数秒の沈黙。そして。『ははっ』高らかな笑い声。『あり得ない』「本当です」『それなら騙されている』「騙されていません」恒一は全く信じていないようだった。『あいつがお前と婚約する理由がない』「理由ならあります」(理由があるのは“私”なのだけど)『遊ばれているだけだ』「違います」『そんなわけがないだろう。あの男が何も考えていないはずがない』実花は黙る。反論する気も失せた。すると、電話の向こうから恒一を呼ぶ美鈴の声が聞こえた。『すぐ行く』遠のいた恒一の声は柔らかかった。恒一が美鈴を大事にしていることは本当なのだろう。『実花』そのまま美鈴を大事にして、電話を切ってほしいと思った。『お前なんかと婚約しようというのは俺くらいなんだから馬鹿な冗談はやめろ。不愉快だ』恒一は吐き捨てるように言った。実花は何も言わない。ただ頭の中で“なんか”という音が不快に響いた。『それよりケーキを買ってこい。すぐにだ』 プツッ通話が切れた。車内が静まり返る。最初に口を開いたのは実篤だった。「なんだあれは」本気で怒っていた。「あんな男を好青年だと評価していたなんて」「これを参考に俺の評価を上方修正してくれるといいのですが」光也は淡々としている。「あれとこれは別だ。そもそも、一ノ瀬健の発言には君にも責任がある」実篤が光也を見る。「そんな派手な顔をしているから実花が遊ばれているなどと言われるんだ」(お父様、それは理不尽ですわ)実篤の光也に対する発言は完全にとばっちりだ。しかし。「そうですね」なぜか光也はあっさり頷いた。「認めるのか」「遊んでいそうと言われますし、実際に遊んでもいましたからね」「表現が逆だ。実際に遊んでいたなら、“いそう”ではなく正しい評価だ」「ところで」「話を変えるな」光也が実篤を見る。「料亭の予約は変更できますか?」「三人にしろというのか?」「それもありますが」(あるんだ……)光也の図々しさに実花は少し感心した。こんな場面でも当然のように自分の要求をする。でも恒一の要求とは違う。同じ“図々しい”でも、恒一には苛立ったが、光也には思わず笑いが零れそうになる。「世間に、実花さんのほうが俺を選ぶ立場なのだと知らしめるべきかと」「……ふむ」実篤は腕を組んだ。しばらく考える。
閱讀更多