レンくんが落とした暗闇のなか、店内に張り詰めた空気は一触即発の様相を呈していた。圭さんの腕からすり抜け、私は乱れたシャツのボタンを暗闇の中で手探りで留め直した。 しがらみが消えたこの家では、誰が最初に一線を越えるかという、目に見えない秒読みが常に進んでいる。 その焦燥を最も激しく燃え上がらせていたのは、他でもない鉄さんだった。 翌日の営業終了後、私が一階の片付けを終えて階段に足をかけた、その瞬間だった。背後から音もなく伸びてきた巨大な影が、私の視界を完全に遮った。 「――嬢ちゃん。ちょっとツラ貸せ」「え、鉄さん……? きゃっ!?」 問い返す暇さえ与えられなかった。鉄さんは私の身体を、まるで軽い荷物でも扱うように容易く小脇に抱え上げると、そのまま二階の奥――普段は決して誰も立ち入らせない、彼の自室へと強引に連れ込んだ。 重厚な木製のドアが、背後で荒々しく閉まる。鍵がかけられる金属音が、静かな部屋に重く響いた。 「鉄さん、いきなり何をするんですか……! 開けてください!」「開けねぇよ。……もう、限界なんだよ」 振り返った鉄さんの瞳を見て、私は息を呑んだ。 いつもなら「嬢ちゃんの安全のためだ」と無骨な言い訳を口にする男が、今夜はその建前すら完全に投げ捨てていた。昏い情熱を宿したその視線は、かつて地下のカジノで命を賭けていた時のイカサマ師のそれよりも、ずっと狂暴で、容赦がない。 「圭の奴といい、あのクソガキといい、コソコソと俺の目の届かねぇところで嬢ちゃんに手を出しやがって。……これ以上、お前をあいつらの目のつく場所に置いておけるかよ」「鉄さ……んっ」
Last Updated : 2026-06-04 Read more