All Chapters of 三人の「ペテン師」に愛されて。〜詐欺師とイカサマ師とスリ師に身も心も奪われる私〜: Chapter 1 - Chapter 10

56 Chapters

手品師 結

 マジックで鳩が飛び出した瞬間、客席からは歓声が上がる。誰もがその鮮やかな奇跡に目を奪われるけれど、その鳩の餌代や、楽屋に撒き散らされる糞の始末にまで思いを馳せる客は一人もいない。 もしそんな「裏側」にまで目の届く奇特な人間がいるなら、今すぐうちのスタッフになってほしい。そして、私の代わりにこの銀鳩の糞を拭いてほしい。「……ねえ銀次。わかってる? 君のその一撃で、クリーニング代八千円が飛ぶんだよ。これ、特注品なんだからね」 相棒の銀次は、籠の中で「クルッ」と他人事のように鳴いた。ステージで奇跡を起こす数分間の裏には、二十三時間以上の『食欲旺盛な同居人』との泥臭い日常がある。私はウェットティッシュを使い、燕尾服の肩についた汚れを恨めしそうに拭き取った。上質な生地が指先に触れる。父が遺したこの服は、今の私には少しだけ肩幅が広すぎる気がした。 カウンターに置いたスマートフォンに手を伸ばす。画面を点灯させ、右手の親指をセンサーに押し当てた。『認証に失敗しました』 無機質な拒絶。今度は人差し指を試す。『認証に失敗しました。もう一度試してください』「……もう、これだもん」 私は大きく溜息をついた。マジシャン、特に私のように至近距離で見せるクロースアップも、華やかなステージもこなそうとする人間の指先は、過酷だ。絶え間ないシャッフルによる摩擦、トランプの縁で切れる皮膚、ギミックに使う薬品。私の指紋は削れ、最新の文明の利器は、私を「持ち主」だと認めてくれない。 荒れた指先をそっとなぞる。ささくれ、小さな切り傷、滑り止めの松ヤニで硬くなった皮膚。女の子らしい柔らかさなんて、とっくに捨てたつもりだった。けれど、こうして機械にまで拒まれると、自分がこの世界の誰とも繋がっていないような、奇妙な疎外感に襲われる。 結局、凍える指でパスコードを打ち込み、SNSを開く。 投稿するのは、昨日撮っておいた『映える』カクテルと、華やかなトランプの写真。現実は鳥の世話と絆創膏にまみれていても、画面の向こう側だけは、夢を売る聖域でなければならない。『今夜もorangeで奇跡が起こります。皆さまのご来店をお待ちしております!』 キラキラした絵文字を添えて送信。ふと視線を落とすと、カウンターの隅に一枚のコースターが放置されていた。 そこには汚い字で「タネを教えろ」という殴り書き。
last updateLast Updated : 2026-04-09
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詐欺師 圭

 信じる者は『すくわれる』。 そう、今、俺の目の前にいる男はすくわれるのだ。足元を。「……なるほど。高橋様が、この次世代決済通貨『アポロン・コイン』に慎重になられるのは、至極当然のことです。賢明な投資家ほど、最初は疑うものですから」 都内高級ホテルのラウンジ。重厚なベルベットの椅子に深く腰掛け、俺は完璧に調律された微笑みを向けた。今の俺の名は『サトウ』。ドバイを拠点に活動する、仮想通貨ファンドのシニアマネージャーだ。 目の前の男――中小企業の社長である高橋は、脂汗を浮かべながらタブレットの上昇チャートを凝視している。この通貨は、近々大手取引所への上場が決まっている。今このプレセールで手に入れれば、資産は十倍、いや百倍になる……。そんな、ありふれた、けれど甘美な毒を、彼は必死に飲み込もうとしていた。 あと一押しだ。俺は「サトウ」として、彼の情報を『整理』し始める。 まず目につくのは、左手首の高級時計。一見すると成功者の証だが、よく見ると革ベルトの穴が一つ、千枚通しか何かで無理やり新しく開けられている。最近急激に痩せたのか、あるいは見栄のために中古で買ったサイズ違いか。どちらにせよ、彼の資金繰りが「崖っぷち」であることを示している。 ネクタイの結び目を何度も触っては離す、その落ち着きのない指。呼吸を楽にしたいが、威厳を失いたくないという葛藤。見栄と恐怖の狭間で、彼は窒息しかけている。「高橋様」 俺は少し声を低くし、彼だけに聞こえるような、親密で、そして背徳的なトーンで切り出した。「あなたは本来、非常に情に厚く、周囲の期待に応えようと尽力される方だ。ですが……時折、その優しさや責任感を、誰にも理解されていないのではないか、と感じることはありませんか?」 高橋の動きが、ぴたりと止まった。「……え、ええ。それは、まあ……経営者というのは孤独なものですから」「一見、大胆な決断を下すリスクテーカーに見えますが、内面では誰よりも慎重に、愛する人たちの将来を案じている。だからこそ、今ここで立ち止まっている……違いますか?」 これは詐欺というより、魂の調教に近い。相反する性格を同時に指摘することで、相手は「自分の深淵を暴かれた」と錯覚し、無防備に心を開く。「……サトウさん、あなたには、私のことがわかるんですか」「ええ。私も以前は同じ立場でしたから。……
last updateLast Updated : 2026-04-09
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イカサマ師 鉄

 雑居ビルの地下、換気扇が役を果たしていない、肺を焼くような煙たい一室。 俺の目の前に座る男は、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて、チップの山を積み上げていた。その光景を視界から排除したくて、俺は立ち上がり、部屋の隅にある安物のウイスキーをコップに注ぐ。喉を焼くアルコールさえ、今の俺には酷く味気なかった。「おいおい、兄ちゃん。もう種切れか? こっちには運が向いてきてるんだ。悪いな」 席に戻ったところで、男が尊大にカードを配り始める。一見、鮮やかな手つき。だが、俺の目は騙せない。男の右手中指が、配る瞬間にカードの端をわずかに弾いた。『セカンド・ディール』 一番上のカードではなく、二番目のカードを音もなく配る、古典的なイカサマだ。奴は自分の手元に、あらかじめ積み込んでおいたAを送り込もうとしている。 それだけじゃない。俺に配られたカードの裏面を、指先の腹でそっとなぞる。 左上、模様にわずかな凹凸。肉眼では捉えきれないほど小さな『ネイルマーク』――爪でつけられた印だ。 本物のカジノではお目にかかれないような、レベルの低い小細工。反吐が出る。技術への矜持も、博打への敬意もない。ただの汚い工作だ。「……レイズだ。全部乗せる」 俺がチップのすべてを中央へ押し出すと、部屋の空気が一瞬で凍りついた。男の目が泳ぐ。俺の役は、奴のマークによれば中途半端な『ブタ』のはずだからだ。「ハッ、ブラフかよ。受けてやるよ!」 男が威勢よく叫んだ、その瞬間。部屋の隅でガラスが割れる、鋭い音が響いた。 さっきまで俺がいた机から、コップが落ちたのだ。小間使いの若い男が慌てて片づけを始めた隙に、男がカードをオープンする。 直後、奴の顔から一気に血の気が引いた。「な……なんで、Aが……!?」「探し物はこれか?」 俺は自分のカードを裏返した。そこには、奴の手元に行くはずだった『三枚のA』が平然と並んでいる。「てめぇ、やりやがったな……!」 男の想像通り、俺がやった。 ウイスキーを注いだ時、コップを机の縁ギリギリに置き、その下に小さな氷の欠片を挟み込んでおいた。氷が溶ければ、バランスを崩して床に落ちる。 全員の意識が音に逸れた、コンマ数秒。その隙に、俺はテーブル上のカードを入れ替えた。奴が誇る『神速』など、俺の指先の前では止まっているのも同然だ。 男が椅子を蹴って立ち上
last updateLast Updated : 2026-04-09
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スリ師 レン

 世界から「財布」という物理的な質量が消えつつあることを、僕以上に嘆いている人間はいないと思う。 新宿駅の喧騒の中、僕は影のように人混みを泳ぐ。ターゲットは、歩きスマホに夢中な中年のサラリーマン。すれ違いざま、僕は衣擦れの音さえ立てず、わずかに肩を接触させた。「おっと、すみません」 向こうの謝罪の言葉に、僕は小さく会釈だけを返す。その刹那、僕の手の中には、彼の内ポケットに収まっていたはずの重みが、吸い付くように移動していた。 指先の感覚だけで、中身を推測する。革の質感はいい。厚みもある。僕は足早に路地裏へと滑り込み、獲物を確認した。「……またか」 期待を裏切る感触に、僕は舌打ちをした。 厚みの正体は、パンパンに詰まったポイントカードと、いつのものかも分からない領収書の束。肝心の現金は、数千円しか入っていない。 今の時代、誰もが買い物はスマホをかざすか、カードを切る。電子マネー、QR決済。目に見えない数字のやり取りが主流になったせいで、僕たち「技術職」の取り分は、年々ゴミみたいな金額に成り下がっている。 リスクを冒して財布を抜いても、手に入るのは小銭ばかり。これじゃあ、僕の指先の精密な動きが泣いている。満員電車でカバンから盗ろうが、道すがらポケットから盗ろうが、どれだけ技術を磨いても意味がない。 いや、金の問題だけじゃない。僕が本当に耐えられないのは、この「誰にも気づかれない」という感覚だ。 さっきの男だってそう。財布を抜かれたことにすら気づかず、今も呑気にスマホの画面を眺めているんだろう。僕という存在が彼の人生に一瞬だけ深く入り込んだのに、彼は僕の顔さえ見ていない。 僕がどれだけ完璧な仕事をしても、誰からも拍手はもらえない。警察に追われる時以外、僕は誰の視界にも入らない。 街中の監視カメラにすら、僕はただの『風景の一部』として処理される。 この世に存在しているのに、誰にも認識されない。それは、死んでいるのと何が違うんだろう。「……寒いな」 コートのボタン
last updateLast Updated : 2026-04-10
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開店前

 父の一周忌。……そして、マジックバー『orange』の息の根を止めるか、奇跡を繋ぎ止めるかの境界線。 一発逆転を懸けたショー『奇跡の夜』の開演まで、残り一時間。「……よし。スライドは滑らか、カップの曇りもなし。反射でタネが漏れる心配はない」 バックヤードの冷えた空気の中、私は銀のハーフダラーを専用のクロスで一枚一枚、祈るように磨き上げていた。マジシャンにとって、道具の手入れは儀式だ。わずかな指の引っ掛かり、小さな汚れ。それが、観客に見せるはずの「奇跡」を、無様な「ヘマ」という名の現実に引き摺り下ろしてしまうから。 手元の鏡で自分の顔を覗き込む。燕尾服はビシッと決まっているけれど、顔色は透けるほどに白い。私は慣れない手つきでファンデーションを厚めに叩き込んだ。鏡の中の私を、無理やり「完璧なマジシャン」へと作り変える。「クゥッ」 籠の中から、銀次が励ますように短く鳴いた。「わかってるよ。今夜は君の出番が一番の鍵だからね。……失敗できないんだ、銀次。絶対に」 ステージの脇には、今夜の目玉である『脱出用のケース』が、不気味なほど静かに鎮座している。父が得意としていた十八番。けれど、今の私にとっては、己の無力さを閉じ込める棺桶になるかもしれない、命懸けの挑戦だ。 カラン、と。静寂を切り裂くようにドアベルが鳴った。開店までまだ十分以上ある。「よう、二代目。死に装束の準備はできたか?」 現れたのは、不動産屋の権藤だった。紫のシャツから漂う、鼻を突くような安っぽい香水の匂い。引き連れた数人の部下たちが、土足で私の聖域を汚していく。彼らは最前列のテーブルを、獲物を囲む獣のように占領した。 権藤が脱出用のケースに歩み寄り、その分厚い手で蓋を執拗に叩く。「この箱に入って消えるんだろ? ……出られなくなって、そのまま中でお陀仏なんてことにならなきゃいいがな。そうなったら、この店も『事故物件』としてさっさと壊せる」 下品な笑い声が店内に充満する。彼らの瞳
last updateLast Updated : 2026-04-11
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本番

「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜、皆さまは目撃します。この世に不可能などないという……本当の奇跡を」 父の形見である燕尾服の裾を翻し、私はステージへ踏み出した。眩しいスポットライトが、私の視界を真っ白に焼き尽くす。一瞬だけ、最前列に陣取る権藤たちの下卑たニヤけ顔が視覚の隅をかすめ、心臓が裏返るような衝撃を覚えた。けれど、私は唇に「魔法の笑顔」を完璧に貼り付ける。 まずは挨拶代わりのカードマジック。 指先はまだ微かに震えていたけれど、トランプを手に取った瞬間、その震えは甘美な緊張感へと変わった。空中に手をかざすと、一枚のカードが出現する。それを消し、また別の場所から出現させる。 ひらひらと舞うトランプの嵐の中から、私は銀次を解き放った。「クルッ」 鮮やかな銀色の羽根が舞い、客席から感嘆の溜息が漏れる。ちなみにマジシャンの秘め事として言わせてもらえば、私は胸にボリュームがない。けれどそのおかげで、銀次を衣装の中に潜ませる「懐」は誰よりも深い。知人の巨乳マジシャンは隠し場所に困り、ウエストを不自然に膨らませていたが……これは私の、生まれ持ったマジシャンの才能だと自負している。 私は客席を回り、最前列で欠伸をしていた権藤の鼻先で、カードを真っ赤な薔薇に変えてみせた。「……チッ、子供騙しが」 毒づく声さえ、今は心地よいBGMだ。私はそのまま、カウンターに座るあの三人の「怪物」たちへと視線を流した。 彼らの視線は、他のお客さんのそれとは熱量が決定的に違っていた。 圭さんは、グラスを傾けながら私の「瞳」をじっと覗き込んでいた。私のミスディレクションがどこへ向くか、その心理の機微を指先で愛撫するように楽しんでいる。その唇が、甘い毒を含んだような微笑を形作った。 鉄さんは、瞬きもせずに私の「手元」を凝視している。カードの角度、指の曲がり、筋肉のわずかな躍動。私の技術の精度を測るその瞳は、獲物を狙う猛獣のように鋭い。けれど、私が難易度の高い技法を成功させるたび、彼は満足げに一度だけ、深く頷いた。その
last updateLast Updated : 2026-04-12
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舞台裏

 舞台上で、鉄の箱が重々しい音を立てて水槽の底へと沈んでいく。不吉な泡が溢れ出し、観客席に動揺が広がる中、俺――灰原圭は、あえて退屈そうにウイスキーのグラスを揺らした。 揺れる琥珀色の液体を見つめながら、数年前の詐欺を思い出す。ありもしない土地を売りつけるため、不動産関連の法律を死ぬほど叩き込んだ。あの時の知識が、まさかこんな寂れたバーのカウンターで役立つとは。 俺は、最前列で勝ち誇ったように笑う権藤の背中に、冷ややかな声を投げかけた。「なあ、権藤さん。あんた、地上げ屋の割にこの店を壊すことにちっとも執着してないな。地上げってのはもっと泥臭いもんだ。だが、あんたの視線は店じゃなく、ずっと『彼女』を追いかけている。……まるで、誰かへの献上品を吟味するみたいに」「……何が言いたい。てか、お前は何様だ」 権藤が振り返る。その声には、先ほどまでの威圧感とは違う、湿った困惑が混じっていた。「ここの新しいマネージャーだ。彼女のすべてを管理する立場と言えば解るかな」 嘘だ。だが、俺がそう口にした瞬間、心臓の奥がわずかに疼いた。彼女を独占し、管理する――その響きは、嘘にしてはあまりにも俺の渇望に近すぎた。「あんたに依頼したのは、不動産会社じゃない。……だいたい見当はついている」 適当に投げた鎌だったが、権藤の眉がピクリと跳ねた。「あぁ、そうだよ。イチってやつだ」 その名に心当たりはないが、獲物は掛かった。俺は確信を持って、さらに甘い毒を耳元へ流し込む。「ちなみに、あんたの手の中にあった無線機は今どこかわかる?」 俺の隣に、気配もなく一人の少年が寄り添った。レンだ。彼は先ほどまで結の身体にロープを巻き付けていた時と同じ、無邪気で残酷な笑みを浮かべている。「権藤さん、これ、探し物かな?」 レンが指先で弄んでいたのは、権藤が隠し持っていたはずの小型無線機だった。いつの間に盗り、いつの間にすり替えたのか。「あんたが『依頼人』への連絡用に持っていたやつ
last updateLast Updated : 2026-04-13
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閉店後

 嵐のような夜が過ぎ、静まり返った『orange』の店内には、安堵感と、まだ冷めやらぬ興奮の残り香が漂っていた。私は震える手で、父が大切にしていた一番いいウイスキーの封を切った。 琥珀色の液体をグラスに注ぎ、カウンターに並べる。目の前に座る三人の怪物たち――私の命を繋ぎ止めた恩人たちへ、心からの感謝を込めて。「……あの。これ、飲んでください。私の、精一杯のお礼です」 三人は無言でグラスを手に取った。氷がカランと鳴る音が、やけに官能的に響く。「……実は、結構早い段階で、客席に座っていたんです。脱出した後、皆さんのすぐ後ろの席に」 三人が同時に、少しだけ意外そうな顔をして私を見た。至近距離で見つめられ、心臓の鼓動が跳ねる。「だから、全部聞こえていました。皆さんが、どうやって私を助けてくれたか。……それから、イチっていう名前に、圭さんがハッタリをかましたことも」「……気づいていたのか」 圭さんが苦笑いしながら、長い指でグラスの縁をなぞった。その仕草一つに、吸い込まれるような色気がある。「はい。イチ……市川っていう人は、昔、父の弟子だった人です。父の技術を盗んだ挙句、種明かしを売り物にして不義理を働いた。……この店を壊したがっているのは、間違いなく彼です」 恨みと執着。そんな泥臭い感情が、権藤という駒を動かしていた。 私はカウンター越しに、三人の男たちを見据えた。彼らは打ち合わせもなしに、あの極限状態で即興のコンビネーションを発揮してみせたのだ。「不思議だったんです。皆さんは、どうしてあんなに鮮やかに……」「……においだよ、嬢ちゃん」 鉄さんが、喉の奥で低く響く声を出した。その視線が、私の首筋から手元へとゆっくりと這う。「俺はイカサマ師だ。仕掛けられた『毒』のにおいには敏感でね。あの箱を見た瞬間、死のにおいがした
last updateLast Updated : 2026-04-14
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練習

 元サギ師、元イカサマ師、元スリ師。 この贅沢なほどに危険なメンバーが揃えば、うちのマジックバーは大盛況間違いなし。……なんて、昨日までの私なら少しは誇らしげに言えたかもしれない。 けれど、一夜明けて開店前の『orange』に集まった面々を前にして、私は眩暈を覚えていた。「違うんです、鉄さん! カードを配る時に、そんなに殺気を出さないでください!」 カウンターの中で、鉄さんが猛烈な勢いでカードをシャッフルしている。その動きはあまりに速く、正確。カードが空気を切り裂く「シュッ、シュッ」という音は、もはや手品の音じゃない。暗殺者が獲物の喉元を狙ってナイフを研いでいる音だ。「……ガチのカジノなら素人のフリをするが、闇の賭場じゃ、配る瞬間に相手の指の動きを止めなきゃならねぇ癖がついてんだ」「それ、イカサマを防ぐ時の癖ですよね? マジックは相手を倒すためのものじゃなくて、楽しませるためのものなんです!」 私が思わず彼の大きな手を上から押さえると、鉄さんの動きが止まった。 ごつごつとした、熱い手のひら。指先に刻まれた無数の傷跡。私の柔らかな手が重なった瞬間、鉄さんの瞳に、ふいにはぐれた獣のような動揺が走った。「……嬢ちゃん、手が熱いぞ」 低い声が耳朶を打ち、私の顔がカッと熱くなる。彼は渋々カードを配り直したが、繰り出されたのは完璧な『セカンド・ディール』。音もなく、二番目のカードを滑り込ませる神業だ。けれど、その不敵な微笑みは「客を騙してやる」という執念に満ちていて、初見の客なら怖くて泣き出すレベルだった。「次はレンくん! 消したコイン、どこにやったの?」 私が尋ねると、カウンターに座っていたレンくんが、空中に浮かせたストローを咥えながら平然と答えた。「え? もう鉄さんの胸ポケットに入れたよ」「えっ、いつの間に……」 鉄さんが驚いて自分のポケットを探ると、そこには確かにコインが一枚。レンくんの『気づかれない技術』は完璧すぎて、
last updateLast Updated : 2026-04-15
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デビュー

 看板に明かりを灯して三十分。 店内は、昨日ネットに投稿した「一発逆転のショー」の余韻と、新体制の噂を聞きつけた客たちで、かつてないほど膨れ上がっていた。カウンター越しに伝わる熱気と期待感が、私の肌をチリチリと焼く。「……みんな、準備はいい? 失敗しても、私が絶対にフォローするから」 バックヤードで震える声。情けない。励ます側の私の唇が、一番震えていた。 そんな私を、三人の怪物はそれぞれのやり方で迎え入れた。 鉄さんは無言でデック(トランプ)を握り、その厚みを掌で確かめている。レンくんはコーラを喉に流し込み、圭さんは鏡の前で、獲物を誘い出すような完璧な微笑を作っていた。 練習の時はあれほど噛み合わなかったのに、いざ「本番」の香りが漂うと、彼らから放たれる圧(プレッシャー)が劇的に変わった。「嬢ちゃん、あまり震えるな。……俺がついてる」 鉄さんがすれ違いざま、私の肩を大きな手で強く握った。分厚く、熱い掌。その重みが、逃げ出したくなる私の心根をステージへと縫い留める。 裏社会の修羅場を潜り抜けてきた彼らにとって、満席の観客なんて、命を懸けた賭場や警察の追跡に比べれば、ただの「愛すべきお遊び」に過ぎないのだ。  トップバッターとしてステージに踏み出したのは、鉄さんだった。「……カードが喋るのを聞いたことがあるか?」 カウンターに座る客の目の前で、彼は低く、地を這うような重厚な声を出した。接客業らしからぬ不遜なタメ口。だが、その野性的な風貌と相まって、客たちは一瞬で彼の世界に引き込まれた。 ダイ・ヴァーノンの真髄――『"Be natural." "Be yourself."』。 練習の時のあの殺気は、今は「圧倒的な王者のオーラ」として場を支配している。 彼がシャッフルを始めると、店内から音が消えた。シュッ、シュッ、と空気を切り裂く音。昨日、私が「ナイフを研ぐ音」と恐れたその響きが、今は正確無比なリズムを刻むパーカッションのように官能的に響く
last updateLast Updated : 2026-04-16
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