All Chapters of マノとマヤの恋愛カウンセリングルームー双子のM2ーM2: The Twin Scalpels ―Love’s Fatal: Chapter 31 - Chapter 40

81 Chapters

第31話 偽りの断罪

​「……お姉様。……申し訳ございません。私、自分を制御(コントロール)できませんでしたわ」​マヤが、青ざめた顔でマノの白衣を掴む。診察室には、セバスチャンが置いていった「ターゲットの証拠資料」だけが、冷たくデスクに残されていた。マノは、乱れた呼吸を整え、その資料を手に取る。そこに記されていたのは、没落した英国貴族の末裔であり、弱者の魂を「コレクション」することにのみ悦びを見出す、究極の精神的捕食者——ウィリアム・キャベンディッシュ。​「……マヤ。この男、自分では手を汚さない。……執事という『完璧な善』を介して、相手を依存させ、自ら破滅するように仕向けているわ。……セバスチャンさえも、彼のコレクションの一部に過ぎないのかもしれない。……いえ、セバスチャンこそが、この男の『最高傑作』なのよ」​マノの論理が、再び熱を取り戻す。だが、資料の最後の一行を見た瞬間、彼女の思考は凍りついた。​『……あなたが私を裁く日を、私の庭で、最高の紅茶と共に待っております。……追伸:セバスチャンは、あなたが一番欲しがっていた『理解』を、正しく提供できましたでしょうか? ……次は、あなたのその『孤独』という名の美しい証拠を、私に殴らせてください』​「……挑戦状、というわけね。……効率の悪い、挑発だわ」​マノは資料を握りつぶし、闇が広がる窓の外を見つめた。窓に映る自分の顔が、自分ではない誰か——あるいは九条の幻影——に見えた気がして、彼女は激しく首を振った。マヤは、マノの影に隠れるようにして、その背中に顔を埋める。二人の絆は、執事という異分子によって一度引き裂かれ、より歪で強固な「依存」へと変質し始めていた。​「……次はどんな貴族を、どう反論してやろうか……。……マヤ。今夜は、寝かさないわよ。解析の準備をしなさい。……イギリスの霧を、エビデンスで晴らしてやるわ」​「……はい、お姉様。……たとえ地獄の果てまで、ご一緒いたしますわ。……セバスチャン……あの方よりも、私を愛してくださいね」
Read more

第32話 姉妹愛

​ セバスチャンが音もなく去った後の診察室には、ベルガモットの華やかな香りと、冷めきらない微熱のような残響だけが取り残されていた。 ​マノは、彼が淹れた紅茶のカップをじっと見つめている。 いつもなら、一口含めば茶葉の産地から抽出温度、硬度まで、すべてを瞬時にデータ化して脳内のエクセルに放り込めるはずなのに。今の彼女の頭にあるのは、耳元で囁かれたあの「低く、甘く、それでいて有無を言わせない声」の残響だけだった。 ​「……効率が、悪すぎるわ。この動悸、解析不能(エラー)よ」 ​マノは、震える指先で眼鏡のブリッジを何度も押し上げた。 頬が熱い。鏡を見なくても、自分が今どんなに滑稽な顔をしているか想像がつく。バイタルデータを確認すれば、心拍数は通常時より15%も上昇し、アドレナリンが不必要に分泌されている。 これは明らかに、未知のウイルス……あるいは、計算外の高度な心理干渉によるシステム・エラーだ。そう、自分に言い聞かせる。 ​「お姉様? さっきから、画面が一行も進んでいませんわよ? マノ先生のスーパーコンピューターが、フリーズしてしまったのかしら?」 ​マヤが、背後からひょいと顔を覗き込んできた。 その瞳には、隠しきれない独占欲と、少しの意地悪な光が宿っている。マヤにとって、マノの隙は「大好物」であり、同時に「自分以外の誰かが作った隙」は、許しがたい不法侵入でもあった。 ​「……別に。資料を精査していただけよ。あの男が置いていった……ターゲットの弱みをね。これからの戦略を練るのに、0.1秒の無駄も許されないわ」 ​「嘘。お姉様、耳の先まで真っ赤ですもの。まるでお子ちゃまが、初めてラブレターをもらった時みたい」 ​マヤが、マノの耳朶に、ひんやりとした指先でそっと触れる。 その瞬間、マノは「ひゃんっ!」という、自分でも聞いたことがないような情けない声を上げて椅子から飛び上がった。 ​「な、ななな……何を……っ! マヤ、不意打ちは……っ、論理的じゃないわ! 接近禁止よ!」 ​「ふふ、お姉様、かわいい。……でも、ダメですよ? お姉様を甘やかして、その理性をめちゃくちゃに崩していいのは、この世界で私だけなんですから」 ​マヤがマノの腰に細い腕を回し、背後からぎゅーっと抱きつく。 執事の残したベルガモットの香りを、自分の体温で上書きし、塗りつぶすよ
Read more

第33話 百合展開?!

マヤに背後からぎゅっと抱きしめられたまま、マノはようやく乱れた呼吸を整えようと試みた。 だが、デスクの上に鎮座する「ウィリアムからの招待状」が、まるで意志を持つ生き物のように彼女を誘惑し、冷徹な理性をじわじわと侵食してくる。 ​「……マヤ、離しなさい。その、……効率が悪いと言っているでしょう。肌の接触は、思考の解像度を下げるわ」 ​「えー、嘘ばっかり。お姉様の心拍数が正常値に戻るまで、私は絶対に離しませんわ。……それとも、あんな男が持ってきた封筒の中身が、そんなに気になりますの?」 ​マヤがわざとらしく、マノの腕の間から招待状を手に取ろうとする。 マノは慌ててそれを奪い返そうとしたが、指先が触れ合うたびに、さっきの執事・セバスチャンの「計算された指先の動き」が脳裏をよぎり、膝の力がふっと抜けそうになる。 ​「気になんて……してないわ。これは、あくまでターゲットの精神構造をプロファイリングするための、重要なサンプルよ。0と1で処理すべき、ただのパルプの塊よ……っ」 ​「あら、ただの紙切れにしては、ずいぶん高級な香水の香りがしますわね? お姉様、この香り……執事さんの服と同じ、重厚なサンダルウッドの香りが混ざっていますわ」 ​マヤがクンクンと封筒を嗅ぎながら、器用に封を解く。 中から現れたのは、厚手の特注便箋。そこには、流麗な飾り文字で、心臓を直接撫でるような言葉が記されていた。 ​『My Dearest, Kotone――親愛なる、私の灯台へ』 ​「……っ!!」 ​マノの顔が、今度は真っ赤を通り越して、沸騰したヤカンのように熱くなった。 『親愛なる』なんて、彼女の辞書では最上級の親密なカテゴリーに分類される言葉だ。それを、一度も会ったことのない、それも「クズ」と噂される英国貴族から、ダイレクトに投げつけられるなんて。 ​「な、なな……なんて不躾で、非論理的な男なの! エビデンスもなしに『親愛』だなんて、定義の乱用よ! 解析データの冒涜だわ! ……マヤ、今すぐこれを、物理的に破棄して……!」 ​「ダメですよ、お姉様。これは立派な『宣戦布告』なんですもの。……でも、安心してください。お姉様のその真っ赤な耳も、高鳴る鼓動も、私だけが知っていればいいんです。……あの執事にも、その主人にも、一歩も近づかせませんわ」
Read more

第34話 真夜中のドレスコード

ウィリアムの招待を受け入れると決めてから、診察室は慌ただしい熱に包まれていた。マノは、用意された漆黒のイブニングドレスを前に、計算機(電卓)を叩くような手つきで自分のこめかみを押さえている。​「……不合理だわ。なぜ、ただの『査察』に、これほど露出の高い布切れを纏う必要があるの? 背中の表面積の40%が露出しているなんて、防御力が皆無だわ」​「お姉様、これは戦場へ向かうための『武装』ですわよ? それに、このドレスは……お姉様の白い肌を、一番美しく『肯定』してくれますもの」​マヤが、クスクスと笑いながらマノの背後に回る。マノは鏡越しに、マヤがドレスのジッパーに指をかけるのを見て、思わず肩をビクンと震わせた。​「ま、マヤ……。自分でできるわ。あなたは、データのバックアップでも……っ」​「ダメです。お姉様は今、動揺して指先が0.1ミリ単位で震えていますわ。そんな状態では、この繊細なシルクを傷つけてしまいますもの。……さあ、力を抜いて?」​マヤの指先が、マノの無防備な背中に触れた。ひんやりとしているはずの指先が、今のマノには、まるで焼けた鉄のように熱く感じられる。脊髄を直接なぞられるような感覚に、マノの脳内モニターには『警告:異常な熱源を感知』という文字が真っ赤に点滅していた。​「……っ……ふぅ、ん……。マヤ、……触り方が、……変よ」​「変? 私はただ、お姉様が綺麗になるお手伝いをしているだけですわ。……あら、お姉様。こんなに鳥肌が立って。……もしかして、あの執事さんの手つきを、思い出してしまわれましたの?」​マヤの声が、耳元で甘く、毒を含んで囁かれる。マノの視界が、一瞬だけ白く染まった。セバスチャンの完璧なエスコートと、マヤの執着。二つの異なる「熱」が、マノの氷の理性を外側から、そして内側から、じわじわと溶かしていく。​「……っ、違うわ! 私はただ、……室温の管理が……適切でないと……指摘して……」​「いいんですよ、お姉様。その熱も、その震えも、全部ドレスの中に隠してしまいましょう。……その代わり、今夜は私から一歩も離れないでくださいね?」​鏡の中に映るのは、漆黒のドレスに身を包み、顔を林檎のように赤く染めた、無防備な自分。マノは、自分の唇を噛み締め、崩れそうな膝に必死で力を込めた。​「……次はどんな自分を、どう……偽装してやろうか
Read more

第35話 再会のプレリュード

​霧の向こうから浮かび上がったウィリアムの屋敷は、まるで巨大な怪物が口を開けて待っているようだった。 重厚な鉄柵を抜け、馬車(あるいは送迎車)のドアが開いた瞬間、マノの鼻腔を突いたのは、あの「ベルガモットとサンダルウッド」の混じり合う、逃げ場のない香りだった。 ​「……お待ちしておりました、マノ様。そしてマヤ様も。今夜の貴女方は、月光よりも眩しい」 ​目の前に立っていたのは、一分の隙もない燕尾服に身を包んだ執事・セバスチャンだった。 彼は深々と頭を下げると、ドレスの裾を気にしながら降りようとするマノに、迷いのない動きで白い手袋の右手を差し出した。 ​「……自分で、降りられるわ。物理的な補助は不要よ」 ​マノは強がって見せたが、その声は自分でも驚くほど上擦っていた。 漆黒のドレスは、彼女が動くたびに、計算外に大胆なスリットから白い脚を覗かせる。セバスチャンの視線が、ほんの一瞬、マノの足首から太もものラインをなぞるように動いた……気がした。 ​「左様でございますか。ですが、この屋敷の石畳は少々、不慣れなヒールには不親切でございます。……どうぞ、私の『忠誠』を支えになさってください」 ​強引ではない。だが、拒絶を許さない滑らかな所作。 マノは観念したように、震える指先を彼の手のひらに預けた。 手袋越しのはずなのに、彼の体温がダイレクトに肌に浸透してくる。 脳内のデータバンクが、その熱量を解析しようとして、再びパンクを起こした。 ​「……っ……。マヤ、……助けて……」 ​思わず小声で隣の妹に助けを求めたが、マヤはマヤで、セバスチャンを鋭い視線で射抜いていた。彼女はマノのもう片方の腕を強引に抱き寄せ、自分の胸元に押し付ける。 ​「セバスチャンさん。お姉様に触れていいのは、エスコートの最低限の時間だけですわ。……それ以上は、私の『肯定』が黙っていませんもの」 ​「これは失礼いたしました、マヤ様。……ですが、主(ウィリアム)は、マノ様のその『熱を帯びた瞳』を、誰よりも楽しみにしておられます」 ​セバスチャンの口角が、微かに、残酷なほど美しく上がった。 彼はマノの手を離す際、わざと指先を滑らせるようにして、彼女の掌の中心をなぞった。 マノの背中を、ドレスの露出した部分から突き抜けるような戦慄が走る。 ​
Read more

第36話 暴かれる論理

​セバスチャンに導かれ、辿り着いたのは重厚なマホガニーの扉の前だった。 マノは、ドレスの裾を握りしめる自分の指先が、さっきからずっと微かに震えているのを自覚していた。背中の大きく開いた部分が、屋敷の冷たい空気に晒されて、心細さを煽る。 ​「……マヤ、私の背後を死守しなさい。……計算外の事態が起きたら、即座に離脱するわよ」 ​「わかっていますわ、お姉様。……でも、その前に、お姉様のその震えを止めて差し上げたい……」 ​マヤがマノの背中にそっと手を添える。その温もりに救われたのも束の間、扉が無音で開かれた。 ​部屋の奥、琥珀色のブランデーグラスを傾けていた男が、ゆっくりとこちらを振り向く。 ウィリアム。 この屋敷の主であり、数々の「魂のバグ」を抱えていると噂される男。 彼の黄金色の瞳が、マノの姿を捉えた瞬間、空気が一変した。 ​「……ようやく来たか。私の『Dearest(親愛なる)』鑑定士殿」 ​ウィリアムの声は、セバスチャンよりも低く、地鳴りのようにマノの鼓膜を震わせた。 彼はゆっくりと立ち上がり、マノの方へと歩み寄る。その一歩ごとに、彼が纏う圧倒的な「強者の香気」がマノを圧迫した。 ​「……非論理的よ。初対面の相手に『親愛』などというラベルを貼るなんて。……ウィリアム様、私はあなたの『資産』を解析しに来ただけだわ」 ​マノは必死に声を張ったが、ウィリアムは彼女のすぐ目の前で足を止めた。 背が高い。見上げるような視線の先で、彼の瞳がマノの露出した鎖骨から、ドレスの深い胸元へと遠慮なく注がれる。 ​「解析、か。……ならば、まずはその『震え』の理由から解析してもらおうか。……君の肌は、言葉とは裏腹に、私を歓迎しているように見えるが?」 ​ウィリアムが、マノの顎を長い指先でくい、と持ち上げた。 逃げ場のない至近距離。 彼の指先の熱が、マノの薄い皮膚を通して、脳の最も深い部分を直接揺さぶる。 脳内モニターは、もはや警告音すら鳴らせないほどのオーバーロードを起こしていた。 ​「……っ……。……は、離して。……データの、……読み取りに……ノイズが……っ」 ​「ノイズ? いいや、これが君の『本音』だよ、マノ。……セバスチャンが手塩にかけたこのドレスも、君のその『赤らんだ肌』には敵わないな」 ​ウ
Read more

第37話 甘い尋問

ウィリアムの指先が顎から離れた後も、その場所だけが火傷をしたように熱い。 マノは、酸素を求めて浅い呼吸を繰り返しながら、どうにか執務室に隣接するダイニングへと導かれた。 ​そこには、二人きり(と、影のように控えるセバスチャン)のための、過剰なまでに贅沢なテーブルが用意されていた。 ​「……マヤ、離れないで。……これは、心理的なトラップよ。豪華な食事で、こちらの警戒心(ガード)を削ごうとしているわ」 ​「わかっていますわ、お姉様。……でも、あの男、お姉様の背中ばかり見ていますわよ。……私、今すぐテーブルクロスを剥いでお姉様を包んでしまいたい!」 ​マヤがマノの椅子を引くセバスチャンを牽制しながら、隣にぴたりと陣取る。 マノは、運ばれてくる前菜の美しさよりも、正面に座るウィリアムの、すべてを見透かすような視線に晒されていることに耐えられなかった。 ​「……ウィリアム様。……食事の前に、まずはあなたの資産の出所について、論理的な説明を求めるわ」 ​マノは、震える手でフォークを握り、精一杯の「解析官」の顔を作った。 だが、ウィリアムは答える代わりに、グラスに注がれた深紅のワインを揺らし、不敵に微笑む。 ​「説明か。……言葉よりも確かなエビデンスが、目の前にあるだろう? ……マノ。君の鎖骨の下、そこにある『微かな痣』……。……それは、昨夜の君の『揺らぎ』の証明ではないのか?」 ​「っ!? ……な、……なぜ、それを……っ」 ​マノは思わず、ドレスの胸元を手で覆った。 それはマヤとの「じゃれ合い」の中でついた、ほんの小さな赤み。誰にも見せていないはずの、極めてプライベートな「ノイズ」だ。 ウィリアムの視線は、服の上からでもその場所を正確に射抜いているようだった。 ​「……私の屋敷では、隠し事は無意味だ。君が何を考え、何に触れ、何に喘(あえ)ぐのか。……私はすべてを『肯定』し、そして暴きたいと思っている」 ​ウィリアムが、ゆっくりと椅子から立ち上がり、マノの背後へと回り込む。 セバスチャンが差し出した銀のトレイから、一粒の熟れた果実を手に取ると、それをマノの唇へと近づけた。 ​「……さあ、鑑定士殿。……君のその賢明な唇で、私の『毒』を解析してみるがいい」 ​甘い果実の香りと、ウィリアムの支配的な体温。
Read more

第38話 溶けるマノ

解析不能の甘露と、狂い出す天秤』 ​「……っ、ん……」 ​ウィリアムの指先に促され、マノの唇の隙間に滑り込んできたのは、見たこともないほど深紅に熟れた果実だった。 噛み締めた瞬間、溢れ出したのは単なる果汁ではない。脳の報酬系をダイレクトに叩くような、濃厚で官能的な甘み。そして、その後から追いかけてくる微かな、けれど痺れるような酸味。 ​「……味覚データの、……照合に……失敗。……これは、既存のどの品種にも……該当しないわ……っ」 ​マノは必死に理性の殻に閉じこもろうとしたが、ウィリアムの指先が、彼女の唇に付いた雫を拭うようにゆっくりと辿った瞬間、その目論見は無惨に崩れ去った。 指先から伝わる彼の熱が、果実の甘さと混ざり合い、マノの喉の奥を熱く焦がしていく。 ​「データなど不要だ、マノ。……君の体が今、何を感じているか。……それが唯一の『真実』ではないのか?」 ​ウィリアムの囁きが、耳元で熱く爆ぜる。 マノの視界は、もはやダイニングの豪華な調度品を捉えてはいなかった。 目の前にある黄金色の瞳と、自分の心臓を鷲掴みにするような圧倒的な支配感。 脳内モニターには『深刻なシステムエラー:自己制御能力の著しい低下』という文字が、絶望的な速度で点滅し続けている。 ​「お姉様っ……! ダメですわ、その男の毒に……これ以上、当てられては……!」 ​マヤが、半ば悲鳴のような声を上げてマノの肩を掴んだ。 その手は震えていた。 いつもなら、マヤの温もりに正気を取り戻すマノだったが、今の彼女には、マヤの指先さえも、自分の内側で燃え上がる「未知の熱」を煽る着火剤にしかならなかった。 ​「……マヤ……っ。……離し、……て。……私が、……この男の『バグ』を……直接、……読み取らなきゃ……」 ​「読み取る? くく……いいだろう。……ならば、さらに深く、私の『深淵』を見せてやろう。……セバスチャン、デザートは不要だ。……彼女を『月の間』へ」 ​ウィリアムの合図と共に、控えていたセバスチャンが恭しく扉を開く。 マノは、自分の足が地面に着いているのかさえ危うい感覚のまま、ウィリアムの大きな手にエスコートされ、ダイニングを後にした。 背後でマヤが「待ちなさい!」と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、今のマノには、ウィリアムの革靴が絨毯
Read more

第41話 暴かれる鑑定士

ダイニングの喧騒を離れ、連れてこられたのは屋敷の最上階にある広大なバルコニーだった。冷たい夜風が、漆黒のドレスから露出したマノの背中を容赦なく撫でる。だが、彼女の体温は下がるどころか、隣を歩くウィリアムの存在感によって、さらに上昇を続けていた。​「……風が、強いわ。……気流の乱れが、……思考の整理を……妨げている……っ」​マノは手摺りに縋るようにして、必死に「鑑定士」としての平静を装った。見上げた空には、不気味なほど白い満月。その光に照らされたマノの肌は、真珠のような光沢を放ち、ドレスの隙間から覗く曲線が、残酷なほど強調されている。​「思考の整理など必要ない。……マノ。君が今、この月光の下で、私の隣で何を感じているか。……その『生(なま)』の反応こそが、私が求めている唯一のデータだ」​ウィリアムが、背後から包み込むようにマノを閉じ込めた。逃げ場はない。目の前には深い夜の庭園、背中には岩のように固く、熱いウィリアムの胸板。彼の大きな手が、マノの細い腰をなぞり、ゆっくりとドレスのジッパー……先ほどマヤが「武装」として引き上げたはずの境界線へと伸びる。​「……っ……。……やめ、……て。……そこは、……私の……聖域(テリトリー)よ……!」​「聖域か。……ならば、その境界線を踏み越える最初の男が私であることを、光栄に思おう」​ウィリアムの指先が、ジッパーの金具に触れた。『チリリ……』と、小さな金属音が夜の静寂に響く。マノの脳内モニターは、もはや警告を出すことすら放棄し、真っ白な吹雪のようなノイズで埋め尽くされていた。マヤが「お姉様!」と駆け寄ろうとするが、セバスチャンが静かにその前に立ち塞がる。「お嬢様。これより先は、選ばれし者のみが許される『真実の鑑定』でございます」​「マヤ……っ! ……ダメ、……見ちゃ……っ」​マノの声が、吐息となって夜風に溶ける。ウィリアムの唇が、彼女のうなじ、最も無防備な場所にそっと触れた。マノの背筋を、ドレスの隙間から侵入した冷気と、彼の熱烈な「毒」が同時に駆け抜ける。かつてないほどの快感と恐怖。理性が一枚ずつ、音を立てて剥がされていく。​「……次はどんな絶望を、どう……愛(わら)ってやろうか……」​マノの唇からこぼれた言葉は、もはや決め台詞としての体をなしていなかった。それは、自らの崩壊を確信した鑑
Read more

第42話 えろ可愛い

​「……っ、ん……、あ……」 ​ウィリアムの強引なエスコートによって連れてこられた「月の間」は、天井がすべて強化ガラスで覆われた、星空に抱かれるような円形の間だった。 月光がスポットライトのようにマノを照らし出し、ドレスの黒と、彼女の肌の白さを残酷なまでに際立たせている。 ​「さあ、マノ。この月明かりの下では、どんな欺瞞も無意味だ。……君が隠し持っている『真実』を、私に差し出してもらおうか」 ​ウィリアムが、マノを背後からゆっくりと追い詰める。 彼の放つ「黄金の獣」のようなプレッシャーが、マノの脊髄を痺れさせ、膝を笑わせる。 だが、その時。マノの脳内モニターに、真っ赤な警告音とは異なる、冷徹な青い光が灯った。 ​『――システム・チェック完了。ノイズ耐性、限界突破。……解析を開始します』 ​マノは、震える手で自分の眼鏡のブリッジを押し上げた。 指先はまだ、ウィリアムへの恐怖と、生理的な昂ぶりで震えている。けれど、その瞳の奥には、魂の見切り人としての鋭い光が戻っていた。 ​「……ウィリアム様。……あなたは、私を『料理』しているつもりでしょうけれど。……データは、双方向(インタラクティブ)に流れるものよ」 ​「……何?」 ​ウィリアムが眉を潜めた瞬間、マノは彼に触れられている腰のラインを、逆に自分の指先でなぞり、彼の胸元へと滑り込ませた。 それは、誘惑ではない。相手の心拍、体温、そして魂の「バグ」を直接読み取るための、命がけのハッキングだ。 ​「あなたのその、……圧倒的な『支配欲』。……それは、……誰にも愛されなかった過去の、……無様な裏返し……。……違うかしら?」 ​マノの声が、バルコニーの夜風に乗って冷たく響く。 ウィリアムの表情が一瞬で凍りついた。 彼がマノに仕掛けていた「甘いLINK」が、彼女の逆襲によって、逆に彼の内側へと「真実」を逆流させ始めたのだ。 ​「お姉様……! いまですわ! その男の『バグ』を……引きずり出して差し上げてください!」 ​セバスチャンの制止を振り切り、マヤが叫ぶ。 マノは、ウィリアムの胸板を指先で強く突き刺した。 そこにあるのは、鉄のような筋肉ではなく、凍りついた孤独。 マノは、自分の体が熱に浮かされ、ドレスが乱れていることさえも、今は「解析のためのコ
Read more
PREV
1234569
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status