All Chapters of 夫が心を入れ替えたと思ったのに、結局嘘だった: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

神谷グループの資金不足を補うため、陸は考えうるすべての人脈を頼り、頭を下げて回った。まる2週間、ろくに眠る暇もなかった。昼間は融資の交渉、夜は接待。家に帰る頃には、いつも深夜になっていた。すると、玲が「陸の世話をする」という名目で、家に移り住んできた。だが、陸は却って家に帰りたくなくなる一方だった。なぜなら、彼が帰宅するとすぐに玲がまとわりついてくるのだ。あそこが痛い、ここが辛い、ネットで誹謗中傷されただの、うつ病が再発しただの……愚痴ばかりが続くのだった。そして、陸は気づいた。玲の「うつ病」には法則があるということに。陸の帰りが遅くなった時に、「発作」が起きて、何かを買ってやる約束をすると、決まって「体調が良くなる」のだ。だが、食事はしっかりと食べるし、寝つきもいい。陸の前で泣き喚く以外は、至って健康そのものだった。ある夜、陸はまた酔った足取りで帰宅した。帰宅した時刻は深夜1時過ぎ。部屋に入ると、玲が部屋着姿でソファに座り、目を真っ赤にしていた。「陸くん、どうしてこんな時間まで……」「接待だよ」陸は上着を脱ぎ、バスルームへと向かった。冷たいシャワーを浴びて、少しでも酔いを覚ましたかった。シャワーを浴び終え出てくると、玲はまだソファに座り、クッションを抱えながら俯いていた。陸は尋ねた。「なんでまだ寝ないんだ?」「待ってたの」玲が甘えるように言う。「陸くんがいないと眠れないから」陸は彼女を見つめ、不意に聞いた。「薬は飲んだのか?」玲がきょとんとした。「何の薬?」陸は言った。「うつ病の薬。医者に処方してもらっただろ。飲んだのか?」玲が一瞬黙り込み、すぐにまた俯いた。「忘れちゃった」陸は玲の目の前まで歩み寄る。「忘れた?なあ、玲。お前、本当にうつ病なのか?」玲は顔を勢いよく上げ、堰を切ったように涙をこぼした。「陸くん、それどういう意味?うちを疑ってるの?」陸は疑いの目で玲を見つめた。「お前は医者に出された薬を一度も飲んでないし、俺はお前のカルテだって見たことがない。それに、睡眠障害もあるって言うくせに、俺が夜中に帰ってきた時のお前は、いつも気持ちよさそうに寝ているけどな」玲はさらに声を上げて泣いた。「それは疲れてるから!なんで、うちを疑うの?」ま
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第12話

それは、法律事務所からのメールだった。離婚に関する手続き?汐里が依頼した?はっと、1ヶ月ほど前、汐里が書類を手に会社に来たことを思い出す。あの時、自分は中身も確認せずにサインしたのだ。汐里は契約書だと言っていたが、あれが離婚協議書だったなんて。知らないうちにサインをした自分も、離婚に合意していることになる。陸は立ち上がり、急いで汐里に電話をかけようとした。だが、彼女の新しい番号を知らない。美波にかけるが、そちらもつながらなかった。江藤グループに問い合わせても「そのことについては把握しておりません」と繰り返されるだけ。陸は、初めて言いようのない不安に襲われた。汐里は本気で自分と離婚するつもりなのだ。当てつけや気を引こうとしていたのではない。本当に自分を捨てた……翌日、陸は法律事務所へと向かった。担当職員に離婚届を差し出される。「汐里様の部分はすでに記入されておりますので、あとは陸様に記入していただければ、正式に離婚の手続きを始めたいと思います」「俺は離婚になんて同意してない」陸は言った。職員は事務的に言った。「陸様はすでに、離婚協議書へとご署名をしておられますので、離婚は同意の上と認められます。また、離婚協議書の中にも、離婚に関する手続きは全て弁護士に委託するとの記載もありますので」陸は離婚届に記入せざるを得なかった。記入が終わると、離婚協議書を渡された。財産分与は簡潔で、家はそのまま陸のもの、そして会社の株も自分の会社のものをそれぞれが受け取るだけ。汐里はただ離婚だけを望んでいた。法律事務所を出ると、日差しが酷く眩しく感じられた。ポケットで携帯が鳴り、取り出すと画面に玲の名が表示される。「陸くん、今どこにいるの?映画のチケットを取ったから、一緒に行こうよ」「行かない」と陸は短く返す。「どうして?もうずっと一緒にいてくれてないじゃん」玲の声に甘えが混じる。「仕事だ」「もう、仕事ばっかり……陸くん、ひょっとして、うちなんてもうどうでもいいの?」陸は何も言わなかった。玲が金切り声を上げる。「何か言ってよ!」「陸くんのために、うちがどれだけ犠牲にしたと思ってるの?なのに、急にそんなに冷たくして……どういうつもり?」すると、陸がふと問いかけた。「玲。お前
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第13話

陸はオフィスのソファにもたれかかり、目を閉じていた。頭の中では同じ光景が繰り返されている。18階の窓からミルキーを投げ捨てたあの瞬間。白い小さな塊が空を舞い、そしてすぐに「ドンッ」と音がした。あの時、自分は何を考えていたっけ……汐里のせいで玲のお腹の子が流れた。だから当然の報いだ、そう思っていた。だが、もし玲が最初から妊娠などしていなかったとしたら?全部、嘘だったとしたら?自分が投げ捨てたのはただの猫ではない。汐里と二人で3年間育ててきた「子供」だ。汐里が事故後に唯一心の拠り所にした相手であり、一生父親であろうと誓ったあの小さな命。携帯が震えた。ニュース速報が表示されている。【江藤グループ社長、従業員いじめ。被害者への謝罪、未だになし】もう1ヶ月も経つのに、なぜまだ話題になっているんだ?陸が記事を開くと、複数のメディアが同じ内容を蒸し返していた。コメント欄は汐里を非難する書き込みで埋め尽くされている。陸は眉をひそめた。ゴシップなんて3日もすれば消えるのに、なぜこれほどしつこく注目され続けているのか。陸は秘書に電話をかけた。「健二、汐里に関するここ1ヶ月の記事を調べてくれ。どのメディアが扱っているかと資金源もだ」「かしこまりました、社長」3時間後、陸の秘書である渡辺健二(わたなべ けんじ)が資料を持って現れた。「神谷社長、調査の結果が出ました」健二は書類をデスクに置いた。「この1ヶ月、27社のネットメディアと12のマスコミが、汐里さんの件を書き続けています。資金の流れを追ったところ、ある一つの口座に行き着きました」「誰の口座だ?」健二が一瞬ためらいを見せる。「それは……玲さんの個人口座です」陸は報告書を凝視し、指先で紙の端を強く握りしめた。「間違いないのか?」「送金記録は確かです。いくつかのメディアの責任者も認めていますから。玲さん自らがメディアに連絡し、継続的に流すよう要求していたそうです」陸はしばらく黙り込んだ。「一人にしてくれるか?」オフィスには陸一人きりとなった。ネットで誹謗中傷されたと泣きながら訴え、うつ病を発症したと言っていた玲の顔が浮かぶ。汐里を罵るコメントをいつも自分に見せつけ、目を潤ませながら言っていたあの姿も。「陸
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第14話

玲の顔から、笑みが完全に消える。「あんた、調べたの?」陸は淡々と言った。「お前の診断書を書いた医者を調べてみたんだ。裏で金を払ったんだろ?」玲は陸を数秒間じっと見つめると、突然、笑い声を上げた。「陸くん、今さら良い人ぶってどうするの?」涙を流すほど笑っている。「うちが汐里に突き飛ばされたって言ったとき、あんた信じたよね?完全に信じ切ってたじゃない!うちのためだなんて言って、あの女の猫を18階から投げ捨てたのは誰?まさか、忘れたの?」その瞬間、陸の胸の中で何かが壊れた。彼は冷静に言葉を続ける。「じゃあ、認めたってことでいいな。汐里を陥れたことも、流産や子供が嘘だったってことも、全部」玲は顎を突き出し、ふんと言い放った。「そうだよ。だから、それがどうしたっていうの?でもさ、陸くん。もしあんたがうちの肩を持って、汐里さんに飽きてなんかいなかったら、うちが入る隙なんてなかったと思わない?」彼女は一歩歩み寄り、指で陸の胸を突いた。「あんた自身が言ったんでしょ?あいつと一緒にいると息が詰まる、疲れるって。うちといる時だけが、自分らしくいられるって言ったのは誰?なのに、今になってうちがあんたを騙したなんていうのは、いくら何でも酷すぎるんじゃない?」陸は玲の手首を掴んだ。「汐里を陥れろなんて、俺は一言も言ってない」ふっと皮肉な笑みを浮かべる玲。「でも、そのチャンスを与えたのはあんたでしょ?あの日、あんたが洞穴からうちを先に助けた理由は、わかる?あんたの中で、汐里さんは重荷だから。それも、一生背負わなきゃいけないほどのね。でも、うちは違った。うちはあんたに自由を与えられる。そうやって、自分で選んでおいて、今さら後悔して、うちに責任を押し付けるなんてずるいんじゃない?」陸はそっと玲の手を離した。その通りだ。隙を与えたのは自分だ。玲の涙を信じ、沈黙する汐里を疑ったのは、紛れもなく自分自身。汐里の大切なミルキーを窓から投げ捨てたのも、自分だった。玲が髪をかき上げ、平然と言い放つ。「うちらは、もうとっくに共犯者。汐里さんだって、もうあんたを許さないと思うしね。だって、とっくに離婚してるんだから。だったら、これからも一緒にいようよ。あの女みたいに小うるさいことも言わないし、陸くんだっ
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第15話

玲が逮捕されたという噂は、すぐに広まった。陸は会社として声明を出した。これまで汐里に向けられていた根拠のない中傷をすべて否定し、それを証明する資料も公表する。世間の風向きは変わったが、もはやそんなことは誰も気にしていなかった。汐里の行方も、依然として分からないまま。陸は、汐里が2年前に購入したマンション……自分がミルキーを手にかけてしまったあのマンションに向かってみることにした。汐里がいなくなって以来、ここには来ていなかった。部屋は、まるで時間が止まったかのように何も変わっていない。隅に置かれたミルキーの寝床も、エサ皿も水の容器も、あの日と同じまま。玄関には汐里の靴が揃えられ、ドレッサーの櫛には、彼女の髪が数本絡まっている。陸は一晩中ソファに座っていた。夜が明けてから健二に電話をかけた。「汐里の家を封鎖してくれ。中のものは何一つ動かすな」「では、猫のものはどういたしましょうか……」「そのままにしておけ」電話を切ると、陸はミルキーの寝床の前まで行き、その場にしゃがみ込んだ。飼い始めた当初のミルキーの姿を思い出す。まだ手のひらサイズで、ケージの中で細い声で鳴いていた。事故の後、汐里は一言も喋らなくなっていた。だから自分はミルキーを抱き、車椅子に座る汐里の前にしゃがみ込んで言った。「俺がパパで、お前がママだ」彼女は瞳を潤ませ、消え入るような声で返した。「陸って猫アレルギーでしょ?」「そんなもん、薬を飲めばいいんだよ。それに、お前が喜んでくれるのが一番だからさ」と、自分は軽々しく答えた。その後、自分は本当に毎日アレルギーの薬を飲んだ。夜中に自分が咳き込むと、心配した汐里が起き出してくることもあったが、自分はいつも「大丈夫だから、寝てて」と言って手を振っていた。だが今、あの夜中に咳に気づいてくれた彼女を、追い出したのは自分だ。そして二人で家族のように可愛がっていたあの「子供」を、殺したのも自分だった。それからも、日々は過ぎ去っていった。陸は仕事に没頭し、無理にでも予定を詰め込んだ。だが、どれほど忙しく過ごしても、ふとした瞬間に汐里のことを思い出してしまう。例えば会議中に、誰かが汐里の愛用していたメーカーのペンを使っているのを見た時。接待の席で、「妻もこの店を気に入っ
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第16話

1週間後、陸は再びペット霊園を訪れた。ミルキーへの供物として、新しく買ったおもちゃと、ミルキーが一番好きだった缶詰を持ってきた。庭へと続く道に足を踏み入れたとき、彼はふと立ち止まった。そこには、汐里がいた。彼女はミルキーの墓石の前にしゃがみ込み、伸びていた草を抜いていた。ショートカットになっていて、服装はシンプルな白シャツにデニム姿。背中はほっそりとしているが、その背筋はまっすぐ伸びていた。陸は動くことも声をかけることもできずに、その場に立ち尽くした。もし声をかけたら、彼女がまた消えてしまうような気がしたのだ。しかし、気配を感じたのか、汐里がふと顔を向けた。二人の視線がぶつかり合う。陸の心臓が激しく波打った。「汐里……」自分の声が震えているのがわかった。汐里は数秒間彼を見つめると、再び顔をそらし、作業を再開した。陸は歩み寄り、汐里の隣にしゃがみこむ。「ミルキーに会いに来たんだ」汐里から返事はなかったが、陸は持ってきた缶詰とおもちゃを墓前に供えた。「これ、ミルキーが好きだったから。ミルキーはこのメーカーの缶詰が大好きで、いつも美味しそうに食べていたよな」すると汐里が静かに口を開いた。「もうあの子はいない。持ってきても無駄だから」陸の胸が締め付けられる。「ごめん」立ち上がった汐里が、陸を見下ろした。「『ごめん』て何?謝れば、それでミルキーが生き返るの?」陸も立ち上がった。「生き返らない。でも、俺は……」汐里が冷たく言葉を遮る。「何が言いたいの?まさか、後悔しているとでも言うつもり?それとも、あの女の本性を見抜けたとか?もしくは、ようやく自分が間違っていたというわけ?」汐里に冷え切った眼差しを向けられ、陸は言葉を失った。「ミルキーが死んだ時、私が何を考えていたか知ってる?」と汐里が続けた。陸は首を振る。汐里の言葉は静かだったが、その一つひとつが鋭利な刃物となって陸の心に突き刺さった。「『一瞬で逝けてよかったね。苦しまなくて済んだね』って。そして、その後に思ったの。自分はなんでこんなゴミ同然のやつに恋なんてしちゃったんだろうってさ」陸の顔から一瞬で血の気が引いた。「玲も憎いけど、あなたの方がもっと何倍も憎い。だってあなたが、あの女に付け入る隙を与えたん
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第17話

神谷グループの四半期決算が発表されると、株価はたちまち3パーセント急落した。会議室では役員たちが俯き、息を潜めている。陸は手元の書類をデスクに叩きつけた。「誰か説明しろ。どうして東区エリアが、突然出てきた『カホ・キャピタル』なんかに奪われたんだ?それに、半年もかけて練った入札プランだぞ。向こうの提示額が0.5パーセント高いだけなんて、偶然で済むわけがないだろ!」すると、マーケティング部長が脂汗を拭きながら言った。「社長、情報漏洩の可能性がありまして……」「調べろ」陸は冷たく言い放った。「今月中に、誰が裏で糸を引いているのか突き止めるんだ」会議が終わった後、会議室に残った健二が、躊躇いがちに口を開いた。「社長。実は……カホ・キャピタルのバックにいるのが、汐里さんではないかという噂を耳にしまして」陸は勢いよく顔を上げた。「なんだって?」健二が続ける。「確定ではありませんが、『カホ・キャピタル』の代表の新谷というのは、かつて江藤グループの専務だった人物なんです。それに最近、私どものプロジェクト責任者たちも何人か引き抜かれているんですが、全員が江藤グループと仕事をしたことがある者たちで、汐里さんとも親しい間柄なんです」陸は椅子の背に身を預け、無意識に指先でテーブルを叩き続けた。汐里の逆襲だろう。しかもやり方が巧みだ。真正面からは攻めてこず、神谷グループの急所を的確に突いてくる。健二がさらに続けた。「それに、話を詰めていた海外サプライチェーンのパートナーも、昨日急に提携を断ってきまして……それが何だか、もっと好条件の相手が見つかったと。調べたところ、その提携先は長谷川グループでした」陸は眉間に深い皺を寄せた。長谷川家の御曹司、長谷川湊(はせがわ みなと)。業界でも遊び人で有名で、酒と車にしか興味のないあいつが、なぜ急にビジネスなんかに?おそらく……「長谷川にアポを取ってくれ」陸は言った。「俺が一緒に食事をしたいと伝えろ」時を同じくして、西区の高級レストランでは……汐里が個室の窓際に座り、一枚の書類を手にしていた。向かいに座る男は派手なシャツを羽織り、胸元のボタンを緩めて、ふざけたように笑っている。「汐里、長谷川家のコネを根こそぎ使わせてやったんだ。どうやってお礼してくれるんだ?」
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第18話

それからしばらくして、湊の方から汐里に仕事の話を持ちかけた。最初はただの暇つぶしだった。元夫に嵌められて失脚した女の復讐なんて、面白いドラマのようだったから。だが何度か仕事を重ねるうちに、湊は汐里という人間が想像とは違っていたことに気づく。彼女は賢く、決断力もあり、ビジネスへの嗅覚はかなり鋭かったのだ。それに、決して過去の苦労や怨みごとは口にしない。ただ冷静に戦略を練り、一歩ずつビジネスを広げていった。書類を閉じた汐里が口を開いた。「見たところ、契約内容に問題はないわ。海外の供給ルートの件、助けてくれてありがとう」湊は軽く手を振る。「気にするな。それにしても汐里、本当にこんなことするのか?神谷は食えない男だぞ。すぐお前に足がつく」汐里は言った。「むしろ陸に、私が仕掛けているって気づかせたいの」湊は眉を上げた。「なんで?こっそり息の根を止めたほうがすっきりするのに」汐里の声は淡々としていたが、その瞳の奥には熱い炎が燃えている。「陸に見せつけたいの。あの男がずっと蔑み、彼なしでは何もできないと高を括っていた女が、どう叩き潰すのかをね」湊は数秒間、汐里をじっと見つめ、突然笑った。「そっか、じゃあプレゼントをやるよ」そう言って、鞄からUSBメモリを取り出す。「神谷グループが来月入札予定の国家プロジェクト。その最低入札価格と肝となるプランを入れておいた。満足してくれた?」汐里はUSBメモリを受け取った。「どうやって手に入れたの?」ウィンクをする湊。「企業秘密だよ。でも、安心していい。出どころなんて、絶対にバレないから」「条件は?」湊は腕時計をチラリと見る。「一緒に飯を食おう。今すぐだ。腹が減ってたまらないんだ」汐里は少しだけ黙ったが、そのまま立ち上がった。「行こう」湊は目を輝かせ、すぐさま汐里の後ろを追いかける。二人が個室を出た直後、廊下の角から現れた陸と鉢合わせた。どうやら、湊に用事があって来たらしいが、汐里の姿を認めるやいなや、陸はその場で固まった。「偶然だな」そう言って、湊が当然のように汐里の肩に手を回す。まあ、すぐに払いのけられたのだが。「神谷も食事に来たのか?」しかし、陸は汐里を凝視したまま、喉をゴクリと鳴らす。「汐里、何でここに?」汐里は答えた。「仕事の
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第19話

とある会員制の乗馬クラブで、陸はようやく湊と接触することができた。ちょうど走り終えた湊が、軽やかな身のこなしで馬から降りた。陸を見つけた湊は、眉を上げる。「あれ?神谷じゃん。乗馬に来るなんて、優雅なんだな」「話がしたいんだ」と陸は言った。湊は馬の手綱を飼育係に預け、タオルで汗を拭った。「仕事の話なら、秘書を通してからにしてくれる?もし、プライベートなことなら、俺に話す義理はないから」陸は単刀直入に切り出す。「汐里に近づくな」湊は笑った。「前も同じこと言ってたよな?で、今どうなってる?汐里がお前のこと、構ってくれるようになったか?」「汐里?」陸は表情を険しくする。「呼び捨てなのか……?」湊が肩をすくめた。「そうだけど?汐里本人が呼び捨てで良いって言ったからさ……何か問題でも?」陸は一歩踏み出し、湊の鼻先が触れそうな距離で言った。「長谷川、お前がどんな奴かは知ってるからな。次々と女を変えるお前みたいな奴が、汐里に手を出して良いわけないだろ?」湊も一歩も引かず、鼻で笑う。「少なくとも俺は、自分の妻を軟禁したり、愛人のために妻の猫を殺したり、父親を死に追い詰めたりはしないから。なあ、神谷。お前は、俺より自分が優れてるとでも思っているのか?」陸の顔からさっと血の気が引いた。湊は声を低くし、嘲るように続ける。「腎臓移植の件で、汐里を騙してたらしいじゃん?そんな酷いことをしてるのに、よくまあ俺の前に顔を出せたよな」「お前……!」湊は彼を遮った。「なんで俺が知っているかって?汐里が教えてくれたんだよ。あいつはすべてを話してくれた。あいつが事故に遭った時、お前がどう芝居を打って、偽の腎臓で3年間どう騙していたかってね。なあ、神谷。汐里が俺に打ち明けるとき、あいつがどんな顔をしていたか知ってるか?」陸は何も言えなかった。「笑ってたんだよ」と湊は続ける。「まるで他人の笑い話を話すみたいに……でも俺には分かった。心では泣いてるって。汐里をあんなボロボロにしたくせに、お前にあいつが誰と一緒にいるかなんて、口を出す権利があるのか?」「俺は汐里を愛しているんだ」と陸は掠れた声で言った。すると、湊はとんでもない冗談でも聞いたかのように笑った。「愛してる?愛してるから、あいつを騙し
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第20話

玲が勾留所から出た日は、曇りだった。玲は15日間勾留されたが、情状酌量の余地があったことに加え、後に陸が一部の告訴を取り下げたため、最終的に起訴は見送られた。それでも15日間というのは、人一人を変えるには十分だった。勾留所の入り口に立つ玲は、人気のない通りを見つめ、無表情で佇んでいた。自宅には戻らなかった。正確に言えば、帰る家が無かったのだ。なぜなら、陸が借りてくれていたマンションは、とっくに解約されていたから。所持金はわずかな数千円だけで、携帯も没収されたまま。玲はタクシーを止めて行き先を告げた。「江藤グループまで」運転手がバックミラー越しに彼女をちらりと見る。「江藤グループ?お嬢ちゃん、江藤は社長が変わったばかりだけど、何しに行くんだい?」「社長が変わった?」「ああ、会長が亡くなった今、娘さんが後を継いだらしいよ。それに、その子がやり手でね。就任早々、古株たちを追い出したらしい」玲は何も答えなかった。汐里は今絶好調らしい。じゃあ、自分は?何もかも失い、世間には冷たい目で見られ、住む場所すらない。どうして自分だけ?タクシーが江藤グループ本社の前に停まった。料金を払い、車を降りる。堂々とそびえ立つ、そのビルを見上げた。汐里は、この中にいる。陸を奪い、自分の人生を滅茶苦茶にした女。その後の数日間、玲は亡霊のようにビルの周りをうろついた。汐里の生活習慣を観察する。朝8時半に出社し、夜の6時か7時に退社。時には湊が迎えに来て、二人で食事に出かけることもある。ある日、汐里が笑っているところを、玲は見かけた。陸と一緒にいた頃の汐里は、笑ってもどこか控えめだった。しかし今は、目を細め、心から笑えているようだ。玲は反対側の通りで、爪が食い込むほど、手のひらを握り締めた。陸が自分へと最後に向けた冷ややかな眼差しを思い出す。それは、嫌悪……まるで、ゴミを見るような視線だった。そして、こんなひどい仕打ちを受けても、陸が今もなお汐里を愛していることへの焦り。なぜ?自分のどこがこの女に劣っているというのだ?一方、陸も追い詰められていた。日増しに激しくなる汐里の反撃。さらに、神谷グループは大型案件を立て続けに3つも失い、資金繰りが限界にきていた。取締役会からは、陸の
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