな子どもだった頃の彼に接していたときと同じような口調で問いかけた。「どうしたの? 優介くん」「実は……さっき、姉ちゃんには嘘をつきました」「え……?」 優介は視線を逸らすことなく、紗月を見つめたまま静かに言葉を紡いだ。「行ってないって言ったけど、本当は行ったんです。紗月お姉さんと結婚するはずだったあの人……来なかったですよね」 紗月の胸がどくりと大きく鳴った。 その一言に、呼吸が一瞬止まる。「それは……」「仕事が忙しいから、って聞きました。僕、大人のことはよくわからないですけど……結婚式にすら来ない男が、本当にお姉さんを幸せにできるとは思えません」 その言葉はあまりにも真っ直ぐで、逃げ場がなかった。 記憶の中で、優介はいつまでも自分の後ろを追いかけてくる幼い子どものままだった。 無邪気に笑って、遊んでほしいと袖を引っ張ってくる、そんな存在。 けれど今、目の前にいる彼は違う。 紗月は初めてはっきりと感じた。優介はもう子どもではない、と。 胸の奥に隠していた傷口を、ためらいなく指先でなぞられたようだった。あまりにも核心を突かれて、紗月はその場で言葉を失う。 何か返したいのに、何も出てこない。 ただ、立ち尽くすことしかできなかった。 優介の笑みは変わらず甘かった。 紗月を責めようとしているわけではない――そう思わせるほど、やわらかく、優しい笑顔だった。 言葉を失って立ち尽くす紗月の困ったような表情を見つめた次の瞬間、優介はふっと目を伏せた。 その顔には、痛ましげな悲しみが滲んでいる。 長い睫毛の影に隠れた瞳には、みるみるうちに涙が溜まっていった。まるで、本当に紗月のことで胸を痛めているかのように。 やがて右目の端から、ひと筋の涙が静かに頬を伝い落ちる。その光景に、紗月の胸は強く揺れた。 優介は、彼女にとってまるで弟のような存在だった。愛らしくて、無邪気で、見ているだけで自然と頬が緩んでしまうような子。 そんな優介が、今、自分のために涙を流している。 それだけで胸が締めつけら
Terakhir Diperbarui : 2026-04-06 Baca selengkapnya