無事に、ローンチが始まった。 間に合うのかどうか、始まる前はずっと気が気でなかった。それでもセントラル・アドのメンバーが最後まで尽力してくれて、なんとかスタートを切ることができた。 紡の仕事は、ローンチが始まればそこで一区切りだ。立ち上げが済めば、また次の案件が待っている。それでも今朝だけは、達成感を少しくらい味わってもいい気がしていた。 三月下旬、土曜の朝九時半。 紡は、blancを取り扱う旗艦店の前に立っていた。開店三十分前から、店の前にできた列に並んでいたのだ。 隣には、朔也がいた。 この店に来たのは、仕事のためではない。紡も朔也も私服姿だった。スーツ以外の朔也を見るのは、まだ数えるほどしかない。薄手のコートの襟元からのぞく首筋を見て、なぜか目を逸らしてしまう。 吐く息が、白い。コートのポケットに入れた指先は、冷えきっている。それでも、寒さはあまり気にならなかった。隣の朔也の気配のほうが、ずっと強く意識される。 半年のあいだ、ふたりはいつも机をはさんで向かい合っていた。発注する側と請け負う側として、立場の違いを意識しながら慎重に距離を測ってきた。それがいま、同じ列に、同じ側に並んでいる。たったそれだけのことが、紡にはまだ少し信じられなかった。 朔也がふ、と笑みをこぼした。紡は、体ごと朔也のほうへ向ける。「どうした? なにかあったのか」「いや……」 朔也は、こみ上げる笑いをこらえている。自分が変なことでもしたのかと、背中がひやりと冷えた。嫌われたかもしれない……。その回路は、想いが通じたあとも反射のように残っている。「クライアントと代理店が、旗艦店で開店待ちって……。なにやってんだろうな、俺たち」 朔也が、たまらず吹き出した。 なんだ、自分のことではなかったのか。 紡は、ほっと胸をなで下ろす。 梅の季節はもう終わり、桜のつぼみがふくらみはじめている。朝の空気は、まだ冷たい。けれ
Last Updated : 2026-06-14 Read more