Masuk3年前、神谷汐里(かみや しおり)はついに神谷陸(かみや りく)への想いを断つ決意をしたのだが、空港に向かう途中で事故に遭ってしまった。 汐里が目を覚ますと、ベッドの横で陸が膝をついていた。彼は涙ながらに、汐里に誓った。 「汐里、俺の腎臓を使って生きろ。これからは、もう二度と馬鹿なことはしないから」 後になって誰もが口を揃えて言った。愛する人を失いかけた恐怖が、あのいつも享楽的で不真面目だった神谷家の御曹司を、完全に変えたのだと。 汐里もそう信じていた。 汐里は10年も陸を想い続けてきたし、陸も汐里を救うために、自分の臓器まで差し出してくれたのだから。 それからの3年間、それまでは毎晩派手に遊び歩いていた陸だったが、まるで別人のようになったのだ。 煙草も酒もやめ、仲間たちとの縁も切り、毎日決まった時間に帰宅するようになった。 さらには、傾きかけていた神谷グループの事業も立て直し、今や業界の誰もが一目置く社長になっている。 汐里に対しても、非の打ち所がないほど完璧に向き合ってくれた。 寒がりな汐里のために、家中の至るところにカーペットを敷き詰め、汐里が夜眠れないと言えば、ベランダで一緒に夜空を眺めてくれた。 汐里の友人たちは言った。「汐里、あの大事故も無駄じゃなかったんじゃない?だって、あんな遊び人だった人を、ここまで一途な人間に変えたんだから」 汐里もそう思っていた。彼が本当に心を入れ替えてくれて、そしてこの先もずっと、二人で一緒に生きていけると。 だが、あの雨の夜、その幻想は打ち砕かれたのだった。
Lihat lebih banyak3ヶ月後。空港の国際線ターミナル。カートを押す汐里の後ろに、湊が続いていた。汐里を見つめる湊の瞳から、珍しくふざけた雰囲気が消えていた。「本当に行くのか?お前の会社も軌道に乗ったばかりだし、国内じゃ駄目なのか?『カホ・キャピタル』は今や業界のルーキーと言われるほどになったんだからさ」汐里は歩みを止める。「でも、一度離れる必要があるの」色々なことがあったこの街から、遠ざかりたかったのだ。父のお墓。ミルキーの眠る場所、それに陸と歩いた道、一緒に食事をしたレストランの数々……何をしていても、過去10年間の日々を思い出してしまう。忘れたいわけではない。ただ、その思い出を過去にするには、時間が必要だった。「どれくらい行くんだ?」汐里は正直に答える。「1年……もしかしたら、3年になるかもしれない。でも、昔からの夢をやっと叶える機会が来たから、海外でデザインを学びたいの」湊は数秒沈黙した後、ふっと笑った。「分かった。行ってこい。ただ、汐里。一つだけ約束してくれないか?」「なに?」湊は少しふざけた表情で言う。「どこかの知らない男にさらわれないでくれよ。俺がお前の帰りを待ってるんだからさ」汐里は出会ってまだ半年にも満たない、この男の顔を見つめた。湊は復讐を支えてくれ、辛い日々を共に歩んでくれた。何度も拒絶したのに、それでも笑って「待っている」と言ってくれた人。陸との10年で、自分が持ちうる情熱と信頼はすべて擦り減らしてしまった。だが、湊と過ごしたこの半年で、自分はまた笑えるようになり、人を信じる気持ちも取り戻せたのだ。それが、友人としての絆であっても……「湊、ありがとう」湊は手を振りながら、目元を少し赤くした。「着いたら連絡しろよ。誰かにいじめられたら、すぐに言え。俺が飛んでってぶん殴ってやるから」汐里は微笑む。「うん」湊を抱きしめ、セキュリティチェックへと向かった。汐里は一度も振り返らなかった。時を同じくして、神谷グループの本社ビルでは、陸が大きな窓の前に立ち、灰色の空をぼんやりと眺めていた。彼は3ヶ月前の事故で肋骨を3本折り、1ヶ月入院していた。退院後、取締役会によってCEO職を正式に解任された。今の陸はただ名前だけの役員に過ぎず、実権は何もない。汐里の手により、神谷グ
しばらくして、陸も距離を保って後ろからついていった。交差点に差し掛かると、ちょうど赤信号になった。湊の車の後ろに、陸の車が停まる。湊の車のテールランプを見つめる陸の思考は、混乱していた。今すぐ車から降りて、湊の車から汐里を降ろし、後悔していることを伝えたい。そして、もう一度やり直したいと縋り付きたい。だが汐里が聞いてくれないことも、自分が嫌われていることも、陸は自覚している。信号が青に変わり、湊の車がゆっくりと動き出した。その時だった。対向車線から黒いセダンが猛スピードで飛び出し、湊の車に向かって一直線に突っ込んできたのだ!「汐里!」陸の頭が真っ白になり、意識より先に、体が反応した。ハンドルを切り、アクセルをベタ踏みして、自分の車を湊の車の前に割り込ませる。ドンッ。激しい衝突音。エアバッグが開き、強烈な痛みに襲われた後、陸の意識は闇へと消えていった。気がつくと、陸は病院にいた。消毒液の匂い、白い天井、ベッド脇の点滴。少し動いただけで、全身に激痛が走る。「目が覚めた?」汐里の声だった。陸が顔を向けると、汐里がベッド脇の椅子に座っていた。表情は読み取れなかったが、目が少し赤くなっている。陸は声を絞り出した。「怪我はないか?」「私は大丈夫。あなたの車が盾になってくれたから、かすり傷ですんだよ」と汐里が答えた。陸はほっと安堵の息を漏らす。「ならよかった……」汐里が言葉を続けた。「犯人は玲だった。狂ってるよね。私を殺そうとしたみたい。もう警察に逮捕されたんだけど、今回は逃げられないと思う」玲。陸は目を閉じた。また、自分が蒔いた種だ。自分があの時玲と関わらなければ……希望なんて抱かせなければ、玲だってこんな最後を迎えることはなかったのだから。「汐里」と陸は目を開けて汐里を見つめる。「今回のことで、少しは許してくれる気になった?」汐里も陸をじっと見つめ続けた。そして彼女は笑った。それは、とても冷ややかな笑みだった。「陸、まだ分かってないの?あなたがいなければ、私と玲が知り合うことはなかった。さらに言えば、命を狙われることもなかったんだよ?だから、全ての元凶は……陸、あなたなの。あの時、あなたが腎臓を提供してくれて、命が救われたって思ったの。だから、感
玲が勾留所から出た日は、曇りだった。玲は15日間勾留されたが、情状酌量の余地があったことに加え、後に陸が一部の告訴を取り下げたため、最終的に起訴は見送られた。それでも15日間というのは、人一人を変えるには十分だった。勾留所の入り口に立つ玲は、人気のない通りを見つめ、無表情で佇んでいた。自宅には戻らなかった。正確に言えば、帰る家が無かったのだ。なぜなら、陸が借りてくれていたマンションは、とっくに解約されていたから。所持金はわずかな数千円だけで、携帯も没収されたまま。玲はタクシーを止めて行き先を告げた。「江藤グループまで」運転手がバックミラー越しに彼女をちらりと見る。「江藤グループ?お嬢ちゃん、江藤は社長が変わったばかりだけど、何しに行くんだい?」「社長が変わった?」「ああ、会長が亡くなった今、娘さんが後を継いだらしいよ。それに、その子がやり手でね。就任早々、古株たちを追い出したらしい」玲は何も答えなかった。汐里は今絶好調らしい。じゃあ、自分は?何もかも失い、世間には冷たい目で見られ、住む場所すらない。どうして自分だけ?タクシーが江藤グループ本社の前に停まった。料金を払い、車を降りる。堂々とそびえ立つ、そのビルを見上げた。汐里は、この中にいる。陸を奪い、自分の人生を滅茶苦茶にした女。その後の数日間、玲は亡霊のようにビルの周りをうろついた。汐里の生活習慣を観察する。朝8時半に出社し、夜の6時か7時に退社。時には湊が迎えに来て、二人で食事に出かけることもある。ある日、汐里が笑っているところを、玲は見かけた。陸と一緒にいた頃の汐里は、笑ってもどこか控えめだった。しかし今は、目を細め、心から笑えているようだ。玲は反対側の通りで、爪が食い込むほど、手のひらを握り締めた。陸が自分へと最後に向けた冷ややかな眼差しを思い出す。それは、嫌悪……まるで、ゴミを見るような視線だった。そして、こんなひどい仕打ちを受けても、陸が今もなお汐里を愛していることへの焦り。なぜ?自分のどこがこの女に劣っているというのだ?一方、陸も追い詰められていた。日増しに激しくなる汐里の反撃。さらに、神谷グループは大型案件を立て続けに3つも失い、資金繰りが限界にきていた。取締役会からは、陸の
とある会員制の乗馬クラブで、陸はようやく湊と接触することができた。ちょうど走り終えた湊が、軽やかな身のこなしで馬から降りた。陸を見つけた湊は、眉を上げる。「あれ?神谷じゃん。乗馬に来るなんて、優雅なんだな」「話がしたいんだ」と陸は言った。湊は馬の手綱を飼育係に預け、タオルで汗を拭った。「仕事の話なら、秘書を通してからにしてくれる?もし、プライベートなことなら、俺に話す義理はないから」陸は単刀直入に切り出す。「汐里に近づくな」湊は笑った。「前も同じこと言ってたよな?で、今どうなってる?汐里がお前のこと、構ってくれるようになったか?」「汐里?」陸は表情を険しくする。「呼び捨てなのか……?」湊が肩をすくめた。「そうだけど?汐里本人が呼び捨てで良いって言ったからさ……何か問題でも?」陸は一歩踏み出し、湊の鼻先が触れそうな距離で言った。「長谷川、お前がどんな奴かは知ってるからな。次々と女を変えるお前みたいな奴が、汐里に手を出して良いわけないだろ?」湊も一歩も引かず、鼻で笑う。「少なくとも俺は、自分の妻を軟禁したり、愛人のために妻の猫を殺したり、父親を死に追い詰めたりはしないから。なあ、神谷。お前は、俺より自分が優れてるとでも思っているのか?」陸の顔からさっと血の気が引いた。湊は声を低くし、嘲るように続ける。「腎臓移植の件で、汐里を騙してたらしいじゃん?そんな酷いことをしてるのに、よくまあ俺の前に顔を出せたよな」「お前……!」湊は彼を遮った。「なんで俺が知っているかって?汐里が教えてくれたんだよ。あいつはすべてを話してくれた。あいつが事故に遭った時、お前がどう芝居を打って、偽の腎臓で3年間どう騙していたかってね。なあ、神谷。汐里が俺に打ち明けるとき、あいつがどんな顔をしていたか知ってるか?」陸は何も言えなかった。「笑ってたんだよ」と湊は続ける。「まるで他人の笑い話を話すみたいに……でも俺には分かった。心では泣いてるって。汐里をあんなボロボロにしたくせに、お前にあいつが誰と一緒にいるかなんて、口を出す権利があるのか?」「俺は汐里を愛しているんだ」と陸は掠れた声で言った。すると、湊はとんでもない冗談でも聞いたかのように笑った。「愛してる?愛してるから、あいつを騙し
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