All Chapters of 元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚!: Chapter 441 - Chapter 450

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第441話

「まだ夜の10時だぞ。仕事が終わったら早めに帰れってことは......今日は残業せず、定時で帰ってもいいってことか?」「やっぱり恋をすると人は変わるんだな。それより、築山社長はさっき『妻』って言ったよな?角南さん、築山社長って極秘結婚してたのか?奥さんは誰なんだよ?」......皆が一斉に好き勝手なことを言い始め、オフィスの盛り上がりはますます高まっていった。佳樹は笑うだけで答えなかった。「築山社長は1時間早く帰った。全員が今抱えている仕事をきちんと終わらせられたら、私が掛け合って、今日は30分早く帰れるようにします」「角南さん万歳!築山社長万歳!」オフィスは完全に歓声の渦に包まれた。静代と潤一は長い間騒ぎ続けたが、いくら待っても景は仲裁に戻ってこなかった。膠着状態が続く中、静代は長い爪で潤一の顔中を引っかき、傷だらけにしてしまった。潤一はもう家にいられなくなり、仕方なく外へ出た。ところが家を出てから、景にすべてのカードを利用停止にされ、スマホの決済アプリにも残高がほとんどないことに気づいた。車でしばらく街を走り回ったが、行く当てもなかった。仕方なく景へ電話をかけ、数日間マンションに泊めてもらおうとしたものの、景は電話に出なかった。続いて佳樹へ電話をかけると、景はとっくに会社を出たと聞かされ、ますます腹が立った。「景の奴、日に日に父親である私を軽く見るようになってきたな。私からの電話にすら出ないとは......会社にもいないなんて、最近は恋愛にかまけて、ますます仕事をおろそかにしているじゃないか」潤一は突然、自分の額を叩いた。「そうだ!景の恋人の娘がいるんじゃないか。私は景の実の父親なんだから、少しくらい小遣いを頼めば、気に入られようとして必ず出すはずだ!」そう考えた潤一は、すぐに人づてで絃葉の電話番号を手に入れた。絃葉が蒼生との仕事の打ち合わせを終えた直後、スマホが鳴った。知らない番号からだった。彼女は電話に出た。「もしもし?」電話の向こうから、低い男の声が聞こえてきた。「西尾絃葉さんか?私は景の父親、潤一だ」絃葉は数秒間驚いていたが、すぐに我に返った。「潤一さんでしたか。何かご用でしょうか?」潤一は尊大な口調で告げた。「今、細谷の近くにある茶房にいる。
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第442話

絃葉が茶房へ入ると、潤一は背筋を伸ばして座り、わざと威厳のある年長者らしく振る舞っていた。ゆったりとお茶を味わいながらも、ときおり入口へ目を向けている。どうやら、かなり前から待っていたらしい。「潤一さん」絃葉は穏やかに挨拶し、彼の向かいに腰を下ろした。潤一は咳払いをし、意味ありげな様子を装った。「絃葉、景とのことは、私はもう知っている」絃葉はかすかに微笑んだ。「今日は、私と景のことをお話しになるために呼んだのですか?」潤一はお茶をひと口飲み、もったいぶって話を続けた。「そうだ。築山家では父も年を取り、景はまだ若い。今の家長は、この私だ。だから、私の意見は非常に重要なんだ」その言葉に含まれた意味を察しながらも、絃葉は表情を変えなかった。「それで、潤一さんはどうお考えなのですか?」潤一は湯のみを置き、尊大な態度で視線を泳がせた。「正直に言えば、私も景の母親と同じ意見だ。ただし......」そこで話の方向を変えた。「お前が十分に聞き分けのよい娘であれば、私が間に入ってやらないこともない。景は子どもの頃から冷淡な性格で、母親と話をしようとしなかった。いつも二人の間を取り持ってきたのは私だ。私の助けがなければ、あの子があれほど順調に家業を継げるはずもなかった」絃葉は動じることなく尋ねた。「それで?」彼女が意図を察して動こうとしないため、潤一は仕方なく、はっきりと口にした。「無事に築山家へ嫁ぎたいのなら、それなりの誠意を見せる必要があるだろう。私の言いたいことは分かるな?」絃葉にも、彼が何を求めているのか、おおよそ分かっていた。以前、彼女の叔母である蓮美との騒動が大きくなったことで、景は父親のカードをすべて利用停止にしたと聞いている。潤一のような年老いた遊び人は、金がなくなれば、どんな手段でも思いつくのだろう。絃葉の目に納得の色がよぎったが、あえて分からないふりをした。「潤一さんは、どのような誠意をお望みですか?遠慮せず、はっきりおっしゃってください」潤一はたちまち焦れ、遠回しな言い方を続けるのをやめた。素早く周囲を見回すと、声を潜めて言った。「毎月、私に2000万円渡すんだ。そうすれば、景の母親は私が説得してやる。これでどうだ?」そう言い終えると、潤一の老いた顔
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第443話

絃葉は満足そうにうなずいた。「では、決まりですね。明日から、潤一さんの頑張りを楽しみにしています」立ち上がった絃葉は、さらに付け加えた。「私のLINEを追加してください。毎日、ご自分で料理しているところを動画に撮って送ってくださいね。本当におじさまが作ったものでなければ、2000万円はお渡しできませんよ」絃葉はQRコードを表示し、潤一に読み取るよう促した。潤一は途端に頭を抱えたくなり、険しい顔で断ろうとした。だが、長いこと懐が寂しいままだったことを思い出す。昼食を作るだけで2000万円が手に入るのだ......結局、潤一は渋々QRコードを読み取った。「なら、私からも条件がある」「どうぞ」「お前の言うとおりにしてもいい。ただし、景に口を利いて、早く私のカードを使えるようにしてくれ」絃葉はにっこり笑った。「潤一さん、そんなことをするよりよく考えてください。毎日欠かさずお弁当を作って届けていれば、そのうち景も感動するでしょう?感動すれば、カードだって自然と......」潤一ははっと目を見開いた。そこでようやく、絃葉が自分に昼食を届けさせようとした本当の意図を理解したのだ。「そういうことだったのか!まったく、お前という娘は......」何かの極意をつかんだかのように、潤一は飛び上がらんばかりに喜び、上機嫌で立ち去った。その後ろ姿を見送りながら、絃葉は、この年配のプレイボーイも案外面白い人なのかもしれないと思った。少なくとも静代に比べれば、彼とのほうがずっと気楽に接することができる。幼い頃からずっと顧みられずに育った景のことを思うと、絃葉は心の底から胸が痛んだ。今や彼の妻となった自分は、与えられる愛情をただ受け取っているだけではいけない。自分にできることをして、彼が幼い頃に得られなかったものを、少しずつ取り戻してあげたい。絃葉は心に決めた。――景の両親の態度を少しずつ変え、自分たちが彼にどれほど深い傷を負わせたのか、一日も早く気づかせようと。そう考えていると、景から電話がかかってきた。「下に着いた。降りてきて」「分かった。今、茶房で少し話をしていたところなの。すぐ行くね」絃葉はすぐにバッグを手にして茶房を出ると、足早に会社の前へ向かった。間もなく、黒い車のそばに立つ、背
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第444話

運転手はほどなくして、高級ベビー用品店の前に車を停めた。絃葉と景は顔を見合わせて笑うと、ごく自然に指を絡め、並んで店内へ入った。店内は温かみのある可愛らしい内装で、柔らかな照明が洗練されたベビー用品の数々を照らしていた。奥のキッズスペースからは、城を模した遊具ではしゃぐ子どもたちの笑い声が聞こえてくる。店に入るなり、絃葉は所狭しと並ぶ商品に目を奪われた。まるで新しい世界を発見したかのように、瞳を輝かせる。「景、見て。この白いダウンジャケット、すごく可愛い!」小さくて精巧な上着を手に取ると、自分の体に当ててみせた。「こんなに小さいなんて、想像するだけでも可愛いよね」景は、はしゃぐ彼女を愛おしそうに見つめ、頬にかかった髪をそっと耳にかけた。「ああ、可愛いな」「これも見て!」絃葉は、今度はふわふわの帽子を手に取った。「赤ちゃんがかぶったら、きっと小さな雪だるまみたいになるよ。正真のところは男の子だから、小さなスーツも買ってあげない?この蝶ネクタイも合わせて......」楽しそうに棚から棚へと見て回る絃葉の後ろを、景は笑みを浮かべながらついていった。そして店員に目配せし、彼女が気に入ったものをすべて包むよう合図した。美男美女の夫婦を見て、店員も満面の笑みを浮かべる。「本当にお優しい旦那さまですね。奥さまが気に入ったものは、何でも買って差し上げるなんて。こんなに奥さま思いの新米パパは、なかなかいらっしゃいませんよ」「パパ」と「ママ」という言葉に、絃葉の胸が温かくなった。彼女は思わず景へ目を向ける。彼は片手をポケットに入れて隣に立っていた。温かな照明の下、その深い瞳はいつにも増して優しく見えた。絃葉は少し照れながら説明した。「まだ子どもはいないんです。今日は友人の子どもへのプレゼントを買いに来ただけで」事情を察した店員は、すぐに笑顔で言葉をつないだ。「まあ、そうでしたか。でも、これほど仲のよいお二人なら、今日ここでお買い物をしたのをきっかけに、嬉しい知らせが舞い込むかもしれませんよ」そして少し離れた場所にある、赤い革張りのソファを指さした。「あのソファ、当店では『子宝ソファ』と呼ばれているんです。座ったあとに赤ちゃんを授かったというお客さまが、たくさんいらっしゃるんですよ。お二人も縁起担ぎに
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第445話

「俺にも抱かせて」普段は冷静で淡泊な景が、自ら両手を差し出し、絃葉からそっと子どもを受け取った。抱き方はまだ少しぎこちなかったが、その眼差しはどこまでも優しい。「本当に可愛いな」悠はすかさず、この温かな光景を写真に収めると、からかうように言った。「二人ともそんなに子どもが好きなら、早く帰って頑張れば?私も早く二人の子の顔を見たいな」絃葉は照れながら彼女をにらんだ。「悠こそ先に頑張ってよ」「恋人すらいないのに、誰と子どもを作れっていうの?」悠は声を上げて笑った。すると傍らにいた湊が、すぐに身を乗り出してきた。「俺がいるだろ。いつでも準備はできてる。悠ちゃんさえうなずいてくれたら、立派な父親になってみせるよ」しかし悠は冷ややかな一瞥を向けただけで、返事をする気すらなかった。その夜、景は長いことバスルームから出てこなかった。ようやく姿を現した彼からは、かすかに上品な香りが漂っていた。わざわざY国から取り寄せた香水だった。絃葉がパソコンを閉じると、すぐさま彼に抱き寄せられた。「香水を変えたの?」彼の首元に顔を寄せ、その香りをそっと確かめる。景は彼女の首筋に唇を這わせ、低い声で尋ねた。「気に入った?」「ちょっと変わった香り......」絃葉はもう一度深く息を吸った。「癖になりそう」「君を虜にするために買ったんだ」景は低く囁き、彼女をさらに強く抱き締めた。シーツには幾重ものしわが刻まれ、枕はいつの間にか床へ落ちていた。部屋の隅で熟睡していたペコとポコは、時折かすかな物音に目を覚ましたものの、すぐにまた眠りに落ちた。長い睦み合いが終わった頃には、すでに日付が変わっていた。避妊具の入った引き出しは閉じられたまま、二人とも避妊のことには触れなかった。「疲れた......」絃葉は力なく景の胸にうつ伏せになった。「もう駄目。これ以上はしないで」景は優しく髪を撫でた。「ああ」「さっき、何度も私の髪を踏んでたよ」彼女は甘えるように文句を言った。景はすぐに心配そうな顔をし、彼女の頭皮を優しく揉んだ。「痛かったか?」「ううん」絃葉は猫のように彼の腕の中で丸くなり、いつものように両脚を腰へ絡ませた。景は彼女の少し冷えた足を優しく包み込み、額
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第446話

1か月後。絃葉が仕事に没頭していると、海外から一通の手紙がひっそりと届いた。彼女はわずかに目を見開き、不思議に思いながら手紙を開いた。最初に表示されたのは、一枚の写真だった。写真の男は真っ黒に日焼けし、ひどく痩せ細っていた。絃葉は数秒見つめてから、ようやくそれが凪杜だと気づいた。手紙には、こう書かれていた。【西尾絃葉へこの手紙を通して、君と向き合っているような気持ちだ。久しぶりだな。元気にしているか?ここへ来てから、数え切れないほどの苦労を経験した。そのたびに、君と過ごした日々を懐かしく思い出す。苦しい時期を一緒に耐えてくれた君の言葉を思い出すと、また前へ進む力が湧いてくる。ここでようやく、最初の1000万円を稼ぐことができた。大した額ではないが、俺にとっては大切な一歩だ。どうしても君に報告したくて、手紙を送った。1億円を稼いだら、帰国して君に会いに行く。もしその時、君が景と別れていたら、もう一度だけ俺に機会を与えてほしい。俺はもう、以前のような軽薄で浮ついた凪杜ではない。今度こそ心から過ちを悔い、変わるつもりだ。――澤木凪杜】読み終えた絃葉は、再びその懐かしくも見知らぬ顔に目を向けた。胸の中に、切なさとやるせなさの入り交じった、何とも言えない感情が広がっていく。あれほど厳しい土地で地道に働き、金を稼げるようになったのなら、少なくとも、あの時彼を徹底的に追い詰めなかった自分の判断は間違っていなかったのだろう。ただ、彼はやはりまだ未熟だった。今なお、どこか現実離れした甘い期待を抱いている。たとえ彼女と景が本当に別れたとしても、この世からほかの男が一人残らずいなくなったとしても、彼女が凪杜のもとへ戻ることだけは絶対にない。一度終わった恋を、わざわざ拾い直すつもりなどなかった。絃葉は、決して過去を振り返る女ではない。彼女は返信せず、そのまま手紙を閉じた。挨拶の一言さえ返す気にはなれなかった。凪杜が立ち直ったこと自体は喜ばしい。だが、彼に現実味のない希望を少しでも抱かせるつもりはなかった。その時、蒼生がドアを開けて入ってきた。彼女に向かって軽く顎を上げる。「絃葉、そろそろYRコンセプトカーの発表会へ向かう時間だ」絃葉はすぐに気持ちを切り替え、立ち上がった。「ええ。
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第447話

極度の緊張で張り詰めていたその時、温かな手がそっと彼女の肩に置かれた。絃葉が振り向くと、そこには景が立っていた。長旅を終えたばかりのような疲れが顔ににじみ、手には出張用の黒いキャリーケースを持っている。一目で、わざわざ遠方から駆けつけてくれたのだと分かった。「え?A国に行ってたんじゃ......」絃葉は驚きと喜びに目を輝かせた。「細谷にとって初めての新車発表会だ。欠席するわけにはいかないだろう、俺の奥さん」景は目元に笑みを浮かべ、優しい声で言うと、ごく自然に絃葉の肩を抱いた。絃葉の胸に感動が込み上げる。「でも、今回の国際サミットは景にとって、とても大事だったでしょう?日程も重なっていたのに」景は穏やかな眼差しで答えた。「いや、君のことより大切なものは何もない。俺にとっては、いつだって君が最優先だ」絃葉の胸に、じんわりと温かいものが広がった。堅物で真面目な築山社長は、甘い言葉など口にできないと誰が言ったのだろう。絃葉は今になって気づいた。景の言葉は、この世にあるどんな愛の言葉よりも心に響く。多くの男が口にする永遠の愛や誓いは、言葉だけで終わってしまう。けれど景は、必ず行動で示してくれる。彼の言葉と行動は、いつだって一致していた。絃葉はこらえきれずに背伸びをし、彼の唇へそっとキスをした。その光景を、舞台裏へ密かに忍び込んでいた優奈が残らず目にしていた。かつて思いを寄せていた男が、絃葉と寄り添い、幸せそうに愛を確かめ合っている。それに比べて、今の自分はどうだろう。優奈は全身を炎の中へ投げ込まれたような、内臓まで焼かれるほどの苦しみを覚えた。両手を固く握り締め、矢のように鋭い視線を絃葉へ突き刺す。「西尾絃葉......覚えてなさい。私を破滅させたように、今日は必ず、あなたにも絶望を味わわせてやるわ!」優奈の顔に、陰険な笑みが浮かんだ。幸いなことに、絃葉が自動車開発を決めた時点で、彼女はすでにデザインチームへ内通者を送り込んでいた。その人物はYRの初期デザイン案を盗み出すことに成功し、優奈は以前から、その設計案を使って先に特許を出願していたのだ。つまり、今日の絃葉の発表会は、明白な権利侵害に当たる。優奈が健二と手を組んだのも、YRの初期設計図を握っていたからだっ
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第448話

「盗用」という単語に、会場は一瞬にして騒然となった。壇上に立つ絃葉の表情が、一瞬だけ揺らいだ。この車の原案は、彼女が自らペンを取り、最初のデザイン画を描き上げたものだ。それをもとに専門のデザイナーがソフトを使って少しずつ形にし、さらに何度も修正を重ねて完成へと近づけていった......その一つひとつが、チーム全員の血のにじむような努力の結晶だった。絃葉は、盗用などという卑劣で、人としての良識に反する行為には絶対に手を染めない。だが、質問を投げかけた記者には見覚えがあった。著名な経済誌「Eウィークリー」の記者だ。何の情報もつかんでいないのに、公の場でこのような質問をするはずがない。その時、蒼生が慌ただしく壇上へ上がり、絃葉の耳元で囁いた。「分かった。デザインチームの熊谷(くまがい)が内通者だ。今日は連絡もなく欠勤している。たった今、海外へ向かう航空券を取っていたことも突き止めた......」絃葉の目つきが鋭くなり、脳裏に一人の姿が浮かんだ。細谷の開発チームには確かに、目立つことなく、いつも黙々と仕事をしていた熊谷という社員がいた。絃葉が彼に目を留めたのは、自分が残業するたび、彼も必ず会社に残っていたからだ。当時は、能力を補うために人一倍努力しているのだと思っていた。だが今になって分かった。彼はきっと、犯行に及ぶ機会をずっとうかがっていたのだ。絃葉は蒼生の耳元で二言三言囁くと、あるものを彼へ手渡した。意図を察した蒼生は、ほっとした表情を浮かべて壇上を降りていった。絃葉は思わず、客席の優奈へ視線を向けた。今の優奈が浮かべている得意げな表情は、高校時代、策略にはめることに成功した時とまったく同じだった。その時、健二がゆっくりと立ち上がり、いかにも焦っているような口調で尋ねた。「絃葉、これはどういうことだ?今、ネット上ではこの件が大きな騒ぎになっている。YRの初期デザイン案まで流出しているうえ、そのデザインは細谷がYRプロジェクトを立ち上げるよりも前に、すでに特許登録されていたそうじゃないか」そう言うと、健二はひどく心を痛めているかのような表情を作った。「君が実の姪であっても、他人の知的財産権を侵害するのを黙って見過ごすことはできない。今日は大勢の報道関係者も集まっている。君たちは世間にき
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第449話

景は、これまで自分が用いてきたあらゆるビジネス戦略を、頭の中で素早く振り返った。不安で胸が張り詰める。万が一に備え、スマホの連絡先から、海城の行政トップの個人番号まで呼び出していた。その時、会場内から絃葉の凛とした声がマイク越しに響いた。「皆さま、どうか落ち着いてください。ネット上に出回っている設計図には、私も先ほど目を通しました。しかし、あれは初期デザイン案ではありません」その言葉が発せられた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。絃葉の声に迷いがないことを感じ取り、景の焦りもいくらか和らいだ。彼は電話をかける手を止め、急いで会場へ戻った。健二の顔色が一変する。すると優奈も我慢できずに立ち上がり、大声を張り上げた。「絃葉、そのデザインはとっくに特許出願されているのよ。それも、あなたたちがプロジェクトを始めるより前に。言い逃れしようとしても無駄よ。盗用はもうごまかしようがないわ!」そう言うと、優奈は会場の全員へ向き直り、嘲るような笑みを浮かべた。「YRは斬新なフォルムと大胆なカラーリングが特徴です。絵を描くことしか知らず、ビジネスの世界に入ってまだ1年にも満たない絃葉に、こんなデザインの採用を決断できるとは到底思えません。細谷グループにはデザイン盗用の疑いがあります。この件は、関係当局に徹底的に調査してもらうべきです!」会場の騒ぎは、さらに大きくなった。混乱に包まれた会場を眺めながら、優奈はようやく絃葉に一矢報いることができたという、たまらない快感を覚えていた。自分のキャリアがどん底まで落ちた今、絃葉だけが順調に成功への階段を駆け上がるなど、絶対に許せない。なぜ彼女だけが、すべてを手に入れられるのか。破滅するのなら、いっそ全員一緒に破滅すればいい。優奈が満足そうに口角をつり上げた、その時――絃葉が突然ドレスの裾を持ち上げ、壇上から駆け下りてきた。重圧に耐えきれず、そのまま逃げ出すつもりなのだと、誰もが思った。ところが絃葉は、会場に設けられたケータリングコーナーへ向かうと、一番大きな丸いケーキを迷うことなく持ち上げた。誰もが、訳も分からず彼女の動きを見つめる。そして次の瞬間、絃葉はケーキを頭上高く掲げ、優奈の頭へ勢いよく叩きつけた!会場中が一斉に息をのんだ。知的で穏や
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第450話

その絵は筆遣いが幼く、一目で子どもの落書きだと分かった。しかし間もなく、目の肥えた出席者があることに気づき、驚きの声を上げた。「皆さん、絵の右下にある道路を見てください。そこに車が描かれています。その車、たった今発表されたYRコンセプトカーとまったく同じです!」その声をきっかけに、会場中の視線が、絵の右下に描かれた小さな車へ一斉に集まった。スタッフがすぐにその部分を同じ比率で拡大し、YRコンセプトカーの外観デザインと並べてスクリーンに映し出す。比較してみると、YRのフォルムは、絵に描かれた小さな車をそのまま拡大したようにそっくりだった。そこで蒼生がマイクを手に取り、会場へ向かって声を張った。「皆さまもお分かりのとおり、これは子どもが描いた絵です。西尾さんが8歳の時に描いた作品です。YRのフォルムは、彼女が子どもの頃に思い描いた理想の車を原案としてデザインし、そこからさらに研究開発を重ねて完成させたものです」その説明に、会場は再び大きくどよめいた。顔中をケーキまみれにされた優奈は、ようやくクリームを拭き取ったところだった。ところが、さらなる追い打ちをかけられた彼女は、思わず金切り声を上げた。「そんなはずない!その絵は、みんなを騙すために用意した偽物に決まってるわ!8歳の時に描いたなんて、誰が証明できるの?それに、その原画は今どこにあるのよ!」その言葉が終わると同時に、会場の入口から張りのある男の声が響いた。「私が証明しよう」全員が一斉に入口へ目を向けた。すぐに会場のあちこちから驚きの声が上がる。「美術界の巨匠、松生先生だ!」「嘘だろ!?松生先生はもう引退されたはずなのに、絃葉の疑いを晴らすために自ら来られたのか?」「知らないのか?絃葉は画家のヨルで、松生先生が最も期待を寄せている弟子だよ!」ざわめきが広がる中、緑色に染めた髪に色鮮やかな服をまとった青波が、楓士を支えながら堂々と絃葉のもとへ歩いてきた。青波は額装された原画を全員に見えるよう高く掲げ、大声で言った。「まさか、妹弟子の絃葉が手がけたデザインを疑う人間がいるとはな。彼女ほどの実力があれば、盗用する必要などない。盗まれることはあっても、他人の作品を盗むことなどあり得ない!この絵は、絃葉が小学生の頃に全国絵画コンクール
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