All Chapters of RMTサバイバー~今日の宿代を稼ぐ俺と、人助けで戦う使い魔~: Chapter 141 - Chapter 150

166 Chapters

第141話 託された思い

 ノーファン村のヤマネコ食堂。 軒先には猫の模様が描かれた看板が提げられていた。室内にはテーブルが九つあり、三列に並べられている。壁や床はくたびれており、黒くくすんでいる箇所もあった。古めかしい定食屋といった雰囲気である。カウンターの奥にはNPCの女将さんがいて椅子に腰掛けている。手慰みに編み物をしており、集中した表情で両手を動かしていた。カウンターの端には、女将さんが作ったのであろう猪や鹿のぬいぐるみが売られている。ぬいぐるみはちょっと不格好だが、見る人によっては愛嬌があり可愛いという印象を抱きそうだ。紙製の値札がついており手頃な価格だった。ガラス窓の脇には緑色のカーテンが束ねられている。午後四時を過ぎた太陽の光がじんわりと差し込んでおり、室内をオレンジ色に照らしている。 トウマとベルフラウが玄関をくぐる。 窓の外からは配信ドローンがしつこく撮影を続けていた。だけど相談の様子を視聴者に見られるのはよろしくない。そのためトウマとベルフラウは配信を中止した。配信ドローンが薄くなって消える。 食堂の隅っこの席で、二人の女性が並んで座っていた。他に客はいない。どうやらあの二人がシロハとメルフィのようだ。近づいて行くと、シロハは立ち上がって深々と一礼した。 トウマは軽く頭を垂れて声をかける。「こんにちは。あんたがシロハさんとメルフィさんか?」「トウマ団長様、それとベルフラウ副団長様、この度はお越し頂きありがとうございます」 シロハの顔に笑顔はない。震えている唇は怒りを押し隠しているようであり、声は硬かった。 メルフィの方はというと、座ったままおじぎもせずにひっくひっくと嗚咽をこらえている。ここにいるだけで精一杯の様子だ。 シロハが右手を差し出した。「お二人とも、座ってください」「ああ」「どうも」 トウマとベルフラウが並んで腰掛ける。 シロハも座った。「まず自己紹介ですが、私たちは――」 ベルフラウが右手のひらを掲げて制する。「シロハさん、いい。それよりも、教えてくれる? 貴方たちがどう
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第142話 俺はもうすぐ蘇る

 脳神経外科センターの個室だった。 白いベッドの上で、黒谷鬼助は天井を見つめていた。首から下が麻痺しており、もう頭を左右に動かすこともできない。脳梗塞は昨日から急激に悪化していた。少し前までなら、右半身を動かすことができたのに……。 視界にあるのは白い天井だけだ。模様もくすみも無い白だけが広がっている。他には何も映らない。くそったれだ。 窓辺には花瓶がある。あるはずだ。少なくとも少し前まではあった。スズランが挿してあったはずだ。だけど見たくても見られない。こんなに悲しいことはない。 あの電話の日。ユウマの口座には100万円を振り込んでおいた。最近は便利になったもんだ。スマホで何でもできちまう。自分の頼みをユウマが聞いてくれるとは思っていない。だが、もしかしたらその100万円は、彼に対する贖罪なのかもしれなかった。 一年前、あの食品メーカーの会社で鬼助はユウマをいたぶり過ぎてしまった。今、死にそうになって後悔が起こっている。(ああ、俺は本当にひどいことをしちまった) 馬鹿だった。 土下座して謝りたい。 だけど、(もっといじめておけば良かったかなあ) とも思う。 そういうところ、自分の性格は根底からねじ曲がっているのだろう。 ……昔はもう少し、マシな人間だった。 普通にサラリーマンをやっていた。 妻もいた。 デートにもよく出かけた。 そして二人の子供にも恵まれていた。 姉弟であり、名前はアクナとマナトだ。 漢字にすると、悪成と魔成人である。 誰だ? こんなひどい名前を考えた奴は?(まあ、俺なんだけどよ) 漢字のまま役所に届けようとしたところを、妻の真希が止めた。真希はせめて漢字ではなくひらがなにしようと言って聞かなかった。鬼助はしぶしぶ真希の要求を飲んだ形となる。おかげでせがれたちの名前はひらがなだった。(くそ、それに
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第143話 サイは投げられた

 その夜、ギルドバトルにオンリーレディのメンバーは現われなかった。 トウマたちは不戦勝となり、三回戦へ進むことになる。 ――クエスト昇格 ――ギルドバトルクエスト、優勝する 翌日の午後六時過ぎ。 牡鹿ホテルの前の道路だった。 軒先には鹿の彫刻が施された看板が提げられている。看板が風に揺られてカタンカタンと音を立てていた。一階のレストランからは料理のかぐわしい匂いが夜風に乗って運ばれてくる。すでに魔導具の街灯が点灯しており、辺りをほのかに照らしていた。路地には三毛猫が一匹いて、レストランの裏口前で伏せっている。ふと裏口が開き、黒いコックコートを着た従業員が出てきた。三毛猫が「にゃあ!」と媚びた鳴き声を上げて立ち上がる。従業員の差し出した弁当をガツガツと食べ始めた。従業員はしゃがみ込み、三毛猫の背中を愛おしそうに撫でている。視界の端で眺めていたトウマの心がほっこりと温まった。 石畳の地面の上で、晴恋とウミが武器を構えて対峙していた。ギルドバトル前の最後の特訓である。今日はどうしてか仲間たち以外にもプレイヤー数が多く、二人の周りを遠くから囲んで見物している。上品な服を着たNPCの子供が「てるてる坊主のお姉ちゃん、猫のお姉ちゃん、頑張って」と声援をかけた。晴恋が緊張したように唇を引き結ぶ。ウミのモフモフとした尻尾が嬉しそうにたゆんたゆんと揺れた。 ウミが静かに言い放つ。「晴恋さん、行きますですよ」「来い! ウミちゃん!」 晴恋の顔つきに臆病な色合いはもう無い。栗色の長髪が風に吹かれてさらさらと揺れた。たれ目の目尻が鋭さを帯びている。:ギルドバトル前の最後の特訓だな。:晴恋は強くなったの?:またまたグラスオースを一点買いしてきました!:おい、ギルドバトルはまだ始まってないぞw ニキが力強く応援した。「晴恋、頑張るさ!」「きゃるるぅ!」 ニキの隣にいるキャルル丸が右の前足を掲げる。 ステータス画面からウミが決闘申請を送る。 晴恋が了承をタップした。「行きますっ」 ウミがすぐに走り出す。地面を這うような前傾姿勢だ。 晴恋が指示棒を掲げて唱えた。「雲が出て来ました」 空の月が雲に陰る。ウミの身体が黒いもやに包まれてスピードを落とした。 ウミは立ち止まり、余裕そうに尻尾を振った。尻尾が怪しく揺れている。尻尾で威嚇して相手の動揺を誘
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第144話 あたしと一緒に死んで

 可愛いは正義勢:ウミちゃん、頑張って! 晴恋頑張れ:優勝決定戦が始まったな。  賭け金返して:グラスオースを20万ヴァル分買ったおw 夜月しか勝たん:夜月さんの変態パフォーマンスがあると聞いて。 炎上しろ:今日は視聴者数が格段に多いな。 キャルル丸の世話係:可愛いキャルル丸に期待。 シロハ:トウマさん、優勝を祈っています! メルフィ:トウマさん、約束通り見に来ました。 レディミラージュ:ベルフラウさんがまたやっつけちゃうんじゃない?w ログネストの寄生虫:優勝戦は魔物が出るからな。 ウミちゃんの水着で鼻血ブー:夜月をどう止めるかだな。 優勝決定戦が開始された。 岩壁に囲まれた半円形のフィールド。味方陣地の奥には青いクリスタルのオブジェがある。石造りの台座の上に設置された青い球体だった。クリスタルにもHPバーがあり、少々の耐久力がありそうだ。柔らかい土の地面の上。正面には地面がそのまま隆起したような丘がある。その左右には通路があった。ベルフラウは両手の甲を腰に当てて顔を硬くしている。気分だけがやけに高揚していた。 すでにパーティは組んである。 ニキがキャルル丸にまたがり、相棒に力強く告げる。「キャルル丸、真っ直ぐ上に飛ぶさ」「キャルルアアアッ!」 ――ルミナスウイング。 光の翼でキャルル丸が浮き上がる。隆起した丘よりも高く上昇した。偵察任務である。 可愛いは正義勢:ニキさんずるいw 賭け金返して:キャルル丸の偵察スキルw 夜月しか勝たん:おい、それは反則だろ! 夜月がニキの視線に気づき、苛立たしげに睨みつけた。やがてルミナスウイングが終わり、キャルル丸が着地する。ニキはトウマに報告した。「トウマさん、敵は動かないさ」「……やはりか」 読み通りというふうにトウマは二度頷く。 一昨日のセレクターvsオンリーレディ戦の録画でも、夜
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第145話 動いてトウマさん

 可愛いは正義勢:ウミちゃん、尻尾モフモフ頑張って! 夜月しか勝たん:夜月さんによる拷問ショーの始まりw 賭け金返して:まだ大丈夫だって! グラスオースの方が人数で勝ってるから! シロハ:どうしてトウマさんは来てくれないの!? メルフィ:動いてトウマさん! 銀色の巨大な月が間近にあった。戦っているプレイヤーたちはまるで月の魔力に操られている人形のようである。岩壁に囲まれた半円形のフィールドであり、柔らかな土の地面だった。晴恋はぶるぶると震えそうになる身体を必死にこらえていた。 これまでに特訓はした。やれることはやった。そしてベルフラウが三人も倒してくれた。だとしたら、自分たちで残りの夜月とテレサを倒すしかない。 フィールドの左側ではニキとモナの激しい撃ち合いが続いている。ニキとキャルル丸の助力は期待できそうにない。 正面ではウミとアイギスが必死に戦っていた。テレサに向けて攻撃を繰り出している。それこそ全力だった。ウミがソウルメモリーを使用しており、身体が炎にくるまれている。 テレサの後ろから、夜月がサーベルを片手に歩いてきていた。(私に何かできることは!) 晴恋が歯を強くかみ合わせる。 手札は二枚あった。 そのうちの一枚を切ることにする。晴恋が唱えた。「ステータスオープン」 中からニンジンを取り出す。テレサに向けて投げつけると共に叫ぶ。「お馬ちゃん、餌をあげるよ!」「ぶるるっ」 テレサはすぐに反応した。前足を地面につけて、転がったニンジンにかじりつく。もしゃもしゃと食べた。すっかりと油断している。「晴恋さん、ナイスですぅ!」「晴恋!」 ウミとアイギスが褒めるように叫んだ。テレサの背後に回り、二人でお尻を攻撃する。アイギスはためらいなく股間を狙っていた。急所への攻撃にはダメージ補正がかかる。「くぷぷ、私だってやるんだから」 晴恋は笑いをこぼすと共に指示棒を振る。水玉が連続で射出されて、テレサの横っ腹に
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第146話 自分を救った力

 ニキを乗せたキャルル丸が走っていた。 柔らかな地面の上、土を蹴り飛ばして全速力で後退する。ニキは振り落とされまいと手綱を強くたぐり寄せた。夜空を見上げると、いつの間にかアルテミスのような女神が浮かんでいる。小さな三日月に座ってギルドバトルを眺めていた。両手を頬に当てており、興味津々と瞳を光らせている。優勝戦は凝った演出である。 攻めのメンバーはニキとキャルル丸しかもう残っていない。 だから味方陣地へと帰還して、トウマと一緒に戦うべきだった。 人数ではまだ勝っている。(みんな、よく戦ったさ) 後は男たちが頑張らなければいけない。 やがて味方陣地の半円形のフィールドに出る。 トウマはフィールドの中心で地面にあぐらをかき、目をつむっていた。瞑想でもしているのだろうか? ニキはあきれたように口をぽかんと開いた。(何やってるさ!)「トウマさん!」「きゃるるぅっ」 炎上しろ:おい、グラスオースの団長がやる気ないぞw 夜月しか勝たん:夜月さん、トウマを蹂躙キボンヌw レディミラージュ:夜月とモナが迫ってきているわよ。 シロハ:トウマさん何してんの! メルフィ:今すぐ立って立って! トウマが青い瞳を開いた。「よっと」と言って、地面に手をついて立ち上がる。こちらに顔を向けた。「ニキさん、状況を報告してくれ」 トウマの隣でキャルル丸が足を止める。身体を旋回させて正面を向いた。「トウマさん、残っている敵は夜月とモナだけさ! だけど、俺っちたち以外の味方はみんなやられちまったよ」「そうか」「そうか、じゃないさ。トウマさん、やばいよ!」「狼狽えるな」「う、狼狽えるなって言われても……」「ニキさん、キャルル丸。夜月は俺がやる。モナが来たら引き離してくれ」「わ、分かったさ!」「きゃるるぅ!」 やがて、左の通路から夜月とモ
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第147話 仲間を信じている

 トウマの目の前には夜月がいた。 岩壁に囲まれた半円形のフィールドである。土は柔らかく雑草は少ない。生温かい風が吹いていた。びゅうびゅうと風音が鳴っており、二人の前髪がなびいている。夜空では小さな三日月に座っているアルテミスがクスクスッと笑った。二人の勝負を見極めようとしているようだ。フィールドの中心で、二人は睨みあっていた。沈黙が流れていた。 可愛いは正義勢:トウマさん、頑張って! キャルル丸の世話係:団長対決ですね! ゲーム一筋一千年:トウマさんならきっと勝つと思う! 夜月しか勝たん:夜月さん、さあ、やっちゃってください! ユキナ:見に来ました。 シロハ:団長来たの!? メルフィ:ユキナ! 夜月がせせら笑うような声を響かせる。「トウマさん、どうして攻めに参加しなかったのですか? 貴方が来れば、もっとマシな戦法を取れたかもしれないのに」「俺は仲間を信じているからな」 トウマは凜々しい顔つきでつぶやいた。 夜月が眼鏡のふちをくいと上げる。「何か、とっておきの作戦がおありになるのですか?」「あったとしても、バラすと思うか?」「……なるほど。まあ良いでしょう。それでは、蹂躙させていただきます」 夜月が右手にサーベルを構えた。右手に左手を添える。 トウマもブラウンのステッキを掲げた。 息もできないような沈黙。 次の瞬間、夜月が動いた。 走りだして、トウマにサーベルを振りかぶる。「はあっ!」「来い!」 ブラウンのステッキでトウマがサーベルを受け止める。 夜月がニヤリと笑みを浮かべた。二連撃目がトウマの肩を斬り裂く。三発目、四発目も腹にもらってしまった。夜月はトウマの防御をいとも簡単にかいくぐっている。まるで未来が見えているかのような剣さばきだ。眼鏡が怪しげにピカピカと光っている。「雑魚雑魚雑魚、雑魚なんですよ! 貴方は」 トウマは気づいた。バックステップを踏んで距離を取る。「その眼鏡、伊達かと思っていたが、まさか魔導具か?」 夜月は眼鏡のふちをまたくいと上げる。「ご名答! この眼鏡はプレディクトレンズ。相手の筋肉の動きから一秒先の未来を映し出します」「卑怯者だな」「何とでも言ってくださいよぉ。さあ死んでください。トウマさぁん」 可愛いは正義勢:プレディクトレンズなんてあるの? キャルル丸の世話係:チートだな
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第148話 勝利の美酒

あれから一時間が経過し、女性たちはデスペナルティを終えてログインしていた。 キャルル丸の頭には花かんむりが載せられている。 トウマが音頭を取った。 「それじゃあ、キャルル丸の歓迎とギルドバトルの優勝を祝して、乾杯!」 「「かんぱーいっ」」 「きゃるるぅっ!」 コップをぶつけ合う音があちこちで重なった。 トウマの考えていたことはこれである。 キャルル丸の歓迎会をやったことはまだ無い。だから今日という絶好の日にお祝いをしてあげたかった。 白いテーブルクロスのかけられた丸いテーブルをみんなで囲んで座っていた。キャルル丸だけは立ったまま深い器に入れられたミルクをぺろぺろと飲んでいる。テーブルには蝋燭の灯りがあった。天井には魔導具のシャンデリアがあり、辺りをしっとりと照らしている。他に客はおらず、グラスオースの貸し切り状態だった。ベルフラウがワインをごくごくと一気に飲み干してテーブルにグラスをとんと置いた。頬がほんのりと染まっており、喜びに溢れている。彼女が右手を上げてウェイターに目配せした。やってきたウェイターにアメジスコッチという最高級のお酒を注文する。ウェイターが瓶をすぐに持ってきて、その紫色の液体をグラスに注ぐ。ベルフラウは香りを楽しむようにグラスを回した。それから液体の半分を口に含む。「美味しいわ」と満足そうな声を上げた。 ニキの隣ではキャルル丸が巨大な骨付き肉をかじっていた。花かんむりが華やかである。豪快に焼き上げられた香ばしい肉を牙で引きちぎり、頬を膨らませてむしゃむしゃと咀嚼する。味わっているのかつぶらな瞳が緩んでいた。骨まで食べ出す始末だ。ガリガリと音が響いている。太い尻尾がぶんぶんと揺れていた。花かんむりが嬉しいのか「きゃるるぅっ」と高い声で鳴いていた。 配信ドローンはない。 トウマはみんなから預かった金をすでに返していた。視聴者からの投げ銭の分配も行ってある。だけど、賞品のAランクスキンカード選択券は一つしかなかった。これはどうすればいいだろうか? トウマの隣にいるベルフラウが絡んでくる。 「ねえトウマ。あたし、優勝戦は全然活躍できなかったわ」 「そうなのか?」 トウマは苦笑しつつ、濃厚なソースのかかったハンバーグステーキをナイフとフォークで切り分ける。一切れ口に運んだ。ジュワッと甘い脂がしみ出る。
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第149話 恋になればいいな~三巻エピローグ~

白川駅の駅前だった。 午前十一時過ぎ。 辺りは行き交う人々で溢れている。若者が多く、カップルの姿も見受けられる。ガヤガヤとした話し声が響いていた。少し遠くからは路上で弾き語りをしている男性のギターの音と歌が聞こえてくる。オリジナルであり修行中のようで、少し粗が目立つ。だけど不思議ともう少し聴いていたいと思った。弾き語りの男性の前には小さな人だかりができている。スマホで撮影をしている人もいた。撮影オーケーのようだ。子供連れが通りかかり「あの歌聴いたことある」と声を上げた。親が「聴いたことないでしょ」とたしなめている。晴夏は壁のそばで突っ立ったまま、静かに拝聴を続けた。空は澄み渡るような快晴である。 ニキトとはすでに顔写真を交換してあった。彼の現実の顔はゲームとは違う。全体的にアバターよりも少し大人びている。髪型は相変わらずソフトモヒカンだった。今から会うのが楽しみである。 やがてニキトが改札口のある室内の扉から現われて、こちらへ歩いてきた。格好はカジュアルな黒のTシャツにグレーのチノパンである。茶色いショルダーバックを肩に引っかけている。 晴夏は思わず笑顔になった。写真よりもずっとイケメンである。目鼻立ちがすらっとしていた。それに背が高い。175cmはありそうだった。黒のTシャツも似合っている。彼が気づいて右手を上げた。 「は、晴夏、待ったさ?」 目の前で立ち止まる。 晴夏は首を振った。 「大丈夫です。私もいま来たところですよ」 ニキトがこちらの姿をそっと眺める。そして親指を立てた。 「晴夏は、ゲームで見るよりもずっと美人さ」 「ありがとうございます」 「その白いワンピース、似合ってるよ」 「本当ですか?」 「ああ、女神みたいさ」 「くぷぷ、それは言い過ぎですよ」 「本当だって」 「ありがとうございます」 ニキトが嬉しそうに顔を赤らめている。何だか可愛い。晴夏の胸が熱くなった。触れたいと思ってしまう。だけどまだ会ったばかりだ。それに、自分から手をつなぐ勇気はない。 ニキトが「行こう」と言ったので、晴夏は頷いた。並んで歩き出す。お昼は市でも有名なお蕎麦屋さんで食事をすることにしていた。晴夏が道案内である。 道中、二人の会話はゲームのことだった。共通の話題はそれほどまだ無い。だ
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第150話 新しい暮らし

 あれから三週間が経過していた。 ユウマと真帆はいま、アパートの内覧に来ていた。 六月の湿気はむしむしとしている。外では大粒の雨が降っており、車道を走行している車が水しぶきを立てて走っていた。ワイパーが勢いよく動いていた。歩道を歩く男子高生が傘を盾にして水しぶきを防ぐ。迷惑そうに眉をひそめている。歩道の隣にはちょうど幼稚園があり、アジサイが茂っていた。ピンクや青の花が綺麗である。葉っぱにはカタツムリがくっついており、ほんのわずかに前進していた。ユウマはアジサイが大好きだった。花持ちが良い花だからである。一ヶ月以上は咲いているはずだ。おかげで景色を長く楽しめる。幼稚園のグラウンドには大きな水たまりができている。水たまりは雨に打たれるたびに波紋を作っていた。 不動産屋の女性スタッフが内覧を案内してくれていた。いま見ている部屋は、1DKと部屋数が少ない。だがルームは12畳であり広々としている。風呂場とトイレは分かれていた。築年数は35年とちょっと古いが、外観も内装も綺麗だ。床はフローリング。エアコンは比較的新しいものが備えられている。ベランダもある。階数は三。家族での入居が可能だ。そしてログネストまでの距離が近い。徒歩15分だった。静かな住宅街であり、コンビニも近くにある。スーパーもそれほど離れていなかった。 月の家賃は9万円。ヴァルに直せば45万である。手数料を合わせればそれ以上だ。(うーむ) ユウマはうなっていた。(8万5千円なら即決の物件だが……) 東京で暮らすには何かと金がかかる。 女性スタッフがにこやかな笑みを浮かべて窓を開けた。湿気を含んだ外気が入り込んでくる。「お客様、いかがでしょうか? お二人暮らしということなら、絶好の物件だと思いますが」「うわあ、すぐ隣に幼稚園があるのね!」 真帆が窓の下枠に両手をつけて外の景色を眺めた。テンションがかなり高い。肩をウキウキと揺らしていた。 ユウマは女性スタッフに聞いた。「ちょっと、見て回っても良いですか?」「どうぞどうぞ」 ユウマはル
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