「恩師が、悪と手を結んだ……? それが、私を揺さぶるための唯一のカードかしら、シキ様」マノの声は、氷の底から響くように冷徹だった。デスクに置かれた古い写真は、確かに恩師の「敗北」を物語っている。だが、マノはそれを手に取ることも、目を逸らすこともしない。彼女が診ているのは、過去の紙片ではなく、目の前にいるシキという男の「今」の拍動だ。「マヤ。動揺を捨てなさい。恩師が何を守ろうとしたのか、それは彼に聞くべきことではないわ。……それより、シキ様の心音の波形に注目して。……ほら、写真を出した瞬間、わずか数ミリ秒、リズムが『安堵』の方へ傾いたわ」「安堵……? お姉様、本当ですわ。まるで、一番見られたくない核心から、私の視線を逸らせたことに成功したかのような、卑怯な波形です!」マヤの声に、シキの完璧なポーカーフェイスがわずかに歪む。シキはマノの洞察を嘲笑うように、再び冷たい笑みを湛えた。「安堵だと? 私はただ、君たちの無知を憐れんでいるだけだ。この封筒の中身を暴くということは、恩師が命を懸けて守った『沈黙』を無に帰すことだ。マノ、君は自分のプライドのために、死者の意志を汚すというのか?」「死者の意志を都合よく解釈するのは、生きている人間の傲慢よ。……カナメ様、あなたもそう思うでしょう?」マノは突然、矛先をカナメへと向けた。カナメは、マヤのタブレットを指先で回しながら、相変わらず不気味な笑みを浮かべている。「僕? 僕は死人の意志なんて興味ないな。ただ、シキがここまで必死に君を『こちら側』へ引き込もうとしている姿を見るのは、最高のエンターテインメントだよ。……ねえ、マノ。君も気づいているんだろう? シキがこの封筒を守りたいのは、世界のためじゃない。……彼自身の『ある欠落』を隠すためだ」カナメの言葉に、シキの視線が鋭利な刃となってカナメを貫いた。共犯者であるはずの二人の間に、一瞬、抜き差しならない殺気が走る。「お姉様! カナメ様の波形が……今度は愉悦の色に染まっています。彼は、シキ様の焦りを楽しんでいますわ。……この二人、決して一枚岩ではありません!」マノは確信した。恩師の過去を盾にしているのは、シキの「守勢」の表れだ。マノはゆっくりと封筒を手に取り、その封を破ることなく、シキの胸元に突き返した。「この中身を見なくても、
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