All Chapters of 我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚: Chapter 361 - Chapter 370

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第361話

百日祝いの会場は、煌びやかな光に包まれ、大勢の招待客で溢れかえっていた。用意された100のテーブルは全て埋まり、豪華なドレスやスーツに身を包んだ人々が行き交い、乾杯の音が至るところで響いている。招待状を送った客のほぼ全員が顔を揃えたばかりか、普段は滅多に公の場へ姿を見せない大物まで何人か出席していた。これだけの顔ぶれが揃えば、酒井家の面目も十分すぎるほど立つというものだろう。長年、ナイトクラブを経営してきた蘭は、人付き合いにも世渡りにも長けていた。遠方から足を運んでくれた招待客のため、雲際ホテル最上階のエグゼクティブラウンジからスイートを含む客室まで、まとめて押さえている。その蘭の豪快なもてなしぶりには、誰もが驚かされた。控室。顔見せを終えた黎が、すっかり疲れて奈緒の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。香織はそばで音を立てないよう、そっとベビー用品を片づけている。カチャリとドアが開く音と共に、満面の笑みを浮かべた蘭が入ってきた。その顔には、喜びと誇らしさが隠しきれないほど溢れている。蘭は後ろ手にドアを閉めると、足早に奈緒のそばへやって来た。「奈緒、どうだった?今夜のお母さん、なかなかやったでしょ?」奈緒は顔を上げ、得意げな母を見て笑った。そして素直に親指を立てる。「うん。正直、びっくりした。お母さんが、あんな大物たちと知り合いだったなんて思わなかったもの」蘭は得意そうに顎を上げると、奈緒の肩を抱いて、豪快に笑った。「当たり前でしょ?お母さんが何年、この世界で生きてきたと思ってるの?深津市でここまで店を大きくしてきたんだから、人を見る目も、人脈も、それなりに培ってきたつもりよ」そこまで言うと、蘭の目には一瞬だけ陰りが差し、次いで、過去の苦しみを思い出したかのような、鋭く冷たい恨みが宿った。蘭が奈緒の肩に置いた手に、自然と力がこもり、声も一段と低くなる。「あの夜のことがあったからこそ、自分に力がなければ、理不尽な目に遭っても踏みにじられるだけだって、嫌というほど思い知らされた。優しいだけじゃ、自分も大切な人も守れない。だから私は、二度と誰にも見下されない人間になろうって決めたの。自分の足で立って、誰にも奪えないものを手に入れる。そうすれば、昔私を見下していた人間だって、簡単には手を出せなくなるか
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第362話

そう言って奈緒は、ベビーベッドですやすや眠る娘に目を向けた。その眼差しは、母親らしい誇らしさと愛情に満ちている。「うちのお姫様、今夜だけでプレゼントが山みたいになってるの。まだ半分も開けられてないくらい。青木家に可愛がってもらえなくたって、別にいい。黎はもう、十分すぎるくらいたくさんの人から愛されてるもの」蘭は迷いなく頷いた。「青木家の人間なんて、誰一人として黎ちゃんの家族を名乗る資格はない。あんな愛情、こっちから願い下げ。奈緒が正式に離婚したら、黎ちゃんも青木家とは完全に関係が無くなるんだから、これからは、お互い一切関わらなければいいのよ!」奈緒が頷き、何か言おうとしたそのとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。奈緒と蘭が控室のドアを開けると、そこには顔を真っ赤にして男女二人を怒鳴りつけている蛍の姿があった。奈緒が目を凝らすと、そこにいたのは充で、その隣には――美紀が寄り添っていた。充は深い紺色のスーツ、美紀はインクブルーのイブニングドレス。色合いまで妙に調和した二人が並んで立つ姿は、まるで最初から連れ立って来た恋人同士のように見えた。黎の百日祝いという大切な日に、二人は悪びれることもなく、堂々と並んで立っている。その光景を見た瞬間、奈緒は胸の奥に重いものを突きつけられたような気がした。喉の奥まで苦くなる。何度か唾を飲み込んでも、その不快感は消えてくれない。娘の百日祝いだと分かっていながら、祝いの言葉やプレゼント一つ用意しなかったことはもういい。それなのに、宴も終わろうという今になって、美紀を連れてここへ現れるなんて。一体、何を考えているのだ?奈緒は湧き上がる怒りを押し殺し、冷たい目を二人へ向けた。すると美紀も、すぐに奈緒を見つけた。その目に、嘲るような色が浮かぶ。美紀は奈緒を上から下まで見下し、奈緒が口を開くよりも早く先に言い放った。「奈緒さん、今夜のこと、充さんにちゃんと説明するべきじゃない?」そんな二人の姿を見た蛍は我慢できず、テーブルに残っていたミニトマトを掴み、そのまま投げつけようとした。奈緒は咄嗟に蛍の手を押さえ、落ち着くようになだめる。そして、美紀に冷めた視線を向けて、淡々とした口調で問いかけた。「充に何か説明しなきゃいけないことなんて、何かある?」美紀は腕を組
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第363話

奈緒も顔を上げた。そこには夢香がいた。険しい表情のまま堂々と会場へ乗り込んできて、その後ろには大勢の記者と数人のボディーガードが続いている。カメラやマイクが、瞬く間に会場の中へ向けられた。夢香が先ほど口にしたあまりにも悪意のある言葉に、奈緒の胸が大きく揺れる。だが奈緒は、夢香を見ようとはせずに、ゆっくりと視線を充へ移し、その顔を真っすぐ見つめ、ぞっとするほど冷たい声で話しかけた。「充、たった今、夢香さんが言ったこと……聞こえた?」充は奈緒の視線を受け止め、眉間に深い皺を刻んだ。その目を見れば分かる。奈緒は今、心の底から傷ついているのだ。母親にとって、自分が産んだ子供を「夫の子ではない」と疑われることほど、尊厳を踏みにじられる屈辱はない。だからこそ、充もここまで踏み込むことには迷いがあった。しかし、美紀のお披露目パーティーをひと通り終えたあと、充は会場の隅から、栗原家の親族たちが次々と帰っていく姿を見ていた。それに、並んで入口に立ち、栗原家の年長者たちや、名だたる招待客を見送っていた奈緒と仁哉。そして何より――仁哉が黎を抱いて、奈緒と笑いながら言葉を交わし、そのそばでは蘭と、仁哉の両親が、まるで本当の家族のように楽しそうに黎をあやしていたのだ。その光景を見た瞬間、充の中で一晩中くすぶり続けていたものが、ついに抑えきれなくなった。もう2回目のDNA鑑定などする必要はない。答えは、目の前にあるではないか。最近の奈緒の徹底した拒絶、離婚への執着、自分への冷たい態度……そのすべてに、ようやく説明がついたような気がした。これは、あまりにも明らかな裏切り行為だ。奈緒と仁哉はずっと前から関係を持っていて、黎だって二人の子どもに決まっている。離婚も結局は、二人が一緒になるために、それぞれ自分と美紀を切り捨てようとしているだけだったのだ。充は奈緒をじっと見つめた。その眼差しには、裏切られた男の怒りと嫌悪、そして深い痛みが入り混じっていた。「俺の姉さんが言ったこと……事実なんだろ?奈緒、自分で答えてくれ」激昂した充は、奈緒の手首を強くつかみ、低い声で怒鳴りつけた。「答えろ!」会場の空気が凍りついた。ちょうどそのとき、親族を車まで見送って戻ってきた仁哉が、その光景を目にした。一切ためらわず駆け寄り、
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第364話

悲鳴を上げた美紀が、慌てて駆け寄り、起こそうと手を差し出したが、充はそれを乱暴に振り払った。充はそのまま奈緒を指さす。それは低く、押し殺した声だった。「言えよ。黎は……お前と仁哉の子なんだろ?」充は、とうとう自分で口にしてしまった。何度も頭の中を巡っていた疑念を、充自身の口で問いただしたのだ。奈緒は、自分の耳を疑った。胸の奥に、焼けた鉄でも押し込まれたような痛みが走り、息をするだけで苦しい。喉が詰まり、何度も唾を飲み込んだが、それでも言葉が出てこない。ただ、苦しかった。悔しくて、腹立たしい。奈緒はそのまま充に向かっていき、会場中に響くほどの勢いで、充の頬に平手打ちを叩き込んだ。奈緒は充を射抜くような鋭い眼差しで睨みつける。充の口元から、わずかに血が滲んだ。だが、その一発で少しだけ頭が冷えたのか、充は奈緒を見つめたまま、掠れた声を絞り出した。「じゃあ、俺が間違ってるっていうのか?」その言葉が終わるより早く、夢香が飛び出してきた。大勢の前で弟を平手打ちされたことに、完全に頭に血が上ったのだ。手を振り上げ、そのまま奈緒の頬へ叩きつけようとする。しかし、その手が触れるより先に、奈緒は彼女の手首を力強く掴んだ。二人の視線がぶつかると、夢香の目には隠しようもない怒りが燃えていた。「何が間違ってるのよ?証拠だってあるんだから!充、あんたは完全に裏切られてたのよ!今日は百日祝いなんでしょ?いいわ、あんたたち酒井家が目立ちたいみたいだから、望み通りにしてあげる。記者の皆さん、カメラを回して!今からとんでもない衝撃の事実を発表しますから!」夢香は奈緒の手を突き放すと、連れてきたマスコミの方を向いた。夢香が連れてきたボディーガードたちは、すぐさま彼女の周囲を囲み、安全を確保する。夢香は一度大きく息を吸った。そして次に顔を上げたときには、怒りと悲しみを巧妙に織り交ぜた表情を作っていた。ポケットから一枚の書類を取り出し、ゆっくりと開くと、記者たちの前へ掲げた。「奈緒は私の弟である青木充の妻です。二人は、5年間夫婦として暮らしてきて、弟は彼女をとても大切にしてきました。ところが彼女は、結婚している間に別の男と関係を持ち、その男との子供まで産んでいたんです!これは、私が二人の検体を直接採取し、
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第365話

奈緒はその場に立ったまま、夢香の耳を疑うような言葉を黙って聞いていた。張り詰めていた肩が、逆に少しずつ力を失っていく。しかし、その視線だけは、ずっと充に向けられていた。怒りも、憎しみもある。けれど今、奈緒の胸の奥に最も強く湧き上がっているのは――心の底からの嫌悪だった。そこまで自分に汚名を着せたいというのなら……いいだろう、思い知らせてやる。「自業自得」というものがどういうものなのかということを。険しい顔で奈緒を見つめる充の声が、わずかに震えた。「……何も言わないのか?」奈緒のあまりの落ち着きぶりに、充は戸惑っていた。大勢のメディアの前で夢香が暴露すれば、奈緒は狼狽し、動転し、跪いて必死に否定するものだと、充は思っていた。だが、奈緒の目には後ろめたさなど微塵もなく、それどころか、まるで、これから何が起こるか知っている人間が、愚かな芝居を眺めているかのように、どこか冷めた目でこちらを見ている。その視線が、充の神経を逆撫でした。沈黙を肯定と受け取った充は、今にも奈緒を殺さんばかりの目つきで睨みつける。だが次の瞬間、怒りが限界を超えたように笑った。「そうか……まさか、否定すらしないとはな」奈緒は小さく笑みをこぼすと、耳元に落ちた髪を指先で整えながら、何でもないことのように言う。「だって、否定することなんてないもの。夢香さんの言ったことは……事実だから」ボンッ!充の頭の中で、何かが爆発した。充は表情を凍り付かせたまま、雷に打たれたように立ち尽くした。信じられないものを見るように、奈緒を凝視する。「何を……言っているんだ?」奈緒は真正面からその目を受け止めた。口元には微かな笑みが残っていたが、瞳はひどく冷えている。「だから、夢香さんの言った通り、黎はあなたの子じゃないの」会場全体が、息を止めたように静まり返った。事態を飲み込めない蛍は、奈緒が正気を失ったのだと思い、慌てて彼女の袖を引いた。「奈緒……」だが奈緒は小さく首を振り、大丈夫だと目で伝える。奈緒の真意を理解すると、蛍は口を閉じた。一方、充の頭の中は真っ白だった。耳鳴りだけが、やけに大きく響いている。奈緒が必死に否定する姿なら、何度も想像したが、まさかこんなにもあっさり認めるとは思っていなかった。「もう一度
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第366話

奈緒は充を冷ややかに見据えた。その一言ひとことが、鋭い刃のように充の心臓を容赦なく抉る。「この5年間、私があなたにどう接してきたか、本当に分からない?なのに、自分に都合のいい話ばかり信じて、私の言葉は一度もちゃんと聞かずに、何も見ようとしなかったのは、あなた自身でしょ?それで勝手に疑って、勝手に敵みたいにして……そこまでこの子を自分の子だと思いたくないなら、ちょうどいいわ。今日、あなたたちは家族ぐるみで黎の百日祝いを台無しにしたんだもの。望みどおりにしてあげるよ」奈緒はくるりと振り返り、呆然と立ち尽くしている記者たちへ目を向けた。「報道関係の皆さん、青木家がここまで公に言う以上、私もここではっきりさせておきます。黎は充の子供ではありません。私が産んだこの子は、私が育てて、私が守っていく娘です。青木家の力なんて必要ありませんし、口出しされる筋合いもありません。今日をもって、娘と青木家は一切関係がなくなります。この子の名前は酒井黎、私の娘です。青木充、そして青木家とは、一切関係ありません。それから……」奈緒はふっと笑うと、青ざめている充と満足げに笑う夢香に視線を向けた。わざわざ自分たちから世間に『夫は妻に裏切られた』と公表したいというなら、どうぞご自由に。その汚名をそこまで欲しがるなら、望み通りにしてあげる。ただし、今日ここで行われた発言や報道については、必要があれば法的措置を取らせてもらうから」それだけ言うと、奈緒は充の絶望した顔にはもう目も向けずに、記者たちへ向かって、深く一礼をする。「皆さま、本日の百日祝いはこれで終了とさせていただきます。これから娘を連れて帰りますので、どうかお引き取りください」そう告げると、奈緒はそのまま控室へ向かった。蛍は立ち去り際、充へ拳を見せつける。「本当、最低な男!今日やったこと、すぐに後悔することになるんだからね!」そう吐き捨てると、奈緒のあとを追った。後に続いた仁哉は、充の横を通り過ぎる時にふと足を止めた。「充。今日の君には、本当に失望したよ」充はその場から動けなかった。奈緒の背中が遠ざかっていくのを、ただ呆然と見つめている。奈緒に、黎は自分の子ではないと認めさせたのだから、勝ったはずだった。だがなぜ、胸の中には、虚しさしかないのだろう?何か、とても大切
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第367話

充は考えれば考えるほど、何かがおかしいと感じていた。奈緒があまりにもあっさり、しかも迷いなく認めたことが、逆に引っかかる。5年間、夫婦として同じ屋根の下で暮らしてきた女だ。奈緒がどれほど気が強く、どれほど誇り高い人間なのか、充は誰よりも知っている。そんな彼女が、大勢の記者を前にして、自分が夫を裏切ったと認め、黎が不貞の末に生まれた子だとまで、自分の口で言うだろうか?もし……奈緒にやましいことがないのだとしたら、騙されているのは、自分のほうではないのか?あのDNA鑑定書そのものが、偽物だった可能性がある!そこまで考えた瞬間、充の目つきが一変した。美紀を見る目に、ぞっとするほどの冷たさが宿る。奈緒自身の自白を聞いても、心が軽くなるどころか、むしろ不安はますます膨れ上がっていた。美紀の首を絞めている手の力がさらに強まる。あまりの力に、美紀は一瞬で息ができなくなった。顔を真っ赤にしながら、必死に充の腕を引っかき、何とか声を絞り出す。「み……充さん、やめて……苦しい……」それを見ていた夢香が慌てて駆け寄り、必死になってその手を引き剥がすと、充はようやく正気に戻ったかのように力を抜いた。動揺を隠せない夢香は、眉をひそめて声を荒らげる。「充、何してるわけ?味方と敵が分からなくなった?奈緒が自分で認めたじゃない?他の男の子供を産んで、青木家を汚したって!いい加減現実を見なさい!いつまであの女をかばって、私たち家族と敵対するつもりなの?」充はその場に立ち尽くしていた。胸は大きく上下し、目には鋭い光が宿っている。夢香と美紀を順番に見据えると、掠れた声で言った。「本当に……俺を騙してないだろうな?もし俺を騙していたのがお前たちだと分かったら……絶対に許さない」充がそう言い放った時だった。廊下から、慌ただしいヒールの音が響いてきて、すぐに一人の女性が駆け込んできた。「あなたたち、いったい何を考えてるの?どうしてあんな可愛い子を、父親も分からない子みたいに言ったのよ!そんなことを世間に広めたら、あの子が大きくなったとき、どれだけ傷つくと思ってるの?少しは考えて行動しなさいよ!少しは落ち着いて物事を考えられないわけ?万が一、仮に血の繋がりがないとしても、わざわざ公に広める必要がどこにあるっていう
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第368話

夢香の顔には得意げな笑みが浮かんでいる。奈緒が世間中から叩かれる姿を想像して、早くも満足そうだった。美紀も笑顔で夢香とハイタッチする。「そうよ、胡桃さん。あれこれ悩む必要なんてないわ。私たちがやっているのは、すべて充さんを助けるためなんだから。じゃなかったら、充さんは今でも奈緒さんに騙され続けて、離婚もできずに苦しんでたかもしれないでしょ?」美紀はそう言い切ると、痛ましげな表情で充を見つめた。「本当に、最近の充さん、すごく痩せちゃったし……これ以上苦しんでるところ、私は見たくないの」それを聞いて、胡桃も思わず充に同情の眼差しを向けた。言いたいことは山ほどあったが、もう起きてしまったことは元に戻せない。胡桃はそれ以上何も言わずに口を噤んだ。とはいえ、黎が本当に充の子ではないという話だけは、胡桃にはどうしても信じられない。充が生まれたばかりの頃、翠のそばでずっと世話を手伝っていたのは胡桃だった。だからよく覚えている。黎は、赤ん坊の頃の充によく似ていた。見れば見るほど、驚くほどそっくりなのだ。それに、以前、黎の保険の手続きをした際、黎の出生時の記録も確認していた。そこにあった血液型はB型。充と、自分と同じ血液型。力なくその場を立ち去る充の背中を追い、胡桃は急いで駆け寄った。彼女は助手席のドアを開けて乗り込むと、すぐに切り出した。「あの子、充と同じB型よ。なのに、DNA鑑定書には血の繋がりがないって書かれていたの?」「姉さん……それ、本当か?」充の顔色がさっと変わり、弾かれたように胡桃の方を向いた。胡桃は疑わしげな眼差しで問い返す。「知らなかったの?出生記録を取り寄せたことがあるんだけど、血液型はあなたと同じB型だった。それに、顔だってあなたが赤ちゃんだった頃とすごく似てる。正直、充の子じゃないって言われても、私はあまり信じられない」「本当に?」充の表情が険しくなる。そもそも今夜、あの話を記者の前で公表すること自体、怒りに任せた衝動的な判断だった。しかも奈緒があまりに潔く「自分の子ではない」と認めたことで、充の疑いはますます深まっている……「DNA鑑定は誰がやったの?充が直接サンプルをとった?それとも、また夢香や美紀に任せたんじゃないの?待ってよ、充……こんな大事なことなのに
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第369話

胡桃はそう言うと、重いため息をついた。「正直、この5年間を見ていて思ってたの。あなた、奈緒さんのことをちゃんと好きだったでしょ?奈緒さんはあなたにぴったりだったから、仕事でも私生活でも、心強いパートナーになれたはず。実際、奈緒さんがいなくなってから、仕事も私生活も全部ぐちゃぐちゃになってるって、自分でも分かってるんじゃない?」充は驚いて胡桃を見上げた。目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走る。胡桃は、家族の中でもいちばん物事の本質を見抜くことができる。「好きじゃなかったわけないだろ?」充は力なく笑った。「奈緒は知らないだろうけど、あいつは俺にとって初めての女だったんだ。結婚したのは好きだったからだし、奈緒が俺の人生に不可欠なのも分かってる」「じゃあ、今の美紀との距離の近さは何なの?一体どういうつもり?美紀が盛岡家に戻って、親族のしがらみがなくなったから、堂々と一緒になれるとでも思った?充、一度ちゃんと自分に聞いてみなさい。あなたが好きなのは本当に奈緒さんなのか、それとも美紀なのかをね」充は息をのんだ。あわてて否定する彼の耳元が、微かに赤くなる。「姉さん、美紀を好きになるわけがない。あいつを昔から妹みたいに思っているだけで……」胡桃は鼻で笑った。その瞳が、充を射抜くような鋭さを放つ。「本当に妹としか思ってないなら、どうしてそんなに動揺して顔まで赤くなるの?」充ははっとして、言い返そうとした。しかし、言葉が出てこない。「充、恋愛はあなた個人の問題。本来なら、姉の私が口を出すことじゃない。でも今は、その私情のせいで会社にまで悪影響が出てる。だから言わせてもらうね。ここまで来たら、奈緒さんとやり直せる可能性はかなり低いと思う。だったらいっそ、きっぱり離婚して、美紀と一緒になるのも一つの選択じゃないかしら?青木グループと盛岡グループが組めば、事業基盤はもっと強くなる。そうなれば充の社長としての地位も固まるし、お父さんが例の不倫相手をどれだけ甘やかしても、簡単には揺らがなくなるはず。あなたは、どう思う?」胡桃は充の目をじっと見つめ、反応を窺う。その瞬間、充の顔が強張った。「離婚」その二文字を聞いただけで、胸を内側から締めつけられる。ダメだ。自分にはできない。どうしても諦められないんだ。自分が離婚を受け
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第370話

激しい頭痛で目を覚ましたとき、奈緒は車の中にいた。胸がどきりと、大きく跳ねる。奈緒の隣に座る男が、ちょうど電話をしていた。「無事に車に乗せましたが、次はどうしますか?」スピーカー越しに、低く濁った男の声が響く。その声には、聞くだけで嫌悪感を覚えるような下卑た笑いが混じっていた。「港の倉庫まで連れてこい。今夜、お前らはたっぷり楽しめるぞ……」奈緒の背筋に冷たいものが走った。さりげなく車内を見回す。ごく普通のワゴン車だった。運転席に一人。そして、自分に注射器を打ち込んだ男が、すぐ隣に座っていた。強い麻酔を打ったから完全に動けないと思っているのだろう。幸い、手足は拘束されていなかった。ただ、手足は鉛を詰めたように重く、力が入らない。このまま港の倉庫に連れて行かれたら、最悪の事態になることは火を見るよりも明らかだった。奈緒はそっと左手を動かし、右手首にはめたブレスレットのボタンを3秒間押し続けた。これは真司から渡されたもので、3秒以上押せば危険信号と位置情報が発信される仕組みになっているのだ。1、2、3……奈緒は心の中で数えた。無事危険信号は送れた、そう思い奈緒はほっと胸を撫で下ろす。しかし、ブレスレットがよりによって小さな通知音を鳴らした。静かな車内では、その音がやけに大きく響いてしまい、奈緒の全身が強張った。隣の男の鋭い目が奈緒へ向けられる。奈緒はとっさに目を閉じ、呼吸を整え、まだ意識が戻っていないふりをした。男が顔を近づけてきて、容赦無く乱暴に奈緒の頬を何度か叩く。奈緒は痛みを堪え、完全に力を抜き、叩かれるたびに身体がぐったり揺れるようにした。「ちっ、びびらせやがって。今の音、こいつが何か発信機でも持ってんのかと思ったぜ」意識がないと判断したのか、相手は安心しきってそう吐き捨てた。運転していた男が振り返り、奈緒の右手にあるブレスレットに気が付く。「念のため、その右手のやつ取って捨てとけ。今回は絶対に失敗するなって言われてる。こいつにはきっちり痛い目見せろってな」ちょうどそのとき、車がガソリンスタンドへ入っていった。どうやら給油するらしい。隣の男は特に疑うこともなく、奈緒の手首へ手を伸ばした。今しかない。相手が触れた瞬間、奈緒はかっと目を見開き、男の頭を抱
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