本来なら一時間以上は待たされるはずだったのに、あっさりと番号を呼ばれた。龍太郎は、次に呼ばれるはずだった患者ではなく、別の患者が先に入ってきたのを見て不審に思った。やってきた女には、どう見ても緊急を要する様子などなく、彼の顔つきはみるみる険しくなった。「鈴木さん、通常の産後健診に、急患枠は必要ありませんよ」梨々香は腰を下ろし、脚を組んで腕を組んだ。「秦先生はご存じないかもしれませんが、私、これでもちょっとした有名配信者なんです。人に気づかれたらちょっとした騒ぎになって、病院にご迷惑をおかけしかねないので」龍太郎はちょうど、彼女のために押さえられていた急患枠での受付を、システム上で取り消そうとしていたところだった。その言葉を聞くと、マウスから手を離し、梨々香の顔を見ながら静かに尋ねた。「どこか具合が悪いんですか?」龍太郎は国内の大学病院で経験を積んだあと、海外の医療機関にも留学しており、医師としての腕は確かだった。梨々香が彼に惹かれたのも、これほど優秀でありながら、若いうえに容姿までひときわ整った男性など、そうそういなかったからだ。「とりあえずエコー検査に行って、子宮の回復具合を見ましょう」龍太郎はカルテに書き込みながら、事務的な口調のままそう告げた。そのあまりに素っ気ない態度に、梨々香が頭の中で用意していた台詞は、すべて喉の奥に呑み込む羽目になった。彼女は検査票をひったくるように受け取って立ち上がると、龍太郎から見えないところで、忌々しげに目を細めた。「早坂さん」龍太郎はペンを手にしたまま、付き添いの三久の方へ視線を向けた。「何かご用ですか」三久は二歩前に進み出た。「秦先生、診療情報を移したいんですが」「どうして」龍太郎が淡々と聞き返した。「近々、地方の支社に転勤することになりましたので」三久はそれだけ言うと、あとは口を固くつぐんだ。龍太郎は聡い男だった。その少ない言葉から、すぐに何かを察したようだった。「仕事のせいですか?由樹に行かされるんですか?」「通常の人事異動です」三久は「行かされる」という言葉が、少し不適切だと感じた。「診療記録の整理に数日かかるんです。俺が調べておくから、準備ができたら連絡しますよ」龍太郎は意外にも、すんなりと引き受けてくれた。だが
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