土曜日の昼だった。窓から差し込む陽射しがリビングの床を明るく照らしている。私はソファに座りながらスマホを眺めていた。画面に表示された名前を見た瞬間、胸の奥が少しだけざわつく。Mom。しばらく会えていない母からの着信だった。その表情の変化に気づいたのか、キッチンでコーヒーを淹れていた拓真さんが顔を上げる。「どうした?」「……お母さんです」そう答えた瞬間、着信音が鳴った。拓真さんは何でもないように頷く。「出れば?」私は小さく頷いて、そのままバルコニーへ出た。外の空気は少し冷たい。手すりに寄りかかりながら通話ボタンを押す。「ママ」『愛海! 久しぶりじゃない』懐かしい声だった。それだけで少し肩の力が抜ける。他愛ない近況報告が続く。仕事はどうなのか。ちゃんと食べているのか。東京は寒いのか。そんな話をしていた時だった。『そういえば樹くん元気?』私の指先が止まった。『この前パパとも話してたのよ』母は何も知らない。だから当然のように続ける。『次に日本へ行ったらちゃんと顔合わせしないとねって』『婚約ってやっぱり特別だし』胸の奥が少しだけ痛んだ。でも、それはもう以前みたいな痛みじゃなかった。私はゆっくり息を吐く。「お母さん」『ん?』「私、樹と別れたの」風の音だけが耳に残る。数秒の沈黙。『……え?』声が揺れていた。『どういうこと?』「婚約もなくなった」静かに言葉を続ける。「色々あったけど、もう終わったの」不思議だった。以前なら口にするだけで苦しくなったはずなのに。今はちゃんと話せる。終わった過去として。それに気づいて、自分でも少し驚いた。母はしばらく黙っていた。やがて小さく息を吐く。『……そう』『お母さん、樹くん好きだったから』胸の奥が少しだけきゅっとする。『優しかったし』『愛海のこと本当に大事にしてると思ってたのよ』私は何も言えなかった。その時だった。何気なく部屋の中へ視線を向ける。キッチンに立つ拓真さんが見えた。コーヒーを淹れている。でも、さっきから手が止まっている。聞こえている。たぶん全部。胸が少しだけざわついた。母は優しい声で続ける。『でもね』『愛海が幸せなら、それが一番だから』私は小さく笑った。「うん」そして少しだけ照れながら言う。「
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