Semua Bab 壊したいほど好きだから、: Bab 61 - Bab 70

112 Bab

第1.5章:040

 ※ ※ ※ 季節は巡り、街が色鮮やかなイルミネーションと華やかな狂騒に包まれる冬――クリスマスがやってきた。 推薦入試で早々に進路を決めた二人は、無事に希望通りの東京の大学への進学を確定させていた。春からの新生活を数ヶ月後に控え、玲と渚は冬の澄んだ空気のなか、クリスマスデートを楽しんでいた。 街には休日を楽しむ大勢の人々が行き交い、人波が絶えることはない。 玲は人混みを遮るように前を歩き、渚の手を引いた。 かつての渚なら、見知らぬ人々の気配に気後れし、身を縮こませていたはずだった。けれど今の渚は、玲の大きな背中に守られるようにしながら、引かれたその手をしっかりと握り返してきた。 指を絡ませ合うような、繋ぎ方ではなくて。 指先を揃え、お互いの掌の温もりを確かめ合うような繋ぎ方。 ゆっくりと、焦らずに。渚のペースを守りながら重なり合うその手からは、確かな信頼と、玲の深い愛おしさがじんわりと伝わっていた。「玲、見て……すごくきれい」 街灯の光に照らされた渚の頬が、寒さのせいかほんのりと赤く染まっている。 握り返された手の力を感じながら、玲は優しく微笑み返し、彼女の隣で歩調を緩めた。「渚の方がきれい」「もう……馬鹿言わないで」 渚が隣を歩く玲の横腹を、肘でつんと突く。「本気だよ」 玲が真剣な目を向けて、優しく微笑むと、渚は「もう……」と小さく呟いて、赤くなった顔を誤魔化すようにふいっと目を逸らした。 逸らされた横顔の愛おしさに、玲は胸の奥が温かくなるのを感じる。 指先を重ねたままの手に少しだけ力を込めると、渚もまた、その温もりに応えるように小さな手でキュッと握り返してきた。(幸せだな) 渚とクリスマスを過ごせるなんて。 彼女とこうして、手を繋いでクリスマスの夜景を見に行けるなんて夢にも思っていなかった。(これからも、ずっとずっと渚と一緒に過ごしたい) 視線の先には、色とりどりの光を纏った巨大なイルミネーションのクリスマスツリーが、夜空に向かって誇らしげにそびえ立っていた。無数の光が降り注ぎ、周囲の喧騒すらどこか遠い世界の出来事のように思える。 渚はその光を見上げていた。眩しそうに瞳を輝かせ、息をのむ彼女の横顔を、玲は静かに見つめる。 ツリーの光が幾重にも重なり、渚の瞳の中に小さな星のように映り込んでいた。寒さのせいで赤く
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第1.5章:041

  そう言って渚が差し出したのは、今日会った時からずっと彼女が大切そうに抱えていた小さな紙袋だった。 ランチのとき、玲からはプレゼントを渡したが、渚からは何もなかった。あの袋は自分のためのプレゼントではないのだと理解して、実は少しだけ落ち込んでいたのだ。別に何ももらえないことがショックだったわけではない。ただ、渚から何か形に残るものが欲しかった。彼女と会えない時間、彼女の代わりに触れていられるような何かを。「これ、遅くなったけど……クリスマスプレゼント」「俺に……? 開けてもいい?」「うん……」 渚の許可を得て、玲は紙袋の中からそっと中身を取り出した。 現れたのは、黒と白の縞々模様が編み込まれた毛糸のマフラーだった。丁寧に、けれどどこか素朴な編み目。「あのね、重いと思うんだけど……手作り、なのっ」「えっ……」 驚きのあまり、声が漏れた。(渚が、これを? 俺のために、時間をかけて編んでくれたのか?) 胸がいっぱいになり、言葉を失って固まってしまう玲。 しかし、その静寂を渚はまったく違う意味に受け取ってしまったようだった。青ざめた顔で両手を振る。「す、捨ててっ!」「えっ!?」「でも、私の前で捨てられたらショックだから、家で捨ててっ……!」「捨てるわけないじゃん! 俺、すっげー嬉しいのにっ!」 堪らなくなった玲は、衝動のままに渚の身体をぎゅっと強く抱き締め返していた。「ひゅーっ」と揶揄うような通りすがりの声や、いつもより人が多い駅前で周囲から向けられる温かな視線。初々しいカップルの抱擁に、渚は耳まで真っ赤にして「ちょっと、玲っ」と彼の背中をぽんぽんと叩いた。「ご、ごめんっ! つい、嬉しくなっちゃって……」「嬉しいの……?」「当たり前だろ! 俺、今まで生きてきた中で一番嬉しい」
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第1.5章:042

  今度は、はっきりと耳に届いた。 けれど、何が「いい」のか、玲にはさっぱり分からない。不安混じりに首を傾げると、渚がゆっくりと顔を上げた。 玲も一緒に視線を戻すと、渚は彼の正面へと一歩踏み出し、玲の着ているコートの袖口を軽く摘まんだ。 そして――小さく息を吸い込み、背伸びをするように爪先を上げる。 ほんの一瞬。 柔らかく温かい渚の唇が、玲の唇に、触れるか触れないかほどの優しさで重なった。 突然のことで、玲の脳は理解するのに時間を要した。 渚の唇がぶつかった。触れた。 柔らかかった。 ――めちゃくちゃ、柔らかかった。 渚からキスをされたのだと理解して、数秒。 残った彼女の感触を噛み締めようと、無意識に舌をちろっと覗かせたその瞬間、口元にハンカチをぐっと押し付けられた。 渚が、玲の唇を必死に拭っている。「ごめんね、汚いよね……っ」 玲の唇をハンカチでゴシゴシと拭く渚の瞳は、今にも崩れ落ちそうなほど傷ついていた。自分のトラウマや「汚い」という呪縛から逃れられず、怯えているのだと、その痛々しい眼差しが物語っていた。 玲は渚の手首をやんわりと掴み、優しく下ろさせた。 そのまま彼女の華奢な身体を自分の方へと軽く引き寄せると、迷うことなく、渚の唇に自分の唇を重ねた。 周囲から「うおっ」と冷やかしの声がまた聞こえたけれど、今の玲にはそんな雑音はどうでもよかった。 目の前で、渚の瞳が驚きで大きく見開かれる。 けれど、動揺を乗り越えるようにしてゆっくりと瞼が閉じていくのを確かめ、玲も静かに目を閉じた。(舌、入れていいかな……) そんな欲望が頭をよぎったけれど、彼女のペースを守るために――実行には移さなかった。 時間にしてはほんの数秒――二人にとっては、何分にも、何十分にも感じるような、深く愛おしい時間だった。 玲は唇を離したものの、渚の腰を抱いた手は離さなかった。 渚が自分を見上げてくる。その瞳の中に映る自分を、玲は食い入る
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第1.5章:043

  タクシーを拾い、玲はドライバーに行き先を告げた。 車窓を流れるクリスマスイルミネーションの光を眺めながら、玲の頭の中では激しい思考が巡っていた。 泊まることはできない。渚は寮の門限がある。だから行くとしたら、休憩が使える場所――ラブホテル一択だった。(絶対に、安っぽいホテルなんて嫌だ……) 昔、セフレと使っていたような汚い場所なんて論外だった。渚との「初めて」を、そんな安っぽい空間で一瞬たりとも汚したくなかったのだ。 だが、今日は一年で一番カップルが集まるクリスマスの夜。 助手席に身を寄せるように必死に携帯を操作し、周辺で一番新しく、設備が整った高級ラブホテルの空き状況を確認するものの、どこも「満室」の表示ばかりが並んでいた。焦燥感から背中に嫌な汗が滲む。(頼む……空いててくれ……!) タクシーが走る中、数軒目の予約画面を確認すると、奇跡的に最高ランクの部屋に空きが出ていた。玲はすぐにそのホテルへ向かうようドライバーに告げた。 お金なら心配ない。妥協せず、この街で一番広くて清潔な部屋を確保できたことに、玲は小さく安堵の息を吐いた。 ※  エレベーターを降り、部屋のドアを開ける。 そこはラブホテル独特の生々しさを感じさせない、まるで高級リゾートホテルのような洗練されたインテリアと、やわらかな間接照明に包まれた空間だった。広々としたキングサイズのベッドと、隅々まで清潔に整えられた室内に、玲は少しだけ胸を撫で下ろす。「……すごい、綺麗」 渚が小さな声を漏らした。玲は彼女のコートをそっと脱がせ、手作りのマフラーを丁寧に畳む。それを見た渚が笑った。「そんなに大事にしなくても……」「大事だから」 玲は丁寧に畳み終えると、汚れないようテーブルの中央へ静かに置いた。 ふと、玲は部屋の壁に設置された自動精算機へ目を向けた。液晶に表示された数字は、クリスマス料金が上乗せされた、高校生にとっては
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第1.5章:044

  渚の身体が小さく跳ねた。玲は彼女の華奢な肩にそっと手を置き、自分の中で膨れ上がる欲求を押し殺し、真摯な声で告げた。「俺は、今日じゃなくてもいい」 ここに来るまで、どれほど彼女を求めていたか分からない。渚が「いい」と言ってくれた歓喜で頭がおかしくなりそうだった。けれど、彼女のトラウマを置き去りにしてまで進めるわけにはいかなかった。 渚のペースを守り切ること――それだけは、玲が何よりも大切にしてきた誓いだった。(渚に嫌われたくない――)「渚が少しでも不安なら、今からフロントに連絡して鍵を開けてもらうし、タクシーで寮まで送る。……渚の気持ちが一番大事だから」 玲は真っ直ぐに渚の答えを待った。 渚は一瞬驚いたように目を見開いていたが、すぐにその瞳に熱いものが滲んだ。 渚は視線を逸らさなかった。怯えて身を縮ませることもなく、玲のシャツの胸元を小さな手でキュッと握り締めた。「……ううん」 消え入りそうな声ではなく、しっかりと玲を見つめて告げた。「帰らない。……私、玲と一緒にいたい」「そっか」 その一言とともに、玲の胸の奥で張り詰めていた緊張が、ふうっと温かく解けていった。 視線が重なり、どちらからともなく照れくさそうに笑いがこぼれる。さっきまでの張り詰めた雰囲気が嘘のように、柔らかく優しい空気が二人の間を満たしていく。「……キス、していい?」 静かに訊ねると、渚はクスクスと嬉しそうに眉を下げた。「さっきはいきなりしたのに」「渚だって、いきなりだったじゃん」 玲が可笑しそうに返すと、渚は「ふふ」と小さく笑ってから、ゆっくりと両手を広げた。「……はい」 受け止める準備ができたというように、真っ直ぐ玲を見つめる渚。 玲は誘われるまま、その華奢な身体を優しく抱き締めた。 渚の腕が玲の背中に回り、ぎゅっと力を込めて抱き返してくる。腕の中に伝わる
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第1.5章:045

 ※ 渚の肌は、きめ細やかで吸い付くような肌触りだった。 洗い立てのふわふわなタオルのような……柔らかくて、いい香りがした。 震える彼女を壊してしまわないよう、玲は静かに、けれど熱を込めて腕の中に包み込んだ。 触れ合う肌から伝わってくるのは、自分への信頼と、ほんの少しの怖さ。その双方を受け止めるように、首筋や耳元に優しく唇を落としていく。「渚……怖くない?」「ううん……玲だから、大丈夫……っ」 消え入りそうな声で答える渚の瞳は潤んでいて、玲の表情を真っ直ぐに見つめていた。その健気で一途な眼差しが、玲の胸の奥にある熱をどこまでも、どこまでも募らせていく。 渚の体を抱くたび、その肌の柔らかさに、甘い香りに、玲の理性が溶けていくようだった。(……渚、渚……っ) 何度も心の中で名前を呼ぶ。 もっと触れていたい。 もっと自分だけを見てほしい。 この温もりを、誰にも渡したくない。 ――そんな想いが、止めどなく胸の奥から溢れてくる。 一瞬だけ。 渚が、俺なしではいられなくなればいいのに――。 その考えに、自分でも息を止めた。(違う――そんなことをしたら、渚に嫌われる) 渚のナカに入る寸前、玲は長い息を吐いた。 そして、ぎゅっ、と目を閉じる渚を見下ろした。(俺は……嫌われたくない)「……いい?」 玲は彼女に確認をとった。 玲の声は、自分でも驚くほど低く、掠れていた。 その問いかけに、渚はぎゅっと閉じていた瞼をゆっくりと開いた。 渚は自分の小さな手で玲の腕をそっと掴むと、静かに、けれど迷いのない力強さで頷いた。「……きて」(――きて……) その言葉と眼差しが、玲の胸の奥に残っていた最後の迷いを優しく解していく。 壊さないように。傷つけないように。 渚が自ら開いてくれたその世界へと、玲は静かに、ゆっくりと身を沈めていった。「……んっ……っ」 渚の口から漏れた小さな吐息を、玲はすぐに自分の唇で優しく塞ぎ、受け止める。「……大丈夫?」 玲は動きを止め、渚の表情を確かめるように覗き込んだ。渚の痛みを、怖さを、一筋の雫さえも見逃したくなかった。「……うん……っ」 渚は浅く呼吸を整えながら、玲の背中に回した手にぎゅっと力を込める。微かに眉を顰めてはいるものの、そこにあるのは苦痛ではなく、玲を受け入れようとする健気さだった
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第1.5章:046

 ※ ホテルを出て拾った帰りのタクシーの中、車内には静かな空間が広がっていた。  さっきまでの出来事が思い返され、お互いに顔を合わせるのが急に恥ずかしくなってしまい、二人とも言葉を発することができない。無言のまま、車窓の外を過ぎ去っていく街灯の光を眺めていた。  けれど――シートの上で、二人の手はしっかりと重なり合っていた。  指先を揃え、お互いの温もりを確かめ合うように繋がれた手。言葉はなくても、繋いだ手からは確かな愛おしさが伝わってくる。  玲が何気なく窓の外の夜景に目を向けていると、ふと右肩に小さな重みが加わった。  視線を落とすと、そこには玲の肩に頭を預け、スースーと規則正しい小さな寝息を立てている渚の姿があった。慣れない場所で勇気を振り絞り、緊張の糸が切れたのだろう。無防備で愛くるしいその寝顔を見つめ、玲の頬が自然と緩む。 (……可愛いな)  玲は渚を起こさないよう、静かに息を整えながら小さく微笑んだ。  今日という日を、俺は一生絶対に忘れない。  渚と、一つになれた日。  俺だけを信じて、俺を受け入れてくれた特別な日。  玲は渚を繋いでいない方の手で、ポケットからそっと携帯電話を取り出した。  そして画面を操作し、設定画面を開く。  暗証番号の変更画面で、新しい数字を静かに打ち込んだ。 『161224』  今日という奇跡の日付を刻み込んだ画面を閉じ、玲は再び携帯をポケットに戻した。  愛おしい彼女の頭をそっと支え直しながら、玲は渚を起こさないよう静かに体を寄せ、彼女の頭の上にそっと自分の頭を置いた。 (……幸せだな)  じわじわと胸の奥を満たしていく温かな余韻に浸りながら、玲は静かに目を閉じる。  ふと、自分の髪からラブホテルのシャンプーの香りが漂っていることに気付いた。渚からも、同じ香りがしている。二人で同じ匂いを纏っているというだけで、嬉しかった。 (このまま、目が覚めなければいいのに……)  どこか遠くへ行きたい。誰も俺たちを知らない場所へ。  二人きりで、静かにずっと過ごせたらどれほどいいだろう。  誰の目にも渚を映したくない。渚にも、俺だけを見ていてほしい。  ――ふっと、玲は目を開けた。  闇に包まれた車内で、思考の輪郭が歪み始めていく。 (どうすればいい?)  渚が俺以外の世界を知って
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第1.5章:047

 ※「――お客さん、着きましたよ」 運転手の静かな声で、玲はハッと目を開けた。 自分の体が動いたことで肩の重みが消え、渚が目を擦りながらゆっくりと目を覚ます。 タクシーのメーターと時計に目をやると、心配していた時間にはまだ十分な余裕があった。「門限の二十二時、間に合ったよ」「……ん……」 まだ夢と現実の間にいるような、ポヤポヤとした眠たげな顔の渚。無防備なその姿が愛おしくてたまらない。「じゃあね、玲。今日は楽しかった」 渚が車を降り、タクシーのドアが半開きになる。そのまま行こうとする後ろ姿に、玲は思わず身を乗り出した。「渚っ」 呼び止められ、渚がくるりと振り返る。「ん?」「今年の初詣……も、一緒に行こう」 一瞬の静寂の後、渚はふわりと笑みをこぼした。「もちろん」 未来の約束を口にできたこと。 彼女が当たり前のように笑って受け入れてくれたこと。 今日という日を経て、彼女に拒絶されなかったのだという安心感が、玲の胸を温かく満たしていく。「今年はね……一緒に年越しそば食べよ?」 渚から差し出された言葉に、玲の瞳が大きく揺れた。「ああ……! もちろんっ」 渚から未来の約束を交わしてくれた――それがこんなに嬉しいなんて。 今日、渚を抱いてしまったことで、心のどこかでずっと怯えていたのだ。渚が自分を怖がってしまうんじゃないか、一線を越えたことで何かが壊れてしまうんじゃないかと。 けれど渚は、何も変わらない……ううん、以前よりもっと近く、柔らかい笑顔で、自分との未来を求めてくれている。 胸を締め付けていた不安が一気に吹き飛び、玲の心に温かく大きな安堵が広がっていく。もっと渚と一緒にいたい、もっと渚の家族や世界に踏み込んでいきたいという想いが溢れ出していた。「……ねえ、年越しそば、俺の実家に来ない? もし嫌なら無理にとは……」「ううん、行きたい。玲のお父さんとお母さんにも、会いたいな」 迷いのない返事に、玲の口元が自然と大きく綻んだ。渚は少しだけ頬を染めながら、上目遣いに玲を見つめる。「あのね……私の両親にも、会ってもらえる……?」 その言葉を聞いた瞬間、玲の胸がトクンと大きく跳ねた。(……それって、まるで結婚の挨拶みたいじゃないか) 愛おしさと照れくささで胸がいっぱいになり、玲はこれ以上ないほどの笑顔で深く頷いた。
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第1.5章:048

 ※ 薄暗い廊下を進み、女から送られてきた部屋番号の前で立ち止まる。 『着いた』  それだけを送信した。  ――数秒後。  カチャリ。  内側から重い鍵が外れる音がした。  ゆっくりとドアが開くと、生温い空気とともに女の香水の匂いが漂ってくる。薄暗い部屋の奥、ドアを引いた女――真央の眉が不機嫌そうに跳ね上がった。 「待ちくたびれたんですけど」  そう言った女の横を素通りして奥に入ると、暗い照明に照らされたワインレッドのベッドカバーのベッドが鎮座していた。 (安っぽいホテル……)  場所もよく調べずに、真央に待ち合わせ場所として呼び出したこのラブホテルは、渚と過ごした清潔な空間とは何から何まで違っていた。  壁紙の所々は薄汚れていて、エアコンからはカタカタと微かな機械音が周期的に響いている。 「……なにそれ」  背後から追ってきた真央の声。  振り返ると、真央の冷ややかな視線が玲の首元――渚から贈られた手作りのマフラーに注がれていた。 「宮原さんから貰ったの?」  真央がそのマフラーへと手を伸ばしてくる。  指先が生地に触れそうになった瞬間、玲は真央の手を払いのけた。 「触るな」  低く突っ撥ねるような声。  払われた手首を宙で止めたまま、真央はゆっくりと顔を上げ、玲の瞳の奥を覗き込むように目を細めた。その唇の端が、歪んだ愉悦を孕んで冷たく上がる。 「……ふーん。分かりやす」  真央は気に留める様子もなく一歩踏み込むと、玲を見上げた。  玲は真央の瞳を、感情がこもっていない目で無言で見下ろした。  ――何故、渚以外の女を視界に入れているのだろう。  数十分前までは、玲の視界は渚しか存在していなかったのに。  真央の手が玲の胸元に触れてくる。女の瞳は変わらず玲しか見ていない。  玲の視界には真央しか映り込んでいないのに、頭の中にいるのは渚のことばかり。 (今日の渚、可愛かったな)  触れるだけで身を震わす彼女が愛おしくて、何度腰を激しく動かそうとしただろう。  愛すれば愛するほど、内に宿る「壊したい」という衝動は刃のように研ぎ澄まされていく。  渚の笑顔を守るためには、この衝動をどこかへ吐き出すしかなかった。 「私の元に戻ってくるって信じてた」  耳元で囁かれる真央の言葉。  その言葉に、玲は自嘲を浮
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第2章:001

  ※ ※ ※玲と同棲が決まってから、いつもと変わらない穏やかな日が続く。 ふとした時に、頭の片隅に小さなピアスがチラつくけれど……それ以外は平穏だ。何も、問題はない。 渚はクライアントにメールを送信してから、小さく息を吐いた。「相良ちゃん、明日その髪で行く気?」 肩越しに振り向くと、書類を持った橘が怪訝そうに渚を見ていた。 「え?」 渚は反射的に前髪を押さえた。 肩につかないくらいの短さ。 鏡を見るたび適当に切っているせいで、毛先はばらばらだった。「いや、別に変ってほどじゃないわよ? でも展示会でしょ。取引先も来るし、せっかくだから綺麗にしてきなさい」「美容院、苦手で……」 小さく言うと、橘は「あー」と納得したように頷いた。「じゃあ、私が紹介してあげる」 橘はそう言うと、スーツの内ポケットから名刺を一枚取り出して渚に手渡した。 受け取ったのは、名刺ではなく美容室のショップカードだった。「私のパートナーがこのお店で美容師をしてるのよ」「……パートナーさんが?」 面談の時に橘から見せてもらった写真を思い出す。 そこには、パートナーだという男性と肩を寄せ合って笑う橘が写っていた。「そ。付き合って十年くらい。見た目は優男だから、私よりも威圧感はないはずよ」 手渡されたショップカードを、渚はそっと指先でなぞった。 顔を寄せ合って笑う二人は、見ているこちらまで安心するような空気だった。 あんな風に誰かの隣にいることを、“当たり前”だと思える関係があるのだと、少し不思議に思う。(私たちも、付き合ってから十年が経つけど……) 同じ年月のはずなのに。 私と玲は、離れていた時間まで含めれば、もっと長いのに。
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