All Chapters of 三人の「ペテン師」に愛されて。〜詐欺師とイカサマ師とスリ師に身も心も奪われる私〜: Chapter 51 - Chapter 56

56 Chapters

鋼の檻の鍵を外して

 レンくんが落とした暗闇のなか、店内に張り詰めた空気は一触即発の様相を呈していた。圭さんの腕からすり抜け、私は乱れたシャツのボタンを暗闇の中で手探りで留め直した。  しがらみが消えたこの家では、誰が最初に一線を越えるかという、目に見えない秒読みが常に進んでいる。  その焦燥を最も激しく燃え上がらせていたのは、他でもない鉄さんだった。  翌日の営業終了後、私が一階の片付けを終えて階段に足をかけた、その瞬間だった。背後から音もなく伸びてきた巨大な影が、私の視界を完全に遮った。 「――嬢ちゃん。ちょっとツラ貸せ」「え、鉄さん……? きゃっ!?」  問い返す暇さえ与えられなかった。鉄さんは私の身体を、まるで軽い荷物でも扱うように容易く小脇に抱え上げると、そのまま二階の奥――普段は決して誰も立ち入らせない、彼の自室へと強引に連れ込んだ。  重厚な木製のドアが、背後で荒々しく閉まる。鍵がかけられる金属音が、静かな部屋に重く響いた。 「鉄さん、いきなり何をするんですか……! 開けてください!」「開けねぇよ。……もう、限界なんだよ」  振り返った鉄さんの瞳を見て、私は息を呑んだ。  いつもなら「嬢ちゃんの安全のためだ」と無骨な言い訳を口にする男が、今夜はその建前すら完全に投げ捨てていた。昏い情熱を宿したその視線は、かつて地下のカジノで命を賭けていた時のイカサマ師のそれよりも、ずっと狂暴で、容赦がない。 「圭の奴といい、あのクソガキといい、コソコソと俺の目の届かねぇところで嬢ちゃんに手を出しやがって。……これ以上、お前をあいつらの目のつく場所に置いておけるかよ」「鉄さ……んっ」
last updateLast Updated : 2026-06-04
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女王のトランプ・ゲーム

 圭さんの冷徹なチェックメイト、鉄さんの強引な監禁、そしてレンくんの気配なき侵食。三人の怪物たちから立て続けに受けた容赦のない攻勢は、私の肌に甘く生々しい痕跡をいくつも残していた。  だが、いつまでも彼らの仕掛ける「檻」の中で、ただ惑わされるだけの獲物でいるつもりはない。私は騙される側ではなく、騙す側の人間――このマジックバー『orange』の主なのだから。  週末の営業が終わり、客のいなくなった店内には、重苦しい沈黙が痛いほど張り詰めていた。カウンターを挟んで並んで座る三人の間には、隠そうともしない剥き出しの敵意と殺気が渦巻いている。 「……圭。テメェ、一昨日の仕込みの最中、裏で何をごちゃごちゃ動いてやがった。嬢ちゃんの部屋のセンサーが狂ったのは、テメェの仕業だろ」  鉄さんが地鳴りのような声で威嚇すれば、圭さんはワイングラスを磨く手を止め、冷徹な微笑みを浮かべた。 「心外だな、鉄。僕はただ、澁谷のあまりに古典的で悪趣味な夜這いを、心理学的に『静止』させようとしただけだよ。君のように力任せに窓ガラスを叩き割るような野蛮な真似はしない」「……二人とも、声が大きいよ。お姉さんを最初に手に入れるのは僕だって、最初から決まってるのに。今度邪魔したら、本当に二人の『一番大事なもの』をスリ落としてあげる」  レンくんが影の中から二人を睨みつけ、指先を不穏に震わせる。  三人の独占欲はすでに限界を超えていた。誰が私の最初を得るか。それを巡る硝子の均衡は、今にも完全に砕け散り、凄惨な激突へと向かおうとしていた。  その瞬間。  ――バンッ!!!  私は、思い切りカウンターの木の天板を叩いた。  激しい音が店内に響き渡り、三人の怪物の視線が一斉に私へと
last updateLast Updated : 2026-06-06
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ミステリック・ベッドタイム

 深夜の『orange』のカウンターに配られた四枚のカード。それは彼らの理性を狂わせる、甘い果実のタネ。 「勝った人に、私のすべてをあげるわ」  私のその一言に、圭さんも、鉄さんも、レンくんも、完全に獣の目になっていた。プロの心理学者、伝説のイカサマ師、世界最高峰のスリ。それぞれの裏の技術(タネ)のすべてを以て、彼らは私の手元を、カードの動きを、私の呼吸の乱れ一つをも見逃さないよう凝視していた。  けれど、マジシャンが最も得意とするのは何か。  それは、観客の「見たい」という欲望そのものを利用し、その視線と意識を完璧に操る『視線誘導(ミスディレクション)』。  私が仕掛けたのは、トランプの額面ではなく、この店そのものを舞台にした大がかりなイリュージョンだった。カードの数字に彼らの意識を100%集中させている間に、店内のアロマの配合を変え、音響の周波数を微細に揺らし、彼らの五感を「心地よいトランス状態」へと誘導していく。 「――さあ、オープンして。勝者は誰かしら?」  私が指を鳴らした瞬間、三人が手元のカードをめくった。だが、その瞬間に彼らの顔から余裕が消え去る。めくられたのは、三枚とも全く同じ『ジョーカー』。 「なっ……テメェ、圭、イカサマしやがったな!?」「いや、違う。僕たちの認知が、最初から橘さんの手によって……」「……あは。お姉さん、いつの間にデックをすり替えたの?」  驚愕し、ふらつく彼らの手を引き、私は妖しく微笑みながら 「答え合わせは、二階の私のベッドの上で」  と囁いた。理性を消失させた怪物たちは、吸い寄せられるように私の部屋へと足を踏み入れ――そして、罠に嵌まった。
last updateLast Updated : 2026-06-07
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最後のイリュージョン

 私が仕掛けたベッドの上の罠。  それは三人の怪物たちに「許可制」という従順な首輪を嵌めるためのものだった。しかし、その従順さの裏で、私を二度と外の世界へ逃がさないための『鋼の檻』が静かに完成しつつあるのを、私の本能は確かに察知していた。  だからこそ、私たちは行かなければならなかった。父の死の最期の真相が眠っていた、あの浅草の場末にある地下演芸場へ。すべてを清算し、彼らと本当の意味で縛り合う「共犯者」になるための、これが最後の舞台だ。  夜の帳が下りた浅草の地下。かつて父が『人体消失マジック』で使っていた円形ステージには、カビ臭い空気のなかに不穏な気配が満ちていた。市川の組織の残党――主を失い、父の遺した「最後の遺産」を未だに血眼になって追い求める哀れな亡霊たちが、私たちの行く手を阻むように闇から姿を現した。 「……嬢ちゃん、下がってな。こいつらは俺がまとめて叩き潰す」  鉄さんがアイスピックを握り直し、前に出ようとする。だが、私はその逞しい背中を、絆創膏だらけの手で制した。 「いいえ、鉄さん。今夜のステージの演出家は私よ。私の指示に従って」  私は冷徹なプロの顔で、三人の怪物たちを見据えた。彼らは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに歓喜に歪んだ忠誠の微笑みを浮かべ、私の影へと一歩下がった。 「最初の演目は、圭さん。敵の『退路』を言葉で断って」「御意のままに、我が女王」  圭さんが優雅に一歩前に出る。彼は殺気立つ残党たちの心理を、その怜悧な観察眼で一瞬にして解体していった。 「君たちが探している『組織のリスト』なら、端から存在しないよ。……おや、動揺したね。心理学的に、信じる拠り所を失った人間は、自らの『次の一手』を完全に身体に露呈させてしまうんだ。――ほら、右の君、銃を抜く位置が完全にバレているよ」&nbs
last updateLast Updated : 2026-06-08
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脱出不能の箱庭

 浅草の地下演芸場から戻り、すべての因縁に決着をつけてから、さらにいくつかの季節が巡った。  かつて父が愛し、私が継いだマジックバー『orange』には、今夜もいつものように心地よいジャズのレコードが流れ、温かい琥珀色の光が満ちている。  だが、この店はもう、ただのバーではない。  私という名の女王と、私に一生の忠誠を誓った三人の怪物たちが住まう、世界で一番甘くて息苦しい「脱出不能の箱庭」だ。 「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜のメインイリュージョンをお見せしましょう」  私はステージの上で、完璧な燕尾服を纏い、観客に向けて華やかに両手を広げた。  私の指先は、今やかつてないほど滑らかに、そして美しくカードを躍らせる。客席からの割れんばかりの拍手と歓声。その華やかなステージの左右には、私の完璧なアシスタントたちが控えていた。  右側には、洗練された動作で次の道具を差し出す圭さん。その瞳は、観客の視線を完全にコントロールする私のミスディレクションを、至上の芸術を見るかのように熱く見つめている。  左側には、巨躯を揺らしながらステージの大型ギミックを完璧なタイミングで狂いなく作動させる鉄さん。その無骨な手は、私が合図を送るたび、壊れ物を扱うような優しさで私の動きをサポートする。  そして私の影のなか、観客の誰も気づかない死角から、演出のための小道具を鮮やかに滑り込ませるレンくん。  心理誘導、暴力、スリ。かつて地下世界を震撼させた彼らの最凶の技術は、今や私のマジックを完璧な「奇跡」へと仕立て上げるための、贅沢な調度品へと変貌していた。  客席から見つめる彼らの視線には、義務も契約も、もう一滴すら混ざっていない。そこにあるのは、自らの意思で首輪を嵌め、私のすべてを分かち合おうとする、狂おしいほどの独占欲と
last updateLast Updated : 2026-06-09
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