Semua Bab 愛人を選んだ夫が、離婚後に狂い始めました: Bab 321 - Bab 330

359 Bab

第321話 病院で一緒なの?

***視察の内容について。さらに確認が続いた。開院前のため。患者はいない。実際の診療は。まだ始まっていない。だからこそ。患者の動きを想定し。問題が起きる前に。見つけなければならない。図面の一部を示した。「退院の説明をする場所から」「情報を入力する端末まで」「距離があるように見えます」担当者が。画面を拡大する。「この部屋ですね」「はい」「説明をした後に」「別の場所へ移動して入力するなら」「後回しになる可能性があります」「その場で入力できる方がいい?」「少なくとも」少し考えて、答える。「必要な情報を」「すぐに残せる方法は必要です」優が。資料へ書き込みながら尋ねる。「入力が遅れた場合」「情報共有を開始できない形にしますか」「完全に止めると」ちょっとだけ、迷いがでた。「退院そのものが遅れるかもしれない」「では」優が続ける。「必須の項目だけ先に入力して」「残りは後から追加する形?」「その方が」「現場では使いやすいと思う」「分かりました」会話は。自然に進んだ。診療の流れを話せば。優が。どこまでを条件にするのか整理する。前回と同じように。仕事はしやすかった。ただ。今回の視察では。そこへ郁人先生の視点も加わる。手術をする医師。病院の運営側と。近い場所にいる医師。同じ医療者でも。私とは。違うものが見えるはずだった。役割が重なるのではなく。足りない部分を。それぞれが補う。その形なら。視察へ参加する意味も。はっきりしている。***会議が終わる頃には。視察の日程と。確認する項目が。ほぼ決まっていた。私は。病院内の動線。退院時の説明。地域へ戻す患者の情報。郁人先生は。手術前後の連携と。病院全体の運用。優は。各医療機関の責任と。情報共有の条件。現地で確認した内容を。その後の契約と。システムへ反映する。これまで。画面と書類の中で。考えてきた仕組みが。初めて。実際の病院へつながろうとしていた。参加者が。順番に席を立つ。資料をまとめる。大貴が。近くへ来た。「視察の前に」「確認事項だけ」「もう一回まとめよう」「うん」「郁人先生の返事が来たら」「日程確定するって」「分かった」大貴は。別の担当者に呼ばれ。そ
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第322話 視察の日

視察の日。私は。建設中の病院の前で。ヘルメットを受け取った。外観は。すでにほとんど完成している。けれど。入口には養生が残り。建物の中からは。作業の音が響いていた。今日確認するのは。プロジェクトで決めてきた運用が。実際の病院でも使えるかどうか。会議室の中では分からなかった問題を。現地で確かめることになっていた。「綾香」入口近くで。真哉が声をかけてくる。今日は。兄としてではなく。病院建設側の責任者として来ていた。「時間、大丈夫だったか」「今日は休みを調整した」「そうか」それだけ確認すると。真哉は。すぐに建設側の担当者へ向き直った。「工事中なので」「移動できる場所は限られます」「気になる点があれば」「その場で言ってください」周囲には。大貴と。システム側の担当者。優。そして。郁人先生がいた。大貴は。大学病院で研修を続けながら。実際にシステムを使う医師の立場で。今回の確認へ入っている。目が合うと。資料を軽く持ち上げた。「綾香」「後で画面も一緒に見て」「うん」その少し先で。郁人先生が。短く頭を下げる。「白松先生」「今日はよろしくお願いします」「こちらこそ」病院で会う時と。変わらない挨拶だった。***視察を始める前に。優と郁人先生が。名刺を交換した。「東郷です」「法務と契約の調整を担当しています」「綾瀬です」郁人先生も。必要な言葉だけを返す。優が。名刺の名字へ視線を落とした。「綾瀬先生とは」少し考えるように言う。「どこかで面識がありましたか」「直接お会いするのは」「今日が初めてです」郁人先生が答える。それから。優の名刺を確認する。「東郷先生は」「父の仕事で」「お名前を聞いています」優が。少しだけ眉を上げた。「お父様のことなら」短く頷く。「綾瀬家の案件を」「お受けすることも多いので」二人の間に。もともと直接の面識はない。けれど。互いの名前と。背後にある仕事は知っている。その程度の距離らしい。郁人先生の視線が。一度だけ。私へ向いた。ほとんど同時に。優もこちらを見る。私が。何か知っていたのかを。確認するような視線だった。私は。手元の資料へ目を落とした。二人の仕事上のつながりについて。私が言
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第323話 綾香には?

***病棟になる予定の階では。手術を終えた患者を。地域の医療機関へ戻す際の。情報を確認した。「すべてを共有する必要はありません」郁人先生が言う。「ただ」「どうなったら」「病院へ戻すべきかは必要です」「地域側で見られる範囲は」私は続けた。「医療機関によって違うので」「病院だけで決めない方がいいと思います」優が尋ねる。「受け入れ側と」「事前に確認しておく形?」「その方がいいと思う」大貴が。画面を確認する。「重要な部分だけ」「最初に見えるようにすることはできます」細かな話を重ねなくても。必要な確認は進んでいった。私は。患者が移る流れを見る。大貴は。大学病院で使う医師として。画面の使いやすさを見る。郁人先生は。手術をする側から。必要な情報を選ぶ。優は。決まった運用を。契約の形へ整えていく。同じ問題を。それぞれ違う場所から見ていた。***移動の途中。優が。郁人先生へ声をかけた。「綾瀬先生は」「病院建設の案件にも」「よく入るんですか」「時々です」「ご家族の関係で?」「そういう場合もあります」郁人先生は。短く答える。「今回は」「医療側の確認を頼まれました」「そうですか」そこで。会話が途切れる。郁人先生が。私を見る。続いて。優もこちらへ視線を向けた。私が。綾瀬家について。どこまで知っているのか。反応を確かめられているように感じた。けれど。私は何も言わなかった。優にも。郁人先生にも。説明することはない。沈黙が落ちても。不自然にはならなかった。大貴が。先に歩きながら振り返る。「綾香」「次、病棟側の画面も見るよ」「今行く」私は。二人より先に。大貴の方へ向かった。背後で。優と郁人先生が。何か話すことはなかった。***視察を終える頃には。直すべき場所が。いくつか見えていた。救急時には。最低限の情報だけを。すぐ残せるようにする。退院時の説明と。同意の登録は。できるだけ同じ場所で行う。地域へ戻す患者については。病院へ連絡する基準を。分かりやすく表示する。今は。それで十分だった。細かな契約や。画面の仕様は。持ち帰って整理すればいい。大貴は。大学病院で。実際に使う医師の意見を集める。私も。クリニッ
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第324話 プライベートの話

視察から数日後。プロジェクトの振り返りが行われた。会議は。予定より少し早く終わった。大貴は。システムの担当者と。修正する画面について話している。郁人先生も。病院側の担当者から。質問を受けていた。私は。資料をまとめ。先に会議室を出た。廊下を進んだところで。優に呼び止められる。「綾香」振り返る。優は。手にしていた書類を。鞄へしまった。「何?」「少しだけ」一度。言葉を選ぶように間を置く。「話せない?」「仕事の話?」「違う」優は。曖昧にせず答えた。「プライベートの話」私は。何も言わず。優を見る。前なら。聞いた瞬間に。断っていたと思う。仕事以外で。優へ時間を使う理由はない。そう思っていた。けれど。最近は。仕事の場で会っても。不快にはならない。少し踏み込まれても。以前のように。すぐ遠ざけたいとは思わなくなっていた。優も。無理に距離を詰めようとはしていない。会議の時は。仕事だけをする。私が拒めば。それ以上は続けない。その約束は。今のところ守っていた。「今も」私は尋ねた。「全く話す機会をもらえないって思ってるの?」優の表情が。わずかに変わる。「思ってる」「話したいことがあるの?」「ある」「でも」優は。すぐに続けた。「今ここで」「無理に聞いてほしいわけじゃない」以前とは違う。そう思った。優は。話したいと言いながら。聞くことを強制しない。私が決めるのを。待っている。「約束を守るなら」私は言った。「少しくらい」「時間を取ってあげてもいい」優が。息を止めたように見えた。私は。その反応を待たずに続ける。「昔のことを」「私が聞きたくない形で」「一方的に話さないこと」「やり直してほしいとか」「答えを求めないこと」「それから」優の目を見る。「不快だと思ったら」「私はその場で帰るから」優は。すぐには答えなかった。驚いているようにも。少し安心しているようにも見えた。「分かった」やがて。静かに頷く。「全部守る」「なら」私は答えた。「今度」「少しくらいなら」優の口元が。わずかに緩んだ。でも。嬉しいと口にすることはしなかった。すぐに。表情を抑える。「時間は」「綾香が決めて」「そうする」
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第325話 次、いつ会える?

「隼人くんは?」『今、移動中』「クリニック?」『今日は家の方』その言葉に。少しだけ。郁人先生のことを思い出した。ちょうど。建物の出口の先に。郁人先生がいた。病院側の担当者と。話を終えたところらしい。こちらへ向かって歩いてくる。目が合う。郁人先生が。短く会釈をした。私も。スマホを耳へ当てたまま。軽く頭を下げる。『誰かいる?』隼人くんが尋ねた。「郁人先生」通話の向こうが。ほんの少しだけ静かになる。「プロジェクトで」「少し話しておきたいことがあるから」郁人先生が。少し離れた場所で。こちらを待つように立ち止まった。「話した後に」「掛け直していい?」隼人くんは。すぐには答えなかった。聞こえたのは。車が走る音だけだった。それから。いつもと変わらない声で返す。『兄貴と仕事の話が終わったら、かけて』「うん」『待ってる』通話を切る。画面を閉じると。郁人先生が。こちらを見ていた。電話の相手が誰だったのか。聞こえていたのかは分からない。ただ。いつもより。ほんの少しだけ。私の顔を長く見た。「お待たせしました」私が言うと。郁人先生は。何も尋ねなかった。「いえ」短く答える。「何かありましたか」「次の確認について」私は。鞄から資料を出す。「郁人先生に」「聞いておきたいことがあって」「分かりました」郁人先生は。資料へ視線を落とした。けれど。すぐには話を始めず。一度だけ。私の手にあるスマホを見た。それから。何もなかったように。資料の該当箇所を示した。***「ここです」私は言った。「手術後の患者さんを」「地域へ戻す時に」「病院側で」「誰が最終的に条件を決めるのか」「先生によって」「違うと思うんです」郁人先生は。資料へ目を通す。「そうですね」「主治医だけでは」「決められない場合もあります」「では」「一人の名前を」「必ず入れる形にはしない方がいいですか」「決める人より」郁人先生は答えた。「誰が確認したかを」「残す方がいいと思います」「複数でも?」「はい」端的な説明だった。それでも。私が疑問に思っていた部分は。すぐに整理できた。「ありがとうございます」「これで」「次の会議でも説明できます」「白松先生が」
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第326話 何でもない会話

夜勤が終わったのは。朝の七時を。少し過ぎた頃だった。最後の申し送りを終え。記録を確認して。ようやく。白衣のポケットから。ペンを抜く。途中で。短く座る時間はあった。けれど。まともに休んだ感覚はない。眠いというより。身体の内側に。疲れが沈んでいる。医局へ戻る前に。何か温かいものを飲もうと思った。職員用の休憩室へ向かう。自動販売機の前で。コーヒーを選び。紙コップが落ちる音を聞いた。その時。後ろの扉が開いた。振り返る。郁人先生だった。手術着の上に。薄い上着を羽織っている。髪は。普段より少しだけ乱れていた。病院で会う時も。表情を大きく変える人ではない。けれど。今日は。さすがに疲れているのが分かった。「お疲れさまです」声をかける。郁人先生も。私を見る。「お疲れさまです」自動販売機の横へ立ち。水のボタンを押した。「手術ですか」「はい」「長かったんですか」「少し」少し。という顔ではなかった。でも。本人がそう言うなら。それ以上は聞かなかった。郁人先生は。水を受け取り。休憩室の中を見る。他には。誰もいない。「座りますか」私が言うと。一度だけ頷いた。二人で。窓際の席へ座る。会話をするために。一緒に座ったわけではない。ただ。立ったまま飲むほど。二人とも元気ではなかった。***朝の光が。ブラインドの隙間から入っている。私は。紙コップを両手で包んだ。熱さが。冷えた指へ伝わる。郁人先生は。水を半分ほど飲んでから。背もたれへ身体を預けた。いつもより。ほんの少しだけ。力が抜けている。「郁人先生は」私は言った。「こっちの病院に来ることも」「多いんですね」病院で。何度か顔を合わせている。プロジェクトにも入り。手術にも来る。ただ。常勤ではない。どこまで。この病院へ関わっているのか。よく分からなかった。「研究と」郁人先生は。当たり前のように答えた。「家の仕事もあるので」「家の仕事?」「病院や」「医療法人に関係するものです」やはり。説明は短い。でも。聞けば答えてくれる。「全部」私は。紙コップへ視線を落とした。「両立できてるのが」「すごいですね」郁人先生が。こちらを見る。「できているように見えま
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第327話 少し休めました?

気まずくはなかった。私は。コーヒーを飲む。郁人先生も。窓の外を見ている。普段なら。会話が途切れた時点で。そのまま立ち上がる人だと思っていた。でも。今日は。まだ席を立たなかった。「夜勤は」郁人先生が。不意に尋ねた。「慣れましたか」顔を上げる。郁人先生から。私のことを聞かれるとは思っていなかった。「少しずつ」答える。「でも」「毎回違うので」「慣れたと思った頃に」「また分からなくなります」「それが普通です」「郁人先生にも」「そういう時期があったんですか」「ありました」「意外です」「なぜですか」「最初から」少し考える。「何でもできそうに見えるので」郁人先生の眉が。ほんのわずかに動いた。「それは」「見え方の問題です」「実際は違う?」「違います」即答だった。少しだけ。おかしくなる。「ちゃんと」「できない時もあったんですね」「あります」「今もあります」「そう見えないです」「白松先生も」郁人先生が。私を見る。「そう見えることがあります」「私が?」「はい」「全然です」反射的に答える。「分からないことばっかりです」「分からないまま」「止まってはいないでしょう」郁人先生は。淡々と言った。「それなら」「周りには」「できているように見えます」褒められたのか。ただ事実を言われたのか。分からなかった。郁人先生の場合。どちらでも。あまり言い方は変わらなさそうだった。「そういう見方も」「あるんですね」「あります」また。短い返事。でも。会話は終わらなかった。郁人先生が。私の夜勤について。もう一つ尋ねる。「救急は」「多かったですか」「昨日はそこまで」「でも」「夜中に一度」「判断に迷う患者さんがいて」話し始めると。郁人先生は。途中で遮らずに聞いた。症状や。細かな治療の話ではない。判断に迷った時。誰へ相談したのか。どの時点で。上の医師を呼んだのか。必要なところだけ。いくつか質問される。「それなら」最後に。短く言った。「問題ないと思います」「本当ですか」「はい」「もっと早く呼ぶべきだったか」「少し気になってて」「結果だけを見て」「早い遅いは決められません」郁人先生は。水のボトルを置く。「迷った時
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第328話 珍しいだけ

***病院を出る。朝の光が。思っていたより眩しかった。駅まで歩く途中で。スマホが震える。隼人くんからだった。電話に出る。「もしもし」『夜勤終わった?』「今終わった」『声、疲れてる』「夜勤明けだから」『寝てない?』「少しは寝たよ」『少しって』少し責めるような声に。私は笑った。「隼人くんは?」『今からクリニック』「早いね」『そっちほどじゃない』歩きながら。夜勤のことを。簡単に話す。大きな問題はなかったこと。それでも。一つだけ。判断に迷ったこと。郁人先生に。問題ないと言われたこと。そこまで話してから。通話の向こうが。少し静かになった。『兄貴に?』「うん」『会ったの?』「休憩室で」「手術終わりだったみたい」『二人で話したんだ』「誰もいなかったから」何でもないこととして答える。隼人くんは。少しだけ間を置いた。『兄貴から』「うん」『綾香ちゃんのこと』「質問したの?」「夜勤に慣れたかって」『兄貴が聞いてきたの?』声の温度が。ほんの少し変わる。私は。意味が分からず。「そうだけど」と返した。『珍しいな』「何が?」『兄貴から』『人に質問するの』「するでしょう」『必要なことは聞くけど』「仕事のことだったよ」『それでも』隼人くんは。少し考えるように言った。『自分から聞いたんでしょ』「大袈裟だよ」私は笑う。「たまたま休憩室にいて」「何となく話しただけ」『何となく』「そう」「私も」「こっちの病院によく来るんですねって」「聞いたし」『それで?』「研究と」「家の仕事もあるからって」「全部両立してるのがすごいって話した」また。少しだけ沈黙が落ちる。「何?」『別に』「変なの」『兄貴が』隼人くんは。少しだけ声を低くする。『何でもない話を誰かとすることが』『ただ、珍しいだけ』私には。そこまで珍しいことには思えなかった。郁人先生は。聞けば答える。必要なら。向こうから質問もする。今日も。ただそれだけだった。「隼人くんが」私は言う。「郁人先生のこと」「大袈裟に見てるだけじゃない?」『そうかな』「そうだよ」『会えてないから』一瞬。話が変わる。「え?」『最近』『全然会えてないから』拗ねているように
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第329話 真哉兄さんを交えた食事

それからしばらく、忙しい日が続いた。病院勤務とプロジェクトに加え、わずかに残しているクリニックの診療もある。どれも一つずつなら無理はない。けれど、急な対応が一つ入るだけで、その後の予定まで簡単にずれた。隼人くんも、クリニックの拡大準備で以前より忙しくなっていた。物件の検討。採用する医師やスタッフとの面談。新しい診療体制の調整。クリニックを広げると決めてから、家の関係者と連絡を取る機会も増えたらしい。電話はしていた。メッセージも途切れていない。それでも、二人で顔を合わせる時間だけが、なかなか作れなかった。こちらが空いている日は隼人くんに打ち合わせが入り、隼人くんから提案された日は、私が夜勤になった。会えないことを、以前より寂しいと思う。その感情を、もう否定する必要はなかった。そんなある日。真哉兄さんから、メッセージが届いた。『そろそろ、ギャラリーで話していた食事を実現させよう』ギャラリーで隼人くんと会った時、兄は確かに、次は落ち着いて話そうと言っていた。その場の挨拶だと思っていたけれど、忘れてはいなかったらしい。『隼人くんも一緒?』『そのつもりだ』『三人の予定を合わせるの、大変そうだけど』『だから早めに調整する』兄らしい返事だった。隼人くんへ伝えると、少しして電話がかかってきた。『行く』「まだ日程も決まってないけど」『先に、行くって伝えて』返事は早かった。「前にも会ってるでしょう」『あれはギャラリーで少し話しただけだから』「真哉兄さん、面接するわけじゃないよ」『分かってる』隼人くんは、いつもと変わらない声で答えた。『でも、綾香ちゃんの家族には、きちんとしておきたい』その言葉が、胸の奥へ静かに残った。***そこから実際に日程が決まるまでには、思った以上に時間がかかった。最初の候補日は私が夜勤。次は、隼人くんが拡大に関する打ち合わせ。ようやく二人の予定が空く日を見つけると、今度は真哉兄さんが、病院建設の現地確認で戻れなくなった。何度か候補日を出し直し、最初に話が出てからしばらく経って、ようやく三人の予定が重なった。隼人くんと二人で会うよりも先に。真哉兄さんを交えた食事が、実現することになった。店は、兄が仕事でも使うという個室のある和食店だった。落ち着いた照明に、濃い木目の壁。外
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第330話 家を継がない人

「だから、無理に頼らせようとはしていません」「それで、頼れているのか」兄が私を見る。「少しずつ」「本当に?」「本当」疑うような目に、少しだけ苛立つ。「私の話なのに、どうして隼人くんに聞くの」「本人に聞くより、相手を見た方が分かることもある」「ないよ」「ある」隼人くんは、二人の間を見ながら穏やかに笑った。「綾香ちゃんは、前よりは頼ってくれます」「前よりは?」「全部ではないです」「隼人くん」止めるように見る。「本当のことだから」「二人で私のことを分析しないで」真哉兄さんが、小さく笑った。それだけで、少し張っていた空気が緩む。***食事の後半。真哉兄さんは、隼人くんの家について尋ねた。「綾瀬家とは、父も以前から仕事で関わりがあります」「そうですね」隼人くんが答える。「隼人さん自身は、家の事業を継ぐつもりは?」真哉兄さんの問いに、隼人くんは迷わなかった。「ないです」返事は、はっきりしていた。「今後もずっと、家とは分けたところで仕事を進める予定です」杯を置き、続ける。「もちろん、関わらないといけないところはあります。クリニックを広げると決めてから、家と接点を持つ機会も増えてしまいました」増えました、ではなく。増えてしまいました。その言い方に、隼人くんの本音が少しだけ見えた。「それでも」隼人くんは続けた。「家の医療法人へ入るつもりはありません。自分のクリニックは、自分で決められる場所として続けたいと思っているので」真哉兄さんは、すぐには返事をしなかった。隼人くんの顔を見た後、わずかに視線を落とす。何かを考えている時の表情だった。「家の力を借りることも?」「必要なら借ります」隼人くんは、そこも否定しなかった。「ただ、家の中へ戻るためではありません」「自分の目的のために使う?」「そういうことになると思います」柔らかな言い方だった。けれど、意思は明確だった。家を拒絶しているわけではない。家の力が使えるなら、必要に応じて使う。ただし、その中へ自分の人生を戻すつもりはない。真哉兄さんは、もう一度だけ隼人くんを見た。「分かりました」短い言葉だった。それでも、先ほどまでより、少し慎重な響きがあった。兄は、隼人くんが家を継がないことを、単純に好意的には受け取っていないように見え
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