All Chapters of マノとマヤの恋愛カウンセリングルームー双子のM2ーM2: The Twin Scalpels ―Love’s Fatal: Chapter 1 - Chapter 10

81 Chapters

​第1話 初診、甘い蜜の罠

港区の一角。喧騒を置き去りにしたビルに、その場所はある。重厚なオークの扉。金色のプレートには『M2』の文字。一歩踏み入れば、そこは中世の図書室を彷彿とさせる静謐な空間だ。​「……お辛かったですね、リカ様」​茶髪のセミロングを揺らし、メイド服を纏ったマヤが膝をつく。彼女は祈るように、相談者・リカの手を優しく包み込んだ。リカの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。​「彼、仕事が忙しくて会えないだけで。本当は私のこと、一番に考えてくれてるんです。……でも、最近は連絡も少なくて、お金の相談ばかりで」​「わかります。その一筋の光を信じたいんですよね。リカ様の愛は、本当に純粋で、尊いものです。……健気で、胸が締め付けられます」​マヤの声は、極上の絹のように滑らかだ。リカは安堵し、縋るようにマヤの肩に顔を埋めた。ここなら、自分の愛を分かってもらえる。この優しい女性なら、私の味方でいてくれる。​だが、マヤの瞳は笑っていない。慈愛に満ちた表情のまま、マヤはリカの背中を静かに撫で、こう囁いた。​「でも、リカ様。その人。あなたを幸せにはしません」​リカの体が、びくりと強張った。マヤは微笑みを崩さず、視線を部屋の奥へと向ける。​「……ねぇ、お姉様? この方の『治療』、始めていただけますか?」​キーボードを叩く無機質な音が止まった。部屋の奥、巨大な本棚を背に座っていた人影が立ち上がる。白衣の裾をなびかせ、ゆっくりと歩み寄る黒髪ショートの美女。マノだ。​彼女は手に持ったタブレットをリカへ向け、冷徹な視線を刺した。​「マヤ、お茶が冷めてるわよ。……それとリカさん。あなたが今流した涙、無駄な水分ね」​マノの声には、一切の揺らぎがない。彼女にとって、目の前の女性の悲しみは「分析対象」でしかなかった。​「……えっ?」​「感情を優先して現実を歪めるのは、脳のバグ。効率が悪すぎるわ。あなたが今しがた語った『彼との思い出』、整合性がゼロよ。契約不履行もいいところね」​マノはタブレットの画面をスライドさせ、机に放り出した。そこには、リカが「仕事で海外にいる」と聞かされていた恋人が、リゾート地で見知らぬ女性とシャンパングラスを傾ける写真が映し出されていた。​「これ、恋じゃなくて依存よ。あなたが欲しいのは愛じゃない。……“選ばれている自分”という、安っぽい
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​第2話 執刀と言う名前の薬

「そんな……嘘、です。彼は、私を愛してるって」​リカの声が震える。だが、マノの視線は1ミリも揺るがない。彼女は白衣のポケットに手を入れ、無機質な足音を響かせながらリカの背後へ回った。​「愛? 面白い冗談ね。……マヤ、この男の『稼働状況』を報告して」​マヤは優雅に一礼し、手元の手帳を開く。その表情は、先ほどまでの慈愛に満ちた聖母のそれではない。獲物を追い詰める、静かな猟犬の目だ。​「はい、お姉様。ターゲット、佐藤和也。42歳。表向きは輸入代理店の経営者ですが、実態は……多額の借金を抱えた、ただの無職です。現在、リカ様を含め、4人の女性から同時に『事業資金』を調達中。累計額は、3千万を超えています」​部屋の空気が、一気に凍りついた。マヤの声は、どこまでも丁寧で、残酷だ。​「それでも好きなんですよね……わかります。お金で繋ぎ止めてでも、一瞬の夢を見ていたい。……女性の性は、悲しいものです」​マヤがリカの肩に、そっと冷たい手を置いた。優しさという名の鎖が、リカの逃げ道を塞ぐ。​「……3千万……?」​「そう。あなたの婚約指輪代として渡した100万も、先週、別の女とのバカンスに消えたわ。……効率の悪い投資ね」​マノがリカの耳元で、氷のような声を囁く。リカは力なく、ソファへ崩れ落ちた。​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは彼にとって、『愛する女』じゃない。……ただの『都合のいいATM』よ」​短く、鋭いナイフのような一言。リカの心に、決定的な亀裂が入る。​「あなたが欲しいのは愛じゃない。……“誰かに必要とされている自分”という、安っぽい承認。そのために、現実から目を逸らし、嘘に加担し続けてきた」​マノはデスクに戻り、椅子の背にもたれかかった。黒髪の隙間から覗く瞳が、冷たく光る。​「……もう、終わりにしましょうか、リカ様」​マヤが耳元で、甘く、毒を含んだ声で追い打ちをかける。リカは顔を覆い、声を殺して泣き始めた。それは、偽りの恋に対する弔いではなく、己の愚かさへの絶望だった。​マノとマヤが、同時に立ち上がる。二人の影が重なり、部屋の照明が一段と鋭く彼女たちを照らした。​「「双子のエムツー!心の解放、終幕!」」​重なる二人の声が、部屋の静寂を切り裂く。リカの幻想は、完全に粉砕された。​「お姉様の仰せの通り。…
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第3話 共鳴

「……お姉様、本日の『初診』の方がお見えです」​マヤの声が、静かなカウンセリングルームに響く。扉を開けて入ってきたのは、華奢な肩を震わせた女性・サオリ。彼女の目は赤く腫れ、手元には使い古されたハンカチが握りしめられていた。​「もう、耐えられないんです……。彼に尽くしても、尽くしても、裏切られてばかりで。私、どうしてこんなに不幸なんでしょうか」​サオリは椅子に座るなり、堰を切ったように泣き出した。マヤはすぐさま、彼女の隣に膝をつく。茶髪の毛先を揺らしながら、サオリの背中を、まるで壊れ物を扱うように優しく撫でた。​「……わかります。サオリ様は、ただ純粋に愛されたいだけなのに。世界があなたをいじめているみたいで、本当に、胸が痛みます……」​マヤの瞳には、同情の涙すら浮かんでいる。サオリはその「共感」という名の蜜に、骨の髄まで浸かっていく。ここなら、私の「不幸」を理解してもらえる。この人なら、私の価値を認めてくれる。​だが、部屋の奥。白衣のポケットに手を突っ込んだマノが、無機質な声で割って入った。​「マヤ、お茶の温度が高いわ。……それとサオリさん。その涙、1グラムいくらで売るつもり?」き​「……えっ?」​サオリの泣き声が止まる。マノは冷徹な視線を向けたまま、一歩一歩、逃げ場を奪うように近づいてきた。​「不幸であることに、酔いすぎよ。あなたのその涙は、悲しみじゃなくて『武器』。周囲をコントロールするための、安っぽい道具ね」​マノがデスクに置いたタブレットには、サオリがSNSに投稿した大量の「病み垢」投稿の履歴が映し出されていた。​「……不幸でいれば、誰かが構ってくれる。悲劇のヒロインでいれば、責任を取らなくて済む。……効率の悪い生存戦略ね」​マノの一言が、サオリのプライドを無慈悲に切り裂いた。サオリの顔が、今度は屈辱で赤く染まっていく。​「あなたが欲しいのは愛じゃない。……“可哀想な私”を観客に拍手させるための、スポットライトよ」​マヤが、サオリの耳元で囁く。その声は、もはや聖母のものではない。​「それでも好きなんですよね……“不幸な自分”が。……わかります。でも、その檻。あなたが自分で鍵をかけたのですよ?」​マヤの微笑みが、深淵のようにサオリを呑み込んでいく。
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第4話 秘密裏

「……何を、言ってるんですか。私が、わざと不幸になってるって……?」​サオリの震える声に、マノは鼻で笑った。彼女はタブレットの画面をフリックし、サオリの目の前に突きつける。そこには、サオリが「彼にひどいことを言われた」と泣きついていた日、彼女自身が彼に送った執拗なLINEのログが並んでいた。​「これ、あなたが彼に送った100通を超えるメッセージね。相手を限界まで追い詰めて、暴言を吐かせるように仕向けている。……効率のいい自作自演だわ」​マノの指先が、画面上の「被害を装う文言」を冷たく指し示す。​「あなたが欲しいのは愛じゃない。……“可哀想な私”を演じるための、生贄よ。彼を悪者に仕立て上げることで、あなたは免罪符を手に入れた。自分は悪くない。全部、彼のせいだって」​サオリの顔が、土気色に変わる。マノは一歩、彼女のパーソナルスペースに踏み込んだ。​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは彼を愛してなんていない。自分の『不幸というコンテンツ』の脇役として利用しただけ」​短く、鋭い断罪。サオリのプライドが、音を立てて砕け散る。マヤが、力なく垂れ下がったサオリの肩に、そっと顔を寄せた。​「わかります……自分が一番の被害者でいた方が、楽ですものね。でも、その嘘で、彼の人生まで汚してしまった。……罪深いことですよ、サオリ様」​マヤの慈愛に満ちた声が、逆にサオリの逃げ道を完全に塞ぐ。サオリはついに、握りしめていたハンカチを床に落とし、力なく項垂れた。​「もう、終わりにしましょうか、サオリ様。あなたの独り舞台、誰も拍手なんてしていませんよ」​マヤが、幕を引くように告げる。マノがデスクに戻り、椅子の背にもたれて足を組んだ。二人の視線が、一点に集まる。​「「双子のエムツー!心の解放、終幕!」」​重なる二人の声が、虚飾に満ちたサオリの世界を完全に粉砕した。​「お姉様の仰せの通り。……地獄へ、お帰りくださいませ。自分が加害者であるという、残酷で正しい地獄へ」​マヤが、無機質な動作で扉を開く。サオリは、もはや涙すら出ない空虚な瞳で、ふらふらと部屋を後にした。その足取りは、先ほどまでの「可哀想な私」という重荷を失い、ひどく心細げだった。​マノは、タブレットのデータを消去し、窓の外の夜景に目を向ける。​「感情はコストの無駄。……さて、次
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第5話 虚像、数字

​「……お姉様、本日の『初診』は、自称・インフルエンサーの方です」​マヤが、どこか楽しげに扉を開ける。現れたのは、ブランドロゴが目立つ服に身を包み、手元のスマホを片時も離さない男・カイ。彼は椅子に座るなり、自撮りの角度を気にしながら、不遜な態度で言い放った。​「悪いけど、時間はかけないでくれよ。僕のフォロワーは100万人もいるんだ。ファンが僕の『不幸な恋愛劇』の続きを待ってるんでね」​カイは鼻で笑い、画面の中の「いいね」の数をマヤに見せつけた。マヤは、うっとりとした表情で彼の手を包み込む。茶髪を揺らし、その瞳には心酔したような光を宿して。​「……素晴らしい。100万人もの方に愛されているのですね、カイ様。その孤独な背負った重圧、私には痛いほど伝わってきます……」​「だろ? 彼女が僕の才能を理解できずに去っていったのも、結局、僕が『選ばれし人間』だからなんだ。大衆は、孤独な天才を追い詰めるのが好きだからね」​カイはマヤの共感に気を良くし、饒舌に「悲劇の天才」を演じ始める。だが、その背後。マノが、冷めた紅茶のカップをソーサーに戻す高い音が響いた。​「マヤ、その男のスマホに触らないで。……承認欲求という名のウイルスが移るわよ」​マノが、無機質な歩調で歩み寄る。彼女の黒髪ショートが、冷たい照明を反射して光った。​「……なんだよ、あんた」​「100万人のフォロワー? 笑わせないで。……マヤ、この男の『資産価値』を読み上げて」​マヤは一礼し、タブレットを起動させる。その瞬間、彼女の瞳から温度が消えた。​「はい、お姉様。ターゲット、カイ。……100万人のフォロワーのうち、アクティブユーザーはわずか3%。残りは、東南アジアのサーバーから購入された『死んだアカウント』です。昨夜の投稿の『いいね』も、8割が自作自演のbotによるものですね」​カイの顔から、一気に余裕が消え去った。マノが、男の喉元に人差し指を突きつける。​「数字を盛らなきゃ自分を保てないなんて、効率の悪い空虚ね。あなたが欲しいのは愛じゃない。……“価値があると思い込みたい自分”への、安っぽいドーピングよ」​マノの言葉が、砂で作られた城を無慈悲に蹴散らしていく。​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは誰かを愛してるんじゃない。鏡に映った自分を、加工アプリ越しに眺め
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第6話 破綻

「……嘘だ。僕のフォロワーが、業者(サクラ)なわけがない! みんな、僕の言葉を待ってるんだ!」​カイが床に落ちたスマホを必死に拾い上げる。だが、その震える指が触れた画面には、マノが仕掛けた「現実」が非情な通知を出し続けていた。​「アカウント凍結、おめでとう。規約違反の不正購入を運営に通報しておいたわ。……効率の悪いゴミ掃除ね」​マノが冷徹に言い放つ。画面の中の「100万」という数字が消え、無慈悲なエラーメッセージがカイを嘲笑う。​「……あ、ああ……」​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは誰かを愛してるんじゃない。加工アプリで修正した、偽物の自分に恋をしていただけ。……中身が空っぽの、ただの器にね」​マノの言葉が、カイの心臓に深く突き刺さる。マヤが、魂の抜けたようなカイの背後に、音もなく歩み寄った。その手には、マヤが淹れた極上の紅茶――だが、湯気さえ立たないほど冷めきったカップが握られている。​「わかります……数字が減るたびに、自分の価値が削り取られるような恐怖。……でも、カイ様。画面を消した暗闇に映っているのは、ただの孤独な男ですよ?」​マヤの声が、慈愛を装ったトドメの一刺しとして響く。カイは膝をつき、動かなくなったスマホを握りしめて咽び泣いた。彼が必死に守り、愛を注いできた「100万人」は、最初からどこにも存在しなかったのだ。​「……もう、終わりにしましょうか、カイ様。誰も見ていないステージで踊り続けるのは、滑稽ですもの」​マヤが、舞台の幕を下ろすように囁く。マノがデスクの横に立ち、マヤと肩を並べた。二人の視線が、絶望に沈むカイを同時に射抜く。​「「M2 終幕」」​重なる二人の声が、虚栄に満ちたカイの意識を、現実という名の荒野へ強制送還した。​「お姉様の仰せの通り。……地獄へ、お帰りくださいませ。数字では救われない、生身の孤独という地獄へ」​マヤが無機質な動作で扉を開ける。カイは、もはや自撮りの角度すら気にせず、幽霊のようにふらふらと立ち去った。ブランド服が、ひどく場違いで、安っぽく見えた。​マノは、自分のタブレットをスリープモードにする。​「承認は麻薬。……さて、次はどんな『条件付きの愛』に溺れるエリートが来るかしら」​マヤが、カイの飲み残した紅茶を片付け、微笑んだ。​「お姉様、次は……愛を損得
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第7話 査定

「……お姉様、本日の『初診』の方は、外資系コンサルにお勤めのエリート様です」​マヤが、皮肉めいた微笑みを浮かべて扉を開く。現れたのは、三ピースのスーツを完璧に着こなし、高級時計を誇示するように腕を組んだ男・高木。彼は椅子に座るなり、マノに向かって一束の資料を叩きつけた。​「無駄な話は嫌いでね。これは僕の現在の資産、年収、そして将来のプロモーション計画だ。相手の女性にも同等の『市場価値』を求めるのは、ビジネスとして当然だろう?」​高木は冷徹な口調で、恋人候補を「不良在庫」と切り捨てるように続けた。マヤは、感銘を受けたようにその資料を手に取り、高木の隣に音もなく腰を下ろす。​「……素晴らしい。人生をすべて数値化し、リスクヘッジを徹底されているのですね。高木様のその徹底した合理性、同じプロフェッショナルとして尊敬いたします……」​「だろう? 感情に流されるのは弱者のすることだ。愛なんてものは、互いのスペックが釣り合って初めて成立する『契約』に過ぎない」​高木はマヤの全肯定に気を良くし、自身の「高スペックな人生」を誇らしげに語り始める。だが、その背後。マノが、キーボードを叩く手を止め、冷ややかな視線を高木の背中に突き刺した。​「マヤ、その紙クズをシュレッダーにかけて。……インクの無駄よ」​マノが、白衣をなびかせて高木の正面に立った。彼女の黒髪ショートが、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。​「……なんだと? これは僕の血と汗の結晶だぞ」​「血と汗? 笑わせないで。……マヤ、この『商品』の耐用年数を読み上げて」​マヤは一礼し、手元のタブレットに冷淡なデータを表示させた。​「はい、お姉様。ターゲット、高木。……現在の高年収を支えるプロジェクトは来期で終了。所属部署のリストラ対象リストに名前が挙がっています。さらに、健康診断の結果、ストレスによる胃潰瘍の兆候あり。……『資産価値』は、1年以内に暴落する見込みです」​高木の顔から、自信に満ちた色が引いていく。マノが、男のネクタイを指先で弾いた。​「スペックでしか人を愛せないなら、あなた自身がスペックを失った時、残るのは『ただの粗大ゴミ』ね。……効率の悪い生存戦略だわ」​マノの一言が、高木が築き上げてきたプライドの壁を無慈悲に粉砕していく。​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは誰かを
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第8話 暴落

​「……リストラ? 私の価値が、暴落するだと……? バカな、私はこれまで、誰よりも効率的に、完璧に積み上げてきたんだ!」​高木が、デスクに置かれたデータを否定するように叫ぶ。だが、マノは冷めた瞳で、その「積み木」の土台を蹴り飛ばした。​「完璧? 笑わせないで。……あなたが積み上げたのは『数字』であって、『信頼』じゃない。数字が消えれば、あなたの周りには誰も残らないわ。……極めて再現性の低い、脆弱な人生ね」​マノの声が、高木の耳元で鋭く響く。高木は、震える手で高級時計を握りしめた。これさえあれば、自分はまだ価値があるはずだ、と。マヤが、そんな高木の背後に、音もなく、優しく寄り添った。​「わかります……数字という鎧がないと、怖くて立っていられないんですよね。……でも、高木様。鎧を脱いだ時、鏡の中に映っているのは、何の特徴もない、ただの怯えた子供ですよ?」​マヤの慈愛に満ちた声が、高木の「条件付きの自己愛」を、内側から溶かしていく。高木は椅子に深く沈み込み、完璧だったはずの三ピーススーツの中で、その体が小さく縮んだように見えた。​「選ばれない理由、教えてあげるわ。……あなたは誰かを愛してるんじゃない。スペックという盾で、自分の空っぽな心を守っているだけ。……中身のない、ただの抜け殻ね」​マノの言葉が、高木の心臓を正確に射抜く。マヤが、高木の飲み残した、冷めきったエスプレッソを静かに片付けた。​「……もう、終わりにしましょうか、高木様。計算機を叩く音だけが響く人生、お疲れ様でした」​マヤが、冷徹な幕を引く。マノがデスクを離れ、マヤの隣に、鏡合わせのように並び立った。二人の視線が、一点に集まる。​「「双子のM2!心の解放。終幕」」​重なる二人の声が、計算機の中に閉じこもっていた高木の意識を、現実という名の荒野へ叩き出した。​「お姉様の仰せの通り。……地獄へ、お帰りくださいませ。スペックでは1円も買えない、真実の孤独という地獄へ」​マヤが無機質な動作で扉を開ける。高木は、自慢の高級時計をどこかにぶつけたことにも気づかず、廃人のようにふらふらと去っていった。​マノは、シュレッダーの音を聞きながら、次のカルテに手を伸ばす。​「数字は裏切る。……さて、次はどんな『過去の亡霊』に囚われた男が来るかしら」​マヤが、新しいお茶の準備を整え
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第9話 投影 鏡合わせ

​「……お姉様、本日の『最後の患者』は、少し……厄介かもしれません」​マヤの声から、いつもの余裕が消えていた。扉を開けたのは、地味なグレーのコートを着た、一見どこにでもいるような男・誠二。だがその瞳には、深淵のような「正しすぎる絶望」が宿っていた。​「……助けてください。僕は、彼女を愛しているんです。でも、僕の愛し方は、彼女を壊してしまうみたいなんだ」​誠二は椅子に座るなり、机に一枚の写真を置いた。そこには、青白く痩せこけた女性が、力なく笑っている姿が映し出されていた。​「彼女のすべてを管理し、僕の色に染め、僕なしでは生きていけないようにした。……それが彼女を守ることだと信じていたんです。でも、彼女は……死を選ぼうとしている」​マヤが、写真を手に取ろうとした指先を、わずかに震わせる。茶髪の毛先が揺れ、その瞳に「かつての自分たち」を苛んだ影が重なった。​「……わかります。相手を支配することでしか、自分の存在価値を確認できない。……愛という名の檻を、必死に作り上げてしまったのですね……」​マヤの声に、いつもの「毒」がない。剥き出しの共感が、部屋の空気を重く湿らせていく。​「黙りなさい、マヤ」​マノが、鋭い一言で割って入った。白衣のポケットの中で、彼女の拳が固く握られているのを、マヤだけが気づいていた。​「……誠二さん。あなたのしていることは、愛じゃない。……ただの『魂の寄生』よ」​マノはデスクの資料を一瞥もせず、真っ直ぐに誠二の瞳を射抜いた。その瞳は、いつになく激しく、燃えるような拒絶の色を帯びていた。​「守るため? 冗談ね。……あなたが守りたかったのは、彼女じゃなくて『彼女に依存されている自分』という優越感でしょ。……効率の悪い、共倒れの心中だわ」​マノの言葉が、誠二の喉元に突き刺さる。だが、誠二は動じない。悲しげに微笑み、マノを見つめ返した。​「……先生。あなたも、知っているはずだ。……一度失った光を、二度と手放したくないという、あの狂おしい恐怖を」​部屋の温度が、一気に氷点下まで下がった。マノの息が、わずかに乱れる。​「……マヤ。この男の『過去の罪状』を……読み上げなさい」​マヤは一礼したが、その手にあるタブレットは、何も映し出していなかった。二人は、データを見るまでもなかった。この男は、自分たちがかつて切
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第10話 再生と決別

​「……誠二さん。あなたが握りしめているその写真は、彼女じゃない。……あなたの『支配欲』という名の、剥製よ」​マノの声が、静まり返った診察室に氷の礫(つぶて)のように響く。誠二は、愛おしそうに写真をなぞっていた指を止めた。その瞳に、一瞬だけ醜い獣のような色が混じる。​「……君たちに、何がわかる。僕たちは、二人で一つなんだ。僕がいなければ、彼女は息もできない。彼女もそれを望んでいるんだ!」​誠二の叫びに、マヤがゆっくりと歩み寄る。いつもの甘い微笑みではない。悲しみと、冷徹な決意が入り混じった、かつてないほど「人間らしい」表情で。​「……わかります。相手の呼吸を奪うことでしか、自分の存在を感じられない。……でも、誠二様。あなたが彼女に与えているのは空気ではなく、毒ですよ。……私たちが、かつてあの男に注がれたのと同じ、甘い毒です」​マヤの言葉に、マノの肩が微かに揺れた。二人の脳裏に、かつて自分たちの魂を食い潰そうとした「過去の影」が過る。だが、マノは強く机を叩き、その影を振り払った。​「マヤ、同情は終わりよ。……この男の、最後の『エビデンス』を突きつけなさい」​マヤは静かに頷き、空(から)だったはずのタブレットを誠二に向けた。そこには、誠二が「守っている」と称した女性が、隠れて書き綴っていた短い日記のデータが映し出されていた。​『お願い、誰か私を、彼から見切って。……私は、私の足で地面を踏みたい』​誠二の顔が、絶望に歪む。マノが、白衣の裾を翻し、誠二の目の前に立った。​「愛を免罪符にするのは、もうおしまい。……あなたは彼女を愛しているんじゃない。彼女を閉じ込める『自分』に酔っているだけ。……非効率で、無価値な独りよがりだわ」​マノの断罪が、部屋の空気を切り裂く。マヤが、誠二の背後でそっと扉に手をかけた。​「……もう、終わりにしましょうか。あなたが壊そうとしたのは、彼女ではなく、あなた自身の臆病な心です。……誠二様、自分の足で立ち、絶望という名の自由を味わってくださいませ」​マヤの引導。マノとマヤが、一糸乱れぬ動作で横に並び、誠二を真っ直ぐに見据えた。​「「双子のエムツー!心の解放、終幕!」」​重なる二人の声が、誠二の歪んだ執着を、そして二人の過去の亡霊を、同時に粉砕した。​「お姉様の仰せの通り。……地獄へ、お帰りくださいま
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