マヤに背後からぎゅっと抱きしめられたまま、マノはようやく乱れた呼吸を整えようと試みた。 だが、デスクの上に鎮座する「ウィリアムからの招待状」が、まるで意志を持つ生き物のように彼女を誘惑し、冷徹な理性をじわじわと侵食してくる。 「……マヤ、離しなさい。その、……効率が悪いと言っているでしょう。肌の接触は、思考の解像度を下げるわ」 「えー、嘘ばっかり。お姉様の心拍数が正常値に戻るまで、私は絶対に離しませんわ。……それとも、あんな男が持ってきた封筒の中身が、そんなに気になりますの?」 マヤがわざとらしく、マノの腕の間から招待状を手に取ろうとする。 マノは慌ててそれを奪い返そうとしたが、指先が触れ合うたびに、さっきの執事・セバスチャンの「計算された指先の動き」が脳裏をよぎり、膝の力がふっと抜けそうになる。 「気になんて……してないわ。これは、あくまでターゲットの精神構造をプロファイリングするための、重要なサンプルよ。0と1で処理すべき、ただのパルプの塊よ……っ」 「あら、ただの紙切れにしては、ずいぶん高級な香水の香りがしますわね? お姉様、この香り……執事さんの服と同じ、重厚なサンダルウッドの香りが混ざっていますわ」 マヤがクンクンと封筒を嗅ぎながら、器用に封を解く。 中から現れたのは、厚手の特注便箋。そこには、流麗な飾り文字で、心臓を直接撫でるような言葉が記されていた。 『My Dearest, Kotone――親愛なる、私の灯台へ』 「……っ!!」 マノの顔が、今度は真っ赤を通り越して、沸騰したヤカンのように熱くなった。 『親愛なる』なんて、彼女の辞書では最上級の親密なカテゴリーに分類される言葉だ。それを、一度も会ったことのない、それも「クズ」と噂される英国貴族から、ダイレクトに投げつけられるなんて。 「な、なな……なんて不躾で、非論理的な男なの! エビデンスもなしに『親愛』だなんて、定義の乱用よ! 解析データの冒涜だわ! ……マヤ、今すぐこれを、物理的に破棄して……!」 「ダメですよ、お姉様。これは立派な『宣戦布告』なんですもの。……でも、安心してください。お姉様のその真っ赤な耳も、高鳴る鼓動も、私だけが知っていればいいんです。……あの執事にも、その主人にも、一歩も近づかせませんわ」
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