画面の片隅にある小さな名前は、さっきから何も変わっていないのに、時間だけがそこへ吸い寄せられていくようだった。白い一覧の中で、その一行だけが妙に浮いて見える。規則正しく並んだ英数字の列に混じった、手で触れた痕跡。短い。意味を説明するほど整っていない。けれど機械が自動でつけたものではないと分かる程度には、人の迷いが残っている。和希は画面を見つめたまま、まばたきの回数が減っていくのを自分でも感じていた。ファイルが一つ見つかっただけだ。まだ中身は何も分からない。音声とは限らない。そう思おうとするたび、逆に胸の奥の感覚だけが固くなる。芳人は隣で操作を止めていた。さっきまで速く動いていた指が、今はキーボードの上に軽く置かれているだけだった。急かさない。その沈黙が、かえってこの一行の重さを認めているように思えた。和希は喉を一度だけ鳴らした。乾いているのに、唾を飲み込む音がはっきりした。事務所の空気は静かすぎて、呼吸の浅さまで音になりそうだった。「……開けるぞ」言ったのは和希自身だったが、声はひどく低かった。芳人は短くうなずいた。カーソルをその行へ合わせる。クリック一回で済む動作なのに、指先が思うように落ちない。遺書ノートを開いたときと、同じ感覚だった。触れた瞬間、それがただのデータではなくなる。美里が最後に残したものかもしれない、と分かってしまう。まだ見てもいないのに、すでに後戻りできない気配だけが先にある。和希は一度マウスから手を離した。掌に薄く汗が滲んでいる。気づかなければよかったと思うほどではない。ただ、見つけてしまった、と思った。それがいちばん近かった。証拠を発見した、ではない。手柄でも前進でもない。沈んでいたものに、偶然手が触れてしまっただけの感じだった。暗い水の中で、底に沈んだものの輪郭を指先でなぞってしまったときみたいに、知りたくなかった重みが遅れて伝わってくる。和希はもう一度、マウスを握った。クリック。ファイル情報が右側に開く。音声。再生時間は長くない。数分もない、短い記録だった。その
Last Updated : 2026-05-10 Read more