「今後の、白松家と綾瀬家の関係についてだ」父の言葉が落ちた後。個室の空気が、少しだけ変わった。さっきまで聞こえていた資料をめくる音も。料理を下げる店員の気配もない。障子の向こうで、庭の水音だけが続いていた。私は鞄へ伸ばしかけた手を、膝の上へ戻す。「事業の話は、終わったんじゃないの?」父は、すぐには答えなかった。向かいに座る綾瀬家の父親へ、一度だけ視線を向ける。それだけで。この後に話されることが、父一人の思いつきではないのだと分かった。「事業だけの話ではない」父が言う。「両家が今後も関係を続けていくなら、整理しておくべきことがある」言葉は穏やかだった。だからこそ、拒みづらい。「整理って、何を?」問い返すと、真哉兄さんがわずかにこちらを見る。何か言いたそうに見えたものの、口は開かなかった。父に近い兄は、少なくとも話の方向を知っている。けれど、ここで私を助けるつもりはないらしい。まず聞け。その上で、自分の意見を言え。電話で言われた言葉を思い出す。「綾香」父は、いつもと変わらない口調で続けた。「お前も今は独身だ」一瞬。意味を理解するまでに時間がかかった。視線が、無意識に郁人先生へ向かう。郁人先生は、姿勢を崩さず座っていた。驚いた様子はない。だからといって、話を待ち望んでいるようにも見えない。いつも通り。何を考えているのか、簡単には読めない顔だった。「郁人さんも、現在は一人だ」父の声が続く。「医師としての立場もある」「両家の事業にも関わっている」「条件として、悪い話ではない」条件。その言葉に、胸の奥が冷えた。「何の話をしてるの?」分かっていた。それでも、聞かずにはいられなかった。父は、ためらわなかった。「お前と郁人さんの結婚についてだ」はっきり言われると。かえって、現実味がなくなった。この席へ来る前。真哉兄さんから聞いた、昔の話を一度だけ思い出した。優との縁談が先に進んでいなければ。綾瀬家も候補だった。相手は郁人先生。もうない話でしょう。そう思っていた。何も始まっていない。本人同士には、何の約束もない。だから、過去の可能性として片づけていた。それが今。父親たちの前で。改めて現実の話として置かれている。「私は」すぐに断ろうとした。けれど、父が言葉を
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