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血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳
血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳
Autor: 宵更カシ

第一話トワイライト

Autor: 宵更カシ
last update Data de publicação: 2026-05-29 05:17:24

列車のお好きな主様との旅路はハイケンスのセレナーデにのせて。

オルゴールの音色を小耳に授かってから到着の案内放送が始まります。

切り揃えた黒髪がゆらりゆらりと横に振れる列車の客室。深緑色しんりょくしょくの機関車に牽かれた夜行列車が、春先のまだ肌寒い大阪の街を出て六時間が経とうとしています。

暖房の陽気に誘われ、眠ってしまいそうな私はいっそこのまま終着まで行ってしまおうと思っていました。

共用スペースの窓を向く長いソファー。フカフカで寝心地も良く、拍車をかける不規則な列車の揺れ、凛々しくも囁き掛けるような車掌さんの声音。

もはやこれは寝てしまえと言っていて然りな状況。

しかし二十歳はたちそこそこの小娘が通路にもなる出来の良い公衆ベンチの真ん中では危険でした。

けれど誘惑には勝てず、うたた寝してしまいます。

——あなたの血、錆臭いのよ。今すぐ出て行ってくれないかしら。

脳裏を過った言葉。

私はハッと目覚めて辺りを見渡します。

と、その油断が案の定、大きく見開いた霞む視界はすぐさま暗転してしまい、パニックになった鳩のように手をばたつかせます。

「さてさて、愛しの機関車の後ろ姿を眺めに行った主に、ついでとばかり御使いをさせた挙句、こっくり船を漕いでうたた寝した人間。だーれだ?」

暖気の回る部屋でも異質なまでの冷たい手。

瞳を囲った玉の肌に生命の温度はなく、しかし無邪気で健気な金鈴きんれいの声音に焦ることを止めてしまいました。

「私でございましょう?」

答えると視界がぱっと明転。

スレンダーな身体に幼さを多少残した端正な顔立ち。寝台列車だからか高揚されている主様へ目が行くと、勝手を働いた無礼への負い目と不覚にも持っていらしていた袋の中身に期待が膨らみます。

「大正解。大層な身分の使用人ね?」

「ご無礼をお許しください」

「お許し? フフッ」

少女の笑みが邪悪さを帯びました。フレアスカートが大きく華を開いて回ると、背後に隠れた袋をガサゴソ漁ります。

そして主様のとはまた違う、無機質な冷気が私の頬を直撃して、声を上げてしまいました。

「冷たっ?!」

「これで半分。車内販売の人を捕まえて買ったの。夏じゃないけど、新作もあったから食べよ?」

「い、いきなりアイスを頬に当てるのは心臓に悪いですよぉ! もう!」

「拗ねちゃった? 可愛い」

「拗ねてません! 怒ってるんです」

それも冷凍庫から出したばかりの物で、真冬の今日にはなんと不似合いな凍てついたアイス。

しかし、それでも春のように温かいこの部屋で頂くのは格別だと、旅に次ぐ旅の中で知り得た発見でもあり、大切な思い出でした。

蓋を開いてバニラアイスを頬張り始めると、そんな一刻の剥れも吹き飛びました。濃厚な牛乳の風味も束の間、滑らかなくちどけの一口は消えるが如く溶け出して、喉を抜けます。

アイスも顔も蕩けてしまう、至福の表情。忽然な目線で隣を向くと主様の姿が映ります。私と同様で、けれど食べているのはチョコミント味のアイスで、満面に幸せを表現していました。

「にゃはぁー」

「はふー」

二人揃って漏らした気の緩んだ声音。私は脱力し切っていましたが、主様のは風情を感じて感嘆というより、日常に辿り着いた安心感を纏っていたようでした。

そしてスッと意識を戻したのか、隙だらけの私の手を取って口元へと運んでいきます。

「主様?」

「お仕置きの半分。ここでさせてもらうわね」

「ってあの、ひゃん!」

場所を弁えず、今度は甘い喘ぎが響きます。幸いとして生憎として、この車両は二人だけで誰彼構うことはありません。

そこを突いたのか、困惑する私に主様の牙が指の皮膚を無慈悲に貫通。精緻に通された毛細血管を幾重か破って、舌で掬うように舐め始めていました。

「あ、の。ちょ……と、こんなとこ……ろで!」

流石に見知らぬ旅人が来たらと、必死に止めるよう説得します。だって傍から見たら、小柄でさながらお人形さんにも見間違える可憐な少女二人が、指を頬張り頬張られて喘いでいるところなんて、性癖の歪んだカップルにしか見えないですから。

けれど主様は一向に口を離す気配が感じられません。血が主食の鬼が齎す何度も押し寄せる濃密な快楽。指なのに容赦ない寄せては返す大きな波に、もう思考アルゴリズムは機能を止めています。

体感こそ数十分でしたが、実際は三十秒も吸っていません。主様が唇を惜しみないしたり顔で指を離すと、艶めかしい息遣いで凭れ掛かった私。血を吸うのは夜と決まっているのに、不意打ちなんてズル過ぎます。

「ちょっとやり過ぎちゃったかな……あはは」

主様も思わず苦笑い。内心は慌てふためいているはずなのですが、ちょっとしたら吹っ切れて眠りについた使用人を持ち上げました。

それも軽々と、身長差は数十センチある小柄な体躯で。お姫様を寝室に連れて行くかのよう。

溶け始めたアイスを眠る使用人の絶妙なバランスを誇るおでこに載せて、個室寝台の一室へと戻っていった主様。すれ違う車掌さんや約一日の鉄路を共にする他の乗客も思わず二度振り返って見直します。

抱えている眠り姫の寝顔を一瞥。使用人の癖にと思いながらも、まんざらではない主様。夢の中でもわかってしまいます。長い旅で育んだ絆が、容易に想像させるのでしょうか。

使用人は思います。走ってきたレールを振り返って、岐路を跨ぐ度に迷っていたことを。そして、隣にいる主様を、恩人を信じて付き従った旅は、血となり身体を巡っていることを。

これは棄てられ続けた使用人『七見 光莉』と、海を、山を、この国を旅で渡る吸血鬼『クリスカ。アルタリィ』の物語。そして、私達の大切な思い出の足跡。

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    「かつてこの家から出た者に若い頃の血は恐ろしく不味かったと書かれていた人間がいたと記述されていたの。けれどその続きにはなぜか、天寿を全うするその日まで仕えたと追記してあったわ。なぜだかわかるかしら?」 「恋慕やそれに似た感情がお互いを引き寄せたとかでは、ないのでしょうか?」 「数百年前のお話だけど、当時から我が家は縁談に関してだけは厳しいわよ? ましてや、当主の権限が一家一族の全てを掌握していたから、現代の吸血鬼一族ほど、本人の意思を尊重するなんて弛みはないし、駆け落ちシンデレラストーリーなんてしようものなら追放よ?」 ロマンチックなのは結構。さすがに命までは取らないが、戒律を乱そうものなら容赦はしない。アルタリィ家の家訓とも言うべき文化だが、現在は時代の流れで本人の意思も汲んでくれるようにはなったそうです。 真っ向から切り捨てると、紅茶で一呼吸を置いてクリスカさんはその答えを示します。「吸血を重ねるたびに血が変化し、主だけが感じられる魔性の味になったそうなの。特異体質なんて一時は家族でも話題になったけれど、数百年間の時が経つにつれて、偶然だったと誰もが思っていた」「特異体質……?」 「後に原因不明の突然変異と結論づけられた。その再来とも呼ぶべきかしら」 目尻を鋭く伸ばして睨むように士郎を見つめたクリスカさん。曇り始める表情にすかさず反応します。「何か心配事でも?」 「いえ……こう申し上げるのは大変失礼に当たると存じますが……確証はあるのでしょうか?」 「確証? あぁ、そうね」 考える素振りを見せ、口角を上げました。そんなの端から分かり切っていることのように。「あるわけないじゃない」 士郎が咽ます。唐突な不意打ちに慌てて呼吸を整えます。「何かおかしいことでも?」 「いえ、てっきり光莉が伝記に当てはまるような体質なのだと、確信を得ているものと推測していたもので」 「可能性の話よ。境遇もその使用人と似ているし」 でなければ、二年間も吸血鬼に棄てられ続ける理由が見当たりません。そもそも吸血鬼と契りを交わした使用人の血は配偶しようともその遺伝を消滅させます。吸血鬼の唾液には血液の変容を促す作用があるのも吸血鬼の間では周知の事実で、その法則に倣えば彼女の血も不味いはずがないと、クリスカさんは長年身内が培った研究成果を根拠に考えを固めました

  • 血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳   第十一話 伝承の血脈

     その頃、下の階の応接間では、クリスカさんと父『七見 士郎』が正対して紅茶を前に、当事者抜きで談笑をしていました。 暖色の落ち着いた照明に彩られる静かな高級感を放つ一室。革張りのアンティーク調のソファーにクリスカさんは座り、秘書も兼ねる壮年の使用人がすかさず紅茶を注いでテーブルに出します。 「こちらへいらっしゃるとお電話で頂いた時は驚きましたが、光莉と一緒だったとは」 「あの子とは偶々よ。高速列車のホームで声も漏らさずに泣いているのだもの。気になるじゃない?」 「娘がお見苦しい場面を。その寛大な慈悲に感謝を申し上げます」 座ったまま一礼し、士郎はティーカップを取りました。澄んだ茜色のフレーバーティーは柑橘系の爽やかな香りを部屋に漂わせていて、クリスカさんも釣られて紅茶に口をつけました。 「先ほどの様子を見るに、道中数々のご無礼があったと見受けられるのですが、どうかお許し願いたい」 カタンとティーカップが受け皿に置かれて、クリスカさんはキョトンと士郎を見つめました。身震いして小さく笑ったのはその直後の事です。まるで思い違いを面白がっているように顔を背けて、堪えるように丸めた身体を真正面に直します。 「無礼なんてとんでもない。突然連れ出したのは私ですし、名乗らなかったのは事実。顔が本家の使用人に空似していたから、躊躇ったというのもあるのだけど」 「左様でございますか」 力強い視線がクリスカさんから返り、士郎もホッとした様子で肩の力を少しだけ抜きました。 「無礼と言えば、あなた達の方がよっぽど目に余るわ」 それを悟ってか、クリスカさんの放った一言が二人の空気を凍らせます。 「……僭越ながら、理由をお伺いしても?」 「光莉の瞳、死んでいたわ。あそこまで娘を放置するなんて、常軌を逸している、としか言えないもの」 「事情を伺われたのですね」 「数多の星が輝く空の下で洗いざらい、ね」 「追い出され続ければ、傷だらけにもなりましょう。身の程を知り、大人になればいずれ自ずと道を開いてくれると、信じて好きなようにさせてはいましたが」 刹那、クリスカさんの表情が強張りました。 「大人になる——ね。フフッ」 「何かございますか?」 「そしたら私は、まだ子供と言うことになるわよ?」 「クリスカ様が子供?」

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