《愛されること~夫と義妹に殺されたので、今世では悪女になります》全部章節:第 61 章 - 第 70 章

89 章節

第60話 お嬢様の特技(2)

「プロポーズしたのに、なぜ驚いている?」(プロポーズしたって……)「いつ……」そういう話になったのかというつもりで実花は聞いたが、光也は何かに納得するように頷いた。「そうだったな、まだ予告したところだった」「あの……」「安心しろ。ちゃんとした場所でプロポーズするから……それよりも」(“それよりも”?)光也が目線を変えて、室内を見渡す。「煩いな」「……そう、ですか?」実花にはうるさくない。いや、正確に言えば視線はうるさい。この場にいる全員が、航も含めて自分と光也を凝視している。「え、社長って実はロリコン……」「いや、女子高生でも大人っぽい雰囲気だからロリコンは……」「でも十歳離れているのよ?」「十歳くらい大人になれば……」一斉に室内がざわつきだし、実花は確かにうるさいかもしれないと思った。実際に光也の眉間には皺が寄っている。「電話……」「……え?」(でん、わ……?)「電話が鳴りっぱなしだ。誰か出ろ」リリリリリ。(あ、確かに電話……あれ?)数秒間鳴っている。でも誰も出ない。しばらくすると、電話は切れた。でも、また鳴る。そして誰も出ない。切れる。また鳴る。切れる。「……あの」実花は光也に声をかけたが、見上げた顔はこの現象を不可解と不愉快を足して半分で割ったような顔でみていたので、実花は説明を航に求めた。 「あの、誰も電話に出ないのですが?」航が苦笑した。「出たくないんですよ」「え?」「みんな電話が苦手なんです」あまりにも自然な答えだった。実花は思わず聞き返した。「苦手って、仕事も電話かも……」「その可能性はかなり低いです」そう言うと航はスーツの内ポケットからスマートフォンを出してみせた。「仕事の電話はこっちにかかってくるので」「なるほど……では、いま鳴っているのは?」航は箱を指さす。「手紙の、電話版です」「……なるほど」思わず実花は光也を見た。「東国さんはご存知なかったのですか?」「俺も電話は嫌いだからな。まず音がうるさい、そしてこちらの都合お構いなしだ」「……なるほど」(東国さんはうるさくないけれど、こちらの都合お構いなしというところは……)「キング・オブ・自己中が何を言っているんだか」航は呆れてみせたが、彼も電話に出ようとしないところを見ると嫌いなのだろ
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第61話 お嬢様の特技(3)

休憩しようと誘われた実花は女性社員に囲まれた。「実花ちゃん、こういうのって食べる?」「もちろんです」カップに入ったポテト菓子に実花は躊躇わず手を伸ばし、カリカリといい音を立てて食べ始める。「お嬢様なのにスナック菓子を食べるんだね」「それ、よく言われるんですけれど、和菓子をお腹いっぱい食べようとしたら破産してしまいます」「破産するの? お嬢様なのに」「お小遣い制なので」「お小遣い!」「え? お小遣いって一般的なフレーズですよね?」スナック菓子をつまんでいた実花は首を傾げる。「そうだけど、実花ちゃんみたいなお嬢様って感じの美少女に言われると違和感がある」「そうそう。実花ちゃんはお小遣いで何をするの? お洒落なカフェに行ったり?」「カフェは……言っていたみたいのですけれど行けなくて」「危ないから、とか?」「いえ……注文の仕方が分からなくて。メニューの言葉は複雑だし『ミルクオレ』とか『カフェラテ』とか、違いはなんだろうというか……トッピングを聞かれても困るし、そしてサイズもいまいち普通サイズはどれなのかと」「なにそれ、可愛い」「え、じゃあ、いまからカフェ行こう。近くにあるから、奢ってあげる」「本当ですか!」初めてのカフェ。しかも女性と、年は離れているけれど友だちみたいで実花は嬉しかった。「え、なに、妹みたいなんだけど」「いや、実の妹よりも可愛い。この年でここまで素直に甘えてくれるのは嬉しい」「分かる」「可愛い」「美人なのに可愛い」気付けば実花は妹ポジションを確保していた。一方で男性社員たちは別方向で騒いでいた。「可愛い」「可愛いな」言っている言葉は同じだが、含まれる内容が違う。女性相手には素直に甘える実花なのに、男性相手には妙にぎこちない。そこが可愛い。男性社員に話しかけられると一瞬身構える、そんな女子校育ち特有の距離感が彼らには新鮮で、とても可愛く見えていた。「あのギャップ反則」「守りたくなる」「分かる」うんうん頷く男性社員たちだったが、光也の顔を見てぴっと表情を固めた。「妹みたいで」「娘のようで」光也の圧が弱まり、彼らはほっと息を吐く。そして目で合図を送る。 『今夜、飲みにいくぞ』光也の圧のないところで思いきり話をしたかったし、先ほど光也が言った『婚約者発言』についてどういうことなの
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第62話 似た者同士(1)

カフェから戻ってきた実花は、先を歩いていた女性社員がオフィスの入り口で足を止めたので自分も足を止めた。そして中の空気がおかしいことに気づく。何かトラブルが起きたのだろうか。そう思ってしまうくらい、中から漂ってくる空気は妙な緊張感を孕んでいた。その理由はすぐに分かった。「帰ってきたようですよ」光也の声が聞こえた瞬間。「実花!」「……お父様?」前にいた女性社員が左右に分かれると、オフィスの中に藤宮実篤がいるのが見えた。そして、その正面には東国光也が立っている。二人とも無言だが、しかし二人が醸し出す迫力に息を呑む。(なにこれ……) 実花は思わず航を見る。まるで『俺に聞かないでください!』と叫ぶような顔で首を横に振られた。実花はつばを飲み込み、口を開く。「お父様、どうしてここに?」実花の言葉に実篤は咳払いをした。「迎えにきた」「……迎え?」「ああ……ちょうど仕事が終わったところで、ここは通り道だった」(帰り、道?)父親の職場は自宅を挟んで反対側だ。「……商談でな」「そうでしたか」実花が納得したその瞬間。「心配だったと素直に言えばいいのでは?」光也が横から口を挟み、実篤の眉がぴくりと動く。「……光也、煽るな」航が頭を抱えた。「事実だろう、藤宮の本社はここと離れている」「だからそれを言うなって」実篤は露骨に不機嫌そうな顔をしたあと、咳払いすると実花へ向き直った。「それより、どうしてこんな男についてきたんだ」「え?」「何を言われた」(なにを……)まだ現実感の戻ってこない実花は素直にあったことを答えた。「大人の遊びを教えてくれると」「なんだと!」「お父様っ!?」ガッと実篤が実花の両肩を掴んだ。「実花」「……お父様?」「何があったか分からないが、こんな男と関わってはいけない。危険だ」「危険なんて、素性はしっかりしているではありませんか」「不審者という意味ではない」実花は首を傾げた。「強引な人だと思いますが、意外と話を聞いてくださいますし、変な人とは思いませんよ?」あの恒一よりは、と実花は心の中で思った。(それに……)「とても楽しかったです」「楽しかった!?」実篤が愕然とした。「手遅れだった、か……?」小さく呟く。そんな父親の反応に実花は気づかず、手に持っていたカップを掲げて
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第63話 似た者同士(2)

「また手伝ってくれ」光也が言う。「困ったら学校まで浚いにいくから」まるで王子様のような台詞だが、実花をときめかせたのはまた今日のような放課後を過ごせるということ。実花は手元のほわほわホイップカフェオレラテを見る。「は……」「ちょっと待て」実花の言葉を実篤が遮った。「なぜ実花がここでたまにバイトするような話になっている」「だめなのですか?」光也が首を傾げる。「だめに決まっている!」実花は肩を落とした。やはりと思った。(藤宮家の娘がみっともないとか……)「バイトしたいならここではなくうちですればいい」「え?」「私の秘書の補佐をすればいい」実花は驚いたが、実篤は勢いよく続ける。「そうだ。そうすればいい」実花は目を丸くする。「お父さ……」「それでは俺が困る」遮ったのは光也だった。光也は実篤を見る。「横取りしないでください」「横取り!?」「最初にオファーを出したのは俺です」「俺はこの子の父親だ」「縁故採用なんて今どきやりませんよ?」「そういう話ではない!」実篤が声を荒げた。「ここで仕事をするなら、うちで仕事をしたほうがいいと言っただけだ」「理由は?」「いずれこの子は藤宮の仕事に関わるのだからな」実花は固まった。(え……?)「藤宮の仕事に、関わる?」「当たり前だろう」実篤は不思議そうだった。「お前は俺の一人娘だ」「……」「藤宮の後継者なのだから」実花の思考が止まる。後継者は実花だと父親は言った。「後継者を得るために……私を婚約させようとしたのでは?」実篤は顔をしかめた。「なぜそういう認識になっている?」「ですが……」「お前の夫となる男はあくまでも補佐だ」実篤は当然のように言った。「藤宮の血筋はお前なのだからな」「私が……藤宮を……」呆然と呟く。実篤はその反応を不安と勘違いしたらしい。「難しく考える必要はない」慌てたように続ける。「誰だって最初は初心者だ」光也を指さす。「この男だって初心者だった時代があった……と思うぞ」実篤の声から自信がなくなった。「あったに決まっているだろう」光也が頷く。「……ほらな。私には全く想像がつかないが、本人があるというのならあるのだろう……ともかくだ!」実篤は咳払いする。「まずは手紙や電話の対応をしてみればいい」「お父
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第64話 バイト生活(1)

実花は東国光也の会社でアルバイトをすることになった。学校のカリキュラムと習い事の関係で火曜日がバイトに充てられることとなり、第一火曜日と第三火曜日に光也の会社に来ることになった。当初は毎週の予定だったが、それに待ったをかけたのは実篤だった。「会社というものは多様だ」実篤は腕を組みながら言った。「この会社のように若い者が多い『新しさ』に重きを置かれた会社もあれば、藤宮のような歴史や伝統を重んじる会社もある。空気も考え方も違う。若いうちから様々な価値観に触れることは見識を広げることに繋がるだろう」実篤の言葉を光也も「そうだな」と肯定した。「片方だけでは視野が狭くなる。偏った知識しか得られない。だから第二、第四火曜日は藤宮で働くといいだろう」「お父様……」なんて立派な考えなのだろうと実花は感心した。しかも自分を後継者として育ててくれるようにも思えた嬉しかった。しかし―――。「それ、端的に言うと『ずるい』ってことですよね?」航の独り言はやけに大きく響き、実篤は黙った。「……なんか、すみません」父親の心情を暴露した気まずさに航は反省した。こうして第一・第三火曜日は光也の会社で、第二・第四火曜日は実篤のもとでは働くという奇妙なアルバイト生活が始まった。そして、それは実花にとって、それは思っていた以上に楽しいものだった。「今日、会社のメールフォームのメンテナンスに関わらせてもらって」「ほう、そうなのか」「メンテンナンスを担当している女性社員の方にいいリップを薦めていただいたんです」「それは良かったな」「あと、おやつボックスには期間限定のお菓子があって……」「おやつボックス……東国君が確かにそんなことを言っていたな。菓子が好きなのか?」「学校の購買でときどき買います」「……なるほど」そんな会話をした二日後にお菓子のバラエティパックが自宅に届くなど、実花と実篤の関わりは
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第65話 バイト生活(2)

実花の頭は走馬灯のように今日の一日を巡った。第五火曜日だった。今月は火曜日が五回あり、実花は何ごともなく放課後を迎えていた。(今日はバイトもないし、真っ直ぐ帰ろうかしら)そう思っていた実花のところに女生徒が二人は知ってきた。二人は別々に違う方向からやってきたが。「「藤宮さん! お迎えです!」」言葉も興奮した内容も一致していた。「迎え、ですか?」そんな予定はなく、どこからという気持ちで実花は彼女たちに聞いた。「「藤宮様/東国様です!」」「……ええっ!?」実花は大きな声をあげたが、女子生徒たちのざわめきのほうが勝った。彼女たちはこれまでしていた会話など捨てて、昇降口に揃って進み、綺麗な所作だがすごい速さで靴を履き替えると校門に向かって滑るように移動していった。校門の前。黒塗りの高級車と夜空のような深い紺色の高級スポーツカー。それぞれの前に立つ二人の男性。一人は藤宮実篤、もう一人は東国光也。校門を出て東と西に分かれていたが、二人から発生られるオーラのようなものは激しく衝突しているようだった。「お父様も、東国さんも、何をしていらっしゃるのですか?」実花が驚いて、その驚きをそのまま口にする。「実花」「迎えに来た」二人が同時に言い、同時に黙って互いを見た。そして実花を見る。「「今日はあちらでのバイト日ではないからな」」二人が同時に言い、また同時に黙って互いを見た。一方で実花は絶句していた。「迎えに来たのは、せっかくだから夕食を外で食べようと誘ったからだ」「……お父様?」「実花、お前が昔から好きなあの料亭を予約してある」「え、本当ですか?」幼い頃は家族で何度か足を運んだ店を実花は思い出す。母親が亡くなって以来足を運んでいないが、実花はあの店の茶わん
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第66話 家族団らん(?)

「余計誤解されている気がするがいいのか?」車の窓の外を眺めながら光也が言った言葉に、隣に座った実花はぐったりしていた。「言わないでください……」学院の女子たちの黄色い悲鳴がまだ耳に残っている。明日から何を言われるのか考えただけで胃が痛い。「安心しろ」助手席に座った実篤が娘を慰めるように言った。「私が婚約者などと認めないと言えば問題はなくなる」「……そうでしょうか」実花は眉間にしわを寄せた。光也のことよりも遥かに面倒な問題がある――一ノ瀬恒一だ。「どうした?」不安げな顔をしていたのか。実篤の問い掛けに実花は少し悩み、いい解決策がないので相談してみることにした。先ほどの電話の内容、美鈴の怪我とそれに対して謝罪に来いと言う恒一の要求について話す。「フラれてもめげずにアプローチしている……ならば高評価なんだがな」「勘違い男の妄言ですからね」自分の言葉を肯定する光也に、実篤は冷たい目を向ける。「勘違い男、妄言という点は君にも当てはまると思うぞ」「そこは認識の違いですね」「そうやってストーカーが生まれるのだと私は思うよ」「安心してください。ストーキングする暇はないので直球勝負と行きます」「君は、意外と脳筋なんだな」「体力もある頭脳派と思ってくださるとうれしいですね」二人のキャッチボールのようなテンポのいい言葉の応酬に実花は少しだけ元気を取り戻した。そして論点が少しずつずれていることが気になっていた。(恒一さんの件はどうしなるの?)「一ノ瀬恒一の件ですが、丁度いいではありませんか」「突然の変化球はやめてくれ。それで、何がだ?」「俺を盾にすればいい」実花が顔を上げる。光也は続けた。「一ノ瀬恒一に何か言われたら俺が婚約者になったと言えばいいだろう。面倒事は減るし、文句なら会社に連絡しろと言えばいい。航が対応する」(東国さんではないんだ……でも……)考えはじめた実花とは対照的に、実篤は眉をひそめた。「君がそんな献身的かつ殊勝な性格をしているとは思えんのだが」「失礼ですね。確かに殊勝ではありませんが、献身的かもしれないでしょう」「殊勝も献身も実績がないことは分かった」「未知数であってゼロではありません」堂々と言うことではないと実花は思ったが、光也らしいとも思った。(悪くないかも……)実花の頭にそんな考えが
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第67話 私なんか(1)

(そういえば)実花は首を傾げた。「東国さん、一つ気になることがあるのですが」「何だ?」実花は光也を見た。「盾扱いの仮とはいえ私の婚約者に勝手になってしまって大丈夫なのですか?」「何か問題があるか?」何も問題は見当たらないという風情の光也に実花は驚く。「東国家の許可は?」光也が瞬きをした。「許可?」「そうです。東国家と藤宮家はつかず離れず、互いの領域には不可侵というのが暗黙の了解ではありませんか」「なるほど。藤宮家ではそうなっているのか」「東国家では違うのですか?」「確かに距離を置けとは言われているが、結婚する間柄なら問題はない」距離は置かなければいけない。でも結婚するなら構わない。「東国の男は性に奔放な無責任が多い。現当主の俺の父親は女に払う賠償金を稼ぐために仕事をしていると言っても過言ではない」愛人の息子である自分もその賠償金で育った一人だと光也は言う。内容からもう少し悲壮感があってもよさそうだが。「ご自分のことなのに、あっさりしていらっしゃるのですね」「同じ境遇の兄弟が十人近くいればこうなる」「十人!」「想像以上の放蕩っぷりだな」「ええ。今も亡き妻一人だけを愛し続ける義父ができて嬉しく思いますよ」「盾扱いの仮だぞ、仮」「ああ、そうでしたね」「忘れるな」全くと言わんばかりに実篤はため息を大きく吐く。「東国の男は昔から厄介だから娘を近づけるなというのが藤宮家の不文律だ」実篤の言葉に実花は首を傾げる。「それなら仕事は一緒にしても構わないのでは?」「二家共同での仕事は規模が大きくなる。そうなるとどうしても安心のための担保が必要になり、両家の子どもたちを結婚させるという話がどうしたって出てきてしまう」「……なるほど」「ただでさえ浮気性の男に、政略結婚だから仕方がないなんて理由を与えてみろ。節操なく浮気をするに決まっている」「そうですね。貞淑を誓った恋愛結婚でさえ三年後に浮気して離婚しましたから」「浮気が前提の結婚など金と時間の無駄だ」「同感です」深く頷く光也に実花は首を傾げた。「東国さんも東国の男性ですよね」「浮気はしない、命がけだからな」「命がけ?」なぜ命?物騒な。「女遊びはいいが結婚後に浮気をしたら去勢すると母に言われている」「きょ、去勢?」「割りが合わない。だから浮気はしな
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第68話 私なんか(2)

「そもそもだ」光也の声が降ってきたと思ったら、光也の指が顎に触れた。そしてやや力を入れて上を向かされる。見下ろす光也と目が合った。「お互いの立場を比べたら、俺のほうが結婚してくださいと言わなければならない立場だ」「……え?」(お願い……こんな男性が……)実花はぽかんとした。「君は藤宮家の一人娘で、当主である父君も後継者と認めている。一方で俺は東国家の数いる子どもたちの一人で庶子、後継者候補と言われているがあくまでも“候補”だ」光也が口角をあげる。「藤宮の姫君である君に結婚してくれとひざまずくのは悪くないな。誰かに撮影してもらって結婚式で流すか」実篤が呆れたようにため息を吐く。「さらりと求婚するな。そして結婚式のプランなど気が早い」「事実でしょう」光也は気にしない。「でも」実花は戸惑う。「東国さんは東国の後継者候補の筆頭ですよね?」「そうらしいな」「それなら藤宮家のことは……私は藤宮家を……」「継げばいい。俺が婿入りすれば解決する話だ」「え? 東国家は?」「東国家など別に興味はない」「え?」光也の答えに実花は目を見開いた。「興味が、ない?」「ああ。特に東国家に拘りはないし、藤宮光也だと“み”が多い気もするが、君も実花だから問題はないだろう」「え? 藤宮、光也?」光也は窓の外へ視線を向けた。「俺にとって東国は簡単に捨ててしまえるものだ」窓ガラスに映るその表情はいつも通りだった。だがどこか温度がない。「東国家なんて俺にはどうでもいい」車内が静かになる。「育ててくれた母には恩を感じている」光也は淡々と続けた。「だが」一瞬だけ口元が歪む。「種しか寄越さなかった父親に思うことは何もない」「でも」実花は小さな声で呟くように尋ねてしまった。「仕事は……?」光也は東国グループで働いている。しかも社を代表するCEOだ。バイトしながら光也が仕事をする様子も見てきた。光也の『興味がない』という言葉とはどうしても結びつかない。「仕事はすぐに辞める気はないが、お義父上もお元気なのだし」「義父と呼ぶな」実篤がため息を吐く。「しかし私から見ても君の仕事は評価できる。その若さで実績もすでにかなり残しているし、将来性も高く見込まれている。それでも未練がないのか?」「そ
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第69話 悪女誕生(1)

 ブブブッ。実花のスマートフォンが震える。画面を見た実花はすぐに表情を曇らせた。【一ノ瀬恒一】「誰だ?」光也が尋ねてきたので、「一ノ瀬さんです」と実花は素直に答えた。光也が考えるような顔をしたので実花は首を傾げたが「これは後だ」とその考えを教えてくれることはなかった。「それよりも、さっそく出番だな」光也が楽しそうに笑い、スマートフォンを貸すようにジェスチャーした。「代わりに俺が話す」「だめだ」光也を実篤が止めた。「どうしてです?」「実花の話を疑っているわけではないが、彼がどんな男なのか気になる。実花に対してどういう態度なのか、この耳で聞いてみたい」実篤は真面目な顔だった。「なるほど」光也が納得したように頷く。「趣味が悪いですね」「うるさい」実花はため息を吐きながら通話ボタンを押した。以前の電話のような面倒臭さはない。悪戯を仕掛けることを楽しむ余裕もあった。「もしもし」『遅い』開口一番、不機嫌そうな声だった。実花は黙る。電話の向こうで舌を打つ音がした。『なぜ見舞いに来ない』(また見舞い)この見舞いのネタをいつまで引っ張るのかと実花は呆れた。ねん挫で入院したと聞いてからもう二ヶ月近くたっている。『将来義妹になる美鈴が怪我をしたんだぞ』「ですから……」『言い訳はするな』関係ないという実花の言葉は恒一の苛立つ声で遮られる。『情がないにもほどがある。婚約者として恥ずかしい』恒一の実篤の眉がぴくりと動いた。『美鈴は今も辛い思いをしている』「それは……」『詫びる気持ちではもう足りない。行動で示せ』「は?」『銀座にある白百合堂は知っているだろう?』実花はすぐにその店が思い浮かんだ。外国のセレブが気に入ったとSNSに投稿し、以来若い女性に人気の有名洋菓子店。値段設定が高いため特別な日のご褒美として買う人も多く、その美術品のような見た目からSNSでは注目を浴びている。 『美鈴が食べたいそうだ。ホールケーキを買ってこい』実花は呆れた。あの店を知っているなら、あの店のホールケーキが完全予約制であることも知っているはず。今から買えるものではない。「嫌です」『なぜだ』恒一が声を荒げる。『藤宮の名前を使えば買えるだろう』実花は思わず遠い目になった。(ああ……)分かった。美鈴に強請られ
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