Semua Bab 壊したいほど好きだから、: Bab 71 - Bab 80

112 Bab

第2章:002

 ※ 美容院を出る頃には、空は薄暗くなっていた。 鏡の中の自分が、まだ少し他人のように見えた。 美容院に来たのは、小学二年生以来だった。それからずっと、自分のはさみで切っていた。長くなったら切る。それで充分だと思っていた。 橘のパートナーはよく笑う人だった。渚が何も言わなくても察したのか、ずっと話しかけてくれた。怖くない、と気付いたのは、帰り際に扉を開けてもらった時だ。 橘を含めて、三人目だった。 なんとなく、それが嬉しかった。 渚は携帯を取り出す。『髪を切ったよ』 と打ち込んで、玲に送ろうとしたが指が止まった。 再会してから今日まで、玲には揃っていない髪しか見せていない。写真で美容院でセットした自分を見せるのは、なんとなく照れ臭かった。(玲には、出張から帰ってきてから見せよう)  代わりに、 『明日から出張頑張ってくるね』 とだけ送った。 すぐに既読が付く。『頑張って。気を付けて行ってきてね』 優しい返信。 それだけなのに、少し安心する。『お土産、買ってくるね』 すぐに既読が付いて、すぐに返信があった。『渚が無事に帰ってきてくれるだけで、俺は嬉しいよ』 キザっぽい言い方に、渚は思わず吹き出してしまった。  ※ ※ ※ 新幹線の窓から見える景色は、どこまでも澄み渡っていた。 玲と一緒に彼の実家に行くときは飛行機で、新幹線に乗ったのはもう随分前だ。 携帯を掲げ、流れる青空を切り取る。送信先は玲だ。 渚は窓の景色と一緒に、自分も写真を撮って玲に送った。セットした髪を玲に直接見せようとしていることをすっかり忘れてしまうくらい、子供のようにはしゃいでいた。 そんな渚を、隣に座る橘は、まるで幼い娘を見るかのように優しい目をしていた。 「彼氏さんによね」  隣から聞こえてきた橘の野太い声に、渚は少し照れたよう
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第2章:003

  ※ 木曜日。 渚が展示会と商談を兼ねた二泊三日の出張へ向かった。 行き先は遠方の取引先。玲に告げたのは「上司と同行する」という事実だけだった。(また、橘部長か……) 楽しそうに橘の話をする渚は、今までにない「仕事の楽しみ」を見つけたようだった。 彼女が楽しそうにしているのを見るのは好きだ。だが、それを他人がもたらしたものなら、本音は面白くもなんともない。 内ポケットにある携帯の振動に、玲は携帯を取り出した。 一通の、通知。渚からだった。 玲は画面に浮かんだ渚の名前に微笑んだ。 『新幹線の窓から。景色きれいだよ』  添付された写真には、流れる青空と遠くの山々が写っていた。 次に、渚と窓の景色のショット。 画面いっぱいに映り込む渚を見て、いつもなら幸福の時間が流れるのに今日は違った。(美容院に行ったのか?) 写真の中の渚は、いつもより少しだけ髪が整い、大人びて見えた。 (俺に何も言わずに? どうして? 美容院、苦手だったよな?) 男女問わず、俺以外に髪を触られるのが嫌いなはずだ。 玲は無言のまま、拡大した。綺麗に整った毛先が渚の小さな顔を包み込むようにして内側に緩いカーブを描いていた。 頭に疑問符を浮かべたまま、携帯を睨みつけていると窓ガラスの隅に反射して写り込んだ影があることに気が付いた。 ――男だ。 輪郭はボヤけ、顔までは判別できない。だが、体格のいい男が渚のすぐ隣に座っている。 渚が送ったどの写真にも、窓に男の影が映り込んでいる。どの写真にも、全部。 ――電車が嫌いな渚が、男の隣に座って出張に行っている。その事実が、玲の脳内を掻き乱す。 カウンセリングの効果が出始めているのなら、それは喜ぶべきことだ。 渚が克服すれば、今よりもっと、触れられる。 もっと深く抱ける。 ――そう思っていたはずなのに。 
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第2章:004

 ※ 玲が乱暴に鍵を開けて玄関に踏み込むと、真央はちょうど靴を履き終えたところだった。バッグを手に、今まさに外出しようとしていた。「私、出かけ――」 最後まで言わせなかった。 玲は真央の肩を掴み、そのまま強引に壁へ押しつける。 鈍い音が響いた。 「……玲?」 見上げた真央は息を呑む。 玲の目が、どこも見ていなかった。「黙れ」 低い声だった。「俺の性欲処理になるって約束だろ。お前は黙って穴をかせ」 玲は真央の両脚の間に己の膝を強引に割り込ませた。動きを完全に封じたまま、片手で手早くベルトを外し、前を寛げていく。 頭の中で、あの男の影が浮かんでは消えた。 玲は真央のスカートを乱暴にまくし上げ、薄いストッキングを容赦なく引き破った。愛撫も、労りもない。まだ何の準備もできていない、渇いたままのそこへ、自身を無理矢理押し込んだ。「……っ!」 鋭い痛みに、真央は一瞬息を詰まらせ、顔を歪めた。 けれど、次の瞬間には、真央は拒絶する代わりに、自由な両腕を玲の広い首元へと回した。 爪が食い込むほどの力で、玲の背中にしがみつく。 手荒に扱われようと、言葉で貶められようと――真央は静かに全て受け入れるように目を閉じた。 玲は真央の身体を激しく蹂躙しながら、必死に脳裏にこびりつく渚の幻影を叩き潰そうとしていた。 だが、いくら腰を打ち付けても、いくら真央の肉を貪っても、胸の奥のどろりとした空虚が満たされることは決してなかった。  ※  事が終わり、玲は衣服も身に付けないまま、ベッドの端に腰掛けて携帯を起動した。画面の明かりが、彼の昏い瞳を照らす。 渚からメッセージが届いた。『今日も頑張ったよ。展示会、すごく勉強になった』  既読をつけた直後、続けてメッセージが届く。 『ホテルのご飯美味しかった。写真撮ったから送るね』  添付された写真を、玲は無言でタップして開く。 上品に盛り付けられたホテルの料理。画角のなかに映っているのは、確かに渚一人分の席だけだった。(本当に一人か……? カメラの後ろに、あの男が立っているんじゃないのか?) 一度歪んだ視界は、どんなに潔白な証拠を突きつけられても、それを「巧妙な隠蔽」としか捉えられなくなっていく。玲の指先が、携帯の縁を白くなるほど強く握り締めた。「ねぇ。渚ちゃんと、何かあったの
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第2章:005

  ※ 残された寝室で、真央は天井を見つめながら、かつて自分が口にした言葉を思い出していた。『私、玲の性欲処理になる』 その言葉を、真央はこれまでに二度、玲に告げている。 一度目は、中学一年生の時。彼に告白して、無残に振られた直後。 そして二度目は――玲が、渚と付き合い始めてすぐ後だ。 真央は最初から確信していた。玲が抱える歪んだ破壊性を、あの相良渚が受け止めきれるはずがない、と。 渚の身に大昔に何が起きたのか、真央は知っていた。大人は子供の耳に入らないよう細心の注意を払って隠していたようだから、当然、玲はその事件の全貌を知らないままだった。けれど、真央の親は違った。家庭の歪みのなかで、その噂は真央の耳へと筒抜けになっていたのだ。 渚は壊れ物みたいだった。 玲は、そんな彼女を壊さないよう必死に息を潜めている。 でも、それで玲が満たされるはずがない。 だからこそ、二度目の『性欲処理になる』を告げたのだ。 そのとき、玲は激しい嫌悪感を露わにして真央を拒絶した。けれど、真央は動じなかった。彼の瞳の奥にある、いつか決壊するであろう暗い衝動を見つめながら、ただ静かに微笑んだ。『待ってるから』 そう言い残した真央の予言は、残酷なほど正確に的中した。 玲は戻ってきたのだ。忘れもしない、あのクリスマスの夜。 渚との甘いデートを終えたその足で、あろうことか、渚から貰ったばかりのマフラーを首に巻いたまま、光のない目で真央の前に現れた。 シャワーの音を聞きながら、真央は唇の端を僅かに吊り上げる。 玲がどんなに渚を求め、どんなに遠くへ行こうと、彼がその怪物のような本性を曝け出せる場所は、世界でただ一つ、この部屋の、自分の上だけなのだから。 もともと、二人の間の暗黙のルールは「木曜日の夜」だけだった。 それなのに、最近の玲はその境界線を自ら壊し始めていた。 最近、玲がこの部屋を訪れる頻度が明らかに増えていた。 木曜日以外に、外回りを装って、あるいは飢えた獣のような目
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第2章:006

  ※ その頃、渚は出張先のホテルのラウンジで、少し冷めたハーブティーのカップを両手で包み込んでいた。 視線の先では、ガラス窓の向こうの夜景を背にして、橘が楽しげに甘い声で携帯に囁いている。「そう、無事に帰るわよ。……ええ、愛してるわ」  屈強な男が、恋する乙女のような顔で囁くのを見て、渚は少しだけ微笑んだ。 自分も玲に、今の充実を伝えたい。 ただ純粋に、一日の終わりに声を聴き合いたいから電話をしている――そんな関係が、渚にはとても眩しく、そして少しだけ羨ましく思えた。(私も、玲に今の気持ちを伝えたいな) 苦手だった美容院に行けたこと。知らない土地で、新しい仕事に挑戦できていること。 この充実感を分かち合いたくて、渚は携帯を開いた。『今日も頑張ったよ。展示会、すごく勉強になった』 文字を入力し、送信する。 すぐに既読が付いた。 『ホテルのご飯美味しかった。写真撮ったから送るね』  メッセージと共に写真を送信。 画面の「既読」マークは一瞬でつき、弾かれたように矢継ぎ早の返信が画面を埋め尽くした。『どこにいるの?』『誰と食べたの?』『一人?』「……、」 渚は胸の奥に、小さな違和感——微かな圧迫感を覚えた。 けれど、渚はすぐに小さく頭を振って、その不穏な感覚を脳内から打ち消した。 (私のことが、心配なんだ)  渚は「橘さんと食べたよ」とは打たず、「上司と食べて、今はもう部屋だよ」とだけ返した。 事実を送り、渚はそっと画面を伏せた。 ※ ※ ※ 土曜日の夕方、無事に二泊三日の出張を終えた渚は、安心できる自宅に戻ってきて、小さく深く息を吐き出した。身体には心地よい疲労感が残っている。 今回の出張は、渚にとって挑戦の連続だっ
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第2章:007

 ※  駅近くにある、オーガニック野菜と果物カクテルが人気の居酒屋の一角で、渚は高校時代からの友人たちとテーブルを囲んでいた。木目調の落ち着いた店内は女性客がその大半を占めており、どの席からも華やかで賑やかな笑い声が聞こえてくる。 左手の薬指に輝く指輪を恥ずかしそうに見せる綾乃を、全員が満面の笑顔で祝福した。「本当におめでとう、綾乃」 渚が心からの祝意を伝えると、綾乃は嬉しそうに目を細めたが、ふと渚の髪に目を留めた。「ありがと。……あ、渚、髪切った? すごい似合ってる。お洒落なカット」「えっ、あ、うん。ちょっと出張の時にね……」 少し照れくさそうに整った毛先を触る渚を見て、友人たちの一人が身を乗り出した。「このあと、二次会行かない? 近くに可愛いカフェあるんだよね」「行くー!」 みんなが口々に賛成するなか、渚だけが少し申し訳なさそうに手を振った。「あ。私はパスで……ごめんね」「えー、なんでよ渚」「玲が二十二時に迎えに来てくれることになってるの」「はあ? 高校生の門限じゃあるまいし!」 呆れたように声を上げた友人に、渚は困ったように、けれどどこか嬉しそうに微笑む。「玲が心配性なだけなの。それに……新しくセットしてもらったこの髪、早く玲に見せたいし」 ノロケ混じりの渚の言葉に、綾乃が少し真面目な顔をしてグラスを置いた。「渚は、最近彼氏とどう?」「相変わらずなの?」 他の子も乗っかるように訊ねてくる。そのトーンには、単なる恋バナとは違う、どこか探るような響きがあった。「相変わらず、って?」 首を傾げる渚に、友人が声を潜めた。「……高校の時みたいに、会社の前で待ち伏せしてたりしない?」「いつの話してるの」 渚はおかしくなったように笑った。
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第2章:008

  お会計を済ませ、居酒屋の外へ出た。 女性客で賑わう店を後にし、玲が車を取りに駐車場へ向かっている間に、一人になった渚の手を綾乃はぎゅっと強く握り締めた。その瞳には、明らかな危惧の色が浮かんでいる。「何かあったらすぐ連絡するんだよ。絶対に、一人で抱え込まないでね」「なにもないよ!」 渚は満面の笑顔でそう答えて、玲の車に乗り込んだ。 玲は綾乃たちに運転席から頭を下げて、車を車道へ進めた。 遠ざかって行く二人を乗せた車を、綾乃は複雑な表情で見送ることしかできなかった。 ※ 渚を助手席に乗せ、玲は居酒屋の駐車場を出た。 車内には控えめに暖房が効いており、静かなエンジン音だけが夜の街に溶けていく。 新しく整えてもらった髪を、渚が褒めてほしそうにしているのが分かった。彼女は自分の髪を撫でながら、チラチラと見てくるのだから――。 ハンドルを握る手に力がこもった。渚の言葉を待っていたけれど、彼女はなかなか切り出せないでいるようだった。「いつ引っ越す?」 玲は髪のことに触れるつもりが、違う言葉を投げかけていた。 「えっ?」 唐突な問いかけに、渚は目を瞬かせた。「えっと……まだ自分の部屋の荷物もまとめてないし、新居の家具もこれから決めなきゃだし――」「家具は買った」「え……」「食器も二人分、もう揃えてある」 渚の言葉を遮るように告げると、彼女の瞼が微かに痙攣し、渚は目を伏せた。 「一緒に、選びたかったな……」 渚が、ぽつりと呟いた。 すると、玲は慌てたような口調で言った。「ごめん! 俺、先走って勝手に買っちゃった。渚と早く一緒に暮らしたくて……本当にごめんね」「ううん、どうして謝るの? 私がのろのろしてるから、玲が気を利かせて買ってくれたんでしょ? ……
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第2章:009

 ※ ※ ※ 渚は綾乃たちと居酒屋でどんな会話をしたか、玲に楽しそうに教えてくれた。 綾乃の婚約者は大学のサークルで知り合った二つ上の先輩だったということ、彼氏から振られて合コン三昧の友人のこと、それから仕事に生きると宣言した友人のこと――渚は、高校時代の思い出をなぞるように、懐かしむように語ってくれた。 ただ、出張先での詳しい話が渚から語られることはなかった。出張先で購入したお土産を彼女から受け取った時に「出張どうだった?」と訊くタイミングはあったのに、玲が訊くことを躊躇ったからだ。渚が仕事に生きがいを感じることは、悪くはないことなのに。渚が楽しそうに仕事の話を語ることだって、何も悪くない。暗く沈んでいた高校時代の渚を知ってるからこそ、本気でそう思える。渚が笑顔で喋っている姿を眺めるだけの時間は、至福の時だった。 しかし、その奥底に存在するもう一人の自分が叫んでいるのも事実だった。『俺以外を見るな』『俺以外と楽しく過ごすな』『俺の見ていないところで、幸せにならないでくれ』 その感情を押し殺し、幸せそうに微笑んでいる渚に向けて、玲もまた微笑んでいた。 見えない血の涙を流して。 その翌週の金曜日――昼休憩。 玲は社内の階段の踊り場へ向かうと、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出し、迷わず渚の番号をタップした。『もしもし、玲?』 携帯越しに聞こえる渚の柔らかい声。それだけで、午前中の仕事の疲れが吹き飛ぶようだった。今日は金曜日。夜になれば渚が自分の家に来てくれる。そして、土曜日は渚とカーテンを買いに行くのだ。彼女が選んでくれたカーテンで窓を覆う――二人だけの空間が生まれる。「今、大丈夫? ご飯ちゃんと食べた?」『うん、食べたよ。玲は? 今夜、カウンセリング終わってから玲の家に行くから……』 そこまで言った時だった。 渚の背後から男の声が紛れ込んできた。『相良ちゃーん、休憩中にごめん! この資料チェックを至急頼んでいい?』『はーい、すぐ行きます!』 渚がごく自然に、明るい声で返答する。『ごめんね玲、ちょっと仕事頼まれちゃった。また夜ね』「あ……うん。待ってる――」 プチッ、と通話が切れる。 静まり返った階段の踊り場で、玲は手に持った携帯を握り締めたまま、呆然と固まっていた。(相良ちゃん……? なんでそんなに親しそうなん
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第2章:010

 ※ ザーッというシャワーの音が、浴室に響いていた。 髪を洗い流していた真央は、ガラッと引き戸が開く音に驚いて振り向いた。 湯気の向こう、水滴越しに視線を上げる。そこに立っていたのは、スーツを着た玲だった。 ネクタイは微妙に緩み、前髪の隙間から覗く瞳は濁りきっていた。一切の光を失い、ただ底知れない狂気と絶望の鋭さだけを宿している。 声もかけず、突っ立ったまま、じっとこちらを見ている。(……何かあったわね) 金曜日の夜――本来ならあの「渚ちゃん」と甘い時間を過ごしているはずの日に、玲が真央の元を訪れるなんて今まで一度もなかった。 玲と渚の絆が、切れてしまいそうな予感が真央の胸に湧き起こった。 真央は何も言わなかった。 ただ口元を吊り上げると、玲に背を向け、流れ続けるシャワーの下で、壁に両手を突いた。自らお尻を突き出し、玲を迎え入れる体勢を取った。 背後で、カチャカチャと金属音が響く。 次の瞬間、服を着たままの玲がシャワーの熱い水の中へ踏み込み、真央の腰を乱暴に掴んだ。躊躇いもなく、後ろから深く突き刺される。「っ……ぁ……!」 背中を強い衝撃が襲い、熱い吐息が首筋に吹きかかった。 濡れたスーツの生地が肌に張りついて、不快感があった。それなのに、真央を貫く玲の体だけが、燃えるように熱く、真央の体を快感で埋め尽くしていく。 玲と渚が破滅に向かっているという予感のせいで、真央の体はすでに濡れていた。玲の硬く冷たい昂りを、抵抗もなく根元まで呑み込んでいく。 玲が真央に前戯なんてしたことは、最初から一度もなかった。 優しさも、愛撫も、言葉さえもない。あるのは自分勝手に欲望をぶつけてくる乱暴な侵入だけ。ただの性欲処理――それを望んだのは真央自身だが、それで良かった。(相良渚にはできないことを、私はできている。玲の本性を曝け出させているのは、他の誰でもない、この私なのだから) 玲が体を預けているのは私なのだという歪んだ優越感が、真央の頭の中を白く痺れさせていく。『玲は、私に戻ってくる』 昔、玲に告げたあの言葉は、ついに真実になる。 シャワーの水飛沫を浴びながら、玲が激しく腰を打ちつけ、奥を抉るように抽挿を繰り返す。 着衣のままの玲に背後から覆われ、真央は狂おしい嬌声をあげながら、もっと寄越せと言わんばかりに自らも腰を振り上げた。
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第2章:011

 ※ 暗い部屋の中で、玲は自分の腰の上で跳ねている女を生気のない目で見上げていた。 頭の中は渚が謎の男と寄り添っている幻影で満たされ、狂気に満ちているというのに、下半身はそそり勃っている――己の体は相変わらずちぐはぐで、玲は思わず失笑した。 真央の喘ぎ声も、肌の体温も、体の重みも、玲には一切届かない。 ただ、暗闇の向こうで自分に背を向け、見知らぬ男と楽しげに笑い合う渚の姿だけが、焼きついたように視界から離れなかった。(なんで……) 男が苦手なはずじゃなかったのか。 俺以外の男なんて、怯えて遠ざけていたはずじゃなかったのか。 玲は自嘲するように口元を歪めた。 真央の腰を力ずくで掴み、ただ自身の欲望を処理するためだけの機械のように、下から無造作に突き上げる。真央が高く短い悲鳴のような嬌声をあげ、玲の胸に爪を立てたが、その痛みすら遠いもののように思えた。『玲に、無理させてるから』 カウンセリングに通っている理由の一つは、それだったはずだ。(それなのに、どうして他の男が平気になるんだ?) 渚が強くなること、男に対する恐怖が消えていくことは、素晴らしい前進のように見えるが――渚が自分を必要としなくなることを、玲は望んではいなかった。(渚が俺の傍を離れる日が、来る……?) そんな日が訪れた時、自分が生きていられるのか玲には分からなかった。(渚……) 他の女を抱き、不安と恐怖をぶち撒け続けてきた。最低で、汚らわしくて、救いようのない裏切りを長年続けている。そんな俺から離れた方が、もしかしたら渚は幸せなのだろうか――そんな考えが玲の脳裏を過った。(……いや、ダメだ) 一瞬浮かんだ思考を、玲は自ら即座に叩き潰した。(渚が俺から離れて幸せになる? 他の男の隣で、あの柔らかい笑顔を浮かべて生きる?) 渚を手放すくらいなら、いっそ――。 思考を塗り潰すように、玲は真央の腰を掴み、強く腰を打ち上げた。
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