真哉兄さんの車が、夜の道を走り始めた。店を出たばかりの通りには、まだ人が多い。信号の赤が、フロントガラスへ淡く映っていた。しばらく、兄は何も言わなかった。隼人くんのことを考えているのか。それとも、食事の場で確認したことを、自分の中で整理しているのか。兄の横顔からは分からない。「どうだった?」私から尋ねた。「何が」「隼人くん」兄は前を見たまま答える。「思っていたより、まともな人だった」「何それ」「褒めているんだよ」「全然そう聞こえない」「家の名前を、自分をよく見せるために使わないのがいい」兄の中では、かなり肯定的な言葉なのだと思う。「良かった」小さく答える。「ただ」兄が続けた。「家を継ぐ気がないことは、少し意外だった」「前からそうだよ」「本人から聞いたの?」「うん。家の医療法人とは、距離を置きたいって」「それでも、必要なら家の力は使う」「隼人くんは、そういう人だと思う」家のすべてを嫌っているわけではない。自分が必要だと思えば、利用することも否定しない。でも、家に用意された場所へ戻るつもりはない。「真哉兄さんには、理解できない?」私が尋ねると、兄は少しだけ考えた。「理解はできる」「納得は?」「それは別かな」やはり。真哉兄さんは父に近い。家を引き継ぐことも、その中で役割を担うことも、自分の人生から切り離して考えたことはないのだと思う。「誰でも、家からは完全に自由ではいられないよ」兄が言う。「隼人さんも、お前も。俺もね」「それでも、選べることはあるでしょう」「あるよ、その通り」兄は否定しなかった。「家のために、無理に何かを捨てる必要はない」そこで終われば、物分かりのいい兄に聞こえた。けれど、兄の話は続いた。「ただ、父さんが何かを考えている時に、知らないままでいるのも違う」「またその話?」「何を考えているのか確認して、その上で自分の意見を伝えろ」「言うことを聞けってこと?」「違う」兄は少しだけ眉を寄せた。「父さんが何を考えているのかも知らずに、嫌だと言っても話は進まない」「話を聞いて、私が断ればいい?」「必要ならな」「それでも、最初から家の話し合いに参加することが前提でしょう」「家の人間だからだよ」あまりにも自然に言う。兄は本気で、私の意思を尊重しているつ
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