《結婚式に未来の息子が現れ、他人をママと呼んだ》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

26 章節

第11話

ソファの学が寝言を漏らした。まだ意識が朦朧としていた彼は、無意識に腕を伸ばして言った。「ママ、抱っこ」けれど、学を抱き上げる者はいなかった。学はパッと目を開けた。自分が置かれた状況に気づくと、みるみるうちに口をへの字に曲げた。あの意地悪な女。この前も病院で抱っこしてくれなかったのに、今日も抱っこしてくれない。やっぱり、母親になるべき人間じゃないよ。自分のママに相応しいのは緋奈だけだ。学はソファから飛び降り、辺りを見回した。蛍の姿はなく、代わりに呆然とした様子で立ち尽くす彰人が目に留まった。彼がこんなふうになっているのを見るのは初めてだった。学は怖くなって、思わず蛍の後ろに隠れようとした。けれど蛍がいないことに気づき、ぐっと拳を握りしめると、恐る恐る近づいて声をかけた。「パパ、どうしたの?」彰人は目を真っ赤にして学を見下ろし、枯れたような声で言った。「蛍がいなくなった」学は、どういう意味なのかすぐには分からなかった。いなくなった?もうパパとは結婚しないってこと?心の中に不安が広がった。しかし何かを思い出したのか、学の瞳は輝き始め、無邪気に口を開いた。「じゃあ、あの意地悪な女がいなくなったなら、パパはママと一緒になれるの?僕はママのお腹から生まれてくるでしょ?」学は前々から、自分は緋奈から生まれたと言って、二人をくっつけたがっていた。でもその頃の彰人は、特にその発言を気にしていなかった。自分が緋奈と子供なんて絶対に作るはずがないと確信していたからだ。昨日も、なぜか緋奈と同じベッドにいたが、起きてすぐ、「何もなかった」と本人に確認済みだった。自分と蛍こそが未来で結ばれると信じて疑わなかったから、学が何を言っても気には留めなかった。なのに今、初めてその言葉を言われてどうしようもない拒絶がこみ上げた。彰人が何か言おうとしたその時、ポケットのスマホが震えた。ドキッとしてスマホをつかんだ。しかし表示されていたのは蛍からではなく、秘書の鈴木洋介(すずき ようすけ)からの連絡だった。彰人は病院を出たあと、蓮の件について洋介に調査するようにと頼んでいたのだ。そしてこの電話はその結果報告に違いない。彰人は報告を耳にするのが少し怖かったけれど、大きく息を吸い込んで、受話器を耳に当てた。「言え」洋
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第12話

「は?何を言ってるんだ?」彰人は耳を疑った。緋奈が戻ってきてからまだ一週間しか経ってないのだ。彼女に触れた覚えもないし、仮に何かがあったとしても、こんな短い時間で妊娠したとわかるなんてありえない。正気なのか?彰人は眉間にしわを寄せた。緋奈の話を聞くべきじゃなかった。電話を切ろうとしたその時だった。「学は私とあなたの子よ。誕生日は来年の6月なの。計算すれば、今妊娠していてもおかしくないでしょ?私とは何もなかったなんて言わせないわ。昨日、確かに私たちは……目が覚めた後、あなたがうろたえていたから、認めたくないのかと思って。あなたを怒らせたくなくて、そんなはずないって言ったのよ」実は彰人を気遣ったわけではない。緋奈は薬を盛った時から、彰人と自分を強引に結びつけることだけを考えていた。本来の計画では、自分が戻ってきた時から、彰人は自分に夢中になるはずだった。しかし蛍が、結婚式の取り消しで彰人を振り回したせいで、彰人は自分といてもいつも上の空だった。このままでは、彰人は蛍のために自分を完全に切り捨てるだろう。あと一歩で成功する計画が台無しになるなんて嫌だった。だから、自分に興味をあまり示さなくなった彰人に、迷わず薬を盛った。だがまさか、彰人があそこまでうろたえ、嫌悪すら露わにするとは計算外だった。怒らせて全てが水の泡になるのを恐れ、体など重ねていないと嘘をつくしかなかったのだ。とりあえず自分がずっと彰人の側にいれば、蛍が不満で勝手に暴走するだろうと考えていた。いつか彰人は蛍に愛想を尽かし、従順で優しい自分を選んでくれるはずだと信じた。だが今は殺人未遂の容疑をかけられているのだ。手段を選んでいる暇はない。妊娠したと嘘をつき、彰人の権力を利用して保身するしかない。たとえ今回の件で彰人の信頼を失ったとしても、学のこととなれば彰人は無視できないはずだ。思惑通り、受話器越しに彰人の荒い息遣いが聞こえた。「手を回して、保釈させてやる」賭けに勝った。通話を終えた彰人は、眩暈を覚えその場に座り込んだ。学には大人の複雑な事情など理解できなかったが、妊娠という単語だけはっきりと聞こえた。緋奈が妊娠した?自分の願いが叶うの?彰人の元へ飛び跳ねて駆け寄り、服を掴んで声を弾ませた。「パパ!ママが妊娠したよ!僕は
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第13話

ふと、空港に迎えに来てくれた男性のことが頭をよぎった。穏やかで、感じのいい人だった。母は一息つくと、こう続けた。「お母さんの大学の同級生の息子でね、仕事熱心な方なのよ。自分の努力で今の会社に入って、それからF国へ派遣されたの。以前から紹介したいと思ってたんだけど、あなたは彰人のことが好きだったから……彰人とはもう離れたし、今度は彼のことなんて忘れて、充くんのことを考えてみてはどうかな?」その提案を聞いてつい笑ってしまったけれど、母の意図はよく分かった。かつては両親と絶縁してまで彰人との関係にしがみついていたのに、今では何も言わずに結婚式を取り消して、すぐにF国へ飛んできたのだから。何も知らされていない両親も、私が彰人を諦めたのは、よほどの出来事が起きたのだと察しているはずだ。あえて問い詰めることはせず、私に前を向いてほしいという両親なりの不器用な優しさだった。彼らを心配させたくなくて、私は母の言葉に従うことにした。こうしてF国に到着してまもなく、充と再び顔を合わせることになった。充は紺色のコートに、チェック柄のマフラーを巻いてい私のマンションに来てくれた。ドアを開けると、私は思わずじっくりとその姿を眺めてしまい、それから微笑んだ。「F国って、ファッションが有名だっけ?ここに住んでると、自然とオシャレになるとか」「うーん、違うと思います」充は首を振った。「会社のあるプログラマーが、F国に来てもずっと同じ柄のシャツを着てますから。私がオシャレに見えるのは、環境のおかげではなく、私自身の美的センスが良いからですよ」あまりに堂々と自分を褒める充に、私は思わず声を上げて笑った。体の傷がまだ癒えていなかったから、外へ食事に行くのは控え、充がスマホのアプリで現地で評判の高いレストランの料理を注文してくれた。届いた料理を食べてみたけれど、なぜ評価が高いのかよく分からないほど、味は期待外れだった。私が首を傾げると、充は含みのあるため息をついた。「F国の料理をまだ食べていないからですよ。そのうち、ここの料理にうんざりした時には、何を食べても美味しく感じられるようになるはずです」その言葉に二人は顔を見合わせて笑った。食事が終わり、充を見送ってから洗面所へ向かうと、鏡に映った自分の顔を見てふと呆気にとられた。前
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第14話

全てを片付けると、彰人は車を走らせ、蛍との家へ向かった。蛍のベッドに横たわり、枕に残る彼女の香りを嗅いでいると、頭が張り裂けそうなほどの苦しみがようやく和らいだ。彰人は再びスマホを取り出し、蛍に電話をかけた。何度も何度も掛け直したが、受話器から聞こえるのは、「お掛けになった電話は、電波の届かない場所に……」という無感情な自動音声だけだった。彰人は今度はラインを開き、蛍とのトーク画面を開いた。メッセージは結婚式の翌日、彼女が家を出る前のもので止まっていた。【どこへ行くの?送ろうか?】という自分の問いかけ。蛍からの返信はなかった。それより前を遡ると、二人の日常が綴られていた。今日食べた美味しいものについて、季節の変わり目だから暖かくするようにという気遣い、残業する自分をいたわる言葉が並んでいた。それらを眺めているうちに、彰人の瞳がじんわりと熱を持った。自分が起業したばかりの時のことを思い出した。アパートで二人肩を寄せ合って暮らし、生活費を節約するために、蛍は毎日業務スーパーの半額タイムを狙っていた。令嬢育ちで、家事など何一つしたことがなかった彼女が、自分のワイシャツをきれいにしたくてアイロンを買っては、何度も手に火傷を作っていた。痛いのが怖いはずなのに、自分を心配させたくないからと、一声も上げなかった。初めて大きなプロジェクトをやり遂げた日、自分のことのように喜んで抱きついて泣いてくれた。自分からのプロポーズを、目を輝かせて受け止めてくれた……だが今、緋奈の存在と、変えられない未来のせいで、全てが跡形もなく消えてしまった。「蛍……」彰人は掠れた声で、蛍の名前を呟いた。「どこにいるんだ?戻ってきてくれないか?お前がいなきゃ、ダメなんだ……」ひとしきり感情を吐き出したあと、彼は気持ちを立て直し、冷静に頭を切り替えた。洋介に電話を入れ、淡々と指示を出す。「蛍が直近に訪れた場所、銀行の振込履歴、それからパスポートの使用記録も調べろ。どんな手段を使ってでも、今すぐ彼女の居場所を特定しろ」「承知いたしました」洋介はきっぱりと返事をした。その後の数日間、彰人は廃人のような日々を過ごした。会社にも顔を出さず、蛍と過ごしたこの家に引きこもり、昔の楽しかった思い出を繰り返しなぞり続けていた。たまに緋奈を監視する
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第15話

学は緋奈の寝室のほうを見た。さっきまで優しかったママが、なぜ突然こんな態度になったのか分からなかった。何か嫌なことでもあったのだろうか?答えが見つからず、思い切って話を聞きに行こうとしたが、緋奈の冷たい顔を思い出して、怖くて動けなかった。日が暮れてお腹が空いたので、学は勇気を出してノックした。「ママ、お腹が空いたよ。何か食べたい」返ってきたのは何かをドアにぶつける激しい音と、緋奈のうんざりした声だった。「私があなたの世話係だとでも思ってるの?勝手にしてよ!」学は言葉を失った。以前なら、何が食べたいと言えば、蛍はすぐ作ってくれるか、買いに行ってくれたはずだ。あんな冷たい口調で突き放されたことなんて、一度もなかった。空腹と悔しさで、学は泣き出してしまった。急にドアが開き、緋奈が鬼の形相で飛び出してきた。「うるさいわね!家の中で騒がないで。あっちへ行って!」学はすっかり怖くなって、それ以上は何も言えず、ソファの上で小さくなって涙を堪えた。彼は、緋奈がもう別人に変わってしまったのだと痛感した。前とは何もかも違う。学はそのまま、ソファで泣き疲れて眠ってしまった。夜中に目を覚ましても、自分は相変わらずソファにいた。記憶の中では、遊び疲れてソファで寝ていても、少ししたら蛍に優しく抱き上げられ、寝室まで運んでくれたのに。たまに目覚めた学が甘えてわざと暴れても、蛍は嫌な顔一つ見せなかった。蛍はただ優しく笑って、彼がまた眠れるように子守唄を歌ってくれた。「ママ……」学は思わずそうつぶやいた。そう呼んでしまってから、自分がここに来てほしい人物は蛍だったことにハッとした。すぐに口を押さえ、心臓が嫌な音を立てた。なぜ突然、蛍のことを思い浮かべたのだろう?嫌いだったはずなのに。蛍とパパが毎日ケンカをして、パパが家に帰らなくなったのは全部蛍のせいだ。それで友達にも、僕にパパがいないとからかわれるんだ。だから、優しい緋奈がママになってほしかったのだ。そうすればパパも戻ってくると思っていたから。それは学の心からの願いだったはずだった。今は、緋奈のお腹には本当に子供がいる。なのに、もう緋奈にママなんてなってほしくないと思ってしまった。少しだけ、蛍に会いたくなった。もし今も蛍がママだったら、き
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第16話

そう言うと、学は外へ駆け出そうとした。緋奈は慌てて追いかけ、学の腕を掴んだ。「行っちゃダメ!」学が抵抗して緋奈を蹴ると、彼女はカッとなって、学を部屋の隅へと突き飛ばした。学の目の前が真っ暗になった。意識が途切れる直前、蛍がパニック状態でこちらに走ってくるのが見えたような気がした。「ママ……」そこで彼は完全に意識を失った。学が再び目を覚ました時、病院のベッドの上に寝かされていた。ベッドの脇に彰人が座っていて、彼は学の意識が戻ったのを見ると、急いで声をかけた。「学、大丈夫か?」学は彰人の顔を見るなり抱きついて泣き出した。ひとしきり泣き止むと、今度は蛍を思い出して身を震わせながら言った。「パパ……ママに会いたい……」彰人は眉間を指で揉みながら、「緋奈を連れてこい」と指示した。ボディーガードに引きずられるようにして連れてこられた緋奈は、すぐに悲しそうな表情を作り、学を心配した。「学、ママはここよ。ごめんね、今日は私が悪かったの。うっかりぶつかって転ばせちゃって。あなたを心配して、ずっと怖かったんだから。許してちょうだい?」もはや逃げ場がないと悟った彼女は、まだ妊娠中であるという嘘が露呈しないよう、学を言いくるめてこの状況を収めようとした。しかし、学は突然声を張り上げた。「あなたなんか僕のママじゃない!」その言葉を言い終わると、自分を抱きしめている彰人の体が震えていること気づいた。「学、今何て言った?」学は目を潤ませながら、もう一度言った。「僕はパパと緋奈さんとの子供じゃないんだ。パパとママの結婚式で、あんな嘘をついてごめんなさい。ずっと、ママとパパが喧嘩してて、パパは家より緋奈さんのほうを優先するから、家に戻って来なくなって……それで過去のここに戻った時、つい、僕が緋奈さんの腹から生まれた子供だって嘘をついたんだ。そうすれば、パパが僕から離れないって思ったから……」彰人は震えていたが、同時に言いようのない喜びがこみ上げてきた。学は、自分と蛍との子供だったのだ。つまり、蛍とやり直すチャンスはまだあるということか?舞い上がるような気持ちを抑え、彼はすぐに冷静さを取り戻し、緋奈のお腹に目を向けた。もし学が蛍との子供なら、そもそも緋奈が妊娠しているはずがない。案の定、すぐに学からこう言われた
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第17話

学はポロポロと大きな涙をこぼし、声を張り上げた。「嘘だ!ママは僕に一番優しかった!ママが僕を捨てるわけがない!」しかし、最近の蛍の冷たい態度を思い出し、彼は心の底で少し不安を感じていた。彰人は特に何も言わず、眉間に皺を寄せ、ボディーガードに冷たく言った。「こいつを警察署へ送り戻せ。徹底的に調べて、他にどんな罪を犯しているか突き止めるんだ。二度と塀の外には出させない!」ボディーガードは指示に従い、緋奈を引きずり出そうとした。自分の置かれた状況を悟った緋奈は、ようやく慌て始めた。「彰人、やめて!悪かったわ、あんなこと言うつもりじゃなかったの。お願い、許して?彰人!ねえ彰人、もし本当に私を許さないなら……あなたと寝たことをあの女にバラすから!私と寝た汚い男だって知られても、彼女が許してくれるとでも思ってるの?」彰人は緋奈の叫びを完全に無視し、引きずられていくのをただ見送っていた。病院の廊下で、緋奈の声が遠ざかっていく。学は不安そうに顔を上げ、彰人に尋ねた。「パパ、ママは本当に一生僕たちを許さないのかな?僕のことを産まないなんてことはないよね?」彰人は学の頭をなでて答えた。「大丈夫、そんなことはない」もし蛍が自分を許さず、学を産まないのなら、今腕の中にいる学など存在していないはずなのだから。しかし、学はまだここにいた。これは、蛍を見つけ出し、全てを説明さえすれば、必ず彼女は自分を許してくれるという証拠だ。二人はまたやり直せるはずだ。そうすれば、蛍が再び身ごもり、来年の6月に学が生まれてくる。それが運命づけられた未来だ。自分と蛍が、よりを戻すのは必然のことなのだ。その時、彰人のスマホが鳴った。洋介からの連絡だ。「社長、中島さんのお行き先を突き止めました。F国です!」彰人は立ち上がった。「わかった、今すぐ向かう!」……F国では最近、大雨が降り、肌寒い気候が続いていた。充の支えもあり、仕事にすぐに慣れた。リーダーとして二つの大規模なプロジェクトを完遂し、社員に認められることができた。父が電話越しに笑いながら言った。「言っただろ、俺が育てた娘だもの。彰人は見る目がなさすぎるな。うちの有能な宝を家庭主婦にするなんて、勿体ない!蛍、しっかり励むんだぞ。このまま色んな実績を作れば、グループの社長の座を
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第18話

私は怒りを押し殺した彰人の瞳を、まっすぐ見返した。「彰人、思い出させてあげようか?私たちはもう婚約を解消したの。あなたには私の交際関係をとやかく言う立場も、権利もないわ」「蛍、俺は……」私が連絡もしないで家から出ていったことを思い出したのか、彰人は顔色を悪くした。「話があるんだ。どこか場所を変えてくれないか?」彼が私の手を掴もうとしたが、充がそれを遮った。彰人が充に手をあげようとしているのを見て、私は先に口を開いた。「あなたと話すことなんてないわ。何か言いたいなら、ここで言って」今は昼休みで、会社のホールは社員たちで溢れかえっている。自分たちが何を言っているかまでは聞こえないだろうが、こちらの様子を気にしているのは確かだろう。周囲を見回し、謝罪の言葉を切り出すのをためらった彰人だったが、私の何事にも動じない瞳と目が合うと、ひどく動揺した。私の眼差しは、かつての温かな愛情が微塵も感じられない、まるで他人を見るかのような冷淡なものだった。もう二度と彼女を振り向かせられないのではないか――そんな嫌な予感が彰人の脳裏をよぎった。しかし、隣の学を見て、彰人は自分を奮い立たせた。彰人は深く息を吐き出した。「蛍、悪かった。緋奈があんな女だとは知らなかったんだ。もう警察に突き出して、徹底的に調べさせている。二度とお前の目の前に戻れないように……」「彰人、要件を言って。あなたのために割く時間はないの」と私は話を遮った。彰人の顔がまた少し青ざめた。「蛍、自分が悪かったってことは分かってる。もう一度チャンスをくれないか?必ず埋め合わせをする。前はあれほど幸せだったじゃないか?これからだってきっと……俺たちの家庭を作って、子供も一緒に育てよう。それに蛍、お前は知らないだろうけど、学はお前と俺の子供なんだ。自分が緋奈の子供だなんて言ったのは、子供の冗談に過ぎないんだよ」学も恐る恐る私の服の裾を握り、瞳を潤ませて言った。「ごめんねママ。変な嘘をついて、傷つけちゃった。でも本当に僕は、未来から来たんだ。ママとパパの子供なんだよ」二人が必死に許しを請う様子を、私はただ冷静に眺めていた。先に彰人の方を見やってから言った。「彰人、私たちが今後きっと幸せになるなんて、どうやって証明するの?」「俺は……」彰人は言葉に詰まった。冷た
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第19話

彰人と学は、それを聞いて目を輝かせた。しかし私は続けた。「明るい未来なんてないわ。学が生まれるかどうかなんて、私には関係ない。だってあの子は、私が病院で引き取った、重い病気を抱えた捨て子なんだから。ああそうだわ。どうして私が病院にいたか、知ってる?あなたとあの女のこと知ってショックを受けたせいで、私のお腹にいたあなたとの子供が死んでしまったからよ」私は吐き捨てるようにそう言って、二人を振り返ることなく、傍らの充を連れて歩き出した。あとに残された彰人と学は、呆然と立ち尽くしていた。学は絶望した。「僕はママの子じゃないの?拾われた子供なの?」そんなこと、あり得ない。あんなにも大切にしてくれていたのに。元気に育つようにと料理まで習ってくれて、自分が眠れない夜には一晩中そばにいてくれた。それに、自分が病気で入院したときも、ママは何も言わずに臓器移植の適合検査を申し出てくれたのに……どれほど重い病気だったかは分からないけれど、ママが自分をどれほど愛しているかは、学にも分かっていた。これほど愛してくれている人が、実のママじゃないなんてはずがない。きっと嘘だ。「パパ、ママはきっと怒ってるだけだよね。僕が拾われたなんてこと、あるはずないよ!ママはあんなに僕を大切にしてくれているもん!」彰人自身も、学が養子だったという事実に動揺を隠せない。しかし学の言葉を聞くと、蛍が二人から離れるために付いた嘘に違いないと思い込んだ。彼は学の頭を撫でてから、洋介に電話をかけ、DNA鑑定の手配を急がせた。結果が出るまで、彰人と学はありとあらゆる方法で私を振り向かせようと付き纏ってきた。朝晩届けられる花束、受付に山積みにされるプレゼント。社員にまで媚びを売って、私の気を引こうとした。充が弁当箱を手に社長室に入ってきて言った。「社長、以前の婚約者から送ってきたここの郷土料理と、私が用意した社長の好物、今日はどちらにしますか?」私は呆れて聞き返す。「どっちを選ぶと思う?」充はすぐに自作の弁当をテーブルに置き、「ならきっと好物がいいですね。せっかくなので、選ばれなかったほうは私が美味しくいただきますよ」と言った。私は返事もせず黙々と仕事を片付けた。退勤時、受付を通りかかるとそこには和田親子が送りつけたプレゼントで溢れ返っていた。花
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第20話

彰人はぼんやりした目でDNA鑑定の結果を眺めていた。そこには、彼と学の間に生物学的な親子関係がないことが記されていた。その結果を知った時の、どうしようもない絶望を今も鮮明に覚えている。彰人は信じていた。未来から来た学という存在こそ、自分と蛍がいつかやり直し、幸せになる証だと。心からそう信じ込んでいた。しかし、現実は違った。学は、自分と蛍の子供ではなかったのだ。呼吸すら忘れるほどの胸の痛みに、彼の目元が赤く染まる。学も泣き出して叫んだ。「僕はママの本当の子供じゃないの?ママに捨てられちゃうの?それじゃ、これからもママと一緒に暮らせないよね。そんなの嫌だ……」学は今になってようやく、結婚式の時、緋奈を母親だと嘘をついたことがいかに愚かだったか、嫌になるほどわかった。泣きながら蛍へ謝りに行こうとしたが、部屋を出る直前、学の体はふっとその場から消えてしまった。最初に突然現れた時と同じように、何の前触れもなく消えたのだ。彰人は分かっていた。学が未来の世界へ戻ったことのだと。学がいなくなったということは、未来が変わり、父子の縁も切れてしまったということなのか?蛍は、もう二度と自分を許してはくれないのか?何も考えないようにと酒を煽り、彰人は蛍の会社へ電話をかけた。「蛍、本当に愛しているんだ。お前がいなくなってからの毎日が、どれほど辛いことか。どうして何も言わずF国まで行ってしまったんだ。どんな誤解だって、話せば分かり合えただろう?お前を追ってF国まで来たのに、そんな冷たい顔をするなんて。俺だって生身の人間だ。傷つくし、悲しくなるよ。こんなに一生懸命謝っているのに、なぜ許してくれないんだ?蛍、俺が悪かった。もう一度やり直せないか?チャンスをくれないか?」もう彰人は自分のことを諦めたと思った私は、うんざりして電話を切ろうとした。私は眉間を揉み、どうすれば彰人に諦めてもらえるか考えながら、ようやく電話に向こうが静かになったことに気づいて、冷淡に言い放った。「彰人、あなた酔っているのね。大事な用がないなら切るわ」電話の向こうで少しの沈黙があったあと、彼はようやく答えた。「帰国することになった」その話を聞き、彼の状況を把握した。彰人が海外にいる間、緋奈は刑務所へ送られることなく、彼と敵対するライバル企業
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