All Chapters of 元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚!: Chapter 451 - Chapter 460

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第451話

優奈は全身を殴られ、顔が腫れ上がり、息も絶え絶えになっていた。それでも絃葉への憎しみは薄れるどころか、火のようにますます激しく燃え広がっていった。――西尾絃葉!ここまでしても、引きずり下ろせないなんて!だが、優奈は決して運命など信じない。正攻法で駄目なら、今度は裏から手を回せばいい。今の優奈には、もう失うものなど何もない。失うもののない人間ほど、恐れるものもないのだ。このまま引き下がるつもりはなかった。絃葉、覚えてなさい。今回の騒動により、午後8時に終了する予定だった発表会は、9時まで長引いた。すべてが終わる頃には、絃葉はすっかり疲れ切っていた。普段は特別な場でなければ、ほとんどハイヒールを履かない。発表会が終わると、両脚は鉛のように重くなっていた。招待客たちが次々と帰っていくのを見送ったあと、絃葉がだるくなった腕を揉んでいると、景がこちらへ歩いてくるのが見えた。その手には、ふわふわしたウサギのルームシューズがあった。「これに履き替えて。ずっと立っていて疲れただろう?」景は気遣うようにその場へしゃがみ込み、自ら彼女のハイヒールを脱がせ、柔らかなルームシューズに履き替えさせた。つい先ほどまで針の山の上に立っているように痛かった足が、たちまち柔らかな雲に包まれたように楽になった。痛みと疲れが一気に和らぎ、絃葉は思わず景の胸へ飛び込んだ。「ありがとう......本当に気が利くよね」「おやおや!」二人の背後から、青波のからかうような声が聞こえてきた。彼は景の肩を勢いよく叩く。「意外だな。お前もずいぶん気が利くようになったじゃないか」景は真顔のまま、汚れでも払うように叩かれた肩を軽く払った。「君は黙っていたほうがいい」青波は人を食ったような笑みを浮かべた。「二人が本当に結ばれるとは、俺も思わなかったよ。景、絃葉ちゃんに感謝しろよ。修行僧のような素気ない人生から、お前を救い出してくれたんだからな」景は冷ややかに彼を見た。「お前に言われるまでもない」青波はたまらず抗議した。「絃葉ちゃん、見てよ。こういう男は、口を開けば人をむっとさせる。こんな朴念仁と一緒にいるなら、いちいち気にしないようにしなきゃならないんだぞ。考えただけで疲れる。無理そうなら、今のうちに別の男にし
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第452話

健二がこっそり立ち去ろうとした、その時だった。「健二さん」背後から聞こえた絃葉の怒りを押し殺した声に、彼はびくりと首をすくめた。顔に引きつった笑みを浮かべ、ゆっくりと絃葉を振り返る。「絃葉、今日の発表会は大成功だったな。俺も嬉しいよ」媚びるような笑みを向けられても、絃葉は納得しなかった。意味ありげに微笑みながら問いかける。「そう?でも今夜のことについて、私に説明する必要があるんじゃない?」その言葉の意味を察した健二は、すぐにとぼけ始めた。「あ、あの楠原優奈とは......たまたま入口で会っただけなんだ。お前を陥れようとしていたなんて、本当に知らなかった。知っていたら、絶対に一緒に会場へ入ったりしなかったよ」もうすぐ50歳になる健二が、絃葉の前では、過ちを犯して教師に叱られるのを恐れる子どものように見えた。絃葉は冷笑を浮かべ、彼の前へ歩み寄った。「健二さん、楠原の計画は、一朝一夕で用意できるようなものじゃない。デザインチームの熊谷と彼女がどういう関係なのか、二人がどう結託して設計図を盗み出したのか、私は必ず徹底的に調べるつもりよ」健二の額に、びっしりと冷や汗が浮かんだ。「そ、それはもちろん、徹底的に調べるべきだ。彼女は本当に恐ろしい女だよ。俺まで危うく騙され、巻き込まれるところだった。絃葉も、どうか誤解しないでくれ。決して君の邪魔をしに来たわけじゃない」さらに、もっともらしい言葉を並べ立てる。「私たちは同じ西尾家の人間だ。身内同士で力を合わせ、外敵に立ち向かうべきだろう?今日の件では、健二さんも一時的に動揺してしまった。だ、だがな......それも全体のことを考えたからだ。年長者として、お前が過ちを犯すのを心配しただけなんだ。分かってくれるだろう?」その白々しい言い訳を聞き、周囲にいた誰もが何とも言えない表情を浮かべた。とうとう聞いていられなくなった青波が、苛立たしげに言い返した。「もういい加減にしろよ。突然現れた隠し子のくせに、いちいち年長者ぶるな!自分がどういう立場でここにいるのか、よく思い出せ!」青波はそのまま、絃葉の肩へ腕を回した。「絃葉ちゃんこそ、由緒正しい西尾家の令嬢だ。それに比べてお前は、素性すらはっきりしない愛人の子にすぎないんだぞ」青波は昔から、遠慮なく物を言う性格だ
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第453話

その一方で、絃葉の姿が公の場に露出する機会は、日に日に増えていた。夫だからといって、毎日事細かに、何をするのか、どんな予定が入っているのかと尋ねるわけにもいかない。そんなことをすれば、何でも問いたださなければ気が済まない、女々しくて束縛の強い夫のように思われそうだった。とはいえ、景は彼女のことが気になり、心配でもあった。毎日どこで何をしているのか知りたい。それに、進出したばかりの新たな業界で、さまざまな優秀な男たちと出会うのではないかという不安もある。そこで景は、彼女の最新情報を毎日把握するために、別の方法を考えた。匿名のサブアカウントを作り、細谷の公式サイトや公式SNS、公式アプリ、関連掲示板を片っ端からフォローしたのだ。絃葉の仕事の進捗は、そうした公式媒体が発信する情報から、ある程度把握することができた。彼は時折、親切な一般ユーザーを装ってコメント欄に現れ、自分なりの提案や意見を書き込んだ。そのコメントはいつも着眼点が鋭く、専門的でありながらユーモアもある。たちまち多くのユーザーから注目を集め、何度も大量の「いいね」を獲得して、コメント欄の最上部に表示された。アカウント名も一風変わっていて、可愛らしくも目を引くものだった。――「愛しい人の帰りを待つクマさん」。この「クマさん」はコメント欄であまりにも目立っていたため、ほどなくして細谷の開発チーム全体で話題になった。「名前はこんなに可愛いのに、意見はものすごく専門的だよな。絶対に業界関係者だ!」「そうそう。時々可愛いことも言うし、否定的なコメントが来たら、根気よく代わりに説明してくれる。こんなに親身になってくれる人って、いったい誰なんだろう?」「これだけうちの会社を評価してくれて、しかも実力のある専門家なら、高待遇でスカウトしてチームに迎えるべきだよ!」開発チームはすぐに彼の発言をまとめ、蒼生へ報告した。蒼生は、その資料を絃葉へ渡した。「絃葉、この人は間違いなく逸材だ。うちに来てもらえたら、きっと大きな戦力になる」絃葉は資料を受け取った。一目見ただけで、文章の行間から景本人が現れ、自分に微笑みかけているような気がした。ほかの人には分からなくても、毎日のように景と話している彼女には、すぐに見抜けた。彼が好んで使う絵文字も、独特の言
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第454話

絃葉は、固まったような景の表情を見て吹き出しそうになったが、どうにかこらえた。ぬいぐるみを抱えたまま靴を履き替え、彼のそばまで歩いていくと、手にしていたクマを差し出す。「築山社長。はい、プレゼントです」景はわずかに眉を寄せた。「どうして急に?」絃葉は彼の目を見つめ、いたずらっぽく答えた。「ちょっと抜けてて可愛いところが、このクマさんにそっくりだから」景は平静を装った。「俺はそう思わないが?」絃葉は両手を伸ばし、彼の頬を左右へ軽く引っ張った。彼女はにこにこしながら言った。「ほら、こうするとクマさんに似てる」景は言葉を失った。「......」ほかの誰かが彼の顔をこんなふうにつねったなら、その相手をただちに海城から消していただろう。しかし絃葉にからかわれても、腹が立つどころか、胸の奥には甘い喜びが広がっていった。景は彼女の手首をつかみ、その両手を自分の胸元へ優しく引き寄せた。絃葉が彼の膝にまたがると、景はその顎をそっと持ち上げ、顔をじっくりと見つめた。「最近、痩せたな」「うん、少しね」景は真剣な表情になった。「このままでは駄目だ。君にも毎日、昼食を届けさせよう」絃葉は思わず吹き出した。「さすが築山社長。もう私だって気づいたの?」景はうなずいた。「よほど大きな見返りがなければ、父が雨の日も風の日も、毎日欠かさず俺に弁当を届けるはずがない。もっとも、料理はあまりうまくないが」絃葉は軽く眉を上げた。「でも、少なくとも今は景のことを気にかけて、好みを知ろうとしてくれてる。遅れて届いた父親の愛情だって、愛情には違いないでしょう?」景は彼女を見つめた。その目に、かすかな感動がにじむ。「父に何を渡す約束をしたのか、教えてくれ」絃葉は微笑んだ。「大したものじゃないよ。ちょっとしたお小遣い。カードを止めたんでしょう?」景はしばし絶句した。「......まだ式も挙げていない嫁に、義父が金をせびるなんておかしいだろう」「何その言い方。私を他人だと思ってるの?」景の表情がすぐさま真剣になった。「そういう意味ではない」「ならいいでしょう。夫婦は一心同体なんだから、景が渡しても私が渡しても、同じじゃない」景の瞳に、さまざまな感情が揺れ動いた。「絃
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第455話

景の口調が、突然強いものに変わった。「分かっている。だが、夫として家族を養うのは最低限の責任だ。君の金について、俺が口を出すつもりはない。だがこれからは、俺の財産をすべて君に預ける」絃葉はしばらく黙っていたが、やがてその重みのあるカードを受け取り、彼の唇へそっとキスをした。「ありがとう、景。景ならきっといい夫になれるわ」景はわずかに口元を緩めたが、その声は依然として落ち着いていた。「そんなことない。これから少しずつ俺に近づき、俺の家族の中へ入っていけば、君が思うほど俺は立派な人間ではないと気づくかもしれない。俺の家庭も、外から見えるほど......完璧ではない」その不安を理解した絃葉は、静かに首を横へ振った。「以前の私は、どうして人は結婚するのか、なぜ家庭を築こうとするのか、ずっと分からなかった。愛し合ってさえいれば、結婚届を出すかどうかも、子どもを持つかどうかも、それほど重要ではないと思ってた。私の両親だって、私を産んだのに、父は迷うことなく母のあとを追った。二人は愛のために命を捨てたけれど......この世に両親を失った娘が一人残されることを、最期の瞬間に少しでも考えてくれたのかな」景は黙って耳を傾けていた。その瞳には、深い痛ましさが浮かんでいる。絃葉は寂しげに笑い、静かな声で続けた。「その後、凪杜と出会って、結婚とは二人で苦労を分かち合い、一緒に努力すれば幸せになれるものだと思った。祖父と祖母も、若い頃はそうやって歩んできたから。何もないところから二人で築き上げた話を、祖父は何度も聞かせてくれた。だから私は、苦労することなんて怖くなかった。一途に愛し、努力して尽くし、大切に結婚生活を築いていけば、望んだ幸せを手にできると信じて疑わなかった。でも現実に打ちのめされて、結婚は想像していたほど単純なものではないと知ったんだ」景は変わらず静かに聞いていたが、その手は無意識に彼女の腰を優しく揉んでいた。最近の彼女は長時間座って仕事をしている。きっと腰もひどく凝っていると分かっていたからだ。絃葉は景の顔を両手で包み、その瞳をまっすぐ見つめた。「景と出会って、ようやく分かったの。結婚も愛も、必ず苦難を乗り越えなければ手に入らないものではないんだって。正しい相手と出会えれば、たくさんのことが自然に、あるべ
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第456話

翌日は週末だった。二人はどこへも出かけず、カーテンさえ開けないまま、部屋で寄り添いながら昼までのんびりと過ごした。絃葉は景の腕の中のぬくもりを貪るように味わっていた。まるでカンガルーの袋に潜り込んだ赤ちゃんのように、一時も離れたくなかった。最近の彼女は、本当に疲れ切っていた。今の絃葉にとって一番の気分転換は、家で何もせずに過ごすことだった。どこにも行かず、何もせず、何も考えず、ただ静かに頭を空っぽにする。景は以前、何があっても仕事を休まないほどの仕事人間だった。最もひどい時期には、一年365日働き続け、休む必要すら感じていなかった。だが今は、自分にも帰るべき家庭がある。もう仕事だけにすべてを注いではいけないと、彼も理解していた。そのため今週末の2日間は、半月も前から予定を調整し、丸ごと空けておいたのだ。景は絃葉が自然に目を覚ますまで辛抱強く待ち、それから外で昼食を取り、海城近郊にある昔ながらの街並みを散策しようと提案した。彼はすでに時間を見つけて、念入りに下調べを済ませていた。どの店で食事をし、何を注文するか。どの交通手段を使い、どの観光スポットで絃葉の写真を撮るか。そのすべてを、事前に頭の中で組み立てていた。景はもともと、何事にも準備を怠らない男だった。絃葉を撮影するための本格的なカメラまで、あらかじめ用意していた。最近の彼女が疲れていることを知っていたからこそ、この貴重な週末に外へ連れ出し、気分を軽くして、二人だけの楽しい時間を過ごしたかったのだ。さらに、昨夜、心も体も深く結ばれたことで、彼はひそかにある決意を固めていた。今日は絃葉をさまざまな角度から撮影し、完璧な写真を9枚選んで、SNSへまとめて投稿する。彼女が自分にとってどれほど大切な存在なのか、堂々と世間へ知らせるつもりだった。ただし、その計画はまだ絃葉には話していない。驚かせたかったからだ。絃葉はもともと、週末をずっと家で過ごすつもりだった。だが景が本格的な撮影機材を取り出したのを見て、ずいぶん前から計画していたのだと察した。その気持ちを無駄にするのは忍びなく、彼女は笑顔で「いいよ」と答え、立ち上がってクローゼットへ向かい、出かける服を選び始めた。最近は景のマンションで暮らすことが多くなったため、使用
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第457話

景は思わず見とれた。このあと予定がいくつも入っていなければ、もう一度その鮮やかな黄色に溺れ、いつまでも離れずにいたいほどだった。「似合ってるかな」絃葉はドレスの裾をつまみ、彼の前で軽やかに一回転した。このドレスは以前、悠と買い物に出かけた時、彼女に強く勧められて買ったものだった。しかし買ってからというもの、ずっとクローゼットにしまわれたままで、一度も袖を通していなかった。絃葉は、これほど華やかで目を引く色に慣れていなかったのだ。「とてもきれいだ。今日はきっと、街で一番目を引く存在になる」景の低い声と眼差しには、愛情があふれていた。「今日はどうしてそこへ?何か特別なものでもあるの?」絃葉は不思議そうに尋ねた。景は少し考えてから答えた。「ああ。そこには大きな縁結びの御神木があって、願い事がよく叶うらしい。願い紐を買って、君と一緒に結びたい」絃葉は言葉を失った。「......」そんなことに憧れるのは、18歳くらいの若者だけではないだろうか。どうやら築山社長の心には、今も純情な少年が住んでいるらしい。絃葉はまた笑いそうになった。「景は、昔は本当に仕事ばかりしてたんだね」景はすぐには意味が分からなかった。「どうして?」絃葉は背伸びをして彼の首に腕を回し、唇へ軽くキスをした。「若い頃に一度でも二度でも恋愛してたら、こんな観光客向けの演出に興味を持ったりしないもの」しかし景は、いたって真剣だった。「観光客向けの演出だということくらい、分かっている」彼は絃葉の腰へそっと腕を回した。「だが君と一緒にいるようになってから、この世にある美しいものを、すべて信じてみたいと思うようになった。たとえ誰かが作った演出にすぎなくても」彼が純情なのは、恋愛経験がないからではない。彼女と出会ったからこそ、これほど純粋に愛を信じられるようになったのだ。絃葉は胸の奥を優しくくすぐられたような、甘く痺れる感覚を覚えた。景はいつもこうだ。真面目な顔で、この世で最も心を打つ愛の言葉を口にする。自分はどれほど幸運なのだろう。景のような素晴らしい男性に出会えたことを、絃葉はまた心の中でかみしめた。二人は身支度を整え、歴史ある街並みが残る地区へ向かった。景は今日、付き添いも護衛も
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第458話

景がスマホを置いた途端、画面が再び明るくなった。「景がSNSを更新した!?」「これって......絃葉???」「何年も投稿してなかった人が、まさかの惚気投稿!!!」「嘘だろ?アカウントを乗っ取られたんじゃないのか?それとも正式発表?」「築山社長、先ほどの投稿は弊社の広報イメージにも関わります。事実確認が必要ですので、至急ご返信を......」通知音が次々と鳴り、投稿への「いいね」とコメントも瞬く間に増えていった。景はそれらを無視してスマホをマナーモードにすると、隣で演奏に聴き入っている女性へ静かに目を向けた。視線に気づいた絃葉が、こちらを振り向く。「どうしたの?」「いや」景は微笑み、頬にかかった髪をそっと耳へかけた。「演奏、気に入った?」「うん」絃葉は瞳を輝かせながらうなずいた。「子どもの頃、祖母にお箏を教えてもらった日々を思い出した」夕日が透かし彫りの木窓から差し込み、彼女の横顔を柔らかな光で包んでいた。景は思わず再びカメラを構え、その美しい瞬間を写真に収めた。「箏を弾けるのか?」少し離れた舞台へ目を向ける。「少し弾いてみない?あそこでは演奏体験もできるようだが」絃葉は少し目を見開いた。「今から?」「ああ」景は彼女の手を取り、そのまま舞台へ向かった。絃葉は何年も箏に触れていなかったが、幼い頃に身につけた基礎は今も残っていた。先生から少し助言を受けると、次第に昔の感覚を取り戻していく。彼女の指先で弦がかすかに震え、やがて優美な旋律が流れ始めた。澄んだ柔らかな音色は、小川のせせらぎのように辺りへ広がっていった。演奏が終わると、周囲から穏やかな拍手が湧き起こった。景は、隠すことのない称賛を瞳に浮かべて彼女を見つめた。絃葉は奥ゆかしく、内に豊かな才能を秘めた女性なのだと、あらためて感じる。その内面は、外見以上に知れば知るほど魅力を増していった。夕闇が辺りを包み、古い街並みには次々と提灯の明かりがともり始めた。景は絃葉を気遣いながら石畳の道を歩いた。二人の影は、温かな明かりの中で長く伸びている。通りを行き交うのは若い男女が多く、時折、着物姿の女性がしなやかな足取りで通り過ぎていった。絃葉は景を見上げた。「景が和装をしたら、きっと
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第459話

「分かった。それならこれからは、少なくとも月に二度は週末を空けよう。どれほど忙しくてもだ」絃葉は顔を上げ、いたずらっぽく答えた。「かしこまりました、築山社長」景は顔を寄せ、彼女の唇へ軽くキスをした。「まったく」二人は顔を見合わせて笑った。あふれんばかりの幸せは、飴細工職人にまで伝わったようだった。「お二人は新婚さんでしょう?本当にお似合いですね。仲もよさそうで」「はい」景は出来上がった飴細工を受け取り、絃葉へ手渡した。二人は再び手をつなぎ、提灯の明かりに照らされた古い街並みを歩いていった。その夜は、近くにあるSNSで話題のレストランにも立ち寄った。絃葉は最初から最後まで幸せな時間に浸り、一度もスマホを確認しなかった。そのため、景のSNSへの投稿が、どれほど大きな反響を呼んでいるのか知る由もなかった。一方、景のスマホには――SNSからの通知があふれ、未読メッセージが山のように積み重なり、不在着信も画面を埋め尽くしていた。景は画面をちらりと見て、わずかに眉をひそめた。彼女の存在を公表しただけで、なぜここまで騒ぐのだろう。その時、絃葉が何気なく画面へ目を向け、大量の通知に驚いた。興味を引かれた絃葉は彼のスマホを手に取り、まず未読メッセージをいくつか確認した。そのあとSNSを開く。そこで初めて、普段はまったく投稿しない景が、彼女との関係をひそかに公表していたことに気づいた。しかも、さまざまな角度から撮った彼女の写真を9枚選び、一つの投稿に美しくまとめている。一枚ずつ開いてみると、どの写真も、どの角度も驚くほど美しかった。欠点など一つも見当たらない。彼はいつの間に、こんな撮影技術を身につけたのだろう。以前は、写真を撮るのがそれほど上手ではなかったはずなのに。人知れず重ねていた景の努力に、絃葉はまたも驚かされた。この撮り方、このアングル、そしてこのレタッチ技術......きっと写真投稿サイトや動画サイトを見ながら、相当熱心に研究したのだろう。築山社長は哲学的なだけでなく、博識でもあり、そのうえ努力を惜しまない優等生らしい。絃葉が何も言わずに何度も写真を見返しているため、景は彼女が不機嫌になったのだと勘違いした。そっと肩を抱き寄せる。「......嫌
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第460話

二人が夕食を終え、車でマンションへ戻った時には、すでに午後8時になっていた。これまでで最も温かく、甘く、穏やかな一日だった。しかし、景がSNSへ投稿した写真のせいで、大勢の人が眠れぬ夜を過ごすことになった。彼へひそかに思いを寄せていた令嬢たちは、ことごとく失恋の痛みを味わった。遠く海外にいる凪杜は、絃葉の写真を何度も繰り返し眺めたあと、黙ったまま煙草を一箱吸い尽くし、やるせない思いを抱えながらビールを何本も飲み干した。優奈に至っては、怒りのあまり心筋梗塞を起こしかけ、真夜中に救急搬送された。景と絃葉がマンションのドアを開けると、静代が険しい顔でソファの中央に座っていた。その両脇には、まるで護衛のように洸と彰が控えている。ただならぬ雰囲気に、二人はそろって足を止めた。景の顔には、すぐさま不快感が浮かんだ。「どうやって入った」使用人の岩本が慌てて歩み寄り、不安そうに答えた。「申し訳ございません、旦那様、奥様......私が玄関を開けて、お母様を中へ......」「奥様ですって?」その呼び方を耳にした静代は、勢いよく立ち上がった。「この女のどこが奥様なの?あなた、呼び方には気をつけなさい!」景は冷ややかな顔で静代を見た。「間違っていない。絃葉は俺の妻だ。母さん、次から来る時は、事前に連絡してくれ」静代は怒りに任せ、景の鼻先へ指を突きつけた。「事前に連絡しろですって?それなら、電話くらい出なさいよ!一日中メッセージを無視して、電話にも出ない。弟たちからの連絡まで無視して、私たちを何だと思っているの?」そう言い終えると、嫌悪をあらわにして絃葉を上から下まで眺め、鼻で笑った。「年長者に会っても挨拶すらできないなんて、本当にしつけがなっていないわね。やっぱり、親の教育が......」最後まで口にしなくても、絃葉には続く言葉が分かった。多磨城で「親の教育が届いていない」という言葉は、子どもに向ける残酷な侮辱だった。絃葉の顔から、瞬く間に血の気が引いた。両手を固く握り締め、静代を冷たく見据える。「今の言葉を撤回してください」静代は、絃葉が面と向かって言い返すとは思っていなかった。表情をさらに険しくし、勢いよく立ち上がる。「何?一言言うのも許されないとでも言うの!?あなた
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