ソファに腰を下ろしたまま、和希はしばらく動かなかった。部屋は静かだった。棚の上の小さな時計が、規則正しく秒を刻む。ローテーブルの上のグラスには手をつけていない水があり、表面だけが淡く光っている。芳人は向かい側に立ったまま、何も急かさない。その沈黙が、かえって和希を追い詰めた。もっと分かりやすく欲しがられたほうがよかった。命令されるか、見下されるか、露骨に値踏みされるか。そういう形なら、自分が何をしに来たのかを、もっと単純に割り切れた気がする。だが実際には違った。部屋は整いすぎていて、芳人も静かで、約束だけがそこにある。その静けさの中で、自分の意思でここへ来て、自分の意思で帰らないことを選んでいる事実だけが、和希の胸に残る。和希は膝の上に置いた手をゆっくり握った。払うのだ、とあらためて思う。美里のために動くなら、自分だけが何も失わずに済むはずがない。そんな理屈は誰にも求められていないのに、和希の中ではそれだけが妙にまっすぐだった。代価がなければ前へ進めない。美里が最後まで自分を守っていたと知ってしまった今、自分だけが手を汚さず、痛みだけを訴える側にいることがどうしても許せなかった。和希は顔を上げないまま言った。「……どうすればいい」声は低く、乾いていた。芳人は答えなかった。その沈黙に、和希の中で何かが決まる。待っているだけでは駄目だと思った。ここまで来て、さらに相手の指示を待つのでは、自分が何を差し出そうとしているのかが曖昧になる。だから和希は、自分から動いた。上着はもう脱いでいる。次に、シャツのいちばん上のボタンへ手をかけた。指先だけが妙に正確だった。震えていないわけではない。だがその震えを見せまいとするほど、動きだけが無駄なくなる。ひとつ外す。次にもうひとつ。布が擦れる音が、静かな部屋の中で小さく鳴った。誘っているのではない。準備をしているだけだ。やるべきことを済ませるみたいに、自分を処理しているだけだ。その感覚が、和希自身にもはっきり分かった。羞恥はある。喉の奥
Last Updated : 2026-04-10 Read more