久我さんとは、病院の裏手で連絡先を交換した。 正確には、私が私用のアドレスを伝え、久我さんが名刺を差し出した。 久我建築設計事務所。 名刺の角は少し折れていた。さっきの騒ぎで曲がったのか、元から曲がっていたのかはわからない。 「香澄さんのことを、教えてください」 私が言うと、久我さんはすぐには頷かなかった。 「御門の中にいる人間を、簡単には信用できません」 「それで構いません」 むしろ、その方がよかった。 簡単に味方になられても、私はたぶん信じられない。 「私も、あなたをすぐに信用するつもりはありません。でも、香澄さんに何が起きたのかは知りたいです」 久我さんは名刺入れを閉じた。 「香澄を利用するなら、許しません」 「そんなつもりはありません」 言ってから、少しだけ息を整えた。 「もしできるなら、助けたいです」 久我さんの目が動いた。 「でも、簡単に約束していい話じゃない。だから、今は約束はしません」 久我さんの目が、ほんの一度だけ揺れた。 返事の代わりに、彼は私の顔を見た。 「検査を受けるんですか」 「受けました」 「辛いなら、逃げてもいいと思いますよ。御門から」 意外な言葉だった。 私は少しだけ笑った。 「逃げるつもりでした。でも、朔弥さんとともに御門家と戦うと決めました」 言い終えた瞬間、朔弥さんの手が私の肩に回った。 強く引き寄せるのではなく、そこにいると知らせるような力だった。 久我さんは、その手を見た。 それから、朔弥さんの顔を見た。 「……少し、意外でした」 「何がですか」 「あなたは、御門の男だと思っていた」 朔弥さんの指が、私の肩でわずかに止まった。 「御門のために、女を道具にする側の人間だと」 久我さんは何も言わなかった。 でも、さっきよりは少しだけ、私を見ていた。 *** 病院の中へ戻ると、待合の空気はまだ硬かった。 受付の人は何も言わず、番号札を確認してくれた。看護師に「大丈夫ですか」と聞かれ、私は「大丈夫です」と答えた。 本当は、大丈夫ではなかった。 それでも、ここで帰れば、冴子の望む形になる。 朔弥さんは隣に座っていた。 私のスマートフォンを覗き込むことも、先回りして受付へ何かを言うこともしなかった
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