LOGINふと目を覚ますと、和田彰人(わだ あきと)との結婚式の真っ最中だった。 死に戻った私、中島蛍(なかじま ほたる)は一瞬で現状を把握し、身につけていたベールを引きはがして、式を中止させようとした。しかしその瞬間、5歳の息子・和田学(わだ まなぶ)が突然、何もなかったはずの空間から現れた。 学は辺りをきょろきょろと見渡すと、彰人の胸に飛び込み、「パパ、やっと会えた」と言った。 学は彰人に、自分が未来から来た彼の息子だと告げた。 彰人はおかしそうに笑って、学を抱き上げると、私のほうを指差した。「じゃあさ、どうして一目で俺をパパだと言うのに、蛍のことをママと呼ばないんだ?」 学は私を一瞥もせず、冷たく言い放った。「この女はママじゃないよ。僕のママは『緋奈』っていうもん」 その言葉で、会場は静まり返った。 出席者の誰もが知っている。松本緋奈(まつもと ひな)は、彰人のかつての初恋の人だということを。 言葉を失った彰人に向かって、学は続けて言った。 「ママが昔パパの告白を断ったのはね、当時ガンだと誤診されたからだよ。迷惑をかけたくなかったからパパから離れたんだ。誤診だとわかってからやり直そうと思ったときには、パパが結婚するって聞いて…… ママはすごく悲しんでるの。このあと道路を渡るときにボーッとしてて、車にぶつかって右手が動かなくなるんだ。二度と絵筆も持てなくなるの。パパ、結婚式なんてどうでもいいから、早くママを助けてあげて!」 それを聞いて、彰人は思わず私を見て、「蛍、すまない」と言った。 私はただ手を振った。「行ってあげて。人命に関わることでしょ」 彼はほっとして笑い、去り際に念押しするように言った。「わかってくれてありがとう。彼女を助けたらすぐに戻る。式は別日に変更するだけで、取り消すわけじゃないからな」 私は返事をしなかった。彰人が足早に遠ざかる背中を見つめ、静かに視線を下ろした。 ねえ、彰人。この結婚を取り消したいのは、私のほうなのよ。
View Moreその後数年で、中島グループは業界でもトップクラスの企業となり、メディアからも注目されるようになった。充と入籍する前、私はある有名な神社を訪れ、神様にこの人生をやり直す機会を与えてくれたことに感謝を捧げた。本殿を出る頃には小雨が降り出した。雨宿りをしていると、通りかかった神主が、ふと立ち止まって私に言った。「この方、大変な幸運を授かっておられますね」私はきょとんとした。あわてて引き留め、もう少し詳しく聞こうとした。そこでようやく知った。私が時を遡れたのは偶然ではなく、前世で私が死んだ後、両親が懸命に祈り、自身の寿命を犠牲にしてまで私にやり直すチャンスを与えてくれたのだという。その事実に、私は思わず涙がこぼれ落ちた。前世で学を助けて死んだとき、私は母親としての務めを果たそうという思いしかなかった。その結果、両親にどれほどの悲しみを残したのかを考えもしなかったのだ。雨の中で神社を後にし、すぐに実家へと車を走らせた。ずぶ濡れで現れた私を見て、母は驚いて立ち上がり、羽織っていたショールをかけてくれた。「蛍、もうすぐ結婚式でしょ。嬉しいのはわかるけど、風邪をひいてしまうじゃない」父も心配そうに温かい飲み物を差し出してくれた。言葉は出なかったけれど、涙で濡れた瞳のまま二人を強く抱きしめた。しばらくしてから、私は声を詰まらせながら言った。「お父さん、お母さん、大好きだよ」今まで本当にありがとう。やり直した人生で、あなたたちが前世で寿命削ってくれた恩返しが少しでもできたらいいな。今回の人生は、とても幸せだ。両親の影響で、私も積極的に慈善事業に参加するようになった。充との結婚2年目の記念日、郊外の児童養護施設を訪れた。子供たちと遊んでいるとき、隅の方で一人じっとしている少年に気づいた。彼は私たちと一緒に遊ぼうとはしなかったが、じっと私のことを見つめた。私は院長にその子のことを尋ねてみることにした。院長はため息をついて答えた。「あの子は前に病院に預けられた捨て子で、先天性の心臓病があり、口数も少なく、あまり他の子とも遊ばないんです。ただ、『ママがすぐ迎えに来てくれる』とばかり言い続けているんですよ。みんな不思議がってしまって、あの子もますます無口になってしまいました」それを聞いて、心臓が跳ね上がる
私は遥の目を見つめたまま。「分かっています。正直に言えば、彰人が身を挺して守ってくれなかったら、今日こうして、あなたと会うことすら同意しなかった。だって私たち、まともに話し合える関係ではないのですから。とはいえ、私は恩を仇で返すような人間ではありません。南区のプロジェクトに和田グループが興味を持っていると伺いました。中島グループからこのプロジェクトを譲ってもいいですよ」「あなたは、何を――」遥は怒りに震え、私を指さした。遥が今日私を訪ねてきたのには理由がある。彰人を幸せにしたいという親心と、中島家との関係を修復して、自分たちの商売の道筋を広げたい、そういう計算に違いなかった。遥は私が世間知らずな若造だとたかを括っていた。生死の境を彷徨い、元恋人がこれほど重傷を負った姿を見れば、心が揺らぎ、いいように転がせるはずだと考えていたのだ。しかし、私はそんなことでは揺るがない。それでも諦めきれない遥が、食い下がった。「彰人のこと、少しは可哀そうだと思わないの?」私は軽く笑った。「もちろん可哀そうですよ。ですが、彼に散々傷つけられた自分のほうがもっと可哀そうに思います。事故を起こした女と関係を持ったのは、そもそも彼なのですから」事故後に目を覚ましてからの数日間、警察が何度も尋ねてくれたおかげで、何が起きたのかを詳しく把握していた。緋奈は以前、彰人に圧力をかけられ、一生を獄中で過ごす未来が待っていた。その後も、彰人に名誉毀損で訴えられ、持っていた資産ほとんどなくなった。緋奈は、贅沢な生活を失い、さらに囚人として生きる絶望の中で、私怨を膨らませた。私が帰国する日を知り、彰人も迎えに来ると踏んで車を借り、空港で彼と私をまとめて跳ね飛ばすつもりだったのだ。私は緋奈を恨んではいたが、追い詰めて息の根を止めてやろうと思ったことは一度もない。今後一生喧嘩し合うよりも、適当なところで手を引くべきだと分かっているのだ。彰人が最後にかばってくれた恩には感謝する。だが、トラブルの発端が彼自身であるという事実は変わらないし、ただ命を救われたからという理由で、ドロドロとした結婚生活に再び身を置くつもりもなかった。期待通りの答えが得られなかった遥は、怒りながら出て行った。私は、自分の手を強く握りしめている充に目をやった。「これで安
私はベッドの上で、退屈そうに真っ白な天井をぼんやりと見つめていた。充がドアを開けて入ってきた瞬間、私は目を輝かせて尋ねた。「どうだった?先生はもう退院してもいいって言った?」彼は首を振り、少し困ったような表情で私の背中を支えて上半身を起こしてくれた。「あなたは車にはねられたばかりなんですよ。もうしばらく様子を見たほうがいいです」私は溜息をついて、再び天井へ視線を戻した。まさか、車が凹むくらいの事故だったのに、すり傷だけで済んだなんて、誰だって想像できないはずだ。黒い車が突っ込んできたあの一瞬、彰人が身を挺して、私を庇ってくれた光景が脳裏をよぎる。それで彼は大怪我を負った。左目に異物が刺さり、左腕と左脚は骨折。今も意識は戻らないままのようだ。充に付き添ってもらい、一度だけ彰人の様子を見に行った。包帯でぐる巻きにされ、病床に横たわる彼の姿は、いつ亡くなってもおかしくないように見えた。この光景を目にした時の気持ちを言葉にするのが難しかった。まるで複雑に絡まった毛糸玉のように、思考も心も混乱しきっていた。彰人が最後に私を守ってくれたと知って以来、充はずっと無口だった。私の前にいるときだけは、何事もなかったかのように振る舞ってくれた。一度でも事故や彰人の話を持ち出そうとすれば、彼はいつも用事があると言って病室から逃げ出してしまう。充がこうして自分から事故について切り出すのは、極めて珍しいことだ。私は天井から目を逸らし、充を真っ直ぐ見た。「言いたいことがあるんでしょ?」充は唇を引き結んだまま長い間沈黙していたが、ようやく苦しげに言葉を絞り出した。「彼は、目を覚ましました」私は納得して頷いた。「会ってきたの?先生は何て言っていた?」「先生によると……」彼は深く息を吸い込み、言葉を続けた。「左目の視力は、これから回復する見込みはないだそうです。年を取れば失明する可能性もあって、完治は不可能だそうです」「そうか」私は少しだけ気の毒に思ったが、それ以上の感情は湧かなかった。彰人の怪我について、わざわざ自分で責任を背負い込み、自分を責め立てるつもりは毛頭なかった。だが、どうやらそう思わない人間もいるようだ。充ときちんとこの話をしようとした矢先、病室のドアがノックされた。やってきたのは遥だった。彼女は私
私は冗談を言って場の空気を和ませようとしたが、充は相変わらず緊張した面持ちをしていた。「あの……私、その……」充は目を閉じ、勇気を振り絞った様子で口を開いたが、その続きは私の柔らかな唇によって遮られた。くちづけを終え、私は彼に言った。「ここを出るまでに告白してくれるのか、ちょっと不安だったのよ」充は少し照れたように耳まで赤くして、こくりと頷いた。「元々は、今はまだ良いタイミングじゃないと思っていて、自分も本社に戻ってから、改めてあなたに気持ちを伝えようと思っていたんです」「それじゃあ、どうして今告白することにしたの?」「心配なんです」「心配って?」「ああ」充は私の手をぎゅっと握った。「あなたが帰った後、あの婚約者だった男がまた諦めずにあなたを追いかけるんじゃないかって……私が一歩遅れることで、あなたを失うのが怖いんです」私は苦笑して答えた。「彼とはもう、二度とやり直す気はないって知ってるでしょ」充は頷いた。「それでも心配なんです」充はどんな小さな不確定要素であっても、私を奪い去る要因になることを恐れていた。だからこそ、今がベストなタイミングではないと分かっていても、迷わず気持ちを打ち明けてくれたのだ。私は彼の大きな手を握り返した。「あなたに渡したいものがあるの」そう言って、私は彼の分のチケットを差し出した。「社長が帰国するとき、信頼する秘書を置いていくなんてあり得ないでしょ?」充は感極まった様子で、私を強く抱きしめた。飛行機はF国を飛び立ち、十数時間の旅を経て、無事に国内へと降り立った。充と手を繋いで空港の外へ出ると、そこには見覚えのある人物が待ち構えていた。冷たい夜風の中、充と向き合った彰人の視線は私の顔、そして私たちが握り合っている手に止まった。充が不安そうに力を込めたのを感じ、私は彼を見上げて優しく微笑み、手を握り返した。「大丈夫、拐われたりしないから」それを聞いて、ようやく充は安堵したように息をついた。「ちょっと待ってて。彼と話をつけてくる」充がまたきつく私の手を握った。可笑しくて彼の唇の端にキスをして、「絶対に大丈夫。必ず戻ってくるから」と約束した。充はまだ未練がありながら、手を離してくれた。私は背を向け、彰人が乗ってきた車に乗り込んだ。車内は長い沈黙が
reviews