相馬螢子は煌めく夜景を見下ろしながら、ソファーに深く身を沈めていた。高層マンションの最上階、リビングの大きな窓ガラスに、東京の灯りが宝石のように散らばっている。手には赤ワインのグラスが光を弾き、深紅の液体がゆっくりと揺れていた。 螢子はグラスを傾け、口元を妖しげに弧を描かせた。「螢子、飲み過ぎだぞ」 マネージャーの佐々木公彦がミネラルウォーターのコップを手に、彼女の肩を軽く叩いた。眼鏡の奥に心配の色が浮かんでいる。「お祝いなの」「お祝い? なんのだ? 映画は深夜枠のドラマになって大損だぞ。予算もスケジュールも大幅カットされた」 螢子は赤ワインを一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルに置いた。唇に残った赤い雫を舌で拭う仕草が、どこか艶めかしい。「私のセリフが採用されたんだもの。お祝いよ。真っ白な台本の原稿を前にした瑞希さんの顔が目に浮かぶわ……きっと、震える手でページをめくっていたでしょうね」 螢子の瞳には、暗く沈んだ色が横たわっていた。勝利の喜びと、底知れぬ憎悪が混じり合った、複雑な光。佐々木は戸惑った表情で彼女を見つめた。「どうしたんだ。これまでこんなことは一度もなかったじゃないか。なんでそんなにこの作品に固執するんだ?」螢子はゆっくりとグラスにワインを注ぎ直し、低く笑った。「固執? これは復讐よ」「……復讐?」「私を蔑ろにした全てのものへの復讐よ。守られるだけの壊れやすい妹として、車椅子に縛られ、愛を奪われ、死ぬ間際まで『勝った』と呟きながら消えたあの私への——そして、今、再びこの美しい体を手に入れた私による、瑞希への復讐」 螢子の声は静かだったが、部屋の空気を震わせるほどの重みがあった。夜景の灯りが、彼女の横顔を妖しく照らす。右足がわずかに引き摺る癖が、ワインを飲む動作の合間に見え隠れする。 佐々木は言葉を失い、ただ黙って彼女を見つめた。事故以前の相馬螢子とは、明らかに違う女がそこにいた。 螢子はグラスを掲げ、夜景に向かって静かに微笑んだ。「瑞希……お姉ちゃん。これから、ゆっくりと楽しませてあげるわ」 深紅の液体が、グラスの中で揺れ、まるで血のように輝いていた。
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