港区の一角。喧騒を置き去りにしたビルに、その場所はある。重厚なオークの扉。金色のプレートには『M2』の文字。一歩踏み入れば、そこは中世の図書室を彷彿とさせる静謐な空間だ。「……お辛かったですね、リカ様」茶髪のセミロングを揺らし、メイド服を纏ったマヤが膝をつく。彼女は祈るように、相談者・リカの手を優しく包み込んだ。リカの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。「彼、仕事が忙しくて会えないだけで。本当は私のこと、一番に考えてくれてるんです。……でも、最近は連絡も少なくて、お金の相談ばかりで」「わかります。その一筋の光を信じたいんですよね。リカ様の愛は、本当に純粋で、尊いものです。……健気で、胸が締め付けられます」マヤの声は、極上の絹のように滑らかだ。リカは安堵し、縋るようにマヤの肩に顔を埋めた。ここなら、自分の愛を分かってもらえる。この優しい女性なら、私の味方でいてくれる。だが、マヤの瞳は笑っていない。慈愛に満ちた表情のまま、マヤはリカの背中を静かに撫で、こう囁いた。「でも、リカ様。その人。あなたを幸せにはしません」リカの体が、びくりと強張った。マヤは微笑みを崩さず、視線を部屋の奥へと向ける。「……ねぇ、お姉様? この方の『治療』、始めていただけますか?」キーボードを叩く無機質な音が止まった。部屋の奥、巨大な本棚を背に座っていた人影が立ち上がる。白衣の裾をなびかせ、ゆっくりと歩み寄る黒髪ショートの美女。マノだ。彼女は手に持ったタブレットをリカへ向け、冷徹な視線を刺した。「マヤ、お茶が冷めてるわよ。……それとリカさん。あなたが今流した涙、無駄な水分ね」マノの声には、一切の揺らぎがない。彼女にとって、目の前の女性の悲しみは「分析対象」でしかなかった。「……えっ?」「感情を優先して現実を歪めるのは、脳のバグ。効率が悪すぎるわ。あなたが今しがた語った『彼との思い出』、整合性がゼロよ。契約不履行もいいところね」マノはタブレットの画面をスライドさせ、机に放り出した。そこには、リカが「仕事で海外にいる」と聞かされていた恋人が、リゾート地で見知らぬ女性とシャンパングラスを傾ける写真が映し出されていた。「これ、恋じゃなくて依存よ。あなたが欲しいのは愛じゃない。……“選ばれている自分”という、安っぽい
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