All Chapters of 元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚!: Chapter 431 - Chapter 440

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第431話

湊はすぐに手を振った。「俺はパス。二十代の目立ちたがりがやるようなことは御免だ」景はその場に立ったまま、何も言わなかった。ただ正真と湊に、それぞれ鋭い視線を向ける。凄まじい圧力に気圧され、二人は反射的に立ち上がった。――深夜11時。絃葉は悠の家にいた。二人は店からテイクアウトした夜食と缶ビールをテーブルに並べ、向かい合って話をしていた。そのとき、静まり返ったマンションの中庭から、突然、穏やかな音楽が聞こえてきた。悠は眉をひそめた。「どこの若者よ。こんな夜中に下でギターを弾くなんて、近所迷惑にもほどがあるわ。プロポーズなら、もっと早い時間にすればいいのに。ちょっと見てくる」彼女は窓辺へ歩み寄り、下をのぞき込んだ。薄暗い街灯の下に、スーツ姿の男が三人立っていた。中央の男はギターを抱え、すらりと背筋を伸ばしている。――景だった。悠は驚きのあまり舌を噛みそうになり、振り返って絃葉にどもりながら言った。「絃葉、ちょ、ちょっと来て......下でギターを弾いてる人、景みたいなんだけど......」絃葉はビールを持ったまま動きを止めた。だが立ち上がろうとはせず、淡々と答えた。「見間違いじゃない?景がそんなことをするはずないわ」悠は焦って何度も足を踏み鳴らした。「本当だってば!湊と正真まで隣でリズムを取ってるのよ!」そこでようやく絃葉も、半信半疑のまま窓辺へ歩いていった。景は中庭の中央に立ち、長くしなやかな指でギターの弦を優しくつま弾いていた。その後ろには湊と正真が立ち、スマホのライトで彼を照らしている。二人の顔には、無理やり付き合わされているという諦めがありありと浮かんでいた。景は顔を上げ、絃葉がいる部屋を迷うことなく見つけた。軽く喉を整えると、低い声で歌い始めた。低く響きのある歌声は、静かな夜の中でひときわ心を揺さぶった。最初は面白がっていた悠も、次第に笑みを消し、無意識に口元を手で覆った。景は一度も絃葉から目をそらさず、歌い続けた。絃葉は呆然とその場に立ち、ぎこちなくも真摯な彼の姿を見つめていた。商業界で絶大な力を振るうあの男が、今はまるで恋を覚えたばかりの少年のように、深夜の中庭で彼女のためにラブソングを歌っている。歌の途中、隣の窓から突然
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第432話

絃葉は階下の光景を呆然と見つめ、信じられない思いで言葉を失っていた。深夜に近所迷惑も顧みずギターを弾き、大勢の前で愛していると告白する――どう考えても、景がするようなことではない。それでも、下に立っているのは紛れもなく彼だった。大人の男が本気で恋をすると、一度火がつけば手がつけられないという。若者よりも情熱的で、純粋で、ロマンチックになるらしい。絃葉は今まで信じていなかった。しかし今、階下にいる景の姿を目にして、認めないわけにはいかなかった。少し前にも、ある有名な不動産王が30歳年下の恋人のために離婚し、本来なら引退して悠々自適に暮らしていてもおかしくない70歳になってなお、ミルク代を稼ぐために店を続けていると話題になった。恋とは、本当に人をここまで変えてしまうものらしい。絃葉は身を翻し、階下へ向かった。悠も、この先の展開を見届けようと、急いであとを追った。絃葉が中庭へ出てくると、景はようやくギターをつま弾く手を止めた。いつも冷静で厳しいその顔に、今は微かな不安が浮かんでいた。絃葉は彼のもとへ歩み寄り、その手を取った。「行きましょう」景は戸惑った。「どこへ?許してくれるのか?」絃葉は振り返り、不安で満たされた彼の目を見つめた。「家で話さない?」そして、からかうように付け加えた。「それから築山社長、確かにロマンチックだけど......こういうことをするには、私たちは少し大人すぎない?ニュースで取り上げられるかもしれないのに......気にならないの?」景の表情は瞬時に真剣なものへ変わった。「君のためなら、俺は変われるって、証明したかったんだ」あまりにも真面目な顔で言うものだから、絃葉は思わず吹き出した。そしてその瞬間、胸をひどく苦しめていたわだかまりが、ふっと軽くなったような気がした。自分は、ほんの少し機嫌を損ねただけだった。それなのに、万年氷山のように冷静で、仕事を何よりも大切にしてきた会社のトップが、彼女のために家の下でラブソングを歌うところまで追い詰められてしまったのだ。彼はどれほど自分を大切に思っているのだろう。彼女の気持ちが揺れただけで、これほど心を乱されるほどに。絃葉は、凪杜と一緒にいた頃のことを思い出した。あの頃、彼女の気持ちはいつも無
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第433話

愛する人と一緒なら、いつも控えめでいる必要などない。人目を気にせず想いを示すことにも、それならではのロマンがあるのだ。景は今夜、また一つ恋愛について学んだ。――この夜の触れ合いは、いつもとはひと味違っていた。新たな世界を知った景は歯止めが利かなくなり、以前の彼なら想像もできず、口にすることさえためらったような体勢をいくつも試した。その成果は上々だった。すべてが終わる頃、絃葉は全身の骨を一度ばらばらにされ、組み直されたような感覚になっていた。体は痺れるようにとろけ、少し痛みもあったが、心地よい満足感に満たされている。まるで、全身をくまなくほぐすマッサージを受けたあとのようだった。景はベッドから起き上がり、気遣うように水を一杯注いで彼女へ渡した。ひと口飲むと、絃葉は満足そうに彼の顔を両手で包んだ。「どんどん気が利くようになってきたわね」景は目を細めた。「具体的にはどの部分が?」絃葉の頬には、満ち足りたあとの赤みがまだ残っていた。「全部よ」景は満足げに口元を緩めた。「君を傷つけてしまって本当にすまない。これからも自分を進化させて、二度とこんな気まずい事態にならないようにする」彼の口から、まさか「進化」という言葉が出てくるとは思わなかった。絃葉は危うく吹き出しそうになり、首を振った。「ううん、景が悪かったわけじゃないの。私は景に怒っていたんじゃない。ただ、子どものことが心のわだかまりになっているだけだから......」絃葉は深く息を吸い、勇気を振り絞って、ようやく胸の内を語り始めた。「あなたも知っているでしょう。私は以前、あの人のために......」それ以上は、どうしても口にしづらかった。景はすぐに彼女の手を握り、その先を遮った。「俺が過去を気にしてるんじゃないかとか、また妊娠して自分の体が持ちこたえられるのか......不安なんだろう?」絃葉は驚いた。まさか、彼がすべて理解しているとは思わなかった。「うん」景は彼女の両肩に手を添えた。「よく聞いてくれ、絃葉。子どものことが、今も君の心に消えない傷として残っているのは分かっている。その痛みは、俺には想像することすらできない。だが人生では、一度どこかで転んだからといって、いつまでもそこに倒れたままでは
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第434話

翌朝。絃葉はまだベッドでくつろぎながらスマホを眺めていたが、景はとっくに起き、テラスで朝のトレーニングをしていた。新しく雇った使用人の岩本が、キッチンで二人の朝食を用意している。絃葉が何気なくSNSを見ていると、昨夜、景が彼女に許してもらうためにギターを弾いた動画が、すでに広く拡散されていた。知人たちの間でも、かなりの騒ぎになっている。朝早くから悠が、興味津々で電話をかけてきた。「信じられない!二人とも、すっかり有名人じゃない!今や築山社長がギターも弾けて、ラブソングまで歌えて、しかも恋に夢中だって、みんな知ってるわよ!」絃葉は笑うに笑えず、困り果てた。「早く景に頼んで、広報に対応してもらわないと」悠は声を上げて笑った。「なにそれ。素直に喜びなさいよ!昨夜は、あんたの旦那さんを狙っていた令嬢が何人眠れなかったことか。みんな不思議がってるわよ。あんたにどんな魅力があったら、万年氷山みたいな男を、あそこまで恋に夢中にさせられるのかって。ふふふ」絃葉は困ったように額へ手を当てた。「実は私も今になって分かったけど、恋って、魅力があるかどうかとは関係ないのかもしれない。そもそも景がどうして私をこんなに愛してくれるのか、まだ分からないし......」絃葉としては、本心を打ち明けただけだった。だが悠は、容赦なく突っ込んだ。「はいはい、もう結構。そんな無自覚なのろけ、やめてくれる?聞かされるこっちの身にもなってよ!今日は病院に付き添ってくれる人がいるみたいだから、私はお邪魔虫にならないよう遠慮しておくわ。あんたの旦那さんに、私との約束を忘れないよう伝えておいてね」景が悠と何を約束したのか尋ねようとしたが、相手はすでに電話を切っていた。絃葉は困ったように肩をすくめた。ちょうどそのとき、景のスマホが鳴った。彼女はベッドから起き上がり、スマホを持ってテラスへ向かうと、景に手渡した。画面に表示された「母」の文字を見た瞬間、景は無意識に眉をひそめた。電話に出る。「母さん――」しかし言葉を続ける前に、静代が不機嫌そうに遮った。「昨夜、よそのマンションの下でギターを弾いていたのは、本当にあなたなの?」スピーカーからその言葉が聞こえ、絃葉は思わず小さく舌を出した。景の眉間のしわが、さらに深く
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第435話

静代は苛立たしげにリビングを行ったり来たりしていた。「どうすればいいの?景は一度こうと決めたら、梃子でも動かない人よ。子どもの頃からずっとそう。あの人と、まるで同じなんだから!」洸は脚を組み、だらしなくソファに座ったまま、興味なさそうにスマホをいじっていた。「兄さんがそこまで好きなら、好きにさせれば?もともと西尾家との政略結婚を望んでいたんだろう?今の状況なら、ちょうどいいじゃないか」「あなたに何が分かるの!」静代は苛立たしげに叱りつけた。「当時絃葉に目をつけたのは、一つには身元に何の問題もなかったから。もう一つは、西尾祐一郎の唯一の後継者だったからよ。でも今は状況が違う。西尾グループの後継者争いは一変したのよ!祐一郎に実の息子が現れた以上、孫娘を後継者にするはずがないでしょう?それにあれは、外でほかの男と5年も好き勝手に暮らしていたような女よ。本性がどんなものか、分かったものじゃないわ!」彰は笑顔で歩み寄ると、静代の手を取り、ソファへ座らせた。「母さん、焦ったらだめだよ。兄さんは今、夢中になっていて、反抗期の子どもみたいなものなんだ。母さんが止めれば止めるほど、意地になって逆らうだけだよ......」その言葉の意味を察した静代は、彰の手を握った。「彰、あなたは昔から一番知恵が回るでしょう?どうすればいいのか、お母さんに教えて」彰は意味ありげに微笑んだ。「兄さんを説得できないなら、別のところから攻めればいいんだよ。母さんが直接絃葉に会って、はっきり話をつければいい。母さんが断固とした態度を見せれば、彼女だって、いつまでも兄さんにしがみつこうとはしないんじゃないかな?」静代は眉をひそめた。「前にあの子が家に来たとき、私、十分釘を刺したつもりだったのに。結局二人を止められなかったわ。あの女、男に捨てられた自分を景に押し付けようとしてるのよ。それを景まで自分から喜んで引き受けるなんて......本当に馬鹿げてるわ!」彰は目元に笑みを浮かべた。「遠回しに言っても分からないなら、今度は最初からはっきり本音をぶつければいい。母さんは元舞台女優なんだから、人前で相手に恥をかかせる見せ方くらい分かるでしょう?こういうことは、大勢の前で騒ぎにすればするほど、あとには引けなくなる。あとはもう、教えなくても分
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第436話

千晶との電話を終えた景は、すぐに佳樹へ電話をかけた。「澤木凪杜がどこへ行ったのか調べろ。それから人を手配して、少しばかり痛い目を見せてやれ」景はこれまで、どんな相手にも逃げ道を残すことを信条としてきた。これほど冷酷な言葉を口にしたのは、初めてだった。電話の向こうにいる佳樹は背筋が寒くなり、無意識に首をすくめた。「社長、それは......二度と帰ってこられないようにするんですか?」景は眉をひそめ、絃葉がいる部屋のほうへ目を向けた。「そこまでする必要はない。死ぬような目に遭っても、そこから再び立ち上がれるのなら、少なくとも根性のある男だと認めてやる」佳樹は意図を理解した。「承知しました。すぐに手配します」景は電話を切ると、屋外の喫煙スペースでもう一本、静かに煙草を吸った。長く伸びた灰を灰皿でもみ消し、待合スペースへ戻ったところで、目を赤くした絃葉がカウンセリングルームから出てきた。景はすぐに立ち上がり、足早に彼女へ歩み寄った。「どうだった?」彼は彼女の顎へそっと指を添え、赤くなった目元を心配そうに見つめた。絃葉は鼻をすすり、吹っ切れたように微笑んだ。「だいぶ楽になったわ。胸の中に溜まっていたものを、全部吐き出せたみたい」景は安堵の息をついた。「それならよかった。じゃあ......帰るか?」絃葉は首を縦に振った。「江越さんに頼んで、詳しい健康診断を予約してもらって。あなたの言うとおり、いつかは向き合わなくちゃいけないもの。このまま逃げていたら、永遠に乗り越えられないから」景の目がわずかに輝き、口元に笑みが浮かんだ。「分かった」二人は手をつないで病院を出ると、近くにある落ち着いた雰囲気のレストランで、簡単に昼食を取った。食事を終えたあと、景は絃葉を細谷グループのビルまで送り届けた。絃葉がエントランスへ入ると、受付の女性がすぐに歩み寄ってきた。「西尾社長、中年の女性が長い間お待ちです。急ぎのお話があるそうです」絃葉は不思議そうに尋ねた。「女性?」受付の女性はうなずいた。「はい。静代と名乗っていらっしゃいます。今は応接室で、かなり前からお待ちです」静代という名前を聞き、絃葉はすぐに誰なのかを察した。胸がわずかに沈む。「分かった」彼女はハンドバッ
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第437話

静代は咳払いをすると、自分も背筋をまっすぐに伸ばし、わざと相手を見下ろすような態度を取った。「はっきり言わせてもらうわ。絃葉、あなたと景が一緒になることを、私は認めません」絃葉は、彼女が何のために来たのか、とっくに察していた。それでも眼差しは穏やかなまま、少しも揺れなかった。「静代さん、これは私と景、二人で決めることです」静代はあからさまな怒りをにじませ、声を張り上げた。「二人ですって?景は私の息子よ!築山家の将来を背負う後継者なの!彼の結婚は二人だけの問題で済むわけにはいかないわ!」絃葉は運ばれてきたばかりのコーヒーを手に取り、優雅にひと口飲んだ。「母親としてご心配なさるお気持ちは理解しています。ですが景はもう大人です。自分の人生を共に歩む相手は、自分で選ぶ権利があります。私たちは互いを選びました」「選ぶ?」静代は身を乗り出し、鋭い口調で責め立てた。「あなた、自分の胸に手を当てて考えてみなさい。あなたが景にふさわしいと、本気で思っているの?!自分が過去に何をしてきたか、分かっているでしょう?築山家は、あなたが入りたいと思えば簡単に入れるような家ではないのよ!」あまりにも辛辣な言葉に、絃葉の指先にはわずかに力が入った。だが、表情は変わらなかった。「まず、私の過去も、決して後ろ暗い関係ではありません。真剣に交際したものの、結局は縁がなかった。それだけです。過去に起きたことは、もう変えられません。ですが、私がどのような人間で、どれだけの能力があるのかは、景も、うちの社員たちも知っています。私は自分の力でビジネスの世界に立っています。誰かより劣っていると思ったことはありません。築山家の家柄については......」絃葉はわずかに微笑んだ。その笑みには、相手を寄せつけない鋭さがあった。「景が私を選んだということは、彼にとって私が必要だという何よりの証拠だと思います」堂々としたその言葉に、静代は返答を詰まらせ、顔色を青ざめさせた。絃葉がここまで冷静で、どれだけ刺激的な言葉を浴びせても、まったく動じないとは思っていなかった。静代は憤然と立ち上がり、再び声を張り上げた。「名家同士の結婚は、愛情だけで成り立つものではない!以前、築山家はあなたに機会を与えた。それを大切にしなかったのは、あなたで
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第438話

絃葉は怒りに任せて立ち去る静代の背中を見つめ、静かに首を振った。静代は気が強く、思い込みが激しく、子どもへの愛情にも明らかな偏りがある。それなのに、自分に問題があるとは少しも気づいていなかった。景が幼い頃から何不自由なく育ったにもかかわらず、いつも身にまとっているような冷たさが消えないのも無理はない。絃葉は、静代とわずか二、三度接しただけで、息苦しいほどの重圧を感じていた。だが景は、幼い頃からずっと、あれほど強引で偏った母親と向き合い続けてきたのだ。いつも何事にも動じないあの顔の下に、いったいどれほど人知れぬ悲しみを隠しているのだろう。実は先ほど静代に話した細かな出来事は、景本人から聞いたものではなかった。新しく雇った使用人の岩本は、以前、長年築山家で働いていた。絃葉は何気ない世間話の中で、偶然それらのことを知ったのだ。そう考えると、胸が締めつけられるように痛んだ。そのとき、温かな大きな手が、そっと彼女の肩に触れた。絃葉が驚いて振り返ると、次の瞬間には景の腕の中へ強く抱き込まれていた。彼は指を彼女の髪へ深く差し入れ、痛いほど強く抱き締めた。その体は、かすかに震えている。「さっき君が母さんに話していたことは、全部聞いた」絃葉の胸が大きく跳ねた。「ずっといたの?どうして......」景は彼女を解放すると、深く息を吸った。その唇には、どこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいる。彼は手にしていた書類ケースを掲げた。「君が書類を車に忘れていたから、届けに戻ってきたんだ。受付で、静代という女性と応接室にいると聞いて、すぐに母さんだと分かった」絃葉はたちまち不安になった。「ごめん、私......失礼なことを言ってしまって......」景は彼女を見つめた。唇をわずかに動かしたものの、すぐには何と答えればよいのか分からなかった。彼が黙っているのを見て、絃葉はさらに不安を募らせた。「確かに言いすぎたかもしれない......本当にごめんなさい。でも私は景の妻として、静代さんに気づいてほしかった。あなたの心に残った傷を、少しでも埋めてほしかったの。私は――」景は彼女の唇にそっと手を当て、急いで首を振った。「いや、君は何も間違っていない。むしろ感謝している。俺の代わりに、あれだけ
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第439話

「君の言葉を聞いて、胸がとても温かくなった。これまで散々つらい思いをしてきたのは、最後に最高の君と出会うためだったのかもしれない。さっき、君が母さんにあれだけ言ってくれたのを聞いて、本当に嬉しかった。それに......胸がすっとした。こういう言い方で合っているか?」景は自信がなさそうに確認した。絃葉は笑いをこらえきれず、うなずいた。「うん、それで合ってる」景は再び彼女を腕の中へ抱き寄せ、小声で言った。「ここが君の会社でなければ、今すぐにでも......」その言葉に含まれた意味を察し、絃葉は驚いて彼を押しのけ、二歩後ずさった。「バカ」景は声を上げて笑った。整った白い歯がのぞき、その笑顔はひときわ晴れやかだった。「もう仕事に戻ってくれ。用事を済ませたら、迎えに来る」「うん」長年連れ添った夫婦でありながら、二人は今も、恋を始めたばかりの恋人同士のようだった。景は絃葉をオフィスの入口まで送り届けてから、ようやく背を向けて立ち去った。――一方。静代は玄関を入るなり、ハンドバッグをソファへ乱暴に投げつけた。怒りに満ちたまま腰を下ろしたが、考えれば考えるほど腹が立ってくる。長年、彼女は周囲から女王のように扱われてきた。彼女を前にすれば、誰もが腰を低くし、恭しい態度を取ったものだ。それなのに今日、生まれて初めて、自分より若い女から面と向かって言い返された。絃葉の言葉は、棘となって胸に突き刺さったままだった。潤一が一人で将棋の局面を研究しているのを見ると、行き場のない怒りが一気に湧き上がった。彼女は歩み寄り、将棋盤を乱暴にひっくり返した。「遊んでばかりいるから、何の役にも立たないのよ!いい年をして、一日中遊ぶことしか考えていないんだから!家のことを少しでも気にかけたことがあるの?」潤一は苛立たしげに顔を上げた。「今度は何を怒っているんだ?八つ当たりするな!」静代は腕を組んだ。「あなた、正直に答えて。私は三人の息子たちに、どう接してきたと思う?」潤一は彼女の性格をよく知っていたため、機嫌を損ねないように答えた。「三人ともお前が産んだ子どもだ。大切にしてきたに決まっているだろう」自分の考えを肯定してもらえたと思った静代は、すぐに彼のそばへ寄って不満を訴え始めた。
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第440話

潤一は眉をひそめ、不機嫌そうに言った。「あの娘の、いったい何が景をそこまで夢中にさせているんだ?私の知る限り、景は生まれつき情の薄い男だ。私たち家族にすらなつかないんだから、あの娘とも長続きはしないだろう」静代は何度もうなずいた。「そうなのよ。だから私にも理解できないわ。あの女、口が達者で礼儀も知らないし、一筋縄ではいかない......潤一、あなたから会いに行ってちょうだい」潤一は自信たっぷりに胸を叩いた。「明日にでも会いに行って、必ず景と別れさせてやる。まだ築山家の嫁にもなっていないのに、お前にあれほど失礼な態度を取る女だぞ。本当に嫁いできたら、何をしでかすか分かったものじゃない」潤一は幼い頃からの嫌な記憶を思い出し、重いため息をついた。「西尾家のあのじいさんも、私は気に入らない。父さんと親友だからといって、顔を合わせるたびに偉そうな説教をしてくる。まったく、うんざりだ!もうすぐ60歳になる私が、なぜあの人から仕事のやり方や生き方を教わらなければならないんだ!」静代は呆れたように目をむいた。「だから、西尾家の人間はみんな気に入らないのよ。あの西尾祐一郎だって、立派な人間とは言えないわ。表向きは品行方正な顔をして、自分こそ多磨城の実業家の中で一番の人格者だと振る舞っているけれど、今では隠し子が堂々と家へ入り込んでいるじゃない。あんな家柄と家庭環境で、どうして築山家に釣り合うというの」潤一は口元を押さえ、含み笑いをした。「そのとおりだ。あの隠し子も大した男じゃない。高級クラブで何度か一緒に飲んだことがあるが、酔うたびに人前でホステスの体をべたべた触るんだ。まったく......女を見たこともないような、みっともない男だったぞ!」潤一は静代に同調し、機嫌を取るつもりで言っただけだった。ところが、そのひと言で静代の怒りが再び爆発した。「今、何て言ったの?また私に隠れて、そんな店へ飲みに行ったの?」潤一はとんでもない失言をしたと気づき、慌てて立ち上がった。顔を真っ赤にして、必死に弁解する。「違う、違う!あれは昔の話だ。以前のことを言っただけで......最近はずっと家で大人しくしているだろう?絶対に行っていないから、安心してくれ!」だが静代は許そうとしなかった。はたきを手に取ると、逃げ回る潤一を追
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