深夜の湾岸道路。マノの愛車の助手席で、マヤは高速で流れる街灯を反射するタブレットの画面を凝視していた。静寂を切り裂くロードノイズだけが、二人の焦燥を煽る。「……お姉様。シキ様がライブカメラで掲げたあのグラス、ヴィンテージの『如月』という銘柄のワインですわ。単なる偶然とは思えません。……そして、あの灯台の現在の登記簿を調べたところ、管理者の名義が半年前に変更されていました」マノはハンドルを握る手に力を込め、追い越し車線へと滑り込んだ。「……名義人は?」「……『如月 蓮(きさらぎ れん)』。マスターの旧友であり、かつてマスターをこの街から追放しようとした、因縁の男の名前ですわ」マノの脳裏に、恩師がかつて語っていた「唯一、救えなかった男」の記憶が蘇る。もし如月が灯台を管理し、シキがそこに通っているのだとしたら、恩師の生存疑惑は「救済」ではなく「監禁」の結果なのかもしれない。「マスターは……如月に捕らえられているというの? それとも、シキ様と如月が手を組んで、死を偽装した……?」「分かりませんわ。でも、今の灯台はシキ様という巨大な資本によって、最新の監視システムが構築された『要塞』と化しています。……お姉様、私たちは今、診察室ではなく、怪物の胃袋に自ら飛び込もうとしているのですわよ」灯台が見えてきた。漆黒の海に向かって放たれる、規則正しい光の旋律。それは遭難者を導く希望の光ではなく、侵入者を拒絶する死神の瞬きに見えた。マノは灯台から数百メートル離れた空き地に車を停め、エンジンを切った。一瞬で訪れる、深い闇。マノはバッグからペンライトを取り出し、その冷たい金属の感触を確かめる。「……マヤ。如月という男の正体が何であれ、私たちは『事実』だけを診る。……もしマスターがそこにいて、自分の意志で沈黙を選んでいるのなら、私はその理由を根こそぎ解剖して差し上げるわ」「……ついていきますわ、お姉様。如月の闇も、シキ様の傲慢も、私たちの『目』は欺けません」二人は車を降りた。潮騒の音が、誰かの呻き声のように響く中、マノは夜の灯台へと最初の一歩を踏み出した。
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