All Chapters of 光煌の逆転姫~その女、追い詰められるほど煌めき輝く~: Chapter 11 - Chapter 20

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遠い記憶

「ゲホッゲホッ!す、すみません。……少し、むせてしまって」「だ、大丈夫ですか?」 ジャンヌに背中をさすってもらいながら、ようやく呼吸を整えたソロが言葉を絞り出す。ミリィは心配そうだが、ジャンヌがソロの手当てをしているので、安心して汚れてしまったテーブルの掃除に取り掛かった。  ソロにとって、かつての異名は悪いものではないのだが、まさかこんな場所で聞かされるとは思ってもみなかった為に、衝撃が大きかったらしい。そもそも、その異名も自分から名乗っていた訳ではないので、若干の恥ずかしさもあるようだ。 ソロの背中をさすっていると、ふとあるものがジャンヌの目に留まった。本棚の一角にあるそれは薄汚れた絵本で、背表紙もかなり傷みが合り、持ち主が何度も何度も読み返したのだと一目で解った。そして、それを目にした途端、今度はジャンヌの手が止まって狼狽える様子が見える。「その、本は……」「え?ああ、それはこちらではあまり知られていないんですが、隣国の古い絵本です。私と主人は隣国の生まれでして、小さい頃から親しんできたお話なんですよ」「そう、ですか」 『ぎんのまじょとぎんのきし』と書かれたその絵本の存在は、ジャンヌの心を激しく揺さぶった。その絵本にかかれた物語は、ジャンヌが誰よりもよく知る物語だ。それこそが、彼女の不幸を現実のものとし、現在の境遇に落し込めた原因そのものなのだ。「おねえちゃん、このおはなししらないの?じゃあ、サシャがごほんよんであげるね!」「……え?あ、うん。ありがと」 ジャンヌが躊躇いがちに答えたので、サシャはジャンヌが絵本の内容を知らないと思ったらしい。ソロが噴き出したり、アーデを見て驚いていたサシャは、自分も話に加われると思ったのか、ニコニコとした笑顔で本棚から絵本を取り出し、ミリィの膝の上に飛び乗って絵本を読み始めた。 ――昔々、まだこの世界に、人を狙う怪物を産みだす存在が数多くあった頃。ある国に、それはそれは美しい銀色の髪を持つ、一人の若き魔女がいた。魔女は月の申し子と呼ばれるほど凄まじい魔力を持つ存在だったが、その力を以てしても、怪物を消し去ることは困難だった。しかし、長い時間の中で、人が怪物達と戦う事に疲れ果ててしまったことを嘆いた魔女は、ある一つの決断をする。それは、怪物を産みだす元凶となる存在を、自らの手で滅ぼすことだった。だが、そ
last updateLast Updated : 2026-03-31
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急転直下

 ジャンヌが目を覚ましたのは、日の出からしばらく経ってからの事だった。ちなみに、この世界でも一日を24時間で区切るのが一般的だが、若干、夜の方が長いようである。 もそもそとベッドを抜け出すと、既にソロの姿はなかった。同じように夜更けまで起きていたはずなのに、明らかにソロの方が朝は強いのが納得のいかない所である。それに関しては一応、ジャンヌの中で自分は肉体労働者なので疲労を取る為に睡眠時間が多く必要だという理由があるらしい。それがどこまで正しいのかは不明だが。 ジャンヌはゆっくり買ったばかりの服に着替えると、眠い目をこすりながら部屋を出て階下に降りた。顔を洗いたい所だが、ジャンヌは魔法で水を出す事が出来ない。一般的なホテルは水道設備があるか、ルームサービスで水を頼めるのだが、ここは個人宅である。水は井戸を探すか、ソロに魔法で出してもらうしかないだろう。 階段を降りてダイニングに向かうと、ミリィが用意した朝食を前にしてソロが席についていた。ちゃんとアーデもテーブルの隅に座って待っている。まだ完全に覚醒しきっていない声で、ジャンヌは二人に挨拶をした。「おはよ……ソロ、悪いけどお水出してくれる?顔洗いたい……」「ああ、おはよう。じゃあ、洗面所に行こう。ここじゃ後始末が大変だからな」「ふふふ、お二人共仲がよろしいんですね」「はは、手がかかる相棒でしてね」「むー……」 そのやり取りを聞いたジャンヌは不満そうだが、眠気の方が勝っているのか、特に反論しようとはしなかった。普段のジャンヌはもう少し朝でもしゃっきりしているのだが、よほど昨夜の夜更かしが効いているらしい。数分後、スッキリした顔で戻って来たジャンヌが、ある事に気付く。「ああ、サッパリしたー!って、あれ?サシャちゃんは?さっきもいなかったみたいだけど」「サシャならいつものように裏の花畑で水をやってくると……そういえば、戻ってくるのが遅いわね。どうしたのかしら、サシャ?サシャ―!」 魔法で花を育てるといっても、水やり程度の世話は必要だ。幼いながらもサシャは進んで母親を手伝いたい気持ちが強いようで、朝の水やりは彼女の仕事らしい。そんな微笑ましい関係を想像しつつ、二人が席に着いたのに少し遅れて、ミリィが大慌てで戻ってきた。「じ、ジャンヌさん!ソロさん、大変ですっ!娘が、サシャがどこにもいないの!」「え
last updateLast Updated : 2026-03-31
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戦いのゴング

「さて、今更問うのも野暮かもしれんが、一応聞いておく。お前達は一体何者だ?何が目的でサシャを攫った?」 にじり寄って来る人形達に向けて、ソロが声を上げた。しかし、彼らは一切気にも留めず、ゆっくりと近づいてくるばかりだ。ソロは溜息を吐いて首を振り、静かに呟いた。「口も無ければ耳もないような連中に聞くだけ無駄か。そもそも発声器官や聴覚があるかも怪しいな。……とはいえ、俺達を何らかの形で視認しているようだし、目玉はどうなっているのか解らんが、まぁいい。問答無用というなら、こちらも話が楽だ」 そういうと、ソロは目に見えるほど凄まじい魔力を解放した。天に立ち昇るようなその魔力の量は、常人のそれを圧倒的に上回っている。それもそのはず、彼は若くして故郷『エンデュミオン皇国』において、国軍の魔法使い達の頂点ともいうべき魔法師団長の座に上り詰めたほどの天才であり、魔法の扱いに関しては比肩する者がいないとまで言われた男である。本人はあまり快く思っていないようだが、『猛禽の月卿』という月を冠する異名は伊達ではないのだ。 そして、その膨大な魔力の一部は、やがて使い魔であるアーデに供給されて流れ込んでいく。大量の魔力を取り込んだアーデの身体は再び高く飛び、更に白く輝きを増してアーデの身体そのものが太陽のように眩しい光となっていった。しかし、次の瞬間、その輝きは全くの別物へと変化した。「敵の数はざっと100体……ふん、俺達を相手に数で圧倒しようという考えがまず間違いだ。さぁ、アーデ、見せてやれ。お前の翼に秘められた、星々の煌めきを!」「ホーッホーッ、ホーゥ!」 ソロの言葉を合図にアーデの翼が広がり、輝く羽根の内側が露わになる。それは漆黒の闇であり、無限の広がりを予感させる暗黒だった。だがやがて、その闇の中にキラキラと輝くものが映し出されていく。それらの光は段々と数を増し、|礫《つぶて》となって人形達に降り注いだ。もしも、この人形達に意志や感情があったなら、彼らはそこに何を感じただろうか。夜空に瞬く星が降り注ぐようにして、ソロを取り囲む100体の人形達はその光弾をまともに食らい、次々に消滅していった。   女が入っていったその屋敷は、酷く荒れ果てた廃墟そのものだった。元はかなりしっかりとした豪華な邸宅だったのだろうが、所々天井が抜けて外の光が差し込んでいるし、外から入って来た
last updateLast Updated : 2026-03-31
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謎のNeck達

 ジャンヌは近づいてくるアマラを迎え撃つため、立ち上がろうとしていた。しかし、折れているのは左腕だけではなく、肋骨もだった。その状態で立ち上がろうとしても、とても素早い動きにはならず、激しい痛みで顔を歪ませながら体を起こすのが精一杯だ。そうこうしているうちに、セミロングの金髪をなびかせたアマラはすぐ目の前まで来ていて、ジャンヌが身体を起こした所を見計らってか、そのがら空きの鳩尾に一発、爪先で蹴りを入れた。「ぐはっ!?ぁっ、ぁ……ごふっ!」「どこのネズミが入り込んだかと思えば、その顔……モンドの邪魔をしたMIRAですね?どうやってここを突き止めたのか解りませんが、あの少女を追って来ましたか」 人体の急所である鳩尾への打撃を食らい、呼吸すらままならないジャンヌに対し、アマラは冷たい声で言い放った。折れた肋骨が内臓を傷つけたのか、ジャンヌは声にならない悲鳴を上げつつ、血反吐を吐いて壁際まで飛ばされてしまった。幸か不幸か数歩分の距離は空いたが、たったこれだけではとても状況を打開できる余裕は作れそうにない。アマラはそれを理解しているのだろう。ほとんど無表情なまま、苦痛に呻くジャンヌの声をその場で聞き入る余裕をみせている。「もうすぐ目的が果たされる時だというのに、不粋な邪魔をしてくれましたね。あなたでは生贄になりそうにありませんが、|人《・》|間《・》は食前酒というものを嗜むのでしたね。ならばせめて、あなたの悲鳴を楽しむとしましょう」「っ……!」 自分を見下ろすアマラの視線を受けながら、壁にもたれかかったジャンヌは精一杯の強がりで笑った。今は、何としても時間が欲しい。そう考えているようだ。「に、人間は、だなんて……まるであなたは、人間じゃないみたいなことを言う、のね……っ!」「ええ、私は人間ではありませんよ。|今《・》|は《・》|ま《・》|だ《・》、ね」「えっ……!?人間じゃ、ない?何を言って……」「……ああ、あなたは何も知らずに乗り込んできたのですか。全く、人間というのは愚かで無計画な癖に信じられない結果を出すものですね。まぁ、いいでしょう。どうせ死にゆくあなたには関係のないことですが、教えて差し上げます。私はマスターの造りし、究極の剣、その一振りです」「つ、剣?あなたが?どう見ても、人間じゃない」「ふ、剣が剣という見た目のままでいるべきと考えるから
last updateLast Updated : 2026-03-31
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リビング・ソード

「つまり、あなたは剣の魔法生物で……どうやってか知らないけど人間になろうとしている、ってわけ?」「その通りです。ようやくその足りない頭で理解できたようですね。まぁ、これだけ時間をかければ当然ですが、普通の人間にはその辺りが限界ですか。さて、そろそろお喋りもこのくらいにしておきましょう。私は早くマスターの元へ戻り、生贄を捧げなくてはいけませんからね」 アマラはそう言って再びジャンヌに向けて歩を進め始めた。手負いのジャンヌなど、もはや敵ではないと思っているのだろう。だが、それはある意味好都合だ。不意打ちを受けたお返しには不意打ちで返す。ジャンヌはそう決めていた。  そうして、アマラがジャンヌにトドメを刺そうと近づいてきた瞬間、ジャンヌは立ち上がって腰に佩いていたロングソードを抜き、アマラの心臓にそれを突き立てた。しかし。「手応えが……ないっ!?」「ふんっ!」「きゃっ!……くぅっ!」 剣先が背中へ貫通するほどに深く突き刺したというのに、ジャンヌの剣には血の一滴もついておらず、また人体ならば必ずそこにあるはずの心臓を貫いた感触すらなかった。これまで、ジャンヌはアマラが人間ではないと話していたことを信じていなかった訳ではないのだが、いかに魔法生物であっても、生物である以上心臓などの急所はあると思っていた。だが、こうして蓋を開けてみれば、アマラは本当に人間ではないのだと思い知らされた形だ。この人間そのものと言った外見は人形であり、本体は別にいる……いや、|あ《・》|る《・》のだ。 アマラはジャンヌが驚愕して動きを止めた一瞬の隙を衝き、突き立てられたロングソードに拳をぶつけて刀身を圧し折った。そのままジャンヌを捕まえようとしたようだが、その剣を破壊する動きのために一手遅れ、ジャンヌは捕まる前にアマラの背後へ回り込むようにして部屋の中央へと逃げる事が出来た。しかし、状況が良くなったわけではない。未だ天秤はアマラに傾いていると言ってもいいだろう。そんな中、何かに気付いたアマラは訝し気に口を開いた。   「あなたのその腕……先程は確かに折れていたはず。治ったというのですか?この短い時間で?」「あら、バレちゃったか。そうね、私、こう見えても人よりちょっと丈夫なの。少しは驚いてくれたみたいね」 ジャンヌがウィンクしてそう言い放つと、それまで無表情だったアマラはほん
last updateLast Updated : 2026-03-31
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天の霊刃

 魔力を注がれたからか、刀から脳内に響く声はより強くハッキリとして、ジャンヌの中にイメージとなって流れ込んできた。脳裏に浮かんだのは、この部屋で最初に見かけた美しい女性の姿だ。あの女性が、ハバキリと名乗る刀の偶像であるらしい。そうしたイメージの中で、ハバキリとジャンヌはピッタリと重なっていった。まるで、元から一人の人間であったかのように。「ううぅ……はあああああっ!」「なっ……そんな、バカな」 ハバキリの刀身が赤く輝き、そこからいくつもの金色に輝く光の粒が表れては消えていく。ジャンヌの瞳をそのまま模したかのような美しい|輝耀《きよう》に、アマラは圧倒的な力の差を感じて恐怖した。だが、アマラという存在は武器そのものである。武器とはつまり、敵を傷つけ、打ち倒して退けるものだ。そんな自分が敵を恐れることなどあってはならない。これから人間になろうといいながらも、彼女の武器としてのプライドが、ジャンヌとの力量差を感じつつも逃げる事を許さず、無謀な攻めに駆り立てた。「たかが、人間ごときにっ!」「すごいわ、動きが見える……いえ、解る。これならっ!」 真っ直ぐに突進してくるアマラを迎え撃つべく、ジャンヌは横薙ぎの一閃を放つ。普通の人間ならば一刀両断されて終わるはずだが、アマラは右手を盾にして、ジャンヌの攻撃を防いでみせた。やはり、この腕や足には鋼鉄のような非常に硬いものが仕込まれているのだ。しかし、驚愕したのはその後である。「なにっ?!」 止められたのはほんの一瞬のことだけで、次の瞬間にはすんなりと抵抗なく|す《・》|る《・》|り《・》と刃が腕に入っていく。まるで、水を切っているような感触だ。ハバキリの切れ味はそれほどに常軌を逸していて、それを防いだと思い込んでいたアマラは初めて、恐怖に続いて驚きの表情を見せた。   「わ、私の腕がこうも簡単に!?う、嘘だ……!」    (これは、なんだ?この感情……これが、恐怖?恐れている?こ、この私が!?……っ) アマラは咄嗟に突進する足を止め、強引に後ろへ跳んだ。その為に完全に右腕を切断されてしまったが、そうしなくてはそのまま腕ごと顔の鼻から上までを切り落とされていただろう。完全に無表情だったその顔は崩れ、一筋の汗が彼女の頬を伝い落ちていく。それすらも、人間ではないアマラには初めての経験だった。「てっきり不死身な
last updateLast Updated : 2026-03-31
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危険の森 前編

「よいしょっ……と!ソロ、これで全部?」「ああ、もう十分だ。しかし、本当によく切れるな、その刀は」 鬱蒼とした森の中で、ジャンヌ達は一仕事を終えた。ジャンヌの前には大きな樹が切り倒されているが、それはただの樹木ではない。トレントと呼ばれる、樹木に擬態して人を襲うモンスターの遺骸だ。かつての冒険者達の手により、ほとんどのモンスターと呼ばれる存在は滅びたのだが、中には魔獣のように自然に紛れ、野生化して生き延びたものもいる。トレントはまさにその手のモンスターの一種である。  トレントはれっきとした生物なのだが、樹皮に似た非常に硬い皮革を持ち、ほとんど動く事をしないので見分けるのが難しいモンスターである。傷をつけると血を流す所から、その昔は呪いの樹と呼ばれて恐れられていたようだ。迂闊に近づいたり触れたりしようものなら、枝状の触手を伸ばして刺しこみ、そこから生物の血を吸うので、呪いや悪霊の類いと誤解されても不思議はないだろう。    ソロが驚いているのは、そんなトレントをジャンヌがハバキリを使って、簡単に切り倒していたからだ。トレントは樹木に擬態するだけあって非常に大きく、太い身体を持っている。従って、人を斬る為に作られた並の刀や剣では中々倒すのが難しいモンスターなのだ。刃が厚く力の入りやすい斧ならば通用するだろうが、どうしても斧ではリーチが短い為に接近せねばならず、危険が大きい。よって、大抵の場合は魔法で焼いてしまうのがトレントの定番の駆除方法となる。しかし、ジャンヌの持つハバキリは、いとも簡単に数体のトレントを切り倒してみせた。そんな常識外れとしか言いようのないこの結果には、ソロでなくとも驚くのは当然だろう。    サシャを助けたジャンヌとソロは、彼女の家を出て、隣領にある鉱山都市・ドルトを目指して旅を再開していた。ドルトは非常に優れた金属が採れると有名なテムト鉱山を有する街であり、その名は様々な国や領地にも轟いている。何故そこを目指しているのかといえば、そのハバキリの為の鞘を手に入れる為だ。 ジャンヌが手に入れたハバキリは、見ての通り凄まじい切れ味を有する刀だが、それを抜き身で持ち歩くのは危険過ぎた。それまでに使っていた買ったばかりのロングソードはアマラに破壊されてしまったし、新しく武器を買うのにも金がかかる。となれば、ハバキリをジャンヌのメイン武器と
last updateLast Updated : 2026-03-31
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危険の森 後編

「あ、ソロが戻ってきたみたい。村に戻ったにしてはずいぶん早いけど、ソロー、おかえり!どうしたのー?」 ――……。 遠目に見えたソロへ向かってジャンヌが大きく声を上げると、ソロはそれに気付いて走り出した。彼が何をそんなに急いでいるのか解らず、怪訝な顔をするジャンヌだったが、その答えはすぐに解った。アーデを介して、ソロの声がジャンヌ達に届いたからだ。『ジャンヌ、後ろだ!そこから離れろ!』「へ?後ろって……きゃあっ!」 ジャンヌが振り返ると、その目前には丸太のように太い枝が迫ってきていた。ジャンヌは咄嗟に身をかわして|そ《・》|れ《・》から距離を取ったが、その枝の本体に目をやって思わず息を飲んだ。そこにいたのは、胴回りが10メートル以上はあろうかという、とてつもない巨木だったからだ。しかも、その幹の中心には、人の顔のようにも見える不気味な模様が浮かんでいる。その凄まじい威圧感を前に、ハバキリを握るその手に力が入っていた。「な、何よコイツ、いつの間に……っていうか、どうしてこんなヤツがいたのに今まで気付かなかったの!?」 そう叫ぶジャンヌに向けて、何本もの触手のように蠢きしなる枝が襲い掛かる。ジャンヌは素早くそれらを切り落とそうとハバキリを振るったが、何故か枝は斬れず、まるで鉄の棒で殴ったように、それらを弾いただけで終わった。   「っ!?ハバキリ、あなたっ!」 ――……。 つい先程まで恐ろしい程の切れ味をみせていたのに、今のハバキリは全く斬れなくなってしまっている。そこでジャンヌはすぐに気付き舌打ちした、ハバキリはへそを曲げたのか、協力するつもりはないようだと。それと同時に、武器が生きて自分の意志を持つという事はこういう事態を招くのだと知り、ジャンヌは背筋に冷たいものを感じた。    「あれは……エルダートレントか!おかしいと思っていた。こんな狭い範囲に7体ものトレントが住み着くなんて、普通ではありえないからな」 一方、森の中を走りながら、ソロが呟く。エルダートレントは、トレントの上位種的な存在だ。詳しい生態などは解っていないが、一般的に通常のトレントよりも長く生き、多くの獲物を狩った個体が、エルダートレントになると言われている。エルダートレントはトレントを直接産む能力を持っていて、一度発生が確認されれば、場合によっては森一つを焼き払わねばな
last updateLast Updated : 2026-03-31
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底知れぬ刀

 エルダートレントの討伐から一週間が過ぎた頃、ジャンヌ達は無事、鉱山都市ドルトへ到着していた。サシャ達の住んでいたパロウからドルトへは、通常ならばおよそ五日ほどで到着する距離だったのだが、結局その二倍ほどの時間がかかってしまったのは、途中で旅の路銀稼ぎのために仕事をこなしていたからである。  というのも、ドルトへ行く最大の目的であるハバキリの鞘を作る為には、手持ちの金では心許なかったからだ。 パロウを出発する前に下りたドゥガンの賞金10万ドルゴは、サシャを巻き込んでしまった事への詫びとして、その半分を置いてきた。ハバキリのお陰で、ジャンヌが新しく剣を新調する必要はなくなったものの、5万ドルゴは一ヵ月の生活費程度の金額である。決して少ない金額という訳でもない額だが、旅をして物を買うにはやや厳しい金額だ。    そういった事情もあり、旅の合間にトレント討伐依頼だけでなく、迷い|キャツ《猫》の捜索だったり、隊商の護衛だったりという細々とした依頼を受けてきた。それによって時間がかかってしまったのである。  それらに加えて、野宿などをして支出を抑えた結果、手持ちの金額はパロウを出る前の4倍ほどまで増やす事が出来た。これならば、納得のいく鞘を買って、ドルトでホテルに泊まるくらいできるだろう。「着いたぁ!ここがドルトね!鉱山都市って聞いてたけど、割と綺麗じゃない」「ここには国内の様々な場所から、業者が買い付けに来るらしいからな。観光地とまでは行かないが、外部の客に対するもてなしも重要なんだろうさ」 街に入る手続きを済ませ、二人と一羽はドルトの中を進む。外敵を阻む分厚い防壁を抜ければ、そこは和やかな雰囲気が漂う美しい街であった。鉱山都市と聞き、ジャンヌはどこか粗野で荒々しい街を想像していたようだが、予想していたよりも洗練された街並みである。キョロキョロと視線をあちこちに向けると、ソロの言う通り、商人達と思しき集団が何人も闊歩していて、パロウにも負けない賑やかさだ。 ドルトが有するテムト鉱山は、品質のいい鉱物が数多く採取できると有名な鉱山である。主に産出される|シャルバ《銀》やダレイン鉱といった金属は、日用品から武具・工業製品に至るまで幅広く使用されていて、国内外にも流通するほどの品質の良さを誇るものだ。また、この街にはそれらを加工する職人達も集まっていて、街の規
last updateLast Updated : 2026-03-31
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ドルトでの出会い

「えーっと、メモによるとこの辺なんだけど……あれ?どっちから来たんだっけ」 あちこちに視線を向けつつ、ジャンヌがメモを確認しながら混乱している。隣に立つソロもアーデと一緒に目的の店を探しているが、いかんせん周囲の景色はどこを見ても同じ様で、解りにくい場所だった。 ジャンヌ達が今いるのは、外からの客向けに作られたドルトの外縁部ではなく、主に鉱山労働者達が生活している奥まったエリアだ。住宅街でほとんどの建物が密集しており、土地勘のある人間でなければ、見分けるのが難しいらしい。おまけに細かい路地がたくさんあって、どこをどう通ったのかも見失いそうになる、まるで迷路のような造りだ。「ジャンヌ、そこの路地はまだ通ってないぞ。今、アーデに上から見てもらったが、その先は少し大きな通りになってるみたいだ。店があるとしたらそこだろう」「そう?よかったわ、アーデがいてくれて。ありがとね、アーデ」「ホッホゥ!」 ソロの肩に降りてきたアーデの腹を指先で撫でてやると、アーデは嬉しそうに声を上げた。逆の手で布に巻かれたハバキリを持っていなければ微笑ましく思える光景だが、今更人の目を気にしても仕方がない状況だ。そもそも、昼の住宅街だからか、周囲にはあまり人影がない。この辺りの住民達は、皆仕事に出かけているのだろう。そのせいで、人に道を聞く事も出来なかったのだが。 そうして、ジャンヌ達が路地を抜けると、そこには確かに今までと違う光景があった。荷馬車がすれ違うことも出来そうな広い道と、何かの店らしい比較的大きな建物が通り沿いに面して並んでいる。一つ路地を抜けただけでこれほど景色が変わるものかと、ジャンヌは素直に驚いた。 二人は通りを観察しながら、メモに書かれた鍛冶屋へ入ってみたが、店主は不在のようだった。工房と一つになった店舗は狭く、剣や盾、鎧に槍や弓などの武具が乱雑に置かれている。しかし、そのどれもがこれまでに見たどんな装備よりも優れた気配を纏っているようだ。ジャンヌは息を飲んでそれらを観察している。「……凄いわ。見てよ、ソロ。この剣の鋭さ、ハバキリとは違うけど、これも相当な業物だわ。あの鎧なんて、自分から光ってるみたい」「ああ、どれも仕上がりの見事さは大したものだ。これがドルトで一番の鍛冶職人が作った武具か。しかし、店主はどこだ?これほどの腕前の持ち主なら、武具制作の依頼が山
last updateLast Updated : 2026-03-31
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