瑞希の指はキーボードの上で止まったままだった。あの頃、真希は本当はどう思い、自分を見つめていたのだろう。車椅子から見上げる視線に、どんな感情が宿っていたのか。嫉妬か、羨望か、それとも静かな殺意か。想像は羽ばたくことを知らず、ただ暗い井戸の底を這い回るだけだった。瑞希は初めて「書く」という行為の、冷たく高い壁に阻まれていた。 ……書けない。文字が浮かんでこない。 彼女は机に突っ伏し、深いため息をついた。温かな雫が頰を伝い、キーボードの隙間に静かに落ちて、黒い斑点を広げていく。肩が小刻みに震え、喉の奥から嗚咽が漏れた。書けば書くほど、真希が生きて動き出し、自分を嘲笑っている気がした。 その時、ベビーモニターから衣擦れの音が聞こえた。続いて、小さな吐息。「……もう起きちゃったのね」 時計を見ると、午後四時をとうに過ぎていた。オレンジ色の夕日が、蔦の這う窓辺から斜めに差し込み、リビングに長い光の筋を描いている。瑞希は重い体を起こし、子供部屋のドアを開けた。「爽子、おはよう」 瞬間、心臓が跳ね上がった。 爽子がベビーサークルにつかまり立ちをしていた。まだ十ヶ月なのに、しっかりと両足で床を踏みしめ、こちらを見上げている。漆黒の髪が肩まで滑らかに伸び、ガラスのように薄く透明な茶色の瞳が、夕陽を反射して妖しく輝く。真っ赤な小さな唇が、ゆっくりと弧を描いた。 日本人形のような、完璧で冷たい美しさ——それは、真希そのものだった。「まーま」 得意げに、はっきりと言った。声は甘く澄んでいたが、その笑みにはどこか勝ち誇ったような翳りがあった。顎の下のホクロが、夕陽に浮かび上がる。瑞希の足が床に縫い付けられたように動かなくなった。抱きしめなければいけないのに、腕が上がらない。愛しいはずの娘の姿が、死んだ妹の亡霊と完全に重なり、胸を締めつける。 爽子が両手を伸ばして「まーま」ともう一度呼んだ。瑞希は震える指で口元を押さえ、後ずさりした。背中が壁にぶつかる。温もりを、愛情を、すべて拒絶するように。「……やめて……お願いだから……」 小さな声が、夕焼けの部屋に虚しく溶けた。爽子の笑顔は、ますます深く、ますます美しく、真希の最後の微笑みをそのまま映しているようだった。
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