All Chapters of マノとマヤの恋愛カウンセリングルームー双子のM2ーM2: The Twin Scalpels ―Love’s Fatal: Chapter 71 - Chapter 80

81 Chapters

第73話 如月の残影

​深夜の湾岸道路。マノの愛車の助手席で、マヤは高速で流れる街灯を反射するタブレットの画面を凝視していた。静寂を切り裂くロードノイズだけが、二人の焦燥を煽る。​「……お姉様。シキ様がライブカメラで掲げたあのグラス、ヴィンテージの『如月』という銘柄のワインですわ。単なる偶然とは思えません。……そして、あの灯台の現在の登記簿を調べたところ、管理者の名義が半年前に変更されていました」​マノはハンドルを握る手に力を込め、追い越し車線へと滑り込んだ。「……名義人は?」​「……『如月 蓮(きさらぎ れん)』。マスターの旧友であり、かつてマスターをこの街から追放しようとした、因縁の男の名前ですわ」​マノの脳裏に、恩師がかつて語っていた「唯一、救えなかった男」の記憶が蘇る。もし如月が灯台を管理し、シキがそこに通っているのだとしたら、恩師の生存疑惑は「救済」ではなく「監禁」の結果なのかもしれない。​「マスターは……如月に捕らえられているというの? それとも、シキ様と如月が手を組んで、死を偽装した……?」​「分かりませんわ。でも、今の灯台はシキ様という巨大な資本によって、最新の監視システムが構築された『要塞』と化しています。……お姉様、私たちは今、診察室ではなく、怪物の胃袋に自ら飛び込もうとしているのですわよ」​灯台が見えてきた。漆黒の海に向かって放たれる、規則正しい光の旋律。それは遭難者を導く希望の光ではなく、侵入者を拒絶する死神の瞬きに見えた。​マノは灯台から数百メートル離れた空き地に車を停め、エンジンを切った。一瞬で訪れる、深い闇。マノはバッグからペンライトを取り出し、その冷たい金属の感触を確かめる。​「……マヤ。如月という男の正体が何であれ、私たちは『事実』だけを診る。……もしマスターがそこにいて、自分の意志で沈黙を選んでいるのなら、私はその理由を根こそぎ解剖して差し上げるわ」​「……ついていきますわ、お姉様。如月の闇も、シキ様の傲慢も、私たちの『目』は欺けません」​二人は車を降りた。潮騒の音が、誰かの呻き声のように響く中、マノは夜の灯台へと最初の一歩を踏み出した。
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第74話 螺旋

​鉄の扉は、意外なほどあっさりと開いた。 注油されたばかりのような滑らかな手応え。それがかえって、招かれざる客を誘い込もうとする「罠」の精度を感じさせる。 ​「お姉様……。電気は通っていますわ。でも、人の気配が……希薄すぎます」 ​マヤがタブレットのサーモグラフィで周囲を走査するが、モニターには青白い無機質な影しか映らない。 螺旋階段の底から吹き上がってくるのは、潮の香りと、わずかに混じる「消毒液」の匂いだった。診察室とは違う、もっと古く、もっと排他的な……隔離施設の匂い。 ​「……如月は、ここを墓標にするつもりなのね。自分と、マスターの過去を閉じ込めるための」 ​マノは壁に手を触れながら、一歩ずつ階段を上る。 コンクリートの壁には、かつて恩師が書いたであろう古い数式や格言が、落書きのように刻まれていた。だが、その上から無慈悲にも、黒いペンキで「失格」という文字が何度も書き殴られている。 ​「如月 蓮……。彼はマスターの最も優秀な弟子であり、同時に、マスターの『愛』という名の救済を、最も憎んだ男よ」 ​階段の踊り場に、一台の古い蓄音機が置かれていた。 針が落ちていないにもかかわらず、マノの耳には、かつてこの場所で繰り返されたであろう「魂の選別」の怒号が聞こえる気がした。 ​「マヤ、上層階の酸素濃度に異常はない?」 ​「……少し薄くなっていますわ。意図的な換気不足、あるいは……。お姉様、十時の方向に熱源反応! 一人……いえ、二人ですわ!」 ​マヤの指が画面を弾く。 最上階、灯台のレンズが回転する直下の小部屋。そこに、寄り添うように座る二つの影。 マノは息を呑み、足早に最後の段を駆け上がった。 ​扉の向こう、月光が差し込む狭い部屋の中。 そこにいたのは、車椅子に深く身を沈めた、骨のように痩せこけた老人。そして、その背後に立ち、優雅に白ワインのグラスを傾ける、ランキング6位の美しき怪物――如月 蓮だった。 ​「ようこそ、マノ。……マスターの歪んだ光を継いだ、哀れな後継者よ」 ​如月は、月明かりを反射する鋭い瞳でマノを見据えた。 その隣で、車椅子の老人がゆっくりと顔を上げる。 濁った瞳。震える指先。だが、その顔立ちは、紛れもなくマノが半年前に「見送った」はずの恩師だった。 ​「……先生。
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第75話 絶対絶命

最上階の小部屋。レンズが放つ強烈な光が、一定の周期で如月の冷笑と、恩師の虚ろな瞳を交互に照らし出す。マノは震える指先を隠すように、コートのポケットの中で拳を握りしめた。​「……如月、あなた、これがマスターの望んだ結果だと本気で思っているの?」​「望み? そんなものは、生きている人間にしか許されない贅沢だよ。彼は私の『最高傑作』だ。死という安らぎに逃げることを許さず、細胞一つ一つを私の管理下に置く。これ以上の献身があるかな?」​如月は、恩師の細い腕に繋がれた点滴のチューブを愛おしそうに撫でた。その中身は、栄養剤ではない。意識を混濁させ、痛みだけを鮮明に残すための、精巧に配合された「毒」だ。​マヤが背後で、震える声で解析結果を読み上げる。「お姉様……。マスターのバイタルは、生命維持の最低ラインを強制的に維持されています。……脳波は、絶え間ない『恐怖』と『苦痛』の領域で固定されている……。これでは、眠ることさえ……」​「マヤ、それ以上言わなくていいわ」​マノは一歩、如月の方へ踏み出した。彼女の瞳から、弟子としての動揺が消え、代わって鋭利な「執行官」の光が宿る。​「如月。あなたはマスターがかつて言った言葉を忘れたの? 『魂の卒業とは、肉体の束縛から解き放たれること』だと。あなたがやっているのは医学でも看護でもない。ただの、魂の冒涜よ」​「卒業、か。相変わらずおめでたい女だ。……シキ様も言っていたよ。君はまだ、本当の『絶望』を知らないとね」​如月が合図を送ると、灯台のレンズの回転が止まり、光が一点に固定された。その光の先には、マノの診察室のライブ映像が映し出されていた。そこには、何者かによって荒らされ、血のような赤いペンキで「失格」と書かれたデスクが映っている。​「君の聖域はもう壊された。さあ、ドクター。この『生ける屍』となったマスターを、君ならどう診察する?……まさか、殺して救うなんていう、安っぽい奇跡(殺人)を選ぶわけじゃないだろうね?」
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第76話 気味の中の亡霊

マノは如月の挑発を受け流し、ゆっくりと車椅子の恩師へと歩み寄った。如月が制止しようと手を伸ばすが、マノの冷徹な眼光がそれを空中で凍りつかせる。​「触らないで。今のあなたの手は、医者のものでも弟子の深愛でもない。ただの、腐りかけた執着の塊よ」​マノは恩師の細い手首に触れた。脈拍は機械的に刻まれているが、そこには生きようとする意志の「揺らぎ」が一切ない。彼女は如月に向き直り、モニターに映るバイタルデータを指差した。​「如月、この波形を見て。あなたはこれを『生きている証』だと言ったけれど、私には『死を乞う絶叫』にしか見えないわ。マヤ、このデータの深層解析(ディープスキャン)を」​「了解いたしましたわ、お姉様。……解析終了。……っ、如月様、信じられませんわ! あなた、マスターの痛覚神経に、意図的に微弱電流を流し続けて……意識を強制的に覚醒させていたのね!?」​マヤの声が怒りに震える。如月の顔から余裕が消え、陶器のような白い肌がピクリと引きつった。​「……それがどうした。意識がなければ、私の言葉も、私の献身も届かない。彼は、私を見つめ続けなければならないんだ」​「それは診察ではない。ただの『剥製づくり』よ」​マノの声は、氷点下まで冷え切っていた。彼女は如月の瞳の奥に潜む、幼い子供のような孤独と、肥大化した自己愛を見切った。​「あなたはマスターを救いたいんじゃない。マスターを苦しめ続けることで、自分だけが彼にとっての『唯一の存在』であろうとしている。……如月、あなたは鏡を見なさい。そこに映っているのは、あなたが一番軽蔑していたはずの『魂の寄生虫』よ」​如月は崩れ落ちるように椅子に座り込み、グラスを床に叩きつけた。砕け散るクリスタル。赤ワインが、まるで恩師の血のように床を汚していく。​「黙れ……! お前に何がわかる! 私は彼にすべてを捧げたんだ! 捨てられた私の絶望を、お前のような光の中にいる人間に理解されてたまるか!」​「光の中にいる? ……いいえ、私はあなたと同じ、闇を知る者よ。だからこそ、その闇を『救い』という言葉で飾る醜さが、反吐が出るほど理解できる」​マノは如月の目の前に、一枚のICチップを差し出した。​「マヤが今、この灯台の維持システムに介入したわ。このチップには、あなたが独占契約している製薬会社との不正な裏取引……未認可の延命剤を人
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第77話 魂の解放

​「……終わりよ、如月」​マノの宣告とともに、マヤが実行キーを叩いた。灯台の全システムが強制シャットダウンを開始し、執拗に恩師を繋ぎ止めていた生命維持装置の機械音が、静かに、しかし決定的な断末魔を上げて止まった。​「な……何をした! 彼が、彼が死んでしまうだろうが!」​如月が狂ったように計器に飛びつく。だが、画面に映し出されるのは、冷徹な「SYSTEM HALTED」の文字だけだ。​「彼は死ぬんじゃない。ようやく、あなたという檻から『卒業』するのよ」​マノは如月の背後を通り抜け、静かになった車椅子の恩師の傍らに立った。装置から解放された老人の顔から、引きつった苦痛が消え、驚くほど穏やかな表情が戻ってくる。老人は、わずかに開いた瞳でマノを見つめ、声にならない唇の動きで「……ありがとう」と告げた。​「先生……。お疲れ様でした。あとは、私にお任せください」​マノがその手を握りしめた瞬間、灯台全体が大きく揺れた。シキが仕掛けていた「証拠隠滅」のための自爆シークエンスが、如月の失態に反応して作動したのだ。​「フ……フフフ、あはははは! シキ様だ、シキ様が僕を迎えに来てくれたんだ!」​崩れ落ちる天井の破片を浴びながら、如月は狂喜の笑みを浮かべる。だが、マノには見えていた。監視カメラの向こうで、シキが冷たい指先で「デリート」のボタンを押す光景を。​「マヤ、脱出ルートを確保して! 如月、あなたも来なさい。死んで逃げるなんて、私の診察が許さないわ!」​「放せ! 私はここで、彼と共に永遠になるんだ!」​如月はマノの手を振り払い、激しく燃え始めたレンズ室の奥へと消えていった。炎の中で、彼は救えなかった過去の自分を抱きしめるように、動かなくなった車椅子に縋り付いている。​「お姉様、早く! 爆発まであと三十秒ですわ!」​マヤに腕を引かれ、マノは最後の一瞥を灯台に投げた。光を失い、炎に包まれる「偽りの灯台」。そこはもう、誰かを導く場所ではない。過去の因縁を焼き尽くす、巨大な火葬場だった。
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第78話 反逆のカルテ

背後で轟音が響き、夜空がオレンジ色に染まった。かつて恩師が守り、如月が汚したあの灯台が、巨大な火柱となって海に沈んでいく。​マノは荒い息を吐きながら、防波堤に手をついた。頬には煤がつき、コートの裾は焦げている。だが、その瞳に宿る光は、かつてないほど鋭く澄み渡っていた。​「……お姉様。如月様の信号、完全に消失いたしましたわ。……そして、シキ様の回線も。彼は今、自らの痕跡をすべて焼き払い、祝杯を挙げているところでしょうね」​マヤが煤けた顔で、予備の端末を立ち上げる。画面には、炎上する灯台を対岸から冷ややかに見下ろす「誰か」の影が、衛星画像を通じて微かに映し出されていた。​「祝杯? ……いいえ、マヤ。彼はまだ気づいていないわ。私が、あの燃える部屋から『何』を持ち出したのかを」​マノは、コートの内ポケットに隠し持っていた一冊の古い手帳を取り出した。それは如月が執着し、シキが必死に隠蔽しようとしていた、恩師の「真の遺稿」だった。​そこには、シキという男が「魂の試験」から逃れるために行ってきた、数々の不正と、他者の魂を食い物にして築き上げた「虚飾の帝国」の設計図が記されていた。​「シキ様は、他人の絶望を糧にして、自分の時間を止めている。……でも、この手帳に書かれた『真実』という名のメスは、どんな不老不死の虚像も切り裂くわ」​「お姉様……。でも、今のシキ様は街の経済を握る名士ですわ。公的な手段では、また握りつぶされます」​マノは冷たく笑った。海風が、彼女の乱れた髪をなびかせる。​「公的な手段? そんなもの、最初から期待していないわ。……マヤ、次の配信(LIVE)の準備をして。タイトルは――『神の卒業式、偽りの救世主の解剖』」​今、マノが立っているのは診察室ではない。だが、彼女が言葉を発すれば、そこが真実の法廷となる。灯台を失ったことで、マノは皮肉にも「本当の lighthouse」になった。自分自身が光となり、闇に潜むクズを逃げ場のない場所へと追い詰める。​「シキ。あなたが卒業させるのは女たちじゃない。……私が、あなたの『人間としての資格』を、今ここで卒業させてあげるわ」
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第79話 愛の解剖

「配信、開始(オンエア)まで……三、二、一。……お姉様、本当によろしいのですわね?」 ​マヤの声が、かつてないほど震えていた。彼女の視線の先、タブレットのサブモニターには、マヤ自身の恋人であるカナメが、シキの盾となるように立ち尽くす姿が映っていた。 マノは、自分の震える右手を左手で強く押さえつけ、レンズを見据えた。 ​「ええ。……これが、私たちが彼らを選んだ時に決まっていた『処方箋』よ」 ​画面が繋がり、マノは夜の闇の中から、最愛の男――シキへと語りかける。 ​「……シキ。聞こえる? 最後に交わしたあの夜の約束を、私は今、ここで破りに来たわ」 ​シキはモニター越しに、悲しそうに、でもどこか誇らしげに目を細めた。彼は知っていたのだ。自分が愛した女は、愛のために真実を捻じ曲げるようなヤワな人間ではないことを。 ​「マノ……。やはり君は、僕にとって最高の『光』だ。……僕を殺しに来たのが、君でよかった」 ​「殺さないわ。……あなたには、生きて『自分』を卒業してもらう。あなたが積み上げたこの偽りの城も、女性たちの魂を吸って咲かせたこの毒の花も、今、私がすべて焼き払う」 ​マノが合図を送ると、マヤは涙を堪えながらエンターキーを叩いた。 シキの不正、そしてその影で動いていたカナメの実行記録が、無慈悲にネットワークへ流出していく。 ​「カナメ……! 逃げて、今すぐそこから逃げて!」 ​マヤが画面に向かって叫ぶ。だが、カナメは動かなかった。彼はただ、シキの背中を支え、マヤに向かって微かに微笑んで見せた。 ​「……マヤ。僕たちは、最初からこうなることを知っていた。シキ様を一人にはさせない。……それが僕の、君への最後の『誠実』だ」 ​マノは、溢れそうになる涙を鋼の意志で押し戻した。 シキを愛している。だからこそ、彼を「クズ」のまま終わらせるわけにはいかない。 彼が「大人」になれず、闇に縋り付くのなら、自分がその闇ごと彼を抱きしめて、光の下で裁きを受けさせる。 ​「シキ。愛してる。……だから、天咲く、見切らせてもらうわ。……あなたの試験は、今ここで失格よ」 ​配信が途切れる。マノはその場に膝をついた。 潮騒だけが、引き裂かれた四人の魂を嘲笑うように響いていた。
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第80話 終焉

​シキの隠れ家である高層ビルの最上階。全面ガラス張りの壁の向こうでは、暴露配信の影響で街がパニックに陥り、遠くでパトカーのサイレンが重なり合って、不協和音の波となって押し寄せていた。マノとマヤは、正面の重い扉を蹴破るようにして、その豪華絢爛な「診察室」へと踏み込んだ。​「……来たね、マノ。君の『光』は、僕の目を焼くほどに眩しいよ」​シキは、窓の外で燃える灯台の残光を見つめながら、優雅にソファに腰掛けていた。その傍らには、抜き身の刀のような鋭さで立つカナメ。マノは震える足で歩み寄り、シキの胸元を力任せに掴み上げた。高級なシルクのシャツが、彼女の指先で無残に皺寄る。​「どうして……どうして自ら破滅するような真似をしたの! あなたが私を愛しているなら、もっと別の道があったはずよ! なぜ、私の手であなたを裁かせるような真似を……っ」​「別の道? ……マノ、君のような純粋な光は知らないだろうが、闇には闇の『誠実』があるんだ。僕は君を愛したからこそ、他の誰でもない、君の手で僕という存在を終わらせて欲しかった。君の『見切り』こそが、僕にとって唯一の救済なんだ」​シキの歪んだ、しかしどこまでも純粋な愛の告白。彼はマノの頬を、壊れ物に触れるような手つきで撫でた。一方で、マヤはカナメの前に立ち、その広い胸に顔を埋めていた。「カナメ様、お願い……今ならまだ、シキ様を捨てて逃げられるわ。私のハッキング技術があれば、あなたの戸籍も経歴も、今この瞬間に白紙に戻してあげられる。一緒に……一緒に光の下へ行きましょう?」​「……マヤ。君のその優しい涙が、僕の渇いた魂をどれだけ救ってくれたか。でも、僕はシキ様に命を拾われた『影』なんだ。影が主を捨てて、一人で光の下へ逃げることはできない。……それが、僕の誇りなんだよ」​カナメはマヤの頭を愛おしそうに撫で、その指先で彼女の溢れる涙を丁寧に拭った。その手は驚くほど温かく、そして、二度と重ならない未来を暗示するように冷たく離れていった。​二組の恋人たちが、崩れゆく楽園の中で、互いの魂の形を確認し合う。それは救済という名の絶望であり、終わりを共有するための、あまりにも残酷な最後の抱擁だった。​「……マノ。僕は君に卒業させてもらうんじゃない。君という光の中に、僕のすべてを閉じ込めてもらうんだ」​シキの唇が、マノの耳元でそう囁いた。
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第81話 光への片道切符

​「……警察が来るわ。シキ、行きましょう。私があなたの弁護をする。あなたの罪を、私が一緒に背負って、白日の下にさらすから。死んで逃げるなんて、そんなの、私の『診察』が許さない!」​マノの悲痛な叫びを、シキは静かに、しかし決定的な拒絶を持って首を振った。彼はデスクの隠し引き出しから、一通の重みのある封筒を取り出し、マノの震える手に押し付けた。​「これは、君とマヤに宛てた、僕からの最後の『処方箋』だ。……これを持って、裏口の非常階段から今すぐ脱出しろ」​封筒の中には、シキが数ヶ月前から秘密裏に進めていた計画のすべてが詰まっていた。自身の莫大な資産をマネーロンダリングとは無縁の形に洗浄し、マノとマヤが「普通の女」として、いかなる組織からも干渉されずに生きていくための新しい偽造身分証と、二つの異なる国への航空券。​「……自分は行かないつもりなの? 私を一人にして、あなたはここで何を卒業するっていうのよ!」​「僕は、ここで『シキ』という偶像を終わらせる。大人の男になりきれず、他者の魂を食んでしか生きられなかった僕の、これが精一杯の卒業制作だ。君という灯台に焼かれて消えるなら、これ以上の本望はない」​その時、一階のロビーを突破した警官隊の怒号と足音が、エレベーターホールまで迫ってきた。カナメがシキの前に一歩踏み出し、懐から一冊のファイルを掲げた。それは、シキが行ってきたすべての犯罪、すべての不正を、カナメ一人が独断で行ったと記された、精巧な偽造供述書だった。​「カナメ様、ダメ! そんなのを受け入れたら、あなたは一生、光の下を歩けなくなるわ! 私が……私が守るって言ったじゃない!」​マヤがカナメの服の裾を掴んで泣き叫ぶ。だが、カナメの表情は、冬の月のように静かで澄んでいた。​「……マヤ。君が『文章で世界へ光を届ける灯台』になるなら、僕はその影になって、君の行く末にある闇をすべて引き受けて消える。それが、僕が君という光に恋をした時からの、唯一の誓いだ。……愛しているよ、マヤ。僕のことは、もう見切りなさい」​シキがマノの肩を強く突き放した。その衝撃で、マノの目から溜まっていた涙がこぼれ落ちる。​「行け、マノ! 君は灯台だ。こんな泥濘の中で、僕と一緒に沈んでいい存在じゃない! ……生きて、僕という男がいた証拠を、その文章で殴り書き続けてくれ」​マノは封筒を抱
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第82話 M2真実の夜明け

あの夜から、三ヶ月が過ぎた。 ​異国の地、潮風が窓から入り込む小さな診療所に、マノはいた。白衣を纏い、地元の子供の傷を診る彼女の指先には、かつての鋭さに加え、深い慈愛が宿っている。 ​「……お姉様。新しい原稿の最終チェック、終わりましたわ」 ​隣のデスクで、マヤが端末を閉じた。彼女の瞳からは迷いが消え、代わりに「伝える者」としての強い意志が宿っている。 マノは医者として命を救いつつ、女医作家として小説やエッセイを執筆し、それを武器に移住地を転々としながら、自らの足で立っていた。 ​彼女たちがシキに渡された航空券で行き着いたのは、地図に載るかどうかも怪しい静かな海辺の街。 ​「タイトルは何にしたの、マヤ?」 ​「……『大人になれなかった男と、卒業した女』。私たちのすべてを、一行も漏らさず書き切りましたわ」 ​マノは、マヤが差し出した画面を見つめた。マノが魂の軸を書き上げ、編集者のような冷徹さでマヤが推敲をやり遂げる。そこには、シキとカナメという二人の男がいかにして闇に咲き、そして愛する者のためにその身を焼き尽くしたかが綴られていた。 ​普通の小説なら、シキやカナメのような容姿端麗な男たちは、甘い恋の始まりを予感させる存在だ。 だが、彼女たちに掛かるとそうはいかない。 即座に「クズ男センサー」が反応し、恋愛の芽は無慈悲にぶった切られ、世界線からフェードアウトさせられる。 二人の手に掛かれば、極上のラブロマンスさえも、戦慄のミステリーやホラーへと変貌する。それは勧善懲悪の時代劇に似て、決定的に異なる「魂の解剖」だった。 ​シキとカナメの消息は、あのビルの爆発以来、今も不明のままだ。 公的には「死亡」とされているが、マノは時折、朝焼けの水平線を見つめながら思う。あの二人は、名前も過去も捨てた「ただの男」として、この世界のどこかで新しい「魂の試験」を受けているのではないかと。 ​「復讐じゃない。私は、あの人たちが生きた証拠で、この世界を殴り続ける。それが、私の選んだ卒業後の進路よ」 ​マノはデスクの引き出しから、一本のペンライトを取り出した。 あの日、シキが自分を突き放した瞬間に手渡された、世界に一つだけの特注品。 「天咲く」の刻印が入ったそれは、今も彼女の進むべき道を、一寸の狂いもなく照らし出している。 灯台は海にしかない。けれど、この
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