水曜日の昼休み。 社員食堂の隅のテーブルで、紡はカレーの皿の前にトレイを置いたまま、しばらく動けずにいた。 疲れが溜まっている、と自分でわかっていた。 blancの専任担当にアサインされてから、案件のスピードはまるで違っていた。これまでやってきた仕事を振り返ると、ずいぶん牧歌的に思えてくる。判断の量もスピードも、責任の重さも、すべてがひとつ上のレイヤーにある。そこを毎日、全力疾走しているような感覚だった。「はあ……」 右手にスプーンを握ったまま、ため息が漏れた。皿の上のカレーは、まだひと口も減っていない。食欲がないわけではなかった。腹は空いている。空いているのに、スプーンを動かす手のほうが動かない。「はあ……」 もう一度、同じため息をついてしまった。スプーンの背に映っている自分の顔が、歪んでいた。「紡、食わねえのかよ」 向かいの席にトレイが置かれた音で、紡は気づいた。顔を上げると、水瀬が腰を下ろすところだった。「いや、食べる」「顔色悪いな、お前」「そう?」「ま、案件動いてるのは聞いてる。とりあえず食えよ」「うん」 水瀬のトレイには、野菜中心のヘルシー定食が乗っていた。冷奴と、根菜の煮物と、玄米のご飯と、わかめの味噌汁。それで足りるのかよ、と紡は思った。けれど、その軽口を口にする元気は、もう、ほとんど残っていなかった。 水瀬は両手を合わせて「いただきます」と短く言うと、淡々と料理を口に運びはじめた。動きに無駄がない。食べ方ひとつにも、性格は出るのだな、と紡はぼんやり眺めた。 紡もスプーンを動かして、ようやくカレーをひと口、口に運んだ。スパイスの香りが鼻に抜ける。空腹の胃にしみていく感覚で、ようやく自分が腹を空かせていたことを、思い出した。 しばらく黙って食べていた水瀬が、ふと箸を止めた。 紡の顔を、まっすぐに見ている。 なにかついているのか、と思って、紡は口元を指でぬぐった。なにもついていな
Last Updated : 2026-05-11 Read more