All Chapters of 我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚: Chapter 381 - Chapter 390

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第381話

「奈緒!大丈夫?!どこのどいつがまた奈緒に薬なんて盛ったのよ!体調はどんな感じ?怪我はない?どこか傷つけられたりとかはしてないよね?」蛍は勢いよく病室のドアを押し開けると、買ってきたばかりのお見舞いのフルーツを持って奈緒の元へ駆け寄り、心配そうにその手を握りしめた。その後ろから、額に手を当てて呆れた様子の奏介が入ってくる。奏介は金縁眼鏡を押し上げると、鋭い視線で仁哉を一瞥した。そして一瞬で、仁哉の首筋に残る、どうやっても隠しきれないいくつもの赤い痕を見つける。たちまち意味深な笑みを浮かべ、肘で仁哉の腕を小突いた。「おい。今回は災い転じて福となすってやつか?ずいぶんいい思いしたみたいだな?」仁哉は耳を赤くしながら、奏介を睨みつけた。「……何言ってるんだよ」奏介は訳知り顔で口元を緩め、声を潜める。「まだとぼけるのか?内心じゃ喜んでるくせに……どうせ奈緒ちゃんももうすぐ離婚するんだろ?だったらお前ら、いっそ付き合っちまえばいいじゃないか。俺は冗談じゃなくて、本気で言ってるからな。あんなにいい子、他の男に取られたらもったいないだろ?」「勝手にくっつけないで!」奏介が言い終わるや否や、奈緒と仁哉が声を揃えて叫んだ。二人とも同じくらい真っ赤な顔をしており、ふと視線がぶつかり、二人は慌ててそれぞれ顔をそらした。せっかく先ほどまで穏やかで温かな空気が流れていたというのに、蛍と奏介が現れた途端、病室には何とも言えない甘く気まずい空気が漂い始めた。奏介は声を上げて笑い、二人を指さした。「二人とももういい大人なんだから、そんなに澄ました顔してなくてもいいだろ?」そう言ってから奈緒へ向き直り、珍しく少しだけ真面目な口調になる。「奈緒ちゃん、ひとつ言っておくけどさ。仁哉のことを、世間知らずのお坊ちゃんとか、近寄りがたい天才建築家みたいに考えなくていいんだぞ。普通に喜怒哀楽もある、ただの男前だと思っとけ。こいつも一応離婚歴があるけど、実際のところ恋愛経験なんてほとんどないからな。美紀とは政略結婚みたいなもんだし、結婚前はお互いのことなんてろくに知らなかった。この30年、建築一筋で生きてきた男だ。もし二人が将来一緒になることがあったら、むしろ奈緒ちゃんがいろいろ教えてやらなきゃならないかもな」奏介は相変わらず軽口を叩
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第382話

……同じ病院の、別のVIP病室。美紀はベッドに横たわっていた。室内には花束やフルーツの籠が所狭しと並び、甘ったるい香りが漂っている。盛岡家の令嬢としての身分を証明して以来、美紀の上流社会での知名度は一気に高まっていた。今では夢香という親友に加え、新たに一人、名家の令嬢と急速に親しくなっていた。彼女の名前は庄野佳乃(しょうの よしの)美紀が怪我をした自分の写真を三人のグループチャットに投稿すると、夢香と佳乃はすぐさま病院へ駆けつけた。3人が集まれば、話題に上る相手はただ一人――奈緒。実は佳乃もまた、奈緒を骨の髄まで憎んでいた。その理由は極めて単純。ただ、男を横取りされたから。かつて夢香は、佳乃を充に紹介しようとしていた。二人はすでに二度ほど食事をし、メッセージのやり取りも重ね、互いのことをある程度知り始めていた。それなのに、奈緒がいきなり現れ、充と即座に入籍。あっという間に、青木家の妻になってしまったのだった。佳乃はそれが悔しくてたまらず、夢香とも絶交し、そのまま海外へ渡っていた。そしてそれから5年が経ち、奈緒と充の離婚騒動が街中の知るところとなった今、佳乃は再び自分にチャンスが巡ってきたと感じたのだ。とりわけ夢香がDNA鑑定書を公表し、奈緒の娘が充と血が繋がっていないことが明らかになったあの日――佳乃はテレビの前で思わず歓声を上げたほどだった。やった!何年も想い続けてきた男が、ついに離婚する!しかも、本来なら子連れの離婚になるはずだった充が、娘とは血が繋がっていないと判明した。つまり……一度は結婚したものの、充は再び、子供のいない独身男性に戻るということだ。離婚歴があろうと、条件のいい男は魅力的だ。ましてや子供までいないとなれば、なおさらだった。佳乃は興奮のあまり、その翌日には自分から夢香へ連絡を取り、食事に誘ったことにより、こうして二人は再び親友に戻ったのだ。今の夢香は常に美紀と行動を共にしているため、こうして3人の仲が強まり、さらには共通の敵を持つことで、3人の絆は急速に深まっていった。毎日、グループチャットを開けば未読は999+。「あの女は美紀の敵ってだけじゃなくて、私にとっても、青木家にとっても癌なんだから!」佳乃の目には、毒々しい憎悪が宿っていた。奈緒を完全に敵
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第383話

部屋にいた3人は、一斉に顔を上げる。充の姿を目にした瞬間、佳乃の瞳がぱっと輝いた。5年ぶりの再会。充は記憶の中と変わらず、端正で凛々しい――いや、5年前よりもさらに精悍さを増し、大人の男らしい色気まで身につけている。今日はそれほどかしこまった格好ではない。淡いブルーのシャツに黒のスラックス。ネクタイは締めず、襟元のボタンもいくつか外している。それでも全身から漂う気品は隠しようがなかった。クールで近寄りがたい雰囲気に、冷たく険しい表情が加わり、どこか謎めいた魅力すら感じさせる。相変わらず、簡単には近づけない男だった。「充!」「充さん!」佳乃と美紀が、ほとんど同時に声を上げた。どちらの声にも、親しげな響きがこもっている。充は病室に佳乃がいるとは思っていなかったらしい。一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、すぐに軽く会釈した。それだけだった。表情ひとつ変えず、まるで自分に声をかけてきた相手へ、最低限の礼儀として応じただけのような態度。だが、それだけで佳乃の胸は高鳴った。これまで数え切れないほどの男たちが佳乃に群がってきたが、5年前と同じように、彼女が今でも唯一渇望するのは、こうして自分に無関心で冷淡な態度の充ただ一人だけ。手が届かないと思えば思うほど、手に入れたくなる。いつか自分だけを見させたい――そんな征服欲を掻き立てられるのだ。佳乃はすぐに表情を整え、微笑みながら歩み寄った。「充、ずいぶん機嫌が悪そうね。でも……気持ちはわかるよ。あんなことがあって、平気でいられる男なんてそういないもの。きっとつらいでしょうけど、あまり思いつめないで」そう言いながら、佳乃は大胆にも手を伸ばし、充の開いた襟元のボタンを一つずつ留めていった。彼女の充を見つめる瞳には、隠しきれない色気がにじんでいる。「充ほどの男なら、好きになってくれる女なんていくらでもいる。あなたのプライドを傷つけて、あんな恥までかかせる女なんて……あなたにはふさわしくないと思うな」充は目を伏せ、目の前の佳乃を静かに見つめた。以前の彼なら、こうして自分から擦り寄ってくる女など、適当にあしらって終わりだったから、まともに相手をすることすらなかった。だが今は違う。佳乃の言葉が、ことごとく今の充の心に響いたのだ。彼の中では、とっくに怒りが行き
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第384話

充は目つきを鋭く変えた。先ほど奈緒から受けた屈辱と、目の前にいる女の熱のこもった視線。その刹那、奈緒に思い知らせてやりたい――そんな衝動が、胸の奥から一気に湧き上がった。「なかなかいいこと言うな。確か……佳乃、だったよな?」充が一歩近づく。低く穏やかな声には、どこか危険な響きがあった。佳乃の胸が高鳴る。「充、私のことを覚えていてくれたの!ええ。5年前に何度か一緒に食事したし、連絡先も交換したの。この5年、あなたの会社がどんどん大きくなっていくのを見ながら……私、ずっとあなたのことを気にしてたんだから……」充は口元をわずかに上げた。「そうか。今も独身?」佳乃はこくりと頷く。「ええ。この5年は仕事ばかりだったし、誰とも縁がなくてね……」この機会に、佳乃がずっと抱いていた想いを伝えようとした、その瞬間だった。充が突然腕を伸ばし、佳乃の細い腰を引き寄せる。「なら、ちょうどいい。俺ももうすぐ離婚する。君さえ嫌じゃなければ……俺たち、付き合ってみるか?」佳乃を見つめる充のその漆黒の瞳には、危険で謎めいた光が宿っていた。佳乃の全身が硬直した。まるで強い電流が身体中を一気に駆け抜けたようだった。かつては高嶺の花どころか、手を伸ばすことさえためらわれた男が――今、自分を誘っている。病室で一部始終を見ていた胡桃と美紀は、その光景に言葉を失っていた。美紀は信じられないとばかりに目を見開く。手元が滑り、かじっていたリンゴがぽとりと床に落ちた。思わず口を開いた。「充さん、何て……」「もちろん!実はね、ずっと前から……5年前からずっと、充のことが好きだったの。私でいいなら、まだ離婚が成立してなくても構わない。まずは付き合ってみるだけでも……私は全然いい!」興奮した佳乃の声に、美紀の弱々しい声など完全にかき消されてしまう。それを聞いた充は、薄い笑みを浮かべた。「そうか。じゃあ……今から廊下に出て、キスでもしてみるか?相性がわかるかもしれないからな」夢香は完全に言葉を失っている。驚きで完全に固まっていた美紀。佳乃も流石に少し戸惑った。「それは、いきなりすぎて心の準備が……」充は声を低くして言った。「俺は回りくどいのが嫌いなんだ。無理なら……」充が、「やめるか」と言いかける前に、佳乃は急いで頷
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第385話

美紀は少し落ち着きを取り戻したものの、しばらく考え込むと、また不安そうな顔になった。「でも……もし充さんが、本当に佳乃を好きになっちゃったらどうするの?奈緒さんのときだってそうだったじゃない。私たち、充さんが本気で好きになるなんて思ってなかったのに……今じゃあの有様。奈緒さんのことで死にそうなくらい苦しんでる!」夢香は落ち着き払ったまま、美紀の肩をぽんと叩いた。「心配しないで。昔から充にとっての大切な人は美紀なんだから。離婚したあとは、絶対に美紀のもとに帰ってくる。今は余計なことをせずに、佳乃のお手並み拝見ってことにしようよ。あの子、仕事じゃかなりやり手らしいし。佳乃が奈緒を潰してくれれば、あんたは何もしなくても得するじゃない」そう言われると、美紀の焦りもすっと引いていった。夢香の言うことも、一理ある。さっき佳乃が話していた作戦も、奈緒が築いてきたイメージを徹底的に壊すだの、いくつもの手を組み合わせるだの、ずいぶん自信ありげだった。少なくとも、何か考えがあるのは間違いない。これまでこっちが何度も奈緒を罠にかけようとして失敗してきたが、この佳乃という策士なら、奈緒を完全に再起不能にしてくれるかもしれない。何より、夢香の言う通り、自分は充にとって永遠に代わりのいない特別な存在なのだから。充は何度も距離を置こうと言ってきた。それでも、自分に何かあれば必ず心配し、助けてくれた。本気で突き放されたことなど、一度もない。自分が盛岡家の娘として認められたときだって、充はあらゆる面で自分を支え、恥をかかないよう万全に立ち回ってくれた。今日だってそうだ。犯人が自分に銃口を向けて究極の二択を迫った時、充は迷わず自分を選んだ。充の心に、誰も自分以上に入り込むことはできない……美紀はそう確信し、自信を取り戻した。彼女は深く頷き、その瞳に底冷えするような邪悪な笑みを浮かべた。「夢香さん、その通りね!私と充さんの絆は、ずっと幼い頃から積み上げてきたものだもん。誰にも負けるはずがない。佳乃がそこまで自信満々に奈緒を潰すって言うなら……やらせてみればいいわ……」夢香は口元を歪め、美紀とニヤリと笑い合った。「そうそう。そのくらい余裕を持ってなきゃ」だが次の瞬間、夢香は心の中で吐き捨てた――ほんと、バカな女。美紀は顔だけな
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第386話

佳乃にとって、充は今も昔も文句なしの一番だった。5年前、初めて会った瞬間から惹かれ、ずっと忘れられなかった男。充が結婚したことで諦めていたのに……5年という長い時を経て再会し、こんな急展開が待っているなんて。やがて充は佳乃を壁際まで追い込み、逃げ道を塞ぐように立った。互いの体温が伝わるほど近い。佳乃は緊張で唇を噛み、目を閉じると、そっと背伸びした。もう準備はできている。充の手が佳乃の頬に触れる。顔が熱い。自分が赤くなっているせいなのか、それとも触れている彼の手が熱いせいなのか、もうわからなかった。佳乃は今か今かと待ち続けた。だが……いつまで経っても、唇は重ならない。不思議に思って目を開けると、そこで初めて気づいた。充は、自分を見ていない。その視線は、少し離れた場所にある病室のドアへ向けられていて、それはまるで誰かがそこから出てくるのを待っているかのようだった。「充?」佳乃が怪訝そうに声をかけようとしたそのとき、向こうで物音がして、病室のドアが開いた。その瞬間、充は佳乃へ向き直り、腰を強く抱き寄せると、そのまま唇を塞いだ。佳乃は心臓が飛び出しそうだった。充のキスは激しかった。けれど、そこに甘さはない。むしろ誰かに見せつけるための、苛立ちと意地に満ちたキス。歯が佳乃の唇に当たり、思わず痛みを感じるほどだったが、充は気にも留めない。彼の意識は、ずっとあの病室に向いていた。心中では火のような嫉妬が燃え盛る。奈緒が出てくるのか?嫉妬するのか?自分のことをまだ想っているのか?充はそこに賭けていた。そして、病室から出てきたのは確かに奈緒だった。隣には蛍もいる。仁哉と奏介は、退院の手続きをするために席を外していた。廊下を歩き出そうとした二人は、そこでぴたりと足を止めた。充が佳乃を壁に追い詰め、キスをしているのが目に入ったのだ。その光景に、奈緒と蛍はそろって目を見開いた。その瞬間、蛍は何かを察したように、すぐ奈緒の顔を見る。奈緒も数秒は驚いていたが、その表情はすぐに消え、いつもの冷静さを取り戻した。なるほど、自分にあれだけ突き放されたのが気に入らなくて、さっそく女を連れてきて、目の前でキスを見せつけているというわけか?目の前の光景に、奈緒の心は、驚くほど何も動かなかった。嫉妬するどころか、ただ不快だっ
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第387話

奈緒は足を止めると顔を上げ、冷ややかに、突き放すような口調で言った。「あなたが誰と何しようと自由でしょ?私には関係ないし、見たくもない」わずかに腫れた充の唇に目をやり、露骨に嫌そうな顔をする。「でも、次からは家なりホテルなり、見えないところでやってくれる?わざわざ私の前まで来て見せつける必要ないから。そんなことされても、嫉妬なんてしない。あなたに対する嫌悪感が増すだけ。だって、もう次の女を見つけてるくせに、私の前では未練たらしく愛してるみたいな顔するんだもの。見てて本当に気持ち悪い」蛍も黙ってはいない。「ほんとそれ!いい歳して何やってんの?幼稚すぎて笑えるんだけど!そんなに遊びたいなら、さっさと奈緒と離婚して好きなだけ遊べばいいでしょ!未練たらしく追いかけ回したと思ったら、今度は女とイチャついて見せつける?奈緒はあんたの茶番に付き合うほど暇じゃないんだから!」言いたいことを言い切ると、二人は充の脇をすり抜け、そのまま足早に立ち去った。その姿が廊下の向こうへ消えても、充はその場から動けなかった。表情は恐ろしいほど険しく、目には暗い怒りが渦巻いている。奈緒を傷つけてやろうと思ったし、少しでも自分と同じ痛みを味わわせてやりたかった。なのに、結局傷ついたのはまた自分だけ。奈緒にとって自分は、もうここまでどうでもいい存在になってしまったのか。目の前で他の女とキスをしていても、何も思わないなんて。あの女は、俺をどこまで苛立たせれば気が済むんだ。少し離れたところに立っていた佳乃は、目を細めて奈緒の後ろ姿を見つめていた。やがて、脇に下ろした手をぎゅっと握りしめる。あれが充の妻……奈緒。父親は借金を背負って逃げ出し、母親は水商売から叩き上げ、奈緒自身も名前も売れていないような駆け出しの建築デザイナーだという。そんな女が、どうして充の心を掴んで離さないのだ?プライドの高い充が、自分から惨めな真似をしてまで気を引こうとしている。それも、自分ほどの女を当て馬に使って。自分があの女の気を引くための……当て馬?先ほどの一件で、佳乃にはもうはっきりわかっていた。充が自分をここへ連れてきてキスしたのは、惹かれたからではない。奈緒への当てつけのためだ。自分への気持ちなど、微塵もない。露骨な侮辱だった。普通の女なら
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第388話

「さっきの奈緒さんのあの態度。彼女があそこまで強気でいられるのは、まだ自分があなたに愛されてるってわかってるからよ」佳乃は一歩踏み出し、充に近づいた。その声は低く、抗いがたい魅力が滲んでいる。「でも、私は違う。私と彼女には何の関係もない……あなたさえ望むなら、私があなたの代わりに手を下してあげたっていいの。彼女が自分から折れて、あなたに頭を下げるしかなくなるところまでね」充は眉をひそめ、目の前の女をじっと見つめた。認めたくはない。だが、佳乃の言葉は的を射ている。奈緒が最近ああして我が物顔で振る舞い、自分を追い詰め、無様な思いをさせているのは、ひとえに自分がまだ彼女を諦められないからに他ならない。もし本気で奈緒を潰したいのなら、自分の持つ力をもってすれば、方法はいくらでもあった。それなのに自分は手出しができず、むしろ奈緒の事故の報を聞けば反射的に駆けつけてしまう。今日だってそうだ。ガソリンスタンドで奈緒が危険な目に遭っていると気づいた瞬間、何も考えず車で追いかけていた。そこまでしたのに――奈緒は感謝するどころか、自分の尊厳を徹底的に踏みにじった。ならば、もう情けをかける必要はない。佳乃の話に興味を示した充。「それで?何をするつもりだ?」佳乃は微笑んだ。「奈緒は今、建築デザイナーとして成功することを考えている。きっとあなたと別れても、自分一人でやっていけるって証明したいのよね。だったら、彼女が建築業界で仕事ができないようにしてあげればいい。最後には、自分からあなたに泣きつくしかなくなるくらいにね。具体的なことは私に任せてくれればいいから」そう言って、佳乃は白く細い指先で充の胸元を優しくなぞり、甘く囁いた。「あなたほどの男が、あんな女一人に振り回されて惨めな思いをするなんて、似合わない。あなたの傷つけられたプライドも何もかも、私が取り戻してあげる。あの女に頭を下げさせるだけじゃない。あなたがもっと上へ行って、あの女がどれだけ手を伸ばしても届かない男になればいいの。充、あなたは優しすぎる。だからあなたの隣には、私みたいに手段を選ばず、必要なら非情になれる女がいたほうがいい。私と組まないかしら?」充は表情をわずかに変え、しばらく黙ったまま、佳乃を観察する。これまでは、金とステータスにしか目がない、よく
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第389話

佳乃は冷酷な笑みを浮かべた。「このプロジェクトのメインデザイナーに、奈緒さんを指名するつもり。十分すぎるほどの利益を提示して、その代わり契約書には罠を仕込んでおくの。設計上の問題や事前調査の不備で工事が中止、もしくは遅延した場合、莫大な違約金を支払う――そういう条項をね。一見すると華やかな大型案件だけど、実際はとんでもない厄介物よ。建設予定地は、修復を終えたばかりの国宝級の古建築、風鳴塔のすぐそば。工事の影響で地盤沈下が起きれば、風鳴塔そのものが倒壊する可能性だってある。つまり、奈緒さんがこの仕事を引き受けて契約書にサインした時点で、ほぼ詰みってこと。全体の投資額は200億円規模。問題が起きれば、奈緒さんはすべてを失うほどの賠償を背負うことになる。仕事も名誉もお金も失って、どこにも逃げ場がなくなったら――最後はあなたに泣きつくしかなくなるでしょうね。この方法なら、あなた自身が表に出ることなく、奈緒さんのキャリアを潰せる。ただし、条件が一つあって、あなたにもこのプロジェクトへ出資してほしいの。私たちが共同で資金を出す。もちろん……あなたが出資者だということは奈緒には伏せるから」充は黙り込んだ。この女、相当えげつない。奈緒が断れないような餌を目の前にぶら下げ、契約書にサインさせたうえで、逃げ道まで塞ぐ。それに、奈緒ならおそらく食いつくだろう。奈緒は以前から、歴史的建築物と周囲の景観を一体化させた、独自性のある街づくりに強い興味を持っていた。そんな彼女にとって、この案件はあまりにも魅力的だった。だが、結末を知りながら、本当に奈緒をそこまで追い詰めていいのだろうか?充の心に、迷いが生まれる。その時、部屋の隅で聞き耳を立てていた夢香が躍り出て、興奮を隠せない様子で手を叩いた。「すごい!それ、最高じゃない!」夢香は二人の前に歩み寄り、佳乃を見て目を輝かせた。「佳乃、本当に天才!そんな方法を思いつくなんて!奈緒みたいな女、S級の大型案件を目の前にぶら下げられたら絶対に食いつくに決まってる。契約したあとで風鳴塔まで壊したら、莫大な違約金を背負うだけじゃ済まない。文化財を傷つけた責任まで問われるんじゃない?」夢香はますます佳乃を気に入った。美紀や奈緒とは比べものにならない。佳乃は得意げに微笑んだ。「薬を盛るなんて
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第390話

……廊下の突き当たり。充を思い切り罵ったところで、気分が晴れることはなかった。むしろ、どっと疲れが押し寄せてくる。こうして終わりのない言い争いをしていること自体に、もううんざりだった。何もかもから解放されたい。今日は土曜日だから、あと2日。月曜日になれば市役所に離婚届を提出しに行ける。たった2日耐えれば、充との関係を完全に終わらせられる。もう互いの人生に干渉しないし、別々の道を歩き、二度と交わらない。そう考えると、疲れ切った奈緒の心が少し軽くなった。一方、隣を歩く蛍はまだ怒りが収まらないようで、尻尾を踏まれた猫のように騒いでいる。「もう最悪!あの男ってクズ男の中でもトップクラスじゃない?わざわざ病室の前まで女を連れてきてキスするとか、奈緒に見せつけるためだけにそこまでする?やることが古いし、幼稚すぎ!本気で奈緒がまだ自分のことが好きで、あんなの見たら嫉妬するとでも思ってるわけ?」本当に、むかつく!何様のつもりなんだろうね!」奈緒は自嘲気味に笑った。「前までどうしてあんな男に夢中になってたのか、本当に自分でも不思議。好きなうちは、何でもよく見えるものみたい。フィルターが外れた途端、あれほど特別に見えてた人が、ただの幼稚で面倒な男にしか見えなくなる」蛍は呆れたように奈緒の額を指でつついた。「それは奈緒がようやく目を覚ましたってこと!昔なんて、奈緒にとってあの男は神様みたいな存在だったじゃん。私がちょっと悪く言っただけで、すぐムキになってたし」奈緒は深く息を吸い、過去の自分を頭の中から追い払った。「もうあの男の話は終わり。もうすぐ離婚できるんだから、その後、あの男が誰と付き合おうが何しようが、私には関係ない。これからは仕事。とにかく仕事して、稼ぐよ!」「だね!それで正解!」蛍は拳を突き上げ、やる気満々の様子だ。「仕事で無双して、邪魔する奴は片っ端から蹴散らして、最後はあのクズに奈緒の背中を見上げさせながら後悔させてやるの!あんな男なんか、もう一生、奈緒の足元で土下座してればいいんだから!」あまりに大げさな表現に奈緒は吹き出し、さっきまで胸に溜まっていた重苦しさも、少しずつ消えていく。もう、充に対して余計なことを考えるつもりはなかった。散々傷ついて硬くなった心は、今や
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